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Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜Seva the would〜
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番外編:そのマフラーは【2】

 愛蘭とて、しつこいまでの愛情を向けられて鬱陶しいとは思っているが悪い気分じゃない。少しぐらい応えてもいいかとは思っているし、自分が何かしてグレイディが喜んでいると、なんだかんだ嬉しい。遺華が喜んでくれている時には到底及ばないが、まあ、他とは違う嬉しさがある。


 ……思えば、最近忙しかった。わかりにくいが優しいグレイディのことだ、この話をして自分の息抜きにでもなれば、とでも思っていたのだろう。不器用なやつだ。


 話の持っていき方が強引だったのはそういうことだろう。


「忙しいのは、お前もだろうによ……」


 グレイディは数少ない飛行が可能な戦力の一人だ。その広範囲索敵能力を買われて、最近は色々な場所の調査を任されている。通常同時に起こるはずのない事象――二つ名の死亡と『融滅』の出現等――が頻繁しているため、何か計り知れないことが起こっている可能性があるためだ。


 それに伴い、人類……エスティオンの活動領域の拡大にも力を入れ始めている。当然擬似魔神獣との戦闘の機会も増えて傷付き帰ってくる隊員も増えた。確かに愛蘭はその対応、治療で多忙になっていたが、それでもグレイディの負担の方が大きかったはずだ。


 少し甘えさせて欲しいと口にくれば甘やかすぐらいしてやるのに、本当に不器用すぎる男だ。


 頬をつつきながらそう思う。相も変わらずクトゥルフ関連の呪文を唱え続けているのは恐怖以外の何物でもないが、自分の息抜きをさせようとしてくれていたこの男のことを、いつものように気持ち悪いと言ってあしらうのはさすがの愛蘭でも気が引ける。まったく、しょうがない……


「……ちょっとだけだぞ、恥ずいんだから……」


 糸の神器で呼吸器系の防御をしっかり行ってから目を瞑って数度深呼吸を繰り返し、意を決して目を見開くと、目にも留まらないとんでもない速度でグレイディの布団を捲ってその中に潜り込んだ。


 愛蘭の身長は171cmと女性にしてはかなりの高身長だがグレイディの身長は178cm。必然的にグレイディの厚い胸板に頭を擦り付ける形となり、彼の拍動が耳朶を打つ。


 自身の心臓も高鳴っているのがわかる、頬が熱くて煮えているかのよう。何をしているんだと少し後悔する、が。なんだか安心感があって、心地よい。もう少しこのまま……


「意外と、暖かいじゃねえかよ……」


 少し、眠い。いつの間にか夢の世界に落ちていく……


 ――――――


 夢を見た。雨の日、家族がいる。


「父さん……母さん……?」


 見間違えるはずもない、そこにはあの日死んだはずの両親がいた。いつかのように笑っていて、捻くれ者な自分のことを心の底から受け入れてくれるあの笑顔。


 ああ、覚えている。


 結局自然治癒の方が早かったが、父さんはマフラーを完成させてプレゼントしてくれた。まだまだ寒い季節は続いていて防寒具は必須アイテムだった。手先は器用なはずの父さんだったが、織物は専門外だったのか妙にチクチクするマフラーだったのを覚えている。いまはもう馴染んでしまっている、あの少し刺々しい優しい暖かさ。


 食卓に座って、美味しくもない料理を食べながらなんでもない話をした。嘘か本当かもわからない父さんの冒険譚、とにかく美麗な母さんの昔話。自分は聞くだけだったが、一つ一つを今も覚えている。胸に響く話ばかりだった。


「父さん、母さん。おれも、話したいことがあるんだよ。沢山、沢山あるんだ、一回じゃ終わらないぐらい」


 家族が食卓に座って、またかつての風景が蘇る。三人だけだけど、皆笑ってる。穏やかな笑い声が聞こえてる。


 エスティオンのこと、珍しい姿の擬似魔神獣がいたこと。優しい老婆のこと、神具を使った冒険のこと。息をする間もないぐらい捲し立てて話した。何度も詰まりかけたけれど途切れることはなかった。黙ったら、消えてしまいそうで。


