番外編:最強とはいえ【2】
これは戦闘訓練であり、激しくても確かに困るのだがそれにしてもぬる過ぎる。訓練開始から既に五分経過、サポート体制が充実しているとはいえ本体に傷一つないというのは異常だ。ゼロが不調なのか、手加減しているのか。しかしあのゼロが手加減などする訳がない。一体何が……
「はあ……阿呆どもが」
「?」
――――――
見えちゃってんだよなあ。
模擬戦闘訓練開始……否、訓練場に入って最初のゼロの思考はそれだった。ゼロらしくない思考だが、今回は事情が事情なので気にしないでいただいて。
忘れがちだがゼロは全身神器ドーピングのチーター。その目すら神器……両眼の神器であり、尋常の生命体の構造はしていない。いやまあゼロそのものが神器なので一々そんなん気にしても意味はまったくないのだが。
これはゼロ以外にもあてはまるが、戦士として戦場の把握は最も最初に行うべき行動。例に漏れずゼロもそれをしたのだが……漆たちがいる場所を見た時、見えてしまった。
天道たちが徹夜で考えた『ゼロ誕生日(仮)お祝い企画』とやらの企画書が。それはもうバッチリ見えてしまった。
うわあ。もううわあ。うわあだよもう。うわあ。
さすがのゼロもどんな顔をしていいかわからなかった。だってこれあれだよな、サプライズだよな。じゃなかったら事前に言ってるもん……あーいや、普段の私の態度からして真っ向から言っても無意味だとでも思ったか。いくらなんでも誕生日祝いぐらい素直に受け取るぞ私は……
普段の自分の態度から全てを察したゼロの思考は実にゼロらしくないものだった。通常の場合、ゼロは他の人間のことなど気にかけない。だが誕生日だけは別なのだ。
なぜならば。
『あなたの誕生日は、私があなたと出会った日……お祝いは絶対にしましょうね。ええ、きっとそう。しましょうね』
人形時代イヴに言われたこの言葉が忘れられないからだ。それと同時に、誕生日は祝い祝われるものだという認識を刷り込まれているというのも大きい。
何気に組織の名簿に誕生日が記載されている隊員の誕生日には何らかの贈り物をさりげなーく部屋の前に置いたりしているのだが誰にも気付かれない。少し悲しい。
という訳で、アレが見えてさえいなかったら純粋に『融滅』との模擬戦闘訓練を楽しめていたのだが見えてしまっては話は別。誕生日祝いをして良かった、と思ってもらわねばならない。ゼロは案外優しい面もあるのだ。
だが、当然の問題にブチ当たる。
戦闘訓練が誕生日祝いってだけでだいぶ意味がわからんがその上でやって良かったと思われる対応ってなんなんだ。
当たり前のことだが答えなど出ない。ゼロは聡明だがこんなことに頭を使ったことなどない。どう対応すればいいかわからないままもう五分も経過してしまった。一応加減してやっているが、多分こういうことじゃないよなあ……
まあ、楽しい。楽しいよ?色々手を尽くした上でのこの模擬戦闘訓練、実力の二割ぐらい出せてるから。今までこんなに出したのは……恐慌星との戦闘ぐらいのものだ。アレも二つ名を得ても良いほどの実力者だった。
「はあ……阿呆どもが」
「?」
つい口をついて出た言葉に疑問符を浮かべる『融滅』。滅びかけているというのに随分と余裕があるものだ。……こいつは昔から気に食わん。本当に滅ぼすか?
いやいかんいかん。これは私への誕生日祝い。そんなことをしては喜んでもらえないだろう。いや喜んでもらえるのか。まあ……えー……ああもう!めんどくさい!なんっで私がこんなことを考えねばならん!なんだこの状況!
ゼロはたまに短気だ。
義腕の神器の基礎能力の応用を発動し、機構を変形する。三節棍の先端を刃にした、屈折可能な槍のような形状の義腕の神器が『融滅』の操る死体の壁を刺し貫いた。
「ぬおおおオおおおおオおおおおおおおおオおお!!??」
はっ、と正気に戻ったゼロが義腕の神器が『融滅』に直撃する寸前に機構を再度変更、掌底で『融滅』の腹をぶっ叩いた。全リソースを手加減に割いたがそれでもギリギリのダメージ。まだ形状を保っているか……あ、お、おおおおあ!?
