番外編:いずれ神となるのなら【2】
「そういえばスラヴァカ、私のことが好きなのかしら」
ブッ噴いた(?)。
結局あの後読書欲が刺激されたらしいイヴも本を持ってきて、食堂で一緒に読むことになった。互いの本を交換して読む読書会をしようと思ったが拒否されてしまった。残念だな面白いのに。一緒に脳破壊を味わおうと思ったのに……
イヴが持ってきたのは『フランシス無双〜アマゾンに渡米しますわ〜』。もう突っ込まないからななんだよフランシス無双ってもう意味がわかんねえよ。突っ込んじまったよちくしょうめ中々手強いな無双シリーズ。
ボクは紅茶、イヴはコーヒーを飲みながら深夜の読書にふけり、時間も忘れて本の世界へ旅立った。
気付けば朝日が昇り始め、人工的なものとは何かが違う光が食堂に満ち始めた。これは、言葉にしていいものではないだろう。大いなる自然とは、恐らくそういうものだ。
本を閉じて軽く肩をほぐし、「ボクは軽く仮眠をとってくるよ」と告げて立ち上がった瞬間、これだよ。ブッ噴くしかないだろうこんなん。返せ早朝の爽やか気分を。
「な、なにを言い出すのかな突然……」
「フォフトから聞いたのよ」
ぶっ殺す。
「まあ、わからなくもないわ。家族と言っても私たちは所詮他人。それにそういう時期だもの、しょうがないわ」
なんだろうこの感覚。想い人から恋について軽くではあるが説かれるこの状況。すっっごい恥ずかしい。いやまあ恋について、ではないか。恋の……状況について?
ボクが……イヴへの恋心を自覚したのはいつからだろうか。もう覚えてはいないが、一目惚れではないことだけは覚えている。ゆっくりと、染み渡るように好きになっていった。心も、顔も、考え方も何もかもを。いつも木陰で本を読んでいる君を好きになっていった。
あとフォフトは絶対にぶっ殺す。まだ秘めるつもりだったのに台無しじゃないか。さすがのボクもキレるぞ。
「でも、そうね……私、誰かが好きとかわからないわ」
衝撃に目を見開いてイヴを見る。その顔はいつも通り美しくて、微笑を浮かべていて、でもどこか申し訳なさそうだった。その顔をボクが作っている事実が、悲しい。
「昔から、そうなの。ものが好きになることはある。誰かの心の写し身……本を好きになることがある。人の考え方が好きになることだってあるわ。でもね」
本を閉じて、目線が合う。儚い視線。
わかっているさ。君は、ボクたちに視線を合わせているようでそうじゃない。君の心はいつも別の、どこかにあるんだ。ボクたちよりよっぽど、ゼロが好きだったりするんだろうな。
ボクと話をしているようで、君はそうじゃない。君が話しているのはボクの心なんだ。決してボク自身じゃない。
人に興味がないんだろうな、君は。
「……いや、その先は必要ない」
「そうかしら?じゃあ……ふふ、言わずにおくわね」
ああ、いつも通りの微笑だ。だからボクは……
耐えられない。
「あっ……」
相変わらず強がりさんなんだから。
ええそうね、あなたが考えていることは多分正しい。私は人を人として見ることが出来ない。そういう人間。
走っていくスラヴァカの後ろ姿を見ながら、静かにそう思う。なんだか、申し訳ないことをしてしまった。
人を構成する要素は様々だ。私はその中で心を見ることしか出来ない。精神とは成長するもの。肉体の生育と共に大人になっていって、外部からの干渉によって形を変える。ゆっくりと固まっていく粘土のようなもの。
でも心は変わらない。優しい、冷酷、醜悪、そんなかたちを私は心と呼ぶ。これは、生まれた時から変わらない。最初から刻まれていて、死ぬまで不変のもの。
人という器の中になみなみと注がれている精神や心という中身。その中で一際強く光り輝く心。それだけが価値あるものであり、見る価値のあるもの。
そういう視点では、あなたはとても美しい心をしているわよ、スラヴァカ。ええ、きっとそう。私は好きよ。
「……ごめんなさいね、スラヴァカ。本当に」
よく夢を見る。
最後の家族が現れて、世界が終わる夢。ふふ、あまりに唐突だと思うかしら?でも、少しだけ聞いてちょうだい。
その夢は、私が物心ついた頃から見ている。定期的な周期がある訳じゃなくて、ある日突然見る夢。覚めようとしても覚めない夢、多分死ぬまで終わらない夢。
そう、私は夢を見ている。
いずれ私は現実と夢の境目がわからなくなった。私は、この世界をちゃんと過ごせているのかしら?わからないわ、ええ、きっとそう。私にはわからないのよ。
私は私に確信を持てない。私の心はどこにあるのかしら、わからないわ、ねえわからないの!不変のはずの心、ここに確かにあるはずの心さえ、私にはわからないの!
私の口癖……「きっと」。これは私をよく表している。私はもう何もわからない。私が私という存在を確定できないし証明できない。私は今どこにいて何をしてるのかしら。
だから本が好き。読書とは人の心に触れる行為……人の世界に触れる行為。私は、私を定義できる世界が好き。
『眠らないのか、現支配者よ』
……夢、ああ、また、夢。この夢はいつも語りかけてくる。私が目を覚ましていても、こうして。
研究棟に近付くほど声が大きくなるのは偶然かしら?
