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Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜actors are arranged〜
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第二話 殺戮【1】

――――――誰の、夢だろう。


 ――――――誰の、記憶だろう。


 ――――――誰の、声だろう。


 声がする。


「ねえ、ゼロ。お話しましょう、ゼロ。お名前は何がいいかしら。……ええ、そうね。きっとそうよね、ゼロ」


 優しい声がする。あたたかい声がする。包まれて、にじみたいで、どこか冷たくて、でもここにいたい。


「ねえ、ゼロ。私、この国が好きなの。ムーナの本で見ていたわ、ゼロ。季節きせつが好きだわ。四月はさくらいて、五月にはアサガオが咲くのよ。私、朝日を浴びながら咲くアサガオが一番好きだわ。私の中にはなかったわ」


 問いかけて、ゆだねて、溶かして。とても心地いい。しあわせで、嬉しくて、ああ、ずっと聞いていたい。


「動物も好きよ。草原そうげんけ抜けるお馬さんが好きだわ。とっても命を感じるわ。大地の命が、大好きよ。……ねえ、ゼロ。お話しましょ、ゼロ。お名前はどうしましょう。……ええ、そうね。きっとそうよね、ゼロ」


 手を伸ばした気がした。何もつかめなくて、何もないけれど。どこか満足できて、安らかで、そうすることが幸せで。


「五月は、サツキというのよ。季節は春が好きだわ。お馬さんがその中を駆けるの。サツキハルウマ……だめね、ええ、だめよゼロ。おかしいわ、そんなの」


 名前を呼ばれた。でもまだ自分の名前じゃない。ああ、顔が見える。美しい。この世の何よりも。


「そうね、きっとこの子が邪魔じゃまなのよね。この子を飛ばせば……サツキハルマ……うん、いい感じだわ。いつかのあの子の名前は、サツキハルマ」


 そう、呼ばれた。全てが鮮明になる。


 もがくことも足掻あがくこともない。そんなことは全て母がやってくれた。道が作られている。ここを進むだけだ。何も考えず、ただただ突き進めばいい。


 光の中で手を伸ばした。何かにれる。すぐに消えた。泡みたいに、水みたいに、消えて消えて消えて消えて……


 すぐに黒く染まった。


 ――――――

 

「うっへえ〜どうなってんのこれ」


 二人の女性が血まみれの瓦礫がれきの山に一歩足をかける。一人は美しいスーツ姿の長身の女性で、スーツの内側に着たワイシャツ以外全てが漆黒しっこくという逆に目立ちそうな服装をしており、絶望的なまでに胸部きょうぶまずしい。そしてもう一人は近未来的きんみらいてきなピッチピチなスーツをまとった小学校低学年程度の幼女。可愛らしい桃色髪ももいろがみのツインテールがふよふよと揺れている。かがやく真っ白なギザっ歯が特徴的とくちょうてきだ。


 二人とも盛大に顔をしかめており、目線は足元と瓦礫の山の頂点ちょうてんを行ったり来たりしている。一歩踏み出せば粘性ねんせい液体えきたいを踏んだ時特有のびちゃあという気持ち悪い音が聞こえ、鉄の臭いが鼻をつく。そして恐らくこの惨状さんじょうを作り出したのであろう犯人の青年は瓦礫の山の頂点で沈黙ちんもくして突っ立っている。生者から感じる覇気はきも、今は感じられない。


 実に気持ち悪い。環境もそうだが、その青年の様相ようそうが何よりも気持ち悪い。確かに生きているのにまるで死んでいるような、混沌こんとんとした感覚に襲われる。


 何とも禍々しい様相だ。両腕りょううでがこの世のものとは思えぬほどいかつくおどろおどろしいことになっており、黒い炎のようなオーラが噴出ふんしゅつしている。かなりぶっとい血管のようなものがうごめいており、腕だけが別の生物になったかのようだ。


