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Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜actors are arranged〜
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第七話 試練【1】

 そろそろ腐り落ちてしまうだろうか。生きている間は動いたり喋ったり思ったり想ったりするが、死んでしまえば二度とそんなことはない。ただの肉の塊だ。血液も通わず酸素を取り入れることもなく、ただ『そうある』故に腐敗していくだけの、愚かで憐れな肉塊だ。


 そう考えたのは誰だろうか。少なくとも彼女ではない。狂気の笑みを浮かべる首を抱えた彼女では。


 では誰が考えたのだろうか。高く積み上がった瓦礫の山の上から見つめる、まだ命があるだけの観測手。その有り得ざる光景に思考が反れる名も無き神器使い。数瞬後には形を失くす紅い水晶の欠片の先にいる者だろうか。いずれにせよ、その首の傷から判断したにすぎない。


 彼女は足首の下から先だけで動いた。誰の目にも判断することのできない重心そのものの移動を利用して踏み込む。かつて存在した『武術』において、予備動作がなくまた疾風の如き速度で移動する法とされる、縮地という技術。


 まず砕けたのは紅い水晶片。エスティオンにおいてアンタレスと呼ばれる神器の欠片であったが、彼女の手刀の勢いのみで粉々になって機能を失う。


 次は瓦礫の上に立つ観測者。『彼女が動いた』と双眼鏡の向こう側から意識した瞬間には彼女の足の甲がそこにあった。彼は所属する組織の中でもトップに入る実力者であったが、有象無象と同じように無意味にその生を終えた。ゴッパアン!と到底人の出せるとは思えない音と共に生あたたかい血液や臓腑ぞうふき散らして。


 最後は正面に立つ、ただ偶然その場に居合わせた無名の神器使い。彼女が消え、どこかで肉が弾けた。たったそれだけしか認識できず、次の瞬間には彼女が指の関節と筋肉のみで弾いた瓦礫の欠片が数十度に渡って脳と心臓を貫ぬいた。理解のみならず、認識さえできずに果てた。全て一秒にも満たぬ時間の出来事であった。


 彼女はただ微笑んでいる。穏やかに、聖母のように。数瞬前の惨劇が世界の反対側で行われたかのように優しく。口の端を僅かに吊り、何もなかったかのように微笑む。


 彼女が脇に抱える生首は、元は「ザッカル・ケスク」という名であったが、今や面影すら残っていない。人であるかどうかの判別すら困難だろう。眼球は腐って落ち、皮膚はただれ、歯は抜け落ち、耳元まで届こうかというほどに無理やり吊り上げられた口だけが、あるいは判断材料になるだろうか。つい先程命を散らした者たちも、それが何らかの生物の肉塊であると判断しても、かつて人であったなど思っていなかった。


 彼女の行動は模倣。または何の理由もない、ただのその場の気分によるもの。数瞬前一つの神器を破壊し二つの命を奪ったのも、『なんとなく』だ。


 彼女が歩き出す。生首の臭いを嗅ぎ、頷きながら。


 彼女に名前はない。否、元はあったが、覚えてなどいない。いつか笑いあった誰かの顔も覚えていない。


 かつて彼女は、一人の男を打ち倒した。それは絶対とも言えるほどの力を持つ神器使いであり、先代の最上第九席を幾人も殺害した実力者であったが、彼女との死闘の末、その実力を前にして笑いながら敗北した。彼は生まれながらにして強者であり、戦いを愛していた。別れの時、彼は恐らく何もないであろう彼女に名を与えた。それすら彼女は覚えていないのかもしれないが、いまやそれだけが彼女を彼女であると判別する記号である。


 カンレス・ヴァルヴォドム。


 彼女に倒された彼の名だ。いまは彼女のものか。彼女がその名を名乗ることはないが、誰もがその面影を見ることだろう。五体を振るう彼女の姿に、かつて。縦横無尽に鎖を振り回し、絶望をもたらした彼の姿を。なぜなら彼は、彼女に最も大きな何かを残した者だから。


 染黒悔怨が、天道道流が、ゼロが、神梅雨幸幸が、愛蘭霞が、漆秀徳が、あるいは他の誰かが。一度でも彼を見た者は、その姿を重ねてしまうだろう。


 彼は死んだ。誰もがそれを喜んだ。だが終わりではない。ただ逸脱していただけなのだ。彼も等しく人だった。死は終わりではなく、何かを残し託す。人とはそういう生き物であり、彼も等しくそうであった。


 新たな絶望が、この地平に生まれつつあった。


 ――――――


 こんにちわ、天爛でござる。本日はあれから何が起こったかを、淡々と語っていくでござる。淡々でござるよ。決して他のものに気を逸らしたりはしないでござるよ。ほんとに。


 一日目。天道に紹介された部屋には四人の男女がいたでござる。いやー全員美人だったでござるなぁ。おどおどしてる臆病系とか元気いっぱい系とか色々でもう拙者興奮したでござる。イケメンもいたから良かった良かったこれで捗るというもの。あ、何がかは言わないでござ


「お前じゃ話にならん。黙れ」


「ひどいでござるぅ!」


 あれから一週間ほどが経ち、春馬と天爛は天道に紹介された戦友たちとすっかり馴染んでいた。因みに今さっきの茶番は天爛が言い出した「映画……?というのを撮ってみたいでござる!紙芝居でも構わんでござる!」という発言を発端ほったんとして演じられたものである。


 天爛の代わりとして話すと、まず一日目。当然最初は自己紹介から始まった。


 一人目。虹を塗料としてむちゃくちゃに塗りたくったかのような派手な髪色をした春馬と同じ十六歳の年齢の青年。旧アメリカ大陸出身、「フリシュ・スサイン」。同性ということもあり、春馬と意気投合。暇な時は大体二人+天爛で騒ぎまくっている。