『お前が鍵だ、お前が始まりだ。そのためにお前には常に人間基準の“健康”であってもらわなくては困る』
視界に一条の閃光。そしてそれと同時に急激な眠気が脳を揺らした。またいつものこれだ。
この夢の声が眠りを説けば、私は必ず眠りに落ちる。夢は何か目的があるようで、そのために私が必要だといつも言ってくる。知ったことではないわ、私は巻き込まれているだけなのに、随分と自分勝手ね。もう慣れたけれど。
抵抗することなく、眠りに落ちる。するだけ無駄なのはもう……知って……る…………
――――――
走り出すのはさすがに不味かった、ということで食堂に帰ってきてみればイヴが眠っていた。
寝顔も美しい……じゃなくて。
冷房のきいたこの部屋で眠ると風邪をひく。普段ボクたちの中で一番健康とかそういうことに気を遣ってるくせに、イヴはたまにこういうことをするから読めない。とりあえず部屋に連れて行くか。
背中におぶると、恋愛モノにありがちな背中に柔らかな感触が……なんてことは一切ない。まったく、悲しいほど。
そう、本人に言ったら存在抹消されるまでボコボコにされる予感がするので絶対に言わないが、イヴは発育がいい方ではない。とんでもない断崖絶壁なのだ。
なに?おぶっただけじゃわからないだろうって?毎晩一緒に風呂に入ってるんだ、この目で確認済みに決まってるだろうが。別にボクは貧しくても気にはしないからな!
「すう……スラ……ヴァ……」
夢の中にボクが登場しているのか、僅かに名前が聞こえた。少し嬉しくなるが、同時に悲しくもなる。彼女は僕自身を見てはいないのだから。その再確認のようで。
優しくおぶりなおして、少し速度を緩める。声に出すのも思考するのも気持ち悪いが、もう少しだけ彼女を感じていたい。決して振り向いてくれない彼女の体温を。
そのまま何事もなく部屋に辿り着き、優しく彼女をベッドに寝かせる。顔にかかっている髪をずらし、一緒に持ってきていた本を枕元に置く。少しだけ温かい。
「……ボクも、眠るか」
さすがに眠気が限界だ。偶然夜中に目が覚めてしまい食堂で読書していたが、無理にでも横になっていればよかった。そう思えるほどに脳の疲労が酷い。
「ああ、いや……」
だが、すぐにそんな自分の思考を否定する。そうじゃないだろうそれは違うだろう!
振り向いてくれないから悲しい?振り向いてくれないから虚しい?違うだろう。恋は報われねば無意味なのか?
ボクはイヴが好きだって事実は変わりはしない。永遠に変わることはないのだ。これをイヴが嫌だと言うのなら、鬱陶しいというのならすぐにでもこの恋心を覆い隠そう。分厚い壁を作って、この想いを隔離しよう。
でも彼女はそうは言わなかった。ボクを否定することはなかった。ならば、ボクは君を想い続ける。
他人の恋なんて知らない、他人の考えなんて知らない。ボクはボクの恋をする。ボクはやり方で君を想い続ける。ボクを見ながらボクを愛さない君を愛し続けよう。
……後にして思えば。
だからこそ君は始まりに選ばれたのだろう。人として誰よりも壊れてイる、それは人ならざる存在になるためのトリガーとしては最高のものだったのだロうから。
心。全ての人ガ生まれ持ち、永久不変のたっタ一つの称号。君にはその輝きしか見えない。なンて、可哀想な人。
成長し続ケる、変わり続ケる。そンな人の在り方が見えないナんて。でモ、君が……そンナ、君が。
アンナニモ正シク歪デ醜悪ナ、人間ラシサヲ得ルナンテ。
――――――
「……夢……カ。珍シイコトモアルモノダナ」
夢を見た。懐かしい夢だ。人だった頃の夢、もう一欠片も覚えていないはずの、淡く美しい恋心の夢。
ここにいてここにいない、ここにいるボクをボクという形に当てはめて見ない君を想い続けた愚か者の夢。それを愚かと笑えないボクの、残りカスのような惨めな愚者の夢。
「マサカ、今モ想ッテイル訳ジャアルマイ?」
そう己に問う。……すぐには否定できないな。
君はいまやボクの敵となった。人類の絶滅のために戦うボクは、非常に不本意だがムーナ……染黒の味方ということになる。やつの目的としている楽園、そこに至れば自動的に人類は滅びる。そして君は、染黒の計画を止めようとしている君はボクの敵ということになる。
君の思想は理解できるさ。人からかけ離れた歪さを持っていた君は、しかし誰より人を愛していた。人のみが持ちうる心の美しさを愛していた。故に捨てられないのだろう。
わかるさ、理解してやるさ。元家族としてボクができるのはそれぐらいさ。でもだめだな、やっぱり。
どうしようもなく、ボクは君の敵で君はボクの敵。
「嫌ナ夢ヲ見タナ、本当二嫌ナ夢ダ……」
今更、何を考えている?無意味だろう、無価値だろう?無意識の極地、夢の世界。完成された、不完全な世界。
その中でボクは、かつての心を見ようとしているのか。だとしたら、それにはどんな意味があるのだろう。ボクは……
「ボクハ弱イ人間ダナ、イヴ」
ボクは今、なり損ないではない。不完全な一人の人間だ。
君の愛した、心だ。
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