第七話 試練【2】
ゼロは八時頃になってようやく春馬を解放し、それから朝食。係の人間が運んできたもので、春馬は涙しながら食した。砂の石焼きとは比べるのも失礼と思えるほど美味かった。
昼頃フリシュと天爛と雑談していると天道が調子はどうだいと言いながら訪問してきたので聞いておいた。
「なあ……あのゼロってのなんなんだ。尽殺ってなんなんだ!」
「ん、あ……ゼロ君は……うん。僕もわからん。ああいう奴だと思って諦めてくれ。尽殺はだね……」
長ったらしい話が始まったので要約すると。
尽殺は二つ名の一つなのだそうだ。
この世界には、神器やその他の要因によって奇跡的な強さを手に入れる者が稀にいる。そういった者には警戒と畏怖の念を持って二つ名をつける。現在存在しているのは三人。
一人目はゼロ。有り得ざる理論をもって幾多の神器を身に付け、知覚される前に敵を殺す。一切の慈悲もなく敵を殺すその様から『尽殺』の二つ名を付けられた。
二人目は染黒。召喚系神器を極め、神に等しい存在すら自在に召喚し操り滅ぼす。望めば地獄さえ創ることの出来る圧倒的な力に付けられた名は『鏖獄』。
三人目はエルミュイユ・レヴナント。この世界に存在する全ての研究員の師。莫大な技術と知識、そして消えぬトラウマを植え付けた存在。自身も優れた研究員であり、同時に屍体の神器の使い手。神器の力で死してなお生き続けており、年齢は誰にもわからない。唯一無生物にも神器を使わせる技術を確立し、戦闘の際は神器を持った死を恐れぬ軍隊で戦う。その軍隊に飲み込まれ、溶かされていくように死んでゆく者を哀れみ付けられた名は『融滅』。
もう一人いたそうなのだが、今はもう死んだという。正体不明の誰かに殺されたそうだ。付いていた二つ名は『楽爆』。鎖の神器の使い手で、根っからの戦闘狂。ひたすらに強者を追い求め、先代の最上第九席も何人か殺されている。
「え、あいつそんなすげえんだな」
「ゼロ君は二つ名持ちの中でもずば抜けているからねえ……唯一追いつけるかもしれないと言われているのが『楽爆』を殺した存在だけど……どうかなあ」
それからいくつか会話を交わし、天道は退室。一日目同様雑談をしながら過ごし、一日を終えた。
三日目はそれぞれの神器について話し合った。
「僕のは槌の神器。一応こんな外見だけど概念系なんだ。地面を操る、中々に凄い神器なんだぜ?」
そう言ってフリシュは首にぶら下げた槌のネックレスを掴んで見せつけた。戦闘時は巨大化し、振り回しながら操った地面との共闘で敵を追い詰めるそうだ。
因みに春馬は概念系とか言われてもなんのこっちゃなので天爛に説明してもらってから話に加わった。
「私は本の神器……装備・装着系。でも能力は概念系に近いわね。例外ってやつ?」
「盲全レディは中々に強いぜ?」
盲全が懐から一冊の分厚い本を取り出した。理解不能な言語が表紙に刻まれており、本人にだけ読めるのだと言う。本の中には様々な現象や神話が描写されており、音読することでその描写を具現化する能力だそう。間違いなくぶっ壊れ能力だ。
「わ、わた、私は……釘の神器……でふ」
噛んだ。可愛い。
酔裏は常に部屋の隅にいるため分かりづらいが、いつも腰に袋を提げている。中には大量の釘が入っていて、少し見せてもらったが中々に怖かった。
召喚系神器にあたり、詠唱、陣、血液の三つを捧げることで『現象』を召喚する。例を挙げるなら爆発や地震。かなり強いのだが、血液を消費する関係上多くは使えない。また加減もできないので仲間が近くにいると使いにくいという中々に扱いが難しい神器だ。因みに腰に提げている釘は全てただの釘だ。釘の神器の本体は一回限りの切り札で、普段は自分は常に取り出せるが他人からは絶対にわからない場所に隠しているという。
「拙者は水の神器でござる」
水の神器は概念系にあたる。水とはいうが、天爛の独学の末にそれはもはや液体の神器と言ってもいいほどに変質していた。実際彼女は血液を操ることを切り札としている。
いつもはちゃらんぽらんで何を考えているかわからないが意外と努力家なのである。
「なあ天爛レディ」
「なんでござるか」
「忘れてるかもしれないけど、君は敵組織の人間なんだぜ?そうポンポン情報を出していいのかい?」
「………………………………………………」
天爛、冷や汗と涙を流しながら退場。
「は、HAHAHA……まあ、あれだ。二度とエスティオンに手を出さないなら問題ないよ……そう天爛レディから上の人に働きかけてくれ……春馬ボーイの神器はなんだい?」
そう。天爛はあくまで罰の一環としてここにいるのである。決してエスティオンの人間ではない。ここでの生活が居心地いいせいでそれを完全に忘れていたようだ。彼女は春馬たち新人組の試験が終わったらレギンレイヴに帰るのだ。
彼女は高い技術を持っているがメンタル面に大きな問題あり、とレギンレイヴでも判断されている。
「拙者……新しい力得られるのでござろうか……」
「俺の神器……名前は剛腕神器って言うんだけど」
天爛の呟きを無視して春馬が口を開く。その言葉にフリシュが「おお」と言うが次の発言で絶句した。
「どんなのかは知らん」
フリシュがめちゃくちゃ歯を食いしばりながら春馬を見つめる。盲全も視線は変わらず本だったが、目元だけで少しだけ笑っていた。酔裏は怯えている。天爛は泣いている。
「だって使ったことないんだもん。出し方もわかんねえし」
「ええ……」
微妙な空気で話は打ち切りになり、特別なこともなくその日は終わった。
