最後の日常【3】
「でー?ワタシになンの用だい?いきなり行方をクらませたかと思えバ遠隔通信かい、天道が探しテたぜ?」
《本人以外の前では名前呼びか。くく》
『融滅』の自室から聞こえる声は二つ。しかし中にいるのは一人だけだ。この部屋の主たる『融滅』その人だけだ。
彼女が簡易研究を行う際に使用する巨大な机の上には光の膜が張られており、そこには黒いローブを深く被った幼女のような老婆……染黒の姿が映し出されていた。『融滅』の技術と全能神器が為せる遠隔通信であった。
「そこはいイだろう、別に。ほら、早く用件ヲ言いたまえ。ワタシだって暇じゃナいんだ……ほら、いーチ、にー」
《わかったわかった、せっかちだのうまったく……》
こほん、ともったいぶった咳払いをしながら染黒が口を開く。病んだような暗い笑みと共に。
《単刀直入に言う、儂は此度魔神獣側につく》
「……正気かい?さすがのワタシも今回はこっチ側だってのに、君はあの滅ビの神の味方をするノかい?」
『融滅』のような破綻した性格の持ち主が誰かを諭すことなど、今まであっただろうか。否、ない。それほどまでに、染黒の選択は信じ難いものであった。
確かに、『融滅』に過去の経験がなければわからない。1%ぐらいは、そうするifもあったのかもしれない。けれどそれを差し置いても有り得ないことだ。染黒悔怨、狂っているのは知っていたがよもやこれほどとは……
《理由は諸々だが、まあ……希望が見えたのが大きい》
「希望?それは……君の経験、目的に依ルものかい」
《そう……魔神獣は言語を介した》
染黒の目的は魔神獣の中からセイナーを救出し、再び楽園を目指すことだったはずだ。魔神獣がセイナーを唯一の家族と認識し守ろうとする以上、諦めたものだと思っていたが。
言語……ああ、そうか。なるほど。
「アレの味方をシて、自分も家族だと認識さセる気だな?」
《その通り、助力するならば希望はある》
「あー……悪いことは言わナい、やめとキな。アレは人の言語を介してはいルがもう神だ。根っこから……神に書き換えられテいる。認識が変わるこトはないよ。『神は迷わぬ、神は選ばぬ、神は貫く。神は迷わぬ、神は迷わぬ!』それが神だ、どウしようもないぐらイね。一度“そう”と決まれば不変の存在ナのさ。わかっテるだろうそのグらい……」
それがわからない染黒ではないはずだ。実際、現存している人間の中で最も神を知るのは彼女のはず。人間の尺度で干渉したところで無意味なのは……よく知っているだろうに。
《……儂を裏切るのか、否定するのか、『融滅』!あの時儂の味方だと言ったのは嘘偽りだったのか!?》
ああ、そんなこともあったと思い出す。エスティオンに侵入するために染黒を洗脳した際の……まだ覚えていたのか。思考が破綻している上に依存体質の染黒には少々効き目が強すぎたのだろうか。もう忘れているとばかり。
さてどうするか。適当に話を合わせるか……
《……と、まあ。言ってみたが……》
雲行きが変わった。
《よい。儂にはもう何もわからぬ……儂は儂の道を行くだけだからのう……儂がやりたいようにやる》
「止めはするが否定はしナいさ、そうスるといい。そうなるコとも含めて神人決戦だ。必ずや人類が君を打チ砕く」
ふん、と光の膜の向こう側で染黒が言うと同時に通信は終了し、室内には静寂が訪れた。染黒悔怨の裏切り、はてさてこの情報はどう利用するべきか……
とりあえずミズガルズの人間に伝える……いや、それはないな。有り得ない。だってそれは面白くない。クリスをこの世界で生きさせるのが目的ではあるが、やはり『融滅』としての心は面白さに飢えている。否定はできない。
しかしなんというか……
「いつの間にカ思考が……丸くなっテるなあ」
天道の指摘は否めない。クリスのために動くと決めてから随分と思考が丸くなってしまった。人に優しくなったというか、不本意というかなんというか……
子を持つ母とは、ここまで丸くなるものなのか。
「っと、いケない。染黒君もタイミング悪いんダから」
何かを思い出したらしい『融滅』が椅子から立ち上がり扉を開けた。向かわねばならない場所がある。
魔神獣との短時間の戦闘において、Evil angelは悪魔の心臓を除いてその肉体を失った。魔神獣の殴打から『融滅』を守るという単純な命令一つを果たしただけでそうなった、神との絶対的な差を示す指標の一つとなったのだ。
生体研究室の扉を開く。細菌、ウイルス、はたまた死肉に至るまで命に関連する研究を行うための部屋。エスティオン時代最も世話になっていたその部屋に、また足を踏み入れる。そこには悪魔の心臓が保管されている。
「久しぶり……ってほドじゃないか。決戦までニできるだけ回復しとかなキゃねえ……さ!改造の時間だよ!」
人類戦争時、『融滅』の死体のストックは全て切れた。神の欠片を保有するセイナーを体内に封じ込めている魔神獣の打撃により、神器もその多くが砕け散った。