――――――――今回は取材へのご協力、ありがとうございます。それでは早速、よろしいでしょうか。
「フリシュが言ってたのこれか!なんだこの空間!」
――――――――肯定と解釈しまして。この時の『融滅』さんは一体どんなことになっていたのでしょうか。
「……あたしの糸と姫の物理法則変換、あいつ自身の防御機能が同時に作動してな。なんかもう凄かった」
――――――――あ愛蘭さんでしたか。これは失敬。
「待って誰だと思ってたんだよ一人称出さなきゃわからんかあたしの判断材料少なすぎじゃないか!?」
なんということでしょう、これにはさすがの匠(?)もにっこりです。言葉を失う的な意味で。絶句的な。
まず首から上に注目していきましょう。補強のために事前に背骨に埋め込まれていた糸の神器が『融滅』本体の回転に伴って絡みに絡んで首を360度×10回ぐらい捻れさせ、びっくり箱の中身みたいになってます。彼女の首は今だけバネで構成されています。無様です、笑えますね。
次に胸部。あのままの勢いだと壁や天井を突き破って基地外まで吹っ飛びかねないと即座に察した遺華が能力を発動。しかし焦っていたこともありとんでもない思考回路を経た後に能力発動したせいか、両腕が卍マークみたいになってバッキバキに折られた後倒れかけの『融滅』の体を支えています。これは……もはや芸術です。そう思いましょう。
最後に下半身。皆さん、回転椅子はご存知でしょうか。そうあれ、足が回転する椅子。誰もが一度はアレを室内で乗り回して怒られた経験があると思います。彼女の下半身は今まさにあれです。『融滅』の足の中に埋め込まれていた糸の疑似骨格が形そのままに表出し、腰と足を繋ぐ骨をブチ砕かれたせいで肉と皮を引き裂き、ゼロの攻撃の勢いそのままに一緒に回転しています。優雅ですね。そういうことにしときましょうもう。これ以上のフォローは不可能です。
絶句。この場にいる全員が、それ以外の選択肢を奪われてしまっている。逆にこの状況で何か言える者がいるなら連れてきて欲しい。いないだろそんなん。いてたまるかそんなん。いたらそいつの存在がホラーだよ怖ぇよ。
ごほん、言葉が乱れました。ナレーションにあるまじき失態……んっんん!これでいつも通りである。
嗚咽のような声を漏らしながら、ゼロがどこからともなく一枚の旗を取り出し、振った。そう、白旗である。
己が引き起こしたこの惨状、人の形状を保っていた『融滅』が首から上びっくり箱中心近未来的オブジェ下半身回転椅子になっているこの光景に、“あの”ゼロが敗北を認めたのだった。ここから何をどうすればいいのかわからなくなった故の咄嗟の行動でもあるのだが、それはまあ置いておいて。
「……この場にいる、全員に告ぐ……ええと、私は今、なんというかその、敗北した。勝てんわ、こんなん……」
「……では、模擬戦闘訓練勝者は……ええ……『融滅』エルミュイユ・レヴナントということで……はい……」
天道の乾いた宣言が、訓練場に染み渡った。
――――――
後日。天道の自室にて。
「うん、調子は良好だね。これだけの数の神器を装備しておきながら健康とは……まさか君自身が神器だったりしてね」
冗談交じりでゼロにそう言う天道のにやけ顔に、ゼロは微笑と沈黙で返した。ゼロが竜の神器であることを知っている者は基地内に数えるほどしかおらず、天道はそこに含まれていない。こういう話題は返答に困る。
別に隠すことでもないが、こいつのことだから言ったら言ったでめんどくさいことになるだろうから黙っている。
本来ゼロに整備や健康チェックなど必要ないのだが、天道がどうしてもと言うので付き合ってやっている。根っからの善人、世話焼きのこいつの頼みは中々断りにくい。
「……そういえば先日の、すまなかった。訓練中のこととはいえお前の師匠をあんなオブジェにしてしまって」
「はは、いやあまあ……本人気にしてないし、気にしなくていいよ別に……見てる分にはそれなりに面白かったしね。またお願いしたいって、師匠も言ってたよ」
ドMか?いいや、と短い会話を目線だけで交わして、少しの間沈黙がこの空間を支配する。健康チェックが終わればこの部屋に用もない、仕事もそれなりに溜まっているしそろそろ退散させてもらうとしよう。
そう思い席を立つと、天道も意図を理解したのか軽く頷いてから書類整理に取り掛かった。察しがよくて助かる。
扉に手をかけて立ち去り際に一言。
「……こちらも楽しかった。来年もあれば、またお願いしたいとだけ……伝えておいてくれ」
目を剥いて天道が振り返るとそこにはもうゼロの姿はなく、くく、と感嘆のため息と同時に笑みが零れた。
「バレてたか」
こっちのことは蟻程度にしか認識していない癖に……
額に手を当て、オブジェの自室への連絡ボタンを押した。
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