番外編:たまには流されることも【2】
「愛蘭……霞ィィィイイイイイ!!!!!!!!!!!!!」
怪物……あいや失礼、幽霊……おっと、化け物……ととと……浮津美影だ。とんでもないスピードで走って戻ってきたせいか傷口が開いて血が噴き出し、もはや生命かどうかすら怪しい。いや、アレを生命と呼ぶのは生命への冒涜か……
そして更に。
「なああの壁なんだがもう少し色が落ち着いていた気がするんだがのう。それと材料が少し違うぞよ。倉庫で番号振られてたろ、A56じゃなくてB48じゃよそれに」
「ごめーん止められなかったー!」
厄介クレーマーことハイパーアンチの異名を持つ戦闘以外めんどくさすぎる取り柄なしの女染黒悔怨。神梅雨との試合でイメチェンしたが根底は変わっていないようだ。いくら聖人天道でも相手が魔界の王者では分が悪かったか……!
「およ、喧嘩かえ。大人気ないのう霞ちゃんや……どれ、儂が力を貸してやるぞ春ちゃん。一緒にこらしめよう、ほほ」
「霞ィ……霞ィィィイイイイイ!!!!!!!!」
そういうとこだぞお前、と口に出さなかったあたしを誰か褒めてほしい。マジでそういうとこだぞお前そういうとこが鬱陶しいしうぜえんだぞ反省しろ本気で。
そしてお前はなんなんだ生霊。あーそういえば生前(?)息巻いてたもんな最強の私が最上第九席の一角を崩すみたいなこと言ってまだやる気なのかよお前現実見てくれないかな。
「愚痴も程々に……かなあこれは!」
そうして一対三の構図が出来上がった。生霊はガチの殺意をぶつけるし遺華はお祭り騒ぎ的感覚なのか逆にテンション上がってるし染黒はたまに会うおばあちゃんだしでもう散々だ。勝ち目とかそういう段階ではない。
だがここをなんとかするのが愛蘭霞という女。優秀な女なのだ、彼女は。仕事はできる、失敗はしない、紅茶よりコーヒー派、お前今なんつった。場を収めるのは慣れている!
まずは一番弱い生霊から対処しよう。脳内に軽快なミュージックを流しながら魔法の言葉を唱えましょう……
キュー○ー三分クッキング!てれれってれてってって!
まず糸の腕を作って生霊の首を鷲掴みにして空中に放り投げましょう。四肢がバラける角度で投げるのが大事です。ここをミスるとかなり後に響くので気を付けましょう。
次に糸剛滅壊暴滅阿修羅・攻滅天空を操って下からすくい上げるように腕を差し込みましょう。ここまできたらほぼ勝ち確です。ところで○ューピーってなんなんでしょう。
最後に糸剛滅壊暴滅阿修羅・攻滅天空の腕を豪快に振り上げて生霊を遙か彼方にまでぶっ飛ばせば完成です。そろそろ言い過ぎな気がしてきましたね糸剛滅壊暴滅阿修羅・攻滅天空って。でもしょうがないじゃん?かっこいいし。語ろうかなんなら。あたしは好きなんですけどねコレ。マジで。
調理時間まさかの二秒、『浮津美影のたたき』。完成です!あたしは食べたくないので誰かに任せることにします!
「おお……豪快に吹っ飛んだのだあ……」
「人の心とかないのかい霞ちゃん!おっ死ぬかもじゃぞ!」
「大丈夫だアレはもう死んでるようなもんだから」
「まさか二度殺す気かえ!?あ、悪魔じゃあ……」
あたしが悪魔ならてめえはクトゥルフじゃボケ。コズミックホラーとか言ってんじゃねえぞ。なんも関係ねえとかの揚げ足もやめろよ。マジで生まれた星に帰れ。あたしと姫の時間を邪魔すんじゃねえクソババア!
