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Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜actors are arranged〜
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第八話 記憶【1】

「なんだ……なんなんだ、これは」


 ゼロは、基地内に入ってすぐ、アンタレスが配置されている作戦司令室に向かった。何やら良くない、悪質な脅威の気配がしたような気がしたから。それがなければあそこで染黒の骨の一本や二本へし折っていたのに。


 案の定作戦司令室に入るなり司令官席に通され、状況を報告された。別に悪い気はしないが、研究員共は自分のことを神とでも思っているのだろうか。脅威を察知していて当然のような態度を取ってくる。組織としてこれはどうなのか。


 天道は別の研究をしているようで、ゼロが臨時の司令官となった。今、エスティオン基地内の全権はゼロの手中にある。


 作戦司令室の巨大スクリーンに映っている光景は衝撃的なものだった。正直、自分の目が信じられない。


 そこでは、二体の化け物が純粋な肉体のみで壮絶そうぜつな殺し合いを繰り広げていた。


 方や人間とは思えぬ様相の化け物。全身をトゲトゲしい甲殻のような装甲で覆い、目は爛々と赤く輝いている。二本の突起物が頭部から生えており、天を衝くように伸びている。更にその上には一枚の天使を思わせる光輪が浮いていた。何か言葉を発しているようだが口は一切動いておらず、その外見は作り物なのかと問いたくなる。紅色の禍々しいその様相は、かつてを生きた者ならばこう言うだろう。少々不可解な点があるが、『鬼』であると。


 方や全身に黒いスーツを纏った長髪の黒髪の女性。特徴だけで言えば脳裏には愛蘭霞が真っ先に浮かび上がるが、現在彼女は基地内の訓練場で一級の戦闘訓練をしているはずだ。何よりまぶたがなくなってきまったのかというほどに瞬きをせず、殺し合いの最中でも薄く微笑んでいるその様相は愛蘭のようなまともな人間には見えない。今は眼前の化け物を滅すべく振るわれている腕と横腹の隙間には、つい先程まで腐った生首が抱えられていた。カンレス・ヴァルヴォドム。


 ゼロは顔をしかめながらその殺し合いを見つめる。


 ゼロの戦闘能力、身体能力をもってすれば、そこまで壮絶には見えない。介入すれば、勝利は確実に思える。二対一になっても勝てるだろう。だが、この世界に存在するゼロ以外の実力者の中では、この二体は明らかに最強格だ。最上第九席も、ついていけるかどうかさえ怪しい。


「こんな奴らが、今までどこに……!?」


 他の人間が全員慌てふためく中、ゼロだけは冷静に思考していた。が、すぐにその思考がかき乱される。


 鬼のような化け物は頭上に一枚の天使の輪のような輪が浮いている。明らかに神器だ。まあゼロでさえ見た事のないほどに壮絶な殺し合いをしているのだ。神器使いであって当然。


 が、黒髪の女はどうだ。見たところ神器は装備しておらず、隠し持っているようにも見えない。つまり。


「奴は非神器使い!?」


 思わず声を荒らげてしまう。だって、有り得ないではないか。人ではない、尚且つ神器を使う化け物を相手にし、一秒の内に数え切れぬ数の死が迫り来る戦闘を、神器を使わずに、武器も使わずに身体能力のみで繰り広げるなど。


 その時、ふっと脳裏に浮かび上がる。天道が忌々しげに語っていた、無差別に神器使いを殺戮する存在を。


「……お前か!」


 神器は神器を破壊できない。だがそれは言い換えれば神器でなければ神器を破壊できるということだ。しかしこの世界に神器を貫ける攻撃力を持った武器は存在しない。故に神器とは絶対の矛であり絶止の盾であったはずなのだ。だが、今。そのルールが、ことわりが。


「根底から覆された……!」


 歯が砕けるのではないかという程に強く歯を食いしばりながら、口内に走った痛みで冷静さを取り戻す。自分が冷静にならずに誰が冷静に指揮を執るというのか。


 現在観測しているこの戦闘地点は基地からはかなり離れている。神器を使っているならまだしも、素手のみの戦闘でここまで影響が及ぶことはないだろう。だが戦闘とは予期できぬものだ。もしかしたら、戦場をこの近くに移すかもしれない。その時、防衛をせねばならない。


「基地内に存在する最上第九席に通達!及び最大基地外戦力にも連絡急げ!いつでも出れるように準備を整えさせろ!特級以下の戦闘員及び現在この部屋にいない研究員は総員避難準備!後早く天道を連れてこい!」


「了解!」


 彼らは一つの群体の如く動き出した。彼らは知っている。力なき者は守られることが最も負担にならないのだと。幾度となく、それを思い知らされた。


「場合によっては私も出る!」


 ゼロも、誰も彼もが気付いているのだろう。この世界に何かが起きようとしている。何がきっかけでどう転ぶのかもわからない泥沼のようなどこかへ進んで行くのだろう。この地平に生きる者の誰もが、そう感じずにいられなかった。


