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Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜actors are arranged〜
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第六話 邂逅【2】

「……何やっとるんだあいつは。ていうか新しい力ってなんだ何をさせるつもりなんだあいつは」


「どうせ焦って適当言っただけだろう。気持ちはわかる」


「あーあーストレス溜まりすぎて泣いちゃったじゃん誰だよあいつにばっかり仕事任せてんの」


「「「「「お前だよ」」」」」


 僅かな蝋燭ろうそくの光のみが光源となっている暗い会議室。一つの円卓を数人の男女が囲んでいる。彼らは皆一様に円卓の中心に置かれた紅い水晶を見つめている。


 現在天爛に慰められている研究部門統括含めエスティオンの上層部は合計で十人いる。それぞれ別々の部門の統括をしていたり、諸事情があって会議に出席できない者の代わりだったりするが、共通点が一つだけある。


 かつての生き残りであること。


 故に彼らは皆等しく中年又は高齢である。だがその眼光やたたずまいに老いは一切感じられず、寧ろそんじょそこらの若者なら眼光だけで射殺せそうな覇気はきが宿っている。


 彼らはかつてを生き延びたということもあり、大変仲が良い。複数人が組織を運営する中で一切の対立が起きないのは彼らぐらいのものだろう。


 また、最上第九席第九席、「染黒悔怨」もまた上層部の一人だ。戦闘部門代表という肩書きで出席している。


「ごほん……では、あいつも上手くやってくれたようだ。それでは、あいつへの詫びも兼ねて、早速今回の議題に入っていくとしよう」


「では私が司会を」


 一人の中年の女性が立ち上がり、手元の資料を手に取った。他のメンバーも同様に動く。


「今回司会を勤めさせていただきます、中央第零席代理です。まずは……緊急案件。天爛楽歩の処分について」


 急遽きゅうきょ追加された資料の最後のページをめくる。そこには、彼らは知らぬはずの天爛の情報がびっしりと記されていた。それは彼らが最も信頼する尋問・拷問のスペシャリスト、「催眠の神器」使いが得た情報である。


 天爛楽歩。レギンレイヴの諜報員。コードネームは「影燕」。今回のスパイ活動の目的は今後レギンレイヴにとって脅威となるであろう最上第九席の情報収集であり、他の仲間は侵入していない。好物は雑炊であり、野営する際は必ず調理道具を持ち歩く。スリーサイズは上から――――


「こんな情報いらんわ!」


「職務に趣味を挟むのが彼奴の悪い癖ですな……」


 毎度のことなので慣れたが、どうも催眠の神器使いは職務と私情を混ぜすぎる。そろそろ厳重注意した方がいいか。


 ため息を吐きながら気を取り直す。


「今回、第一試合中に行われた暗殺とは全くの無関係なのだな?」


「はい。記憶のどこにも、暗殺のあの字もなかったと」


「そうか。不思議なこともあるものだな」


 資料に目を落としながら会話する。


「では今後の処置ですが……」


「殺せ」


 無情な声が聞こえる。探索部門統括。彼はかなりの過激派だ。そして周囲の人間も賛同するように頷く。


「左様。天道道流、愛蘭霞、神梅雨幸幸、etcetc……奴らは指揮官として、リーダーとして、導き手としては優秀かもしれんが、甘すぎる。そして無知だ」


「今まで幾度となく潜入してきた諜報員。その全てが軽い罰を受けた後無事に帰ったと思っている」


「そんなはずはないだろう。彼らはどこまでも無知だ」


 どこまでも残酷な光をその目に宿しながら淡々とそう述べる。いつの時も彼らはこうある。


 今天爛の膝の上で泣き崩れている研究部門統括も、本気でその言葉を発した訳ではない。泣いているのは全て日々のストレスによるものだ。組織の甘さに疑問を抱いて流した涙など一粒たりとて存在しない。因みに会議をすっぽかしてまで泣いているのもストレスによるものだ。本来彼は話を付けたらすぐに会議に出席する予定だった。


 彼の組織の甘さに関する発言。あれは天爛を油断させるためのものだ。それほどまでにエスティオンは甘いのだと思わせるための。


「我らが他組織を潰せる口実はただ一つ。直接的に手を出された、ということ」


 この世界に存在する組織の頂点に立つエスティオンが、『手を出されていなくとも邪魔ならば潰していい』などという前例を作る訳にはいかない。


「しかし奴らは狡猾こうかつだ。直接的に手を出すことなく間接的に我らの邪魔をする。このままでは潰すことなどできないだろう。ではどうすれば良いのか?」


「簡単な話だ。至極簡単な話だ。とてもとても簡単な話だ」


「手を出させればいいのだ」


 有象無象の組織の認識では、エスティオンは一度たりとも諜報員に潜入されていない。それはひとえに彼ら上層部の方針が大きい。


 彼らには二枚の手札がある。それらを使い、あることをしているだけだ。


 諜報員に軽い罰を与えてから、追手と共に組織に帰す。そして組織に到着したら組織ごと滅ぼし、晒し首を荒野に放置する。彼らの手札さえあればそれだけで組織を丸ごと潰すなど容易い。