 ため息を吐きながら、スーツ姿の女性は自分たちがここに来るはめになった経緯けいいを思い出す。


 まず軍部ぐんぶ少佐はゲスな男だ。部下の手柄てがらを全て自分のものにし、自分のミスは部下にこすり付けるゴミクズ野郎やろう。その上神器も使えないくせにやけに戦闘面せんとうめんに口を出しまくって更に無駄にプライドが高く実力があると思ってやがる典型的てんけいてきなアホ。無駄に白い服がうざったらしい。


 彼は絶対に本部に連絡など寄越よこさずなんでも突っ走って周りに迷惑めいわくかけまくるタイプの野郎なのだが、今日は非常に、ひっじょ〜に珍しいことにアンタレスから連絡があった。普段真面目な連絡取り次ぎ係が冗談交じりで「明日は天地がひっくり返りますね」と真顔まがおで言うぐらいにめずらしい。


 ちなみに少佐は今日も昨日も基地内での勤務きんむだったはずだが勝手に基地外に出ていっている。どこまでも自分勝手な男だ。五臓六腑ごぞうろっぱをぶちけさせて殺してやりたい。


『ば、ばけものひゃ!たす』


 これだけだったが、何かの破壊音はかいおんが聞こえたので「まあなんか緊急事態きんきゅうじたいなんだな」ということで神器部隊数名が出動することとなったのが三分前。正直少佐の代わりなんていくらでもいるしぶっちゃけ死んでもらった方が得なので行く必要は無いとは思ったが見殺しにはできない。


 派遣されたのは「魔神獣討伐用精鋭神器部隊《まじんじゅうとうばつようせいえいしんきぶたい》」の人間だ。長いので神器部隊と訳されることがほとんど。


 総合組織エスティオンに組み込まれた部署ぶしょの一つで、主に他の部署で対処できない事案じあんや、絶対的な強敵きょうてきが出現した際に出動することとなる。数は研究部けんきゅうぶや非神器使いによる戦闘部も含めて他の部署が平均で200〜300人いるのに対して、100人程度と少ない。所謂いわゆる少数精鋭だ。


 今回派遣されたのは下から二番目の「二級部隊員」。その力の強さを例えるならば単体たんたいでかつての軍人百人を相手にできるレベルだ。因みに神器部隊での序列じょれつは上から


 中央第零席ちゅうおうだいれいせき

 最上第九席さいじょうだいくせき

 特級部隊員

 一級部隊員

 二級部隊員

 三級部隊員


 となっている。


 まあ少佐弱いし彼があわてふためく程度なら二級でなんとかできるだろ、と踏んで送り込んだのだ。


 が、甘かった。どうやら敵の強さは想定そうていを軽く上回りまくっていたらしい。二級部隊員から目標視認完了もくししにんかんりょうの報告が入ってから一切の連絡が途絶とだえたのだ。


 これは結構ヤバいことになっている、ということで二級部隊員二名が死亡したと確認され次第即この女性二人が投入されたのが一分前。因みに彼女らの拠点とこの地点までは3kmほど離れている。それを一分で踏破とうはするのだから神器とはすさまじい。息を切らすこともなく、散歩のようにそれをす。


 彼女らは最上第九席。二級部隊員が何千人襲なんぜんにんおそいかかっても一生倒せぬほどの化け物レベルの強者だ。


 スーツの女性の名を「愛蘭霞あいらんかすみ」という。最上第九席第四席。使用神器は「糸の神器」。


 桃色髪の幼女の名を「遺華春いはなはる」という。最上第九席第三席。使用神器は「宝珠の神器」。


 愛蘭はあらためてこの惨状を見渡し、「これ絶対少佐死んでるわ。ざまぁ」とわざわざ声に出した後、瓦礫の山の頂点に立つ一人の青年に話しかけた。


 あまり期待はしないが、一縷いちるの望みをけて……


「あー……オニーサン。とりあえず意思の疎通そつうは……」


 少し低めの落ち着いた声で愛蘭がそう言うと、青年……皐月春馬はぐるりと頭だけで振り返る。ひとみに意思は感じられず、無機質むきしつに愛蘭たちを見ている。


 愛蘭と遺華は目を見合せ呟いた。


「無理そうだな」


「なのだ」

ご拝読いただきありがとうございました。

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