第五話 最強【3】
右脚を軸にその場で回転し、全身のバネを活用して百鬼夜行の化け物を排除する。骨や腐肉が飛び散り、不快な音を立てた。臭気が試合場全体に漂う。
「スペース確保……」
踵から踏み込み、大地を割りながら前進。百鬼夜行に阻まれるが、剛龍地爆武装のパワーの前に有象無象など無意味だ。前進の勢いだけで肉片へと化していく。
(行けます!)
勢いそのままに右拳を振り上げ、染黒に叩き付ける。無論寸止めにするつもりだ。だが、染黒とて無抵抗ではない。染黒が最強と言われる所以は、神器の力のみではない。
「さらば行方の彼方の果てに。永遠に見つめて回帰せんとするならば穴開き移ろい骸へと至る。千銭残して獄門枯れ果て旅する黄泉河僅かに流れる。紡ぎは縫い解き縫合千切れるカラカラ外れて光灯して。潤るは計らい弔い合戦。骸骸縛裏、急急如律令!」
その人間離れした肺活量と流水の如き滑舌。それこそが染黒の召喚能力を絶対にする。彼女の詠唱は最長でも三秒しかかからない。この詠唱には一秒すらかかっていないだろう。
地中から現れたのは巨人の骸骨としか表現できない、巨大な骸。両手を重ねて天にかざし、神梅雨の拳を受け止めた。
が、子気味のいい音と共に即砕かれる。脆い骨で構成された肉体では彼女の拳は受け止められない。そもそも、受け止めようとすること自体間違いだ。避ける。それが大前提。
だが骸骸縛裏は使命を果たした。一秒時間を稼げればそれで上々だ。骨片の雨が降る中、染黒の口元が動く。
「虚見越えて果てなき黄泉よ。剣千山越え降り注堕つる。陰陽還して回帰の飛鳥。口付け交わして吼えても消えて。産まれ堕つるは黄泉旅路。『獄極番犬』、急急如律令!」
三又の首を持つ、全身を鎖で巻かれた犬の化け物が出現する。足元からは黒い炎が噴出し、狂気の光が瞳の中で蠢いている。生者を喰らうことしか考えていないような。
鎖が地を砕きながら、黒い炎を纏って神梅雨を襲う。両腕で防ごうとするが、四方八方から襲い来る鎖は、たった二本の腕では到底足りない。彼女の身体能力を持ってしても迎撃や反撃は不可能。ならば、動く必要はないだろう。
「霊符、無限射角武装!」
土下座するような体勢になりながら、武装を変更する。白い装甲で構成された、背面にエネルギータンクを背負い、防御に特化した武装。だが、ただ防御に特化しているだけではない。ミシリ、と嫌な音を立てて神器が歪んだ。
「暴霊広千億、集中砲撃!」
無限射角武装は、近接戦闘に特化した武装が多い札の神器の中で数少ない遠距離攻撃を可能とする武装だ。
両腕に取り付けた銃口からタンクに詰まったエネルギーを弾丸として放つことが主な攻撃手段。神梅雨も普段はそのようにして使う。が、この時は全く別の使い方をしていた。
タンクの蓋を解放し、詰まったエネルギー全てを巨大な大砲のように固めて獄極番犬にぶっ放した。圧倒的な光が戦場全体を包み込んで爆ぜ、獄極番犬は塵も残らず消滅した。
「なんちゅうめちゃくちゃな真似を……!」
エネルギー全てを放出したせいで、武装が解除される。いかつい武装の中から、両手を地面につき、脚を大きく開いた姿勢の神梅雨が現れる。
その扇情的な姿に多くの観客――主に男性――が歓声を上げ、VIP席はもはや修復不可能となった。
「悠久流れて腐れる大河。腐敗進みてくずおれる。おん自らを犠牲として噛みつき剥がれる大罪嘘。記憶途切れて幾千億と叶わんと知るが願わずとはおられず。大地踏みしめ覇道を往くはただ一人のみの最大亡者。大衆集いて群れ群れ散るかと雷豪喚いて散これよしと神嘲笑す。杖付き抉って何時までも進む。召喚、『覇世神蛇』、急急如律令!」
染黒の声が響き渡り、頭部が腐った肉、胴体は闇に包まれた骨のみで構成された超巨大な蛇が出現する。愛蘭の作った糸の巨人よりも大きい。
大口を開けて、回転しながら神梅雨に喰らいつく。
「蒼符、凍氷永劫武装!」
見る者に凍りつくような恐怖を与える外見の、蒼白色の武装が展開される。両腕には飛行機のエンジンのようなジェットがついていて、激しい音と共に回転する。