 他組織は考えるだろう。どこかのバカな組織が何も考えずエスティオンに手を出し、報復として滅ぼされた、と。エスティオンが敵組織の諜報員に侵入された証拠は敵組織と共に消えてしまったのだから。


 そして更に考えるだろう。未だに敵組織に侵入されたことのないエスティオンはろくな諜報員対策をしていない、と。


 それは事実だ。エスティオンの諜報員対策は他組織と比べて異常に緩い。しかしそれは侵入後の対策が恐ろしいまでに完璧であり、諜報員全てを必ず捕まえているからだ。どうせ生きて帰ることなどできないのだから、対策の必要がない。自分の組織を囮にする罠など、食いつかない訳がないのだ。


「彼らに連絡しておけ。罰の執行後、また働いてもらわねばならん」


「彼らも大変ですね。普段から激務だというのに……」


「仕方あるまい。片方は自分の意思でそうしているのだ。もう片方は……替えがきかん。替える時は世代交代してもらわねばならん」


「宿命……ですか。可哀想に……」


 全員がそのタイミングで黙る。集団での会話の際、必ず生まれる空白の時間。二枚の手札のうち一枚が背負っている苦しみや悲しみを思うと、言葉を発することはできない。それはきっと彼らには想像もできないほどに深いものだから。


 司会が咳払いし、資料をめくるよう指示する。これからは定期連絡及び新たな課題等の話し合いの時間だ。天爛のお陰で忘れかけていたが、今回の会議はこっちがメインだ。


 先程の話し合いの最中でも染黒は一切口を開いていない。ただ、不気味に。病んだように暗く笑っている。


「…………すぐそこよ。セイナー……」


 蝋燭の炎の淡い明かりに照らされながら、彼女は狂喜の笑みを浮かべた。


 ――――――

 

フゥ〜ーーーー……と息を吐く。周囲の気温が低いためか、それは全て白く染まり、ソレの鼻先をくすぐった。


 気に止めることもなくまた眠ろうとしたが、あることに気がついてゆっくりと瞼を開きながらその大きな首を持ち上げた。


「ああ……なんということだ」


 老人とも幼子とも思える奇妙な声を出しながら次は大きな前脚で地面を踏みしめる。久々だからか、少し過剰に力を込めてしまい、床に亀裂が走る。


 最後に後脚で床を踏みしめ、今度は力加減を間違えずにゆっくりと立ち上がる。それは白い鱗に包まれ、とても人とは思えない。まるで東洋の竜だ。


「遂に揃ってしまったんだね……」


 首から尾にかけて順番に、ゆっくりと後ろを振り向く。翡翠色の瞳に、白い十字架に磔にされたほぼ全裸の高校生程度の年齢の少女の姿が映る。目元は大量の包帯で覆われ、純白の眼帯が何重にも重なっている。