そろそろ言い過ぎだな。うん。
さあ、次は染黒の対処だ。できればご退場願いたいがこいつ最上第九席でもトップクラスに強えしあたしじゃ敵わねえんだよなあ……今はおふざけだからいいけどさ。こいつめんどくさい性格してるから追い出そうとしたらムキになって段々本気出すよなあ……マジめんどくせえなあこいつ……
そもそも一対二の時点でおかしいんだよ。さっきとか一対三ってなんなんだよいじめだよもうやめてくれよ。
「お、そうじゃそうじゃ!どうせ巨人がおるんじゃ、儂の冥滅之帝をぶつけてみるかの!合戦じゃあ、ほほほ!」
「おいバカマジでやめろ洒落にならんぞそれは!」
冥滅之帝。先の試合でも出現した染黒最強の召喚獣……数多の自然現象を操る能力と異形の巨体を持ち、少なくとも天井がある場所で出すもんじゃない。糸剛滅壊暴滅阿修羅・攻滅天空もかなりの巨体だ。だから小さくしてんのに気付いてるのかねこのボケ老人は。気付いてないんだろうなあ!
遂にサイズ感も測れなくなったのかこいつは!
「ほ、ほ。冗談じゃて……ほーれほれ、まだまだじゃぞ!」
イメチェンしたせいか随分とまあ攻撃的になった染黒。積極的に召喚しまくるし戦法がねちっこい。そこに豪快な遺華の攻撃が加わるせいでかなり攻略困難な布陣が敷かれてしまっている。さすがの愛蘭も対処が難しい。
生霊の対処同様巨腕でぶん投げようとしたり逆に埋めようとしても召喚獣を駆使して抵抗してくる。さすがに最上第九席トップクラスなだけあり戦況把握も上手い。その対処も同様だ。やはり経験というのは侮れない。
……ふむ、ふざけていてくれるうちは無理に追い出す必要はないのかもしれない。確かに久々に姫との戦闘、邪魔されたくない気持ちはあるが普通に勉強になる。
「よーしそろそろ本気出すぞえ!」
即座に追い出してやろうそうしよう。なにちょっと楽しくなってきてんだよ自分の立場考えろよお前。
最後の切り札にとっておいたがもう容赦はしない。作り上げた巨人でどうにかしようとするから駄目なのだ。巨人が人を食おうとしても抵抗されるだろう?ならば最初から巨人の腹の中にいれればいい。発想の転換だ、ふふん。
「糸剛滅壊暴滅阿修羅・攻滅天空第二号、出番だぜ!」
その言葉と同時に染黒の周囲を糸が覆い隠し、糸の巨人が構築されていった。レベル4神器の身体能力があっても簡単には抜け出せない構築だ。やはり技術こそが至高。
とは言っても内部から大量に召喚獣を出されてはどうしようもないのだが……おっと?
「霞ちゃぁぁん……ちとやりすぎじゃぞお……?」
勝手に入ってきたくせに何言ってんだこのロリババアは。
糸剛滅壊暴滅阿修羅・攻滅天空第二号の体内から様々な召喚獣が溢れ出し、少しづつ破壊していく。骨、腐肉、皮だけの怪物etc……一応子供いるんですけどね配慮してもらえますかね?健全な教育って知ってるう?
しかし、戦法だけは本当に勉強になるな。普段は戦いながら戦略を練り上げて臨機応変に対応するくせに物量に頼らざるを得ない場合は何も考えず物量に頼る。判断速度が段違いで迷いがなく更に正確。なるほど強いわけだ。
にしても勝手に入ってきたくせに何言ってんだこいつ。
「……姫、しょうがねえ、やるか」
「できればやりたくなかったのだあ……」
それではご覧に入れましょうガチのマジの最終手段。そうそれは!あたしと姫とのパーフェクトでコングラッチュレーション且つトレビアーンでビューティフォーなコンビネーションさ!二人はプ○キュア!なんちて!なんかパクリ系のネタが多いのは気のせいさ、多分!そろそろやめた方がいいかな!?