この日、春馬はわかったことがある。フリシュ・スサインについて。メンバーの中では比較的明るく接しやすい。元気もよく、カリスマがあるのはわかっていた。
そしてそれ以上にわかったことがある。彼は恐らく兄貴分……リーダーになろうとしている。人間の立場や考え方を理解することは苦手な春馬だが、その程度のことはわかった。
例えば春馬は性格が合わないせいか盲全と言い争いになることがあるのだが、その際は積極的に介入し仲直りさせようとする。困ったことがあれば何でも教えてくれて、話に混ざれない酔裏にも話を振ろうとする。集団で行動している際は傍観者に徹することが多いが、自然と「こいつについていきたい」と思える。彼はそんな人間なのだ。
そして三日目〜七日目も同じような日が続き、現在八日目。さすがに暇になってきた頃である。
「暇でござるなぁ……試験はまだでござるか?」
「わっかんねえ。フリシュ、わかる?」
「わからないよ。僕も聞きたいぐらいさ……盲全レディ?何か知らないかい?」
「し、知らないわよ!」
「酔裏レディは?」
「ヒッし、知らない、知らないっです!」
昨日からこんな会話を繰り返している三人+二人。意味が無いと分かりながら他にすることがないのだ。
また椅子取りゲームしながらしりとりしてアルプス一万尺でもするかと考え始めた頃。天道が愛蘭と一緒に入室してきた。何か変化が起こりそうな予感に、皆期待を膨らませる。
「そろそろ暇だろうから試験に関する説明と準備をしよう。天爛君は皆と馴染めたかな?」
「完璧だぜ。もうエスティオン所属でもいいんじゃねえか?」
「嫌でござる。拙者はレギンレイヴの人間でござる」
「えていうか試験開始の基準暇かどうかなのかい?」
フリシュの問いを無視し、天爛が一応レギンレイヴの人間であるということを覚えていることに安堵したようで天道と愛蘭が同時に心の底から安心した顔をした。
顔を見合わせてから二人は頷きあい、愛蘭が右手を狂った蜘蛛のように動かす。
「ではまず準備。春馬君の神器を表に出して本人が操れるようにしよう。ずっと先延ばしにしてきたからね」
「おー。やっとか」
「愛蘭君の傀儡傀儡で無理やり引き出す。じゃ、やっちゃって」
「へいへーい」
無理やりという不穏な言葉が聞こえたが努めて無視する。異物が体内に入り込む感覚に一瞬吐き気を催すが、すぐにそれを圧倒する衝撃に打ち消された。
愛蘭と遺華は見たことのある、剛腕神器。いかつい外殻に立ち上る黒い炎のようなオーラ。見ているだけで威圧され、気圧されそうになってしまう。
春馬もフリシュも盲全も酔裏でさえその威容に魅入っている。何もせずとも感じられる『力』に、無邪気に興奮しているのだ。しかしそんな子供組とは反対に、天道と愛蘭の大人組の反応は正反対だった。
「愛蘭君。見間違いじゃないよね。見間違いだと言ってくれたら嬉しいな。僕の目がおかしいんだよね」
「天道。悪ぃな。お前の目は正常だぜ。同じ光景が見えるぜ。奇遇だな。ははは」
すっかり青ざめた顔で剛腕神器を見ている。天道に至っては怯えるように体が震えている。愛蘭も恐怖と懐かしさのような感情を表に出しているように見える。
初めて皐月春馬という少年をエスティオンに連れ込み確認した際、彼の神器は暴走のせいか最初からレベル4だった。更に『同化』と表現すべき現象が起きていた。簡単に言うと神器を装備した際の身体能力向上効果が通常の何倍も大きくなり、能力も延長される形で強化されるというものだ。この事実はエスティオンに所属する全ての研究員を大いに震え上がらせた。
あまりにも春馬と剛腕神器の相性が良すぎる故に起きた現象だった。染黒悔怨の正反対。もはや最初から剛腕神器と共にあることこそが正しい姿なのではないかとすら思えるような、有り得ざる現象だったのだ。
春馬を診たどの研究員も、筆頭研究員として組織で最も優れた頭脳を持つ天道でさえも、下した判断は同じだった。これは暴走による一時的なものであるだろう、と。
だがこの現実はどうだ。皐月春馬の神器はレベル4のままであり、同化現象も続いている。天道は外見から判断したが、戦闘の中で経験を蓄積し勘を鍛え上げた愛蘭にはもっと明確にわかる。遺華と二人で制圧した時と全く同じ。皐月春馬の強さはあの時から全く変わっていない。あの時と同じ、経験さえ積めば最上第九席に迫るか、それ以上のポテンシャル。染黒や神梅雨が見ても同じように判断するだろう。基地内最強とされる二人でも。ゼロはわからん。
この現実を受け止めきれずに二人が震えていると、どこからかやかましい足音が聞こえてきた。
なんだ、と言葉にする時間もなかった。その足音の主はすぐに二人を吹き飛ばして部屋に突撃してきた。
「なんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
「目覚めたか剛腕んんんんんんんんんんん!!!!」
その足音は一人分のものではなかった。その証拠に、部屋に突撃してきているのは二人。染黒悔怨とゼロ。
二人は周囲の人間を吹き飛ばして春馬の両腕を全力で握りしめる。目は狂気の光に輝いていた。少し……いや、めちゃくちゃ怖い。
遠い目をしながら春馬が覚悟を決める。この勢いじゃあそろそろ肩から引きちぎられるな、とどこか遠い所で誰かが考えているような気がした。
しかし彼が予想したような激痛が両腕に走ることはなかった。それどころか、ほんの僅かな痛痒すら感じなかったのだった。
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