凍氷永劫武装。常にマイナス50°程度の冷気を放ち、冷気の中での身体能力が向上する。更に両腕のジェットからは絶対零度の砕氷を放つ、拘束・破壊に特化した武装。
「せえええええええええええええええい!!!!」
両手のジェットの回転が速くなり、氷を放ち始める。地面の僅かな水分が凍りつき、試合場全体が氷に覆われる。
「せいせいせいせいせいせいせいせいせいせいせい!!!!」
そのまま、連打。頭部から順に凍らせて砕いていく。氷に包まれた残骸が煌めきながら散っていき、虹がかかる。
が、すぐに失態に気付く。染黒に自由を与えてはいけなかった。召喚獣よりも本体を優先するべきだった。
「天貫き産まれる草花の根の一つに付くは三千骸その怨恨の果ての雨降りつぶりの枯れずの命尽きるまでそう易易と取り憑き変わらず永遠紡ぎ螺旋階段は果て知らず精と妖と霊の臓腑煮え切る壺の中は終わりなき宝物の一欠片欠けること決して許さず絶対の理絶たんまでして移ろうまで世界そう変わらず滅さず滅ばず淡々と使命果たせず消えゆく定めなれば地獄とならんこと祈らずとは至らず依代とは繋がりそのままに千と万と億といつまでもあらんと願う全飲み込む変わりなき怨嗟は粛々と生喰らい大罪の者は小さき灯火となりてまた遅々として小さき罪は逃れられぬ大罪へと移ろいゆく運命なれば赤子如きの手と頭はやがて世界を創る人柱となりてゆくゆくは永遠を伴に生きんとする悲しき存在と変わりゆく往々として大衆の一つは真名刻むことなく力を行使してやがて伴に滅びゆく運命なりと願わん願わんとすればその執行人は一つに絞られ縄は全も一も変わりなくそれぞれ縛りゆく。召喚、『冥滅之帝』、急急如律令!」
刹那、染黒の背後にこの世の異形の全てを詰め込んだような、禍々しい化け物が出現する。
冥滅之帝。無数に生えた手を振るい、あらゆる自然災害を自在に発生させる染黒の切り札。その正確な実力は測りきれないが、最上第九席を越えるとも言われる。
その姿に神梅雨が武装の奥で目を見開き、また壊れたように高笑いを始めた。
「あはははははははははは!!!!勝負を急ぎましたか染黒さん!素晴らしい!私も全力で参りましょう!」
腰のポーチを開き、白い札を取り出す。胸の谷間やら脇の下やらに札を仕込んでいる彼女が、ちゃんと扱う札はこれだけだ。
「白符、閃雷千億武装!」
武装の面積が極めて少ない、ビキニアーマーにしか見えないような白い武装が展開される。しかし全く扇情的などではなく、寧ろ心の奥底を刺激するような輝きがある。
閃雷千億武装。雷速を越える速度での運動を可能とする、超スピード特化の神梅雨の切り札。
獣のような低姿勢になり、超速で駆け出す。あまりの運動負荷に両手足の爪が割れる。
同時に冥滅之帝も手を振るい、曲げ、叩き折り、振り下ろし、捻る。マグマが噴き出し、洪水が巻き起こり、地割れが全てを飲み込む。まるで神話の戦いだ。
「は、はは……」
崩壊したVIP席で漆が乾いたように笑う。
彼が期待していたアレとはこのことだ。神梅雨の閃雷千億武装、染黒の冥滅之帝。かつての戦争で一度見たきりだった、あまりに美しすぎる埒外の力。両者の性格からして二度と使うことはないと思っていたが、まさかこんなところで見れるなど思ってもいなかった。
万物を滅ぼす冥府の帝、轟雷すら超越した速度で攻撃を続ける白雷を纏った魔人。
全身を震わせながら、漆が背後で歯をギリギリ鳴らしている愛蘭に問いかける。
「すげえ……すげえ……!神話じゃねーかこんなの……おいぺったん!どうだこれは……」
「ぶっ殺してやるぁくそがぁぁぁぁぁぁあ!露出隠せや内臓掻き混ぜたろかボケナスがぁぁぁぁあ!」
「んだよぉぉお結局こうなんのかよぉぉぉぉおおお!」
神梅雨も染黒もVIP席は無視する。いつものことだし、普通に見ていて面白い。
漆は愛蘭を羽交い締めにして抑えながら試合を注視している。気を抜けば殺されるかもしれない状態でもそうせずにはいられない。正に神話だ。
「……再詠唱、急急如律令!」