久々の協力プレイでテンションがブチ上がった愛蘭が訓練場全体に糸を展開して場を作る。そして遺華が小石ではなく踏み砕いた大きめな地面の欠片を両手いっぱいに持った。これで準備は万端だ。
せーの!の掛け声と同時に遺華が思いっきり地面に両手いっぱいの欠片をぶつける。すると地表に薄く張った糸の膜がそれを反射し訓練場全体を飛び交わせた。不規則に動く地面の欠片は一つ一つが遺華の能力が込められた凶器であり、刻まれた物理法則は“触れれば埋まる”と“触れれば上に飛ぶ”の二種類。更に愛蘭の糸が訓練場全体に張られているため欠片は狭い空間内を縦横無尽に駆け回る。それが一切途切れることなく触れるということはつまり……
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
「これぞあたしらのコンビ技、範囲広すぎピストン!」
丁度染黒が糸剛滅壊暴滅阿修羅・攻滅天空第二号から脱出すると同時に地面の欠片が全身に触れる。
すると染黒の体が地面に埋まっては抜け出し埋まっては抜け出しを繰り返す機械と化した。これにはさすがのドリルもにっこりだ。染黒だけで穴掘れそう。触れた物体全てが上下ピストンを繰り返すドリルと化す……なんて恐ろしい技!
どこからともなく取り出したドリンク片手に、糸の結界の中で染黒を見守る。意識を失うのも時間の問題だろう。
そうして待つこと約十分。レベル4神器のお陰で強化された肉体が無駄に強く意識に執着したせいで十分も無理やりドリル化させられた染黒は泡を吹いてぶっ倒れながら新感覚の上下ピストンを開始した。第2ラウンドスタートだ。
「ばばばばばばばっばばばばばばば」
「……ふふ、染黒が……ばばば……ふふっふふは……」
「あはははははははいいのだ〜染黒〜もっとするのだ〜!」
気を失いながらも喋るとは器用な女だ、ははは。
そうしてドリル化染黒鑑賞会は夜まで続いたとさ……
――――――
念の為再確認だ、あたしらはサイコパスじゃないあたしらはサイコパスじゃない……よし、再確認完了。
いや〜面白かった面白かった……普段は粘着質且つ冷静沈着とかいう最悪の組み合わせの性格してるあの染黒が縦になったり横になったりしながら上下ピストンで掘削作業……しかも十分間は意識あったからずっと目合ってたし。最初は地味に怖かったが慣れればだいぶ面白かった。
染黒も誰かを笑わせることができたんだなあ……しみじみ。成長してくれて嬉しいよ、はは。罪悪感?ねえよ。姫との時間奪われてんだぞこちとらァ!
にしても姫も器用になったもんだ。昔は触れれば系の物理法則は対象指定できないせいで建物ごと動かしたりしてたもんだが、今ではそれができるからあのコンビネーションもできる……ふふ、デストロイヤー春とはかつての名か。
にしても……
「なあ、姫」
「ん〜?どうしたのだ〜霞〜」
訓練場に行く前同様絵を描いている遺華にどこか申し訳なさそうに話しかける愛蘭。頭の後ろを掻くとかいう申し訳なさ感じてるやつが絶対やる動作と一緒に話しかける様は申し訳ないが彼女にしては違和感ありありのパーリーだ(?)。
だって普段の愛蘭めちゃくちゃに気強いから申し訳なさを感じること自体ほとんどないんだもん。
「ご、ごめんな、二人きりで戦れなくて……」
当初遺華は試合に感化されたから愛蘭と戦りたいと言っていた。不可抗力とはいえ乱入者があったあの戦闘では恐らく満足できていないだろう。
だが愛蘭のそんな懸念もそっちのけで遺華が笑う。前髪で顔の半分が隠れていても彼女の笑顔は華のようだ。
「霞は悪くないし、あのらんちき騒ぎもあれはあれで楽しかったのだ〜」
「あ、そ、そうか?それなら良かった……」
「二人で戦りたかったってのは確かにあったけど……あれはどうしようもないし、たまには流されて何も考えずに遊ぶのもいいもんなのだ。またやりたいのだ!」
にへへ、と年相応に笑う遺華がどうしようもなく輝いている。子供らしい無邪気な笑み、いつぶりに見ただろう。
「……ああ、そうだな。たまには、な」
独り占めできないのは寂しいが、まあ。
たまには流されるのもいいもんだ。
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