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Last reverse  作者: 螺鈿
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第十一話 順番【1】

 むかしむかし、せかいでいちばんよごれたくにに、せかいでいちばんきれいなたからばこがありました。


 なかにはいっぱいのたからものがあって、そこにはちいさなおんなのこもいます。だいすきでだいすきでしょうがないおとうさんたちが、わらいながらおさんぽします。


 なかでもいちばんきれいなのは、しろいちいさなぬいぐるみです。


 おんなのこがそれをひろいました。おんなのこはそのぬいぐるみをとってもとってもだいじにしました。


「ぬいぐるみさん、ぬいぐるみさん。おなまえはなにがいいかしら?」


 でもぬいぐるみはなにもいいません。おんなのこはかなしかったけど、なみだはながしません。


 おんなのこはちいさなえほんをもってきました。そのえほんはとってもみじかいおはなしです。


「ぬいぐるみさん、ぬいぐるみさん。イヴたちはいま、ちきゅうってほしにいるの。そとにはね、うちゅうっていうとってもひろいせかいがあるんですって」


 ぬいぐるみはなにもいいません。おんなのこはほんのさいごのぺーじをゆびさしていいました。


「ぬいぐるみさん、ぬいぐるみさん。あなたはうちゅうのおかあさんなの?うちゅうができるまえ、ぜーんぶまっしろだったんですって。あなたもまっしろ!」


 ぬいぐるみをだきかかえて、おんなのこはわらいました。がらすのようなきれいなめが、ぬいぐるみをみつめます。


 おんなのこはぬいぐるみにほおずりして、げんきいっぱいにいいました。


「ぬいぐるみさん、ぬいぐるみさん。あなたはうちゅうのおかあさん!せかいをはじめたのよ!ぜろからぜーんぶをはじめたの!だからね、とりのこさないでほしいのよ、ぬいぐるみさん。きめたわ、あなたのおなまえ」


 ぬいぐるみをべっどのうえにすわらせて、おんなのこはびしっとゆびをさします。


 かたほうのてにほんをもって、はかせのようにいいました。


「あなたのおなまえは、ぜろよ!ぜろ、イヴをとりのこさないで。イヴのことも、ちゃんとはじめて」


 それからたくさんのじかんがながれました。おんなのこはいっぱいせいちょうし、いろいろなことをおべんきょうしました。おんなのこはたからばこのそとにでました。


 おんなのこはちがうくににいきました。ともだちをあつめて、たからばこのなかのたからものを、ぜんぶそとにだしてあげようとおもいました。


 おんなのこは、ともだちとあそぶじかんがだいすきです。たからもののみんなにも、たくさんたくさんだいすきになってほしいのです。やさしいおんなのこのねがいです。


 ちいさなおんなのこのねがいです。


「……ちゃんと、始めよう、ゼロ」


 おんなのこはじゅうじかにかけられてからはじめておくちをひらきました。めはみえません、からだはうごきません。でも、しんじています。ちいさなちいさな、いちばんだいじなおともだちを。


「始めよう」


 ――――――

「HA、HAHAHA……」


 フリシュの脳裏に真っ先に浮かび上がったイメージ。それは純粋な『死』だ。


 圧倒的な力が、最上第九席の二人がかりをいともたやすく蹂躙していく。死が顕現したようなその化け物の名をなんと言うのだろう。どこにいたのだろう。


 いや、そんなことはどうでもいい。今何をするべきかなんて考えなくてもわかる。


「み、みんな避難だ。早く避難しよう」


「はぁ!?楽歩が外にいるってのに私たちだけなんてそんな」


「拙者帰還でござる!早く奥に避難を!」


「ちょっと急ぎなさいよ何ちんたらしてるの!」


 一同は廃墟の奥の方に避難していく。そんなこと無意味だとわかっているが、しないよりはマシだと思った。


 とにかく、死にたくない。まだこんなところで死にたくなかった。何でもするから生き延びたい、その一心だった。


 でも、彼は違った。


「お、おい楽歩。外のあいつら、どうなるんだ?」


「わからんでござるが、あの調子では全滅は時間の問題でござる。あれは強すぎる」


「じゃあ助けねえと!逃げてる場合じゃない!」


 何を言っているのかわからなかった。助ける?基地の頂点に立つ存在が手も足も出ない化け物を相手にして、更に助ける?気が狂ったとしか思えない。


 止めるべきだ。そんなの、自分から死にに行くようなもの。だが、心のどこかで安心している自分もいる。


 (春馬ボーイが気を引いてくれれば助かる可能性が上がるかもしれない)


