第十二話 継者【3】
心の中で舌打ちする。完全な奇襲のはずだったが何故か気付かれたしよくわからん奴らが襲ってきた。完全に失敗だ。両手を掘削機にして掘り進んできたというのに。
セレムがそう思考している間に、即座に露出の多い服を着て両目を黒い布で覆った扇情的な格好をした女性が異常に尖った爪で襲いかかる。Δ《デルタ》と呼ばれる、実はドMな精鋭の一人。
容易く受け流し、カウンターの拳を腹にブチ込んだ。αのように吹き飛ぶかと思われたが、驚異的なことに口から腐った内臓を吐くだけでそこに留まった。
「……なぜ耐えられるのだよ!?」
「わかっ……てない!私は!そう!ドMなのです!」
「答えになってないのだよ!」
謎の力で攻撃に耐えたΔだったが、その怒号と共に放たれた二発目の拳には耐えられずαと同じように吹き飛んでいってしまった。艶やかな嬌声を上げながら。
「イや、本当に回復ガ早いねえ、セレム君。ドんなトリックを使っタのかね?」
「答える必要はないのだよ!」
一切会話する気のないセレムが『融滅』に拳を放つ。彼の神器は「拳の神器」。メリケンサックの形状をした神器で、拳を使用した攻撃の威力が上昇するというシンプルながら強い能力を持っている。
両者が接触する直前、黒猫の人形を抱きしめた、かつての小学校高学年程度の身長をした黒いゴスロリ姿の幼女が割り込んで人形で拳を受け止めた。η《イータ》と呼ばれる精鋭の一人。重度のメンヘラである。
人形の右前脚が変形し、セレムの腕そっくりの形になった。はっきり言ってめちゃくちゃ気持ち悪い。
人形が拳を振るい、セレムを追い詰める。セレムも迎撃するがどの攻撃も人形に受け止められるため中々倒すことができない。そして、その隙を見逃す精鋭ではない。
俗に言う女王様スタイルの格好をして顔の上半分を覆う仮面を付けた女性が背後からセレムを襲う。だが。
「お前誰なのだよ!今ちょっと忙しいのだよ!」
「ごぶあ!」
哀れ、息をする間もない攻防の隙間を縫って放たれたセレムの右ストレートによって遥か彼方に吹き飛んでいった。
彼女の名はβ《ベータ》。七名の精鋭の中で最も『融滅』を慕うドSである。
「お前もなのだよ!」
「いや俺隙伺ってただけで何もしてねええええ!!!」
Ζ《ゼータ》と呼ばれる精鋭の一人で、セレムと同じく白兵戦を得意としているが、ηとの戦闘の中で興奮状態にあり更に彼自身の特殊体質により身体能力が向上しているセレムに敵うはずもなく何も出来ずに吹き飛んだ。
「……ε《イプシロン》、何をしてるの。早くしてよ。それとも私が嫌いになったの?ごめんね、私が悪いよねでも気になるんだ答えてよ。ねえ?答えてよねえねえねえねえ」
「こっわいわあηちゃぁん」
西洋の騎士風の軽装鎧を着た雰囲気がやたら妖艶な女性がηと一緒にセレムを攻め立てる。εと呼ばれる精鋭の一人、メンバーの中では比較的常識人でまとめ役をしている。
豪快な人形の攻撃の隙間に糸を通すように攻撃するεの連携にセレムは更に攻められる。
「ぐ……む……」
「何をしているのですかお二人。早くトドメを……」
「だから誰なのだよお前らさっきから!」
「そんな理不尽な!」
γが若干クールキャラを崩しながら吹き飛んでいく。七名存在した精鋭も今この場に残っているのは二人だけとなった。ずっと手を出さず戦闘を観察していた『融滅』が心底感心したようにセレムに言う。
「さすガ諜報機関のボスだネえ!強い強い!なんとモ豪快だ!」
「それ褒め言葉になってないのだよ」
冷静に突っ込むセレム。その間もηとεの苛烈な攻撃は続いている。
「ηちゃぁぁあん、ちょっとこれヤバいかもぉぉぉお」
「何が?優勢なのはこっちだよ。あそうだよね私には気付けないこともあるよねごめんね見捨てないで」
「攻撃に集中しよっかぁぁぁあ」
εの予測は間違っていない。彼の特殊体質は言い換えれば『死に瀕する程強くなる』ということ。そして今、彼は『融滅』の誇る精鋭の攻撃によって未だかつてないほどに死に瀕している。つまり彼は今人生において最も強い状態にあるのだ。
「いよいしょお!」
「あらあららら〜」
まずεを吹き飛ばし、ηと正面から打ち合える状況を作り出す。鎧の下には女性らしい柔肌がはっきり見え、何か服を着ているようには見えなかったが気の所為だろう。そうでなくてはこいつらには変態しかいない。
次にηの人形を正面からぶん殴る。人形に衝撃がほとんど吸収されるが、ほんの少し体勢が崩れた。側面から蹴り飛ばす。