「まだ壊される訳にはいかんのだ……!」


 ――――――


 微笑んでいる。死という概念を顕現させたかのような地獄の戦闘の中でも、彼女が微笑みを絶やすことはない。それは意地でもなんでもなく、空虚で空っぽな心の中でただ誰かに言われた気がするからだ。


『いつでも笑顔でいりゃあ何でも輝いて見える!』


 彼女の希薄な感情に消されてしまった“あの頃”の記憶の中で閃光のように瞬いている、数少ない記憶であった。


 化け物は拳を、脚を、時には頭さえ攻撃に使い続けている。彼女……『カンレス・ヴァルヴォドム』と呼ばれることとなる女性も同じように応戦しているが、正直終わりが見えそうもない。どれだけ傷を付けても瞬時に再生するからだ。


「君……怖いな……もう何時間さ……」


 化け物は親しげにカンレスに問う。


 化け物の言葉通り、彼女らはもう六時間は戦い続けている。尋常の生物ならばとっくに活動限界を迎えているだろうが、両者共後一週間でも戦い続けることが出来る。


 彼女らはただただ出くわしただけだ。生首の臭いを辿っていると濃厚な死の気配を感じ、廃墟に立ち入った。そこにこの化け物がいたのだ。血液や内臓、縮れた白い脂肪、脳髄、破壊され尽くした骨の中で突っ立っていた。


 彼女は無視して立ち去ろうとしたが、何を思ったのか化け物が攻撃してきた。だから反撃し、今に至る。


「無理だよ……君じゃぼくは殺せない……びっくりするぐらい強いけど、何かが足りないんだ……」


 彼女は喋らない。化け物もそれを理解したのか、それ以降は声を発することなく攻撃を続けた。


 そのまま数分経過。さすがに嫌気がさしてきたのか、はたまたただ面倒になったのかはわからないが、化け物が先程までとは比べ物にならない威力の右ストレートを放ってきた。


 彼女は異常に発達した視神経でその軌道を追っている。さすがに胴体で受けることは無理そうだし、避けるのも無理そうだ。できるのは、拳を叩き込むために持ち上げている左腕で真正面から受け止めること。


 しかし通常の生物ならばそれは絶対に不可能だと本能で判断するだろう。例え化け物の右ストレートと自分の体の間に左腕を割り込ませることに成功しても、『胴体から体が爆散する』結果が『左腕から体が爆散する』に変わるだけだ。だが。


 彼女は迷うことなく左腕、否、左の掌底で右ストレートを受け止める。化け物は確信した。


 (勝ったかな……)


 だが、そうはならない。接触と同時に彼女は掌底を爆発的な勢いで後方に吹き飛ばされたかのように伸ばす。左腕の関節や筋肉から破滅的な音が聞こえるが、気にする素振りもない。痛みすら感じているようには見えない。


 彼女の背筋、肩甲骨等の背部に存在する骨が破裂したような音を立てながら、衝撃を伝導させる。化け物の攻撃による全衝撃が彼女の右腕に伝わった。


 瞬きの数十分の一程の速度で右脚で踏み込む。化け物の懐に潜り込んだ。


 その有り得ざる行動に衝撃を受けたであろう化け物が重心を移動させる。後方にずらし、前脚による蹴りを放とうとした。が、それよりも彼女の方が速い。


 指先の一点に彼女の踏み込みによって生じた重み、躍動させた筋肉によって発生したエネルギー、捻りを加えエネルギーの伝導のみに特化させた関節の力を乗せる。更に化け物の攻撃によって生じた衝撃、彼女自身の体重を速度と共に乗せて、接触。化け物の甲殻と彼女の人差し指の先端が触れた。


 同時に彼女の左腕から背筋、背部骨格、右腕が残酷な音を立てて砕け散った。その圧倒的な衝撃に彼女の体が耐えきれなかったのだ。しかし化け物はもっと酷い。


「ぶっ、ぐお、お?がぼ、が、ぶ……」


 心臓。その一点に穴が空いた。化け物の視界がスローになる。最初は小さかった穴がどんどん広がっていき、やがてその穴は化け物の首と四肢の先端だけを残して肉体を食い破った。この戦闘で初めて見せる技であった。


 彼女も技の名は知らぬ、かつて見た『楽爆』の技であった。己の体重、全身の躍動によって発生させたエネルギー、敵の攻撃による衝撃を指先の一点に纏めて『点』から『面』に発展させていきながら敵を食い破るその技の名を、『楽爆』はかつてこう呼んだ。


震砲しんほう


 振動する砲台を押し付けて炸裂させたかのような、『楽爆』の最も得意とする技だ。


 砕けていく化け物の肉体を眺めながら、彼女は思い出していた。数少ない記憶、かつて『縮地』や『震砲』といった技術を使っていた男のことを。今尚鮮烈に輝いている『楽爆』との記憶を。

ご拝読いただきありがとうございました。

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