残されたものは少ない……が、創意工夫こそ科学者の……クリエイターの得意分野。絶対に大きくしなくてはならないという決まりはないのだ。使えるだけの素材の中で、最も効率よくエネルギーを使えて強い状態に加工する。
つまり、Evil angel(二号機)は人間大だ。数少ない資材を凝縮し、120%の実力を引き出させる。
「マずは……やっぱり強者の死肉だヨね」
魔神獣との戦闘跡地から回収した……『楽爆』の死体。本当はセレムの死体も使いたかったが、ギリギリ強度が足りなかった。今回は諦めるとしよう。改心アピールもできた。
そして『楽爆』には大きく劣るがそれなりの強者の死肉を使用……これはトッピングのようなものだ。芯はあくまで『楽爆』を使用する。生誕星が全力を注いで作り上げただけあって、その強さは他とは一線を画す。
単純な強度もそうだが、その適応力もやはり優れている。本来別々であるはずの他者の死肉と混ぜられてここまで拒否反応が出ないのは、『楽爆』を除けば皐月春馬ぐらいのものだろう。ん、あーいや……
「どチらも皐月春馬だったネえ……」
死肉をこねまわし悪魔の心臓に取り込ませ続ける。ぐっちゅぐっちゅと気味の悪い音を響かせながら、やがて命なき人造生体が完成した。人型のそれは、どこか歪で。
次に神器を混ぜる作業だ。プログラム化することに成功したため前ほど神経を張り詰める必要はないが、やはり失敗すればボン!の作業はいつになっても緊張する。
今回混ぜるのは魔神獣の攻撃を耐えきった五つのみ。百を越えていたというのに今はこれだ。神、許すまじ。
降臨の神器、鎖の神器、矢の神器、魔の神器、そして紙の神器。『楽爆』と相性最高の鎖の神器が残っていたのは幸運という他ないだろう。本当なら戦死者の神器全て欲しいところだが、それは他の人間に回されるらしい。残念。
そして無事、混合完了。
「よしっト完成!後は命令機構を混ぜ」
「最初のご命令はなんですか、マイマスター」
「ウッソだろオイ」
さすがの『融滅』も予想外の事態だ。まさか死肉の塊であるはずのEvil angel(二号機)が喋り出すとは。そういうプログラムを埋め込めば不可能ではないが、自分から喋り出すとは聞いてないぞ。何が起こっている。
『楽爆』のイカつい肉体を女体化したのが悪かったか?さすがに調子に乗って凝縮し過ぎたか?外見を六歳児程度のハイパーロリにしたのはマズかったかなあ……
「と、いう冗談はさておいてですねマイマスター」
「まず喋るっテのが冗談みたいだけドね」
Evil angel(二号機)が起き上がり、『融滅』の前で片膝をついた。ロリがそうしたせいでもはやこっちまでしゃがまないとなんとなく可哀想になってくる。
「降臨の神器によりこの肉体に降ろされました、ベントクリスティス・ガルフレルラと申します。我が身、マイマスターに捧げます。なんなりとご命令を」
こいつは今なんと言った?降臨の神器により降ろされただと?有り得ない、降臨の神器は何かを降ろすためのものではなく誰かに降りるための神器だぞ。逆はないはずだ。
「……不可解な現象だな?君はどコまで把握しているんだいベントクリス……エえい、スティス!」
「そこなのですか……ごほん、我が脳には既に知識が刷り込まれておりますれば。降臨の神器なるもの、即ち魔のモノとの融合を果たし、我が魂をこの身に降ろしました」
「魔のモノ……神器!やっパり凝縮し過ぎたのカ!」
概念系神器を混ぜた時に起こりやすい現象だ。実際問題、『融滅』がEvil angelを作る時に数回事故が起きている。今回も偶然それが起きて……こんな状況になったのだろう。
失念していた。その可能性を忘れていた!
「まあ、いいケどさ……君、どっかラ来たの?」
魂が降ろされた、とスティスは言った。であればその魂はどこから来たのか。忠誠を誓ってるっぽいし、サファイアのように大陸西部の……騎士道精神を受け継いだ人間か?東方の侍も忠誠という面では同じだが、名前がな。
こんな長い名前、この世界になってから使われてるとは考えにくい。まさか時代すら越えた魂か!?
「は、我が身は……」
それは、一切想定していなかった可能性。有り得る有り得ない以前に、思考の外にあった事象。
即ち、神という存在の過小評価に他ならない。
「八十六柱の神により繋がれし道より零れ落ちた……言うなればそう、異世界より来る魂なれば!」
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人が人らしくあるための日常はこれにて閉幕。これより始まるは、人と神による神人決戦。
あるものは不透明な愛を確かめ、またある者は心なき者に心を説き……そして、ある者は他世界との遭遇を果たす。
神、神、神。それは、世界すら創造する力の具現。世界の支配を瞬く間に裏返す力の具現。世界と世界の道すら繋ぐ、無限にして無尽蔵の力の顕現。
次回、『可能性と未来、現実』
旅路の終わりは迫り来る。異邦の者あれど、変わらず。
ご拝読いただきありがとうございました。
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