「おぼえあふぁ!」
「レベル4の蹴り舐めんななのだよ!」
ηの小柄な体が地平線の彼方に吹き飛んで行くのを確認する。間違いなく吹き飛んだ。
「よくわからん奴らは全員退場してもらったのだよ、『融滅』。次はお前の番なのだよ」
「よくわカらん奴らを平気で殴リ飛ばせる君の精神どうかしてルね」
「まさか精神に関してお前から何か言われるとは……」
実に愉快そうに笑いながらセレムと軽口を叩き合う『融滅』。自分の軍勢の中の精鋭を殴り飛ばされたというのに怒っている様子など微塵も見えない。寧ろ嬉しそうだ。
「いクつか聞きたい……の前二文句を言わせてよ。ヨくも君に仕掛けタ毒に気付きやがッたな。面白くない」
「俺は毒類には敏感なのだよ」
「まあ諜報機関だシね……ソして聞きたい。君、モしかしてアチシを殺すつモりかい?」
くつくつと笑いながら心底信じられない何かを見る目でセレムを見ている。もしこの場に天道がいたならこう言うだろう。ここまで嬉しそうな師匠は見たことがない、と。
セレムは無言で拳を構える。『融滅』はより一層悪魔のような笑みを深め、手を水平に振った。
「いい、いい!素晴らしい!イッヒヒヒヒ!」
それと同時に、『融滅』の足元の土が盛り上がる。ツギハギだらけの死体が一体だけ現れた。
(……?一体……?『融滅』は死の軍勢を率いると……)
疑問を感じるセレム。が、すぐにその疑問は晴れることとなる。その死体が顔を上げたその時、その死体が何者なのか嫌でも理解した。否、気付いた。
全身に鎖を巻き付け、かつての軍隊を思わせる格好をした屈強な体格の男。それは、形ある絶望としてこの地平に生きる全ての者を恐怖させた存在だ。
彼を殺したのはカンレスではない。ただ彼が死亡した場所には、無惨に全身を溶かされた彼と、無数の死体が転がっていた。
「『楽爆』……!」
――――――
何年一緒にいたと思っているのだ。わかっているに決まっているだろう、何をするかなど。大人しくあの病室で、体調が万全になるまで寝ている訳がない。あんな適当な理由でしかその場を離れさせられない不器用なあなたが。
「待ってて……でござる!」
情けないことだが、迷ってしまった。あの時言えばよかった、私も戦う、と。
彼は戦うのだろう、『融滅』と。理由は何であれ、そうしない理由が見当たらない。後先を考えずその場の勢いだけで動く彼がそうしない訳がない。
仲間を殺された、毒を盛られた。そんな『やる理由』があって、『やらない理由』がない。だからやるのだ。本来足止めになるはずの『二つ名と戦う恐怖』も彼にとっては枷にならない。
あの『融滅』と戦って、勝ち目などない。が、二人がかりならばあるいは。そう思っても足が動かなかった。二つ名を持つ者の恐ろしさを知ってしまっているから。
が、もう迷いなどない。ようやく名前で呼ぶことができたのだ。父親であるのだと自分が認めることができたのだ。ここで動かず、いつ動くのだ。例え『融滅』を殺せたとしても、残された時間は僅かだ。が、関係ない。その僅かな時間のために命を賭ける。穏やかな家族の時間のために。たった一人残された、家族のために。
「どこに、どこにいるのでござる!どこに!」
基地から出て走る、走る、走る。が、どこにいるのかまではわからない。どこで戦っているのか……
「ぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ……!」
突然、とんでもない速度でスキンヘッドの男が地平線の彼方まで吹き飛んで行った。腹部には見慣れた拳の痕。間違いない、セレムの拳だ。
今のよく分からんやつが吹き飛んで来た所に彼はいる。
「ッ……ハァ……ハァ……!」
神器によって強化された肉体で、ただ走る。先程男が吹き飛んで来た方角へ。
鍛え抜かれた聴覚を全力で使い、磨き抜いた索敵能力で位置を探り、充血するほど強く目に力を込める。
どこにどこにどこにどこにどこに
その時、耳が最初に拾った。肉と肉がぶつかる戦闘音。
即座にそちらに向かう。闇雲に走ったせいで体力の消費が激しい。肺が千切れそうだ。
声が聞こえる。この声は、『融滅』。
「――――う―ね――――が――」
何か一方的に喋っている。会話をしているということはまだ生きているということか。安堵し、更に足に力を込める。限界を越え、強く、強く。
それがより深い絶望をもたらすと知らずに。
声がより鮮明に聞こえた。彼の声はまだ聞こえない。