再詠唱、百秒以内に召喚した全ての召喚獣を一斉に召喚するチート技。百鬼夜行、獄極番犬、覇世神蛇。それらが一斉に神梅雨に襲いかかる。が、即座に冥滅之帝のみを残して全てが塵に帰った。
「染黒さん……意味ないですよ……!」
光に迫ろうかという絶対的な速度。何が起こったかさえわからず消えていく。脊髄反射すら間に合わぬ。
冥滅之帝が手を合わせる。神が祈る。即ち。
「双天雷雷……!」
一本一本がもはやおぞましさすら感じる太さの落雷が無数に降り注ぐ。神の合わせる手が絶望を打ち鳴らす。
他の天災も消えてはいない。未だにマグマは噴き出し続け、洪水は神梅雨を襲う。地割れは増え続け、試合場の全てを飲み込まんとしている。
いくら神梅雨の運動速度が超常とはいえ、原理は単純。地を蹴り、壁を駆け、ただ走っているだけ。足場が減ればその分運動速度は落ち、運動可能面積も減る。神梅雨は着々と追い詰められていった。
「ちっ……」
このままでは負ける。その方が「可哀想」と思って構ってもらえるかもしれないが、ここまで来たら負けたくはない。ここらで一気にケリをつける。
全身の筋肉を躍動させ、更に大きく踏み込み動く。愛蘭の展開する糸の結界すら足場にして試合場全体を駆け巡る。
冥府の神の作り上げた地獄に、白い光が迸る。地獄を具現化したような姿の冥滅之帝の全身に焼け焦げた痕が刻み込まれ続ける。地上に降臨した地獄が、ゆっくりと白く塗り替えられていく。
冥滅之帝も決して無抵抗ではなく、天災を召喚し続ける。が、及ばない。いずれ傷だらけの腕もちぎれ始めた。
「せええええええええええええええええい!!!!」
「mtdtma7kpjpapJ5&jpjgjga@gt6tap」
魔人と神がぶつかり合う。冥滅之帝の言葉は決して聞き取ることはできない。そういう決まりだ。
観客の誰もが、神梅雨さえも勝利を確信した。このまま押し切り、勝つ。
だが、一人だけ。神梅雨の勝利が訪れないと知る者が。
「……………………………………千手」
試合場の中に残っていた数少ない無事な部分から、不自然なほどに白く細い腕が生える。数百、数千とあるように見える。それは狂ったように試合場全体を暴れ回り始めた。
神梅雨は言葉を発することも出来ず駆け回り続ける。本能で理解した。捕まれば、終わる。
だが、超常の原理で動く千手に対して、神梅雨はあくまで物理法則に従った運動をしているだけ。そのどちらが有利かなど、考えるまでもない。
「ぐっ……」
やがて無数に蠢く腕の一本が神梅雨を捉えた。その細さに見合わぬ剛力で神梅雨を握りしめる。少しでも速度を出すために装甲の面積を少なくしている閃雷千億武装では到底耐えることも出来ず、苦痛の喘ぎが漏れた。
何とか逃げようと身を捩ると、その間に他の腕が集まってくる。何をするつもりかと誰もが注目していると、それらは一斉に神梅雨を掴んだ腕に体当たりを始めた。あまりの力強さに体当たりした腕の方が壊れ、白い皮膚と対照的に鮮烈な赤さの血が試合場を濡らした。
だが一方で肉と骨は神梅雨を掴んでいる腕に付着していく。その一本だけが異常に太くなり、力が増す。
(骨……が……!)
神梅雨の全身が悲鳴をあげだした。いかにレベル4の神器による身体能力向上効果があったとて、それを上回るダメージは無効化できない。
徐々に白くなっていく意識の中で、それでも身を捩る。突如、染黒の声が聞こえた。
「神梅雨ちゃん……それじゃあ無理だ。霊符とか玄符ならともかく……諦めなぁ……」
その言葉が聞こえた時、理解する。もはや勝利は不可能だと。
彼女は戦場において、冷静な判断を下せる者だ。敗北を確信すれば即撤退を選ぶ。即ち。
「降……参です!」
第二試合。勝者、染黒悔怨。
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次回、『邂逅』。乞うご期待。
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