第六話 邂逅【1】
春馬は拘束されたまま元いた部屋に戻り、天道も春馬ごと拘束具を押しながら帰ってきていた。
脳裏に焼き付いているのは、エスティオンの頂点たる存在、最上第九席達の戦う姿。超常の存在が力を振るう光景は、力なき者にとっては常に憧憬の的だ。
第二試合終了後、第三、第四試合が執り行われた。直接戦闘を得意としない第一席、『影咲貞』と第八席、漆秀徳は参加せず、残りの最上第九席の試合のみが行われることとなった。彼ら以下の階級の者同士の試合は行われない。単純に意味がないから。この模擬戦闘試合の主な目的は大規模任務に向けた士気高揚だが、もう一つ目的がある。それが最上第九席同士の手合わせだ。
その卓越した実力故に彼らは同等の力を持つ存在と戦闘する機会が少ない。それでは普段から手合わせでもすればいいではないかと思うかもしれないがそうもいかない。そんなことを日常的にしていたらただでさえ崩壊した環境が更に絶望的なことになってしまう。最悪、基地を放棄して別の場所を探す必要も出てくるのだ。彼らにはそこまでのリスクを背負ってまで手合わせする度胸も必要性もない。
よって、基地の内部防衛システムや愛蘭の結界に守られた特別な場所で行われるこの模擬戦闘試合は安全性と貴重性を兼ね備えた大事な機会なのだ。因みにこれは年に数回のみに抑えることで辛うじて機能している。仮に週一で最上第九席同士が手合わせでもしたものなら内部防衛システムは一ヶ月程度で破損し、修復不可能になるだろう。目に見えていないだけで、模擬戦闘試合中、システムは常に作動し続けているのだ。
第三試合は第三席「遺華春」vs第五席「維守絆生」。
宝珠の神器vs鎧の神器。
接触物の物理法則を完全に支配する遺華と、物理的な防御に特化した維守の相性は一言で言うなら最悪だ。維守は試合開始までずっと組み合わせを作った人間に文句を言っていた。
案の定維守は遺華に接触した瞬間に埋められたり飛ばされたりして降参負け。仕方のないことだが、公衆の面前で恥を晒すことになった。組み合わせを作った人間は今すぐ逃げた方がいいだろう。
その後の第四試合は第二席「鬼路鐘充」vs第六席「添輝夜」。
刀の神器vs翼の神器。
不可視の斬撃延長及び斬撃創造に添輝はかなり苦しめられたが、鋭い羽や翼の神器の能力、「風を操る能力」を用いて善戦した。が、当然神梅雨や染黒を除いた最上第九席の中で最強とされる鬼路には敵わず敗北。気持ちのいい顔で握手を交わして終わった。
「いやー凄かったねえ。特に第二試合。あれは興奮したよ」
「あれだろ?でっけえのと雷のやつ。凄かったなー……」
天道でさえ子供のように頬を紅潮させながら熱く語る。
ある程度感想を言い合い終わると、春馬が目を爛々と輝かせながら口を開いた。瞳には明確な希望の光が見えている。
「俺も、あんだけ強くなって、この世界のどこにでも行けるよな!?」
「最初にも言ったと思うが、当然力は得られる。どこまで行けるかは君次第だよ」
考える。夢想する。自分があれほどの力を得て、疑似魔神獣や自分の前に立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、世界のどこにでも行く。そして顔も知らない誰かと出会うのだ。
それはきっと凄く美しいのだろう。あの力の頂点たちを見ればわかる。
興奮を隠しきれず、豪快に笑いながら応えた。
「ははははは!……最高だな!」
天道も優しげに笑う。
「ようこそ、エスティオンへ」
――――――
「ひぐ……ぜ、ぜっじゃ……ば……レギ……に……えぐ……」
「落ち着くんだ。まずは落ち着いてくれ、頼む」
医務室では、未だに包帯でぐるぐる巻きにされた状態の天爛と、エスティオン上層部を構成するメンバーの一人である、研究部門統括が向かい合っていた。目的は言うまでもなく天爛の今後の方針だ。
研究部門統括の男性は円形脱毛症で、疲れきった表情をしている。日々のストレスが溜まりまくっているようだ。
天爛は愛蘭の言葉が随分深く心に刺さったようで、あれからずっと泣きじゃくっている。傍でそれを見て慰め続けた女医は死んだ魚のような目をして立っていた。かれこれ三十分ほど会話が進んでいない研究部門統括は時々視線をやっているが、とても救援は望めそうはない。
「あー……うん。泣き止んで話を進めたらレギンレイヴにも帰れるかもしれないから。な、落ち着くんだ」
「ひぐっ……ほん……で、ござるか?」