 吐き気がするぐらい気持ち悪い考えだった。それじゃまるで、自分だけ助かればいいみたいじゃないか。


 そんな思考をしている間に春馬は駆け出した。天爛も後を追いかけるが、フリシュはその反対に向かった。一瞬迷う素振りをした酔裏もフリシュについてきて、盲全はかなり迷っていたが最終的には避難を選んだ。


 情けない。自分がどれだけ無能な存在なのか、理解したくない。どれだけ自分勝手なのかわかりたくない。


 神器レベル2にしてはよくやる。


 それが周囲からのフリシュへの評価だった。修練の末レベル2に到達し、比較的強い能力を持つ神器だったということもあり、周囲からはそれなりに認められていた。


 模擬戦闘訓練でも活躍した。実戦経験はないが、状況把握や全体指揮の腕は良く、実戦での活躍が楽しみだ、と教官にも言われた。嬉しかった。


 性格面でも優秀な彼は、同世代の問題児を集めた部隊の中に、一人ぐらい常識人が必要だという理由で配属された。人数が足りないため試験も任務もできない部隊員見習いの状態が続いたが、自分がリーダーとして皆を引っ張っていくんだという誇りと責任感に溢れていた。


 酔裏、盲全。特殊性癖があり隙あらば自己の欲求を満たそうとする酔裏の制御にはかなり苦労した。結果的にはその衝動を完全に抑え込ませることに成功し、その反動で今の大人しい性格になったのだが、上層部はその手腕をかなり高く評価した。


 盲全はあえて制御せずそのままにしておいた。なんだかんだ言うことは聞くし、過激だったり思ったことを率直に言える人間は一人は必要だ。


 三人で軽い訓練をしながらあと一人のメンバーを待つ日々は長く続いた。一石が投じられたのは部隊結成から二ヶ月後。


「あくまで仮だが、今日から同じ部屋で暮らしてもらう。最上第九席の神梅雨幸幸君だ」


「よろしく!」


 最上第九席。本来喜ぶべき新たなルームメイトだが、彼はどうしても喜ぶことができず、それどころか気分がかなり落ち込んでいた。


 それは組織の頂点に立つ存在だ。強さは圧倒的、任務で積んだ経験もあり、そのお陰なのかコミュニケーション能力も高かった。自分の役割を取られるのではないか、と不安になりながら日々を過ごした。


 この頃ようやく彼は自覚し始めた。メンタルが脆いのだ、と。今までは自分はリーダーで、二人を導かなければならないのだと張り切っていたせいでわからなかったが、いざその役目を奪われそうになると、どうしようもない不安と焦燥感が、やる気で満たされていた心を侵食していく。


 それでも、何とか自分を奮い立たせた。二人のことをよく知っているのはフリシュだ。神梅雨はまだまだ二人のことを知らない。部隊を導くという面において自分は神梅雨より勝っている。そんな考えだけが彼を支えた。


「ねえ幸幸。ちょっと相談なんだけどさ」


 ある日、盲全がそう言っているのを聞いた。何かが崩れ去る音が、残酷に聞こえた気がした。盲全がフリシュに相談事を持ち込んだことなど一度もない。自分はそんなに頼りなく見えているのかと思った。世界が真っ黒になっていく気がした。


 一度目の挫折だった。


立ち直るのは無理だと思っていた。だが、いつもの模擬戦闘訓練の中、教官にかけられた一言だけで彼は自信を取り戻した。


「フリシュ・スサイン。お前の判断力には目を見張るものがある。そして何よりその勇気。格上の敵相手にも戦略を練り、全体指揮をしながらも己が真っ先に攻撃を仕掛けるなど中々できることではない。お前の姿に引っ張られる者も多いだろうな」