「ま、イいよね。最後の言葉八愛してルよ楽歩っと……じゃアね、君もアチシの天使の一部にナってくれ」
その時になってようやく、視界で捉えた。捉えてしまった。加速してしまったから。あの時、更に力を込めてしまったから。
「……ァ……ッ!」
屍兵と化したとはいえ『楽爆』を単独で相手にして、勝ち目などある訳がない。セレムは拳と爆発する鎖による攻撃で両腕を破壊され、完膚なきまでに打ちのめされて膝を地につけていた。『楽爆』だったモノが地の底へ還っていく。
セレムを見下すように眺める『融滅』。両手の手刀の位置から肘まで伸びている反った刃が暗闇の中で静かに光った。彼女が近接戦闘する際使用する武器。名を『絶ち捌き《たちさばき》』という。
手を伸ばす。届かないのはわかっている、それでも。体の中の何かが沸き立つのを感じた。世界がスローになっていく。『融滅』が刃を振るい、そして。
落ちた。
「ァァ……ァァアアアア!!!」
迷ったから、言えなかったから、間に合わなかった。救えなかった、助けられなかった。
感情が黒く塗りつぶされていく。横に倒れるセレムの体から聞こえる音がやけに大きく聞こえる。高らかに笑う『融滅』が見える。視界が黒く染まり、染まり、染まり
「…………ッ!」
絶ち捌きを振るう。液体で形成されたと思しき刃が派手な音を立てて破裂し、一斉に針と化して襲い来る。その全てを弾き落とし、視界を巡らせる。いる、そこに確かに。
あまりの高速移動に捉えることすらできないが、気配で察知できた。この気配、刃、拍動。間違いない。
「天爛楽歩……!?」
だが、おかしい。有り得ない。絶ち捌きを振るっても攻撃に付いて行けない。今も体の端々が切り裂かれている。馬鹿な。レベル4だぞ?レベル3が追いつけるはずがない。
「……まサか、そういうコとかい?」
歓喜、狂喜、高揚。無数の感情が湧き上がる。ようやく解明できる時が来たというのか。ながらく不明だった、神器のレベルが4に上がる条件を。
即座に戦闘から観察に脳機能を切り替える。
ようやく視界に捉えた天爛楽歩の口元を観察する。特殊加工を施した眼球で心理の動きを盗み見る。
口が小さく動いていることがわかった。何を言っているのか。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
ふむ。恐ろしい。
しかしながら天爛楽歩はこうも感情を表に出すタイプだったか。あまり表には出さないタイプかと思っていたし、実際観察していても自己の感情を抑えることが多かった。
次は心理の動き。ある程度の思考は読めるが、さて何を考えていることやら。
(殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺)
ちょ〜っと怖すぎないか。ここまで感情が傾くとは中々ないぞ。どれだけキレているんだ。
しかし、もはや理解できた。やはり実物を観察するのが一番だ。
ながらく疑問だった。なぜ暴走を経験した者は神器のレベルが上がりやすいのか。暴走とはどういうものなのか。神器と通じ合う、理解することだと解釈していたが、それではどうしても矛盾が発生してしまっていた。
暴走した者がどのようなことをする傾向にあるか。皐月春馬は周囲の人間を殺し尽くし暴虐の限りを尽くしたという。愛蘭霞は無差別に糸を展開しあらゆる物を切り裂いたという。鬼路鐘充は不可視の刃を展開し続けたという。
そして一様に自我を失ったように暴れ、制御することができなかったという。何か強すぎる感情に支配でもされているように。
そして天爛楽歩を観察することで確信できた。今、彼女は殺意で完全に自分を支配している。感情が極端に研ぎ澄まされているのだ。
『神は迷わぬ、神は選ばぬ、神は貫く。神は迷わぬ、神は迷わぬ!それが僕の研究成果ですよ、先生。』
己で己を支配するほどに強い感情を抱くことで至るのだ。暴走は、その感情を抱くに至る手助けを神器がしているに過ぎない。長い時を経てようやく理解した。
「感謝すルよ天爛楽歩。コれで次のステージに進メる!」
天爛楽歩。使用神器『水の神器』。レベル4。
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次回、『未来』。乞うご期待。
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