 それは、手を伸ばす感覚に似ていた。決して届くことはない、辿り着くことのないどこかへ手を伸ばすような感覚。無駄だとわかっていて、そうせずにはいられない。


「それで、それで……霞と、出会ったんだ」


 愛蘭霞との出会いは、グレイディの人生を変えた。復讐だけが生きる道じゃないと教えてくれた、大事な人。


 最初は可哀想な人だと思った。けれど話していく内に、強く気高い人だとわかった。好きなことは好き、嫌いなものは嫌い。分かりにくい優しさと強い愛情に満ち溢れた、器用だけれど不器用な人。とっても、とっても美しい人。


「変なところで頑固だったり、努力家で天才肌だったりするんだ。父さんにそっくりで、笑っちゃってさ」


 遺華のことが絡むと急に頭が悪くなる。語彙を崩壊させながら愛を語る様は愉快で、でも滑稽とはとても思えない。それだけ愛が強いことを誰が笑えるだろうか。


「ある人のことになると急に早口になって、熱くなるところがあるんだよ。愛が強くて、母さんみたいなんだ」


 流れるように話が出てきて、とめどなく何かが溢れる。終わらない、終わらせない、終わらせたくない。まだこの空間にいたい、この空間を抱きしめていたい。


 でも、終わりは必ず訪れるもの。


「……その人が、あなたの新しい家族なのね」


「お前は、ちゃんと見つけられたんだな」


 家族の声が、心のどこかに染み渡る。


 そうやって言ってくれる両親の顔は、声は、とても安らかだった。やっと安心できたと、そんな顔をしている。


 でも、違う。違うんだよ。


「違う、母さん、父さん……おれの家族はあなたたちだけなんだ、他の誰も家族じゃない!おれは、おれは……!」


「私たちはもういないのよ、グレイディ」


「前を向く時だ、グレイディ。小生たちはもう帰っては来ないんだ。寂しがり屋なお前には、家族が必要なんだ」


「家族なら、家族ならここにいる!」


「……グレイディ、小生たちの自慢の息子。お前の家族はこんなところにはいない。さあ、もう行きなさい」


 そう言って、父さんが頭を撫でてくれる。そうして、


 目が覚めた。


 ……知っていた、夢だということは。でも手放したくなかった。愛する霞のことを否定してまで縋り付きたかった。幻想だとわかっていても抜け出したくはなかった。


 いつの間にか、寂しがって、欲していたんだろう。エスティオンの人たちじゃ、霞じゃ足りないと言うのだろう。なんて強欲な人間なんだと吐き気がする。でも、しょうがないじゃないか。足りないことに間違いはないんだから。


 頬を滴る何かを拭いながら体を起こす。霞は……


「ここに、いる……か。いてくれる、か……?」


 布団の中に潜り込んで、眠っている。安らかな寝顔だ。気高く美しい彼女のものとは思えないほどに。


 そっと、優しく頭を撫でる。むう、と唸ってから軽く身を捩り、それでも体を預けてきた。信頼してくれているのだろう。でなければこんなことはしてもらえない。


 新しい家族……か。愛蘭霞、彼女を家族と認めていいのだろうか。それでは、母さんたちを忘れてしまうことはないだろうか。それとも、それが家族なのだろうか。


 マフラーを、触る。傷付いた綿花が指に不快感を与えるがそれ以上の暖かさがある。父さんの暖かさ。


「……一段落ついたら、おれも何か作るか」


 マフラーじゃなくてもいい、何か。


 霞の心を暖かくできるもの……まだ一方的で、身勝手なものだけれど。家族を暖めることのできる、何かを。

ご拝読いただきありがとうございました。

これにてlast reverseは完全なる完結を迎えました。

次回作もよろしくお願いします!

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