心の中でガッツポーズをする研究部門統括。天爛が何を言っているかわかっただけで僥倖。今までの彼女は人の言葉を話しているかどうかすら怪しかった。それに比べれば大きすぎる一歩だろう。
「うん、ほんとほんと。とってもほんと。だからまずは会話がしたいんだ。わかった?」
「わかった……で、ひ、ござる。お騒がせした、でござる。ひぐっ」
そう言って、天爛が包帯で覆われた目元を拭いながら深呼吸を始めた。拭って意味があるのか気になったが決して口には出さない。なんだか面倒なことになる気配がしたから。
「うんうん。えっとね、まず愛蘭君から聞いたけど、レギンレイヴに帰ることが希望だ、と」
「ござる。拙者の居場所はレギンレイヴだけ故」
「しかしレギンレイヴは任務に失敗した君を受け入れることはない、と」
「ござるううううううううううううううう!」
余計なことを言ったと気付き手で口を覆うがもう遅い。再び現実を突き付けられた天爛はわっと泣き出してしまった。一度泣きだしたらもう止まらず、濁流のように声と涙が溢れ続ける。
助けを求めて女医を見ると、軽い過呼吸になりかけていた。よっぽど泣き続ける天爛がトラウマになっているのだろう。
「わかった!あー……そう!情報を持ち帰れなくとも、なにか別のものを持ち帰ればいいんだよ!」
「別のもの?」
「そう。例えば……新しい力、とか!」
口にしながら何を言っているんだ私は、と思う。これから自分がしようとしているのは敵勢力の拡大だ。それも上級大罪組織の。とても正気の沙汰ではない。
が、一度口に出した以上取り消す訳にはいかない。ここは何とか誤魔化さなくてはならない……!
「新しい力……」
「そう。君はそれを手に入れながら、私たちの出す罰を受け、何事もなかったかのようにレギンレイヴに帰るんだ。これでどうだろう!?」
天爛が顎に手を当てて考え始める。同時に研究部門統括も考え始めた。
彼女に課す罰は決定している。新人の護衛だ。筆頭研究員天道から連絡があり、新たな戦力が加入することがわかった。そして更にその新戦力と同程度の年齢の人間が三人見つかっている。その三人は既に神器のレベルも戦力も判明しており、後は試験を行って階級を決める段階になっている。比較的安全性の高い試験ではあるが、危険はどんな時にも付き物だ。天爛は彼らと年齢が近く、その上卓越した実力を持っている。護衛にはうってつけだろう。
試験内容は下級大罪組織の殲滅。以前からチマチマとエスティオンの邪魔をしてくる面倒な組織で、そろそろ潰しておきたいと思っていた。適度に弱いし、丁度いい。護衛付きの新人四名を送り込む。多少過剰な戦力かもしれないが、邪魔だし手を出されているなら潰さなくてはならない。
そこまではいい。新人四名の護衛は意外と骨が折れる。お守りと言い換える者も多いほどに。罰としては十分だろう。問題はその後だ。
(なんだよ新しい力って……!)
ついつい言ってしまった、天爛の気を引くための新しい力。どうすれば罰を与える過程で新しい力を得たと錯覚させることができるのか。到底思い付くとは思えなかった。
天爛と一緒に悩みに悩み、数秒後。結果的には思考を放棄した。こういうのは一人で考えてもいい案がでないものだ。他の上層部の人間に相談しようそうしよう。
研究部門統括が清々しい顔をしていると、天爛も考え終わったようで、統括に話しかけた。
「わかったでござる。なんだかんだ皆優しい者共。拙者が新たな力に目覚めればきっと許してくれるであろう」
「ねえ」
天爛の受諾を得て気が緩んだのか、最初から感じていた違和感が限界突破し、思わず口を開く。絶対に黙っていた方がいいのだろうことはわかっているが、口は止まってくれなかった。なんだか涙まで溢れてきた。
「別にいいんだけどさ。なんでこう……レギンレイヴに帰れるってのが前提になってるんだろうね」
「………………確かに」
「レギンレイヴだったら絶対帰さないよね。拷問にかけた後殺すよね」
「ござる。その通りでござる」
「甘すぎるよね私たち。もうちょっとこう……厳しくした方がいいのかな」
「その甘さもそなたらの長所でござろう。そう気を落とすな」
「それ敵の君が言っても嫌味にしか聞こえないよ……」
最初とは逆の構図で、研究部門統括は日々積み重なるストレスの重さに耐えきれず泣き出してしまった。天爛がそれをよしよしと慰める。
因みにこの後上層部会議があるのだが彼はそれを思いっきりすっぽかした。
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