 そうだ。全てが優れている必要なんてない。神梅雨になくて自分にあるものが一つでもあれば、それで十分なんだ。


 勇気。彼は確かにその一面において他の面々よりも優れていた。無謀と紙一重のその一面だが、上手く使いこなせばいい、と。そう判断した。


 また、何かあって褒められる際、最初に褒められるのはいつもフリシュだった。お前の指揮がこの結果をもたらした。お前の強さが部隊を導いた。期待している。


 そんな言葉が彼を満たした。最初と変わりはしないのだ。神梅雨にない、勇気を。それさえあればいい。盲全と酔裏を導き、敵を撃滅する。それができればいい。


 春馬が入隊した。非常に元気で、初めてまともに話せる人間だ。だが言ってはなんだが頭が悪い。


「僕が導くんだ」


 誇りが一層溢れてきた。メンバーが揃ったことで試験もできる。任務にも出られるだろう。これからこの部隊の躍進が始まるのだ。自分が導くこの部隊の!


 幻想だった。春馬はリーダーシップがある訳ではなく、勇気があってもそれはただの無謀に近い。頭も悪く、全ての面において自分が勝っている、そう思っていた。


 レベル4。適応直後にその段階に至るなど、前例がない。それは他の誰にも真似出来ない、残酷な才能であった。


 所詮、強がりだったのだ。何か一つ勝っていればいい?それさえあれば十分?どれだけお花畑な思考回路だ。反吐が出る。バカなのか?そんな訳がない。


 何か一つ、誰にも負けない部分があるというのは誇るべきことだ。だが、リーダーはそれではいけない。自分の下に自分より強い部分がある人間がいて、それでそんな人間を導ける訳がない。そんなリーダーについてくる人間なんていない。


 全てにおいて上回らねばならぬ。リーダーとしての才覚も、強さも、何もかも。そうでない者は導けないのだ。


 最上第九席を見ろ。圧倒的な強さがある。下の者を導くカリスマがある。誰にも負けない何かをいくつも持っている。彼らの指揮一つで組織が動く。


 正に絶対の存在だ。リーダーとはそうでなくてはならない。それこそがリーダーなのだ。


 そうだ。折れるものか。春馬が入隊しても折れるわけにはいかない。レベル4がなんだ、強いからなんだ。気にしない。盲目になれ。誰にも負けないと己が信じろ。いつかは自分だってレベル4になれるんだ。そうなれば、春馬に負けている部分など一つもない。完璧なのだ。


 そんなぐちゃぐちゃな精神の中で、しかし勇気の一面において彼は未だに自信があった。春馬の無謀な勇気には負けていない。この一つだけは誰にも負けないのだと。


「………………そうだ、負けてない……」


「フリシュ……」


 医務室。倒れ伏した春馬の傷だらけの姿こそが彼の持つ無謀なまでの勇気の証だ。無謀は勇気の延長ではない。だが、ただ逃げることしかできなかったフリシュよりマシだ。


 何が勇気だ。逃げる勇気など言い訳でしかない。立ち向かうことに恐れた弱者の言い分だ。


「……一人に、してくれないかい。盲全レディ……」


 何か声をかけたそうにしていた盲全だったが、その言葉を聞いて悲痛な顔でフリシュから離れていった。天爛は医務室から出てきてすぐに赤髪の女に連れて行かれここにはいない。一人男が増えて別の場所に行ったようだが、特に気にならないというかどうでもいい。酔裏は何か含みがありそうな目をして盲全に付いて行った。


「くそ……」


 あの時と同じだ。思い込めばいい。春馬の行動はただの無謀だ。導く人間がまだ必要なのだ。そう思い込めば……


「できる訳ないだろうが!」


 散々打ちのめされた。神梅雨の強さに、春馬の才能に。それでも立ち直ってきたのだ。神梅雨にはない勇気があるのだと。春馬の才能にはいずれ追い付けるのだと。


 だが心のどこかでわかっていたのだ。そんな幻想に縋ったところで、結局意味はないのだと。ただそれでも、勇気において負けないと思っていたのだ。だが。


 無謀は勇気ではない。そうではないのだ。無謀という名の勇気なのだ。今回で痛感した。無謀を通すことにも勇気が必要なのだ。自分にそれはあるか?