 二人目。艶やかな黒髪をポニーテールで纏め、冷たい印象を与える寒色の眼鏡をかけた、目つきの鋭い少女。どんな時にも本を手放さず、誰かと会話する時も目線は常に文字を追っている本好き少女。「盲全映もうぜんうつし」。フリシュとは犬猿の仲でしょっちゅうギャーギャー言い合っているが、そういうことには疎い春馬でもわかるぐらいツンデレで、フリシュに気がある。どれぐらいわかりやすいかと言うと、比較的仲の良いメンバーと話す際も目線が本に向いているのに、彼と話す時だけは目線を合わせている。気付いてないのはフリシュだけである。


 三人目。分厚い前髪で目を隠し、常に部屋の隅で何かに怯えるように震えている気弱な少女。見ているだけでこっちまで暗くなってくるような雰囲気を醸し出しており、実際本人も暗い性格をしている。「酔裏蜜香すいりみつか」。本人たち以外は知らないことだが、よく盲全にオカルト系の本を貸してもらっており、かなりのオカルト好き。特に呪い・呪詛系がお気に入りだ。


 そして四人目。天爛は医務室にいたため初見だが、春馬はその姿を見たことがある。ふわっとした翠色の混ざったショートボブ。出るところの出た魅力的なスタイル。最上第九席第七席、神梅雨幸幸。


「おー。あの時の速い人」


「あなたは……覚えてるよ!拘束されてた人だ!観客席で!」


 春馬が部屋に入るなり会話は始まった。好奇の目で二人を見つめていたフリシュもすぐに話しかけようとしていたが、神梅雨の方が速かった。他二人は怯えたり我関せずだったりまるでコミュニケーションを取ろうという気がない。


 春馬が試合の感想――特に神梅雨の勇姿――について語る度に会話が弾んでいく。神梅雨の性格がよくわかる。


 天爛は少し寂しそうにしていたフリシュと話していた。随分気が合うようで、軽い雑談をしている。天爛は少女と言うより少年の方が性格的に近いのでウマが合うのだろう。


「じゃあ僕はもう行かせてもらうよ。仕事が多いもんでね。フリシュ君、神梅雨君。諸々任せたよ」


「oh、OK!」


「はーい!」


 春馬も天爛もコミュニケーション能力が高い。それを活かして交流する二人を見て安心したのか、天道が少し瞳に安らぎを取り戻し出て行こうとする。


 扉を開く。するとそこには白髪の少女がいた。


「……ん?ゼロ?え、なんで動けてんの?え?」


「やかましい。お前に用はない若造。剛腕はどこだ」


「春馬君ならそこに」


「お前か」


 可愛らしい見た目と声とは裏腹にとんでもなく威圧的かつ上から喋る少女。中央第零席、ゼロという。


 ゼロは春馬にズカズカ近寄ると腕を掴んで引きちぎらんばかりに引っ張った。


「いだだだだだででででで!」


「ふむ……なるほど。さすがはイヴ。素晴らしい。ムーナのお陰だが最大限利用させてもらうとしよう……」


 ブツブツ独り言を言って満足したのか春馬の腕を解放する。見れば掴まれた場所に痕ができていた。


 それからも独り言を呟きながら、部屋から出て行った。その場にいた全員が、見つめることしかできなかった。


「………………じゃ、僕は今度こそ行くよ」


 そう言って天道が部屋に入る時より疲れた顔をして出て行った。今の一瞬でとんでもない疲労が蓄積されたようだ。


 なんとも言えない微妙な空気になったが、すぐに調子を取り戻し全員と軽く会話をしてその日は終わった。


 二日目。部屋の中には二段ベッドが複数置かれており、春馬と天爛は空いていたベッドの上下を使うことになった。瓦礫と比べるととんでもなく寝心地が良く、春馬は久々に快眠だった。前日の興奮もあり、とても深く良質な眠りを得られて大満足だった。


 そんな彼の目覚めは両腕に走る激痛だった。


「ッ!?」


 突然の激痛に言葉を発することも出来ず飛び上がる。春馬は下段のベッドを使っていたため上段に頭をぶつけた。


 (まだ朝の四時じゃねえか……!)


 しかしそんな思考はすぐに中断される。腕の激痛はそれでも終わらない。見れば白髪の少女。


「またお前か!」


「敬意をもってゼロ様か『尽殺つくしごろし』と呼べ若造。これだから人間は……」


 圧の籠った瞳で睨みつけてきながらも力を抜くことはなく、激痛は未だに続いている。


「何がしたいんだお前!」


「お前は知らんでいい若造」


 それから他のメンバーは六時頃に起床した。全員白髪の少女を見て驚愕し、握りしめられている春馬の両腕を見て気の毒そうな顔をした。春馬は約二時間に渡って驚異的な力で腕を締め付けられ、もはや何かを諦めた目をしている。


「あれ、幸幸は?」


 神梅雨からの希望で、春馬は春君。神梅雨は幸幸と呼ぶことになっていた。


 そんな彼女は部屋にはおらず、もうどこかに行っているようだ。


「幸幸レディは最上第九席の仕事もあるからね。近々別の任務もあるらしいし忙しいんだろうね」


「ふーん、大変なんだな」


「……札か。アレは……可哀想なものだ。ただ選ばれただけだというのに……まあ、アレに目覚めておらんだけマシか……」


「お前俺にわかるようなこと言ってくれねえかなぁ!?」


「二度言わせるな若造。私のことは敬意をもってゼロ様か尽殺と呼べと……」


「だああめんどくせぇ!」


 二日目はそんな調子で始まった。

ご拝読いただきありがとうございました。

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