 特徴的な物はない。強いて言うならば歯がギザギザなことだけだろうか。

 しかし、これは少女と言えるのだろうか。それは少女と呼ぶにはあまりにも……


「歪で……美しい……」


 少し踏み出し、少女の目と鼻の先まで鼻先を近付ける。もしこの少女が呼吸をしているなら、お互いの息を感じることができただろう。


「ふふ……しかし恐ろしいよ……」

 鋭い爪で、しかし絶妙な力加減で少女の頭部の王冠に触る。


「王冠の神器……」

 着用者、又は王冠そのものに心を奪われた者の精神と肉体を完全な支配下におく、精神干渉タイプの神器。


 爪を顔まで動かし、目隠しを……厳密には目隠しの奥の眼球を突いた。


「両眼の神器……」


 左右にそれぞれ着用者の好きな能力を一つ付与することのできる神器。彼女は魅惑と精神支配を設定していた。


 次は爪をゆっくりと胴体部まで動かし、鎖骨に触れる。


「骨格の神器……」


 装備することによって肉体能力の超強化が行える、単純にして最強格の神器。しかし装備には想像を絶する苦痛を伴う。


 爪を動かし、その慎ましやかの乳房をそっと突く。


 「肉の神器……」


 身体の一部が損傷した際、自動的に筋肉、皮膚、脂肪を修復する神器。女性のみが着用を可能とする。


 爪を下腹部に移動させ、少し強めに突く。


「子宮の神器……」


 生殖能力を失う代わりに、ひと月に一度、超級の神器を産むことができるようになる、生命への冒涜とも思える神器。


 爪を大腿骨のあたりで停止させ、その背に強引に取り付けられた義手のようなものを優しく撫でる。


「義腕の神器……」


 自動的に着用者の防衛、迎撃を行い、あらゆる機構に変更することが可能な機械のような神器。


 義腕の神器のすぐ下に取り付けられた尾のような神器を突く。


「尾の神器……」


 この世に存在するあらゆる毒を生成し射出可能な注射器を模した神器。


 尾の神器から頭部へ向けて爪を動かし、頸動脈で止まる。


「血管の神器……」


 血液中の成分を自在に操作し、触れている血液を操作できる神器。


 爪を少女の体から離し、元通り床を踏みしめる。そして瞼を閉じ、耳を澄ませるような動作をする。


「ああ、そして……聞こえるよ。歌の神器、呪いの神器……」


 聞いた者の心を魅了し自在に操る神器と、聞いた者を七日七晩苦しめた挙句殺す、呪詛の神器。


「神器は一人につき一つ……そのルールを越えると、どんな生物でも体細胞の結合を維持できない……」


 どしゃり、と音を立て、ソレの皮膚が床に落ちる。しかしまたすぐに再生し、ぐちゅぐちゅと音を立てる。


「君だから、できたのだろう……神器の根本に触れたから……それほど、君は想っているのだろうね……」


 少し寂しげな声をだし、舌で少女の体を舐める。動物の母親が子を清潔にするような、そんな舐め方だった。


 脚を畳み、ぐきぐきと音を立てて地に伏せる。関節が破砕され、またすぐに再生する。何度体験しても気持ちの悪い感触と音だ。


「ああ、でも……私は、寂しいよ……君の声も、顔も知らない……」


 目隠しで目は見えず、息もしていない……死んでいるような状態の彼女からは、吐息すら聞こえない。


「その目隠しを取って……顔が見たいよ。一度でいいから、声が聞きたいよ……」


 歌の神器も、呪いの神器も、神器の声であって彼女の声ではない。なんだかそれが、とても寂しい。


「ああ……いや」


 少女の体の全てを見つめる。儚くて歪で奇跡的で、しかしこの世の何よりも冷たく映る。


「君に、笑って欲しい……それは傲慢かな……」


 雫が一つ床に向けて落ちる。しかしそれは、ソレ自身が開けた亀裂に落ちて消えた。二度と報われることはない。 


 穏やかな目をしていたソレは、零れ落ちた涙を忘れるように立ち上がり、少女へと向かい歩く。瞳には諦め、悲哀、後悔、決意。様々な負の感情が渦巻いているように見える。


「時が来たようだ……彼女もいずれ動き出す。彼も……手を出してくるかもしれない。有り得ないだろうが……」


 少女の目の前に立ち、その巨大な顎を、足を使ってこじ開ける。腐った肉や関節が弾け飛び、生物としての可動域を大きく越えた。本来喉や口蓋垂があるはずの口腔内には深い闇が広がっていた。


「少し……借りるよ。これが最後になるだろうね……彼女が動き、全ての駒が揃い、盤面が整えられる。全てが巡り始め、滅びへ向かって歩き出す……そうなれば私の出番は終わりだね……ようやくこの時が来たんだね……」


 限界を越えてこじ開けた口で十字架を飲み込む。巨体に見合った大きさの瞳から、再び一雫の涙が零れ落ちた。


「ああ、でも……最後だと思うと、悲しいよ……何度も後悔するだろう……この世の何よりも美しい君の全てを知ることができなかったことを……」


 ソレの体が尾から順に溶け、気体へと変換されていく。やがて頭部まで達すると、そこには十字架に磔にされた少女と、髪の毛一本に至るまで全く同じ外見の少女が残された。


「多くは望むまいよ……それは私の役割ではない……けれど。ああ、けれど。暗闇に満ちた君の世界で……」


 眼帯を外し、包帯を剥がした。美しい虹彩を放つ瞳が、十字架を見据えた。その口からは少女らしい可愛らしい声が聞こえる。これがあの白き竜だと言って誰が信じるだろうか。


「怨業背負って天扉、土塊食んで肉扉……」


 右手の指を二本立て、言葉を紡ぐ。少女の背後に二枚の光輪が現れ、そこからゴツゴツの装甲に覆われた白と黒の肉の塊にしか見えぬ腕が生えた。


 ゆっくりとしゃがみ、上に飛ぶ。かなり高かったはずの天井に一瞬で到達し肉の塊の腕を振るった。一瞬、本当に一瞬だけ十字架に磔にされた少女に視線を送り、言葉を発する。


「それでも、ああ、それでも……たった一度だけでも、笑って欲しかったよ……」


 僅かに微笑み、拳を天井に叩きつけた。天井がひび割れ、そこは科学的な設備が立ち並ぶ部屋だった。第一作戦司令室という。


「え、あ、は、え!?ゼ、ゼロ様!?」


 偶然そこに居合わせたのだろう研究員の男性が尻もちをつきながらそう叫んだ。ゼロと呼ばれた少女は、先程までの様子はどこへやら、どこまでも冷徹で興味なさげな感情を瞳に宿し男性に向き直った。口を開く。


「………………そんな名前だったな。大切な名前だ」


 中央第零席、ゼロ。

ご拝読いただきありがとうございました。

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