「ちくしょう……」


 どこまでも眩しい星が目の前に立ち塞がっている。


 ――――――


「盲全さん……」


 フリシュから離れ、二人は並びあって座っていた。俯き歯を食いしばる盲全に酔裏が声をかけた。


「何よ」


「えと……その、えっと」


 イライラする。言いたいことは率直にすぐ言えばいいのに、いつもいつもえっとだのそのだのまどろっこしいことをする。本当に腹が立つ。


「言いたいことはすぐ言ってよ!」


「じゃあ」


「ッ」


 脊髄が震える感覚があった。おぞましい何かに触れてしまったような、寒気のする感覚だ。

 入隊直後の酔裏からよくした気配。歪んだ欲求を満たすためだけに生きる異常者たる酔裏の本性。視線や言葉一つでその内側を押し付けることができる。


「盲全さんは今……悲しいですか?春馬さんが傷だらけになって、フリシュさんが傷付いたから……」


「そう……よ」


 いくらキツい性格だからといって仲間に悲劇が起こって悲しまない訳がない。それは誰もが持つ当たり前の感性だ。


 酔裏は濁った瞳で言葉を続けた。


「そうですか……随分、傲慢なんですね」


「は?」


 何を言っているのか理解できない。根っこの部分から歪みきっている酔裏にはその感性が存在しないというのか。


「盲全さん……知ってますか?あなたの言動で私たちがどれだけ傷付いているか。日々の行動でどれだけ私たちを傷付けているか」


「そ、それは……」


「まあ知ってても知らなくてもどっちでもいいです。私は知ってますから。皆さんご存知なんですよ。盲全さんの性格がキツいってことぐらい。そういう人がいるってのは理解してますし変えることを強要したりしません」


 見た事のない、酔裏の目に宿る感情。完全な敵意であったが、困惑する盲全にそれは理解できなかった。


 突然何を言い出しているのか。言いたいことはすぐ言えと言ったのは自分だが、一体何が言いたいのか?


「ですが免罪符にはなりませんよね、それ」


 動けなかった。


「キツい性格だから何言っても許される?そんなはずないでしょう?私たちを傷付けていることに違いはない。どんな性格だろうと傷付けた結果は同じです。それをあなたは毎日毎日繰り返しやってるんですよ」


「だから、なんだって、んのよ……」


「なぜ春馬さんが体中ボロボロにされて倒れたら悲しいんですか?普段から目に見えないところを傷付けて傷付けて傷だらけにしているあなたが?なぜフリシュさんが落ち込んだら悲しいんですか?普段から散々フリシュさんを悩ませて落ち込ませているあなたが?傲慢もここまでくると怖いですね。『自分はいくらでも傷付けていいけど他のやつに傷付けられたら悲しいわぐすん』ってそういうことですか。とんだお花畑ですねあっはっは」


 真顔、否、それ以上に恐ろしい表情のまま酔裏が笑う。何ひとつとして間違っていない。本当のことだ。


 自分の性格はこんなのだと周囲が理解してくれていることをいいことに言いたい放題言って、やりたい放題やって。周囲を振り回しまくって傷付けて謝りもせず。それでいて他の人間に何か傷付けられたら一緒に悲しむ。とんだお気楽思想だ。


「私も人のことは言えません。私の欲望、性格で色んな人を困らせまくってます。あなたと同じですね。ですがこんなことになっても悲しくなんてないですよ……」


 胸の中心を指で小突き、酔裏が静かに告げる。


「そんな権利ないですもんね?」


 視界が霞む。いつかの光景を思い出す。

ご拝読いただきありがとうございました。

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