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Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜Seva the would〜
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■■を護るための正義【1】

 良く晴れた冬の日だった。寒くもなく、かといって暑い訳でもない。日本の……シキ?からして、秋というのかも知れないその日。父親が長い出張から帰ってきて、久々に家族五人が揃ったんだった。思い出した、そんな日だった。


 父さん、母さん、姉さんと弟、そして俺。小学四年生の俺と五年生の姉さんはよく喧嘩になってたな。歳の近い姉弟がいると苦労するってのは本当だったみたいだ。


 映画を見たり……ああそうだ、外食にも行った。一年ぶりだったか、それよりも長かったかはもう覚えちゃいないが楽しかった。家族が一緒にいるってのはやっぱりいいもんだ。


 夜になってもずっと明るいような気がして、珍しく姉さんと仲良く遊んでたんだ。


「ラール・ヘクターだな」


 寝室にいたから俺たちは気付かれなかったけど、強盗が入ってきたんだ。父さんは金持ちだったから、狙われたんだ。それを恨む気はない。父さんの積み上げた人生を否定する気はないし、父さんに悪いところはなかった。


 アメリカに住んでるってのに、父さんは銃を持ってなかったんだ。当然強盗は銃を乱射してきて、母さんと父さんはすぐに死んだ。俺たちは驚きすぎて泣くこともできなくて、寝室で震えてたのを今でもよく覚えてる。


 すぐに警察が来て、強盗は逮捕された。親戚に頼れる人がいなかった俺たちは同じ孤児院に預けられた。


 まずは姉さんが引き取られていった。姉さんは美人だったし、教えられれば何でもできる人だったから、引く手あまたってやつだったんだろう。俺と弟はまだまだ世話になりそうだった。無駄飯食らいって呼ばれ始めたのはその頃。


 ハマってたのはヒーローアニメだった。わかりやすい悪の秘密結社をわかりやすい正義のヒーローが打ち倒す構図はすぐに俺たちの心を捉えて離さなかった。


 ――――――


 弾けるように世界が割れて、そこはどこまでも白が続く不思議な空間だった。いつの間にか椅子に座っていて、目の前には円卓。対面の位置には、懐かしい顔があった。


「……イヴ。貴様の仕業か?妙に脳が冴えている」


「久しぶり絶対星……いいえ、アヴルト。そう、先に謝罪しておくわ。あなたの正義を勘違いしていた。あなたのそれは見せつける正義じゃ……なかったわね」


 円卓の上には湯気の立つ紅茶。コーヒーがいいのだが、とそう思考するだけでコーヒーになるあたり、ここは現実ではないのだろう。まあこんな不自然に白い空間、現実にある訳がないので当たり前と言えば当たり前か。


 結局ココアをすすりながら、眼前のやけに疲れた顔をしたイヴを見つめる。何か言いたげな彼女はやはり伝えたいことがあったようで、視線で「喋れ」と伝えるとすぐに口を開いた。なんだろう、こんなわかりやすい憎悪は初めてだ。


「口調とか話題とか……急に変えて悪いけれど。随分とまあ、抵抗してくれたわね。自我が強すぎるのかしら……2537

回。あなたにアクセスした回数よ。成功したのはたった10回、9回弾き出されたわ。もうやめてよね」


 ……気付かない間にかなり迷惑をかけたようだ。


「神の欠片の共鳴……とも違うわね。“私を流し込んだ神の欠片”を“あなたの中の神の欠片”に注いだ。要するに自我の転写ね……一回で終わらせるつもりだったのに、まったく」


 なるほど、その理論で言えば確かにイヴが他人の精神世界に入り込むことも容易だろう。


 イヴは神の欠片の所有者の中で唯一、神のエネルギー……能力を使い切るという概念を保有している。生誕星としての能力をとうの昔に使い切り、尚且つ何十年という時間を神の欠片と共に過ごしたイヴだからこその芸当だ。


「ふむ、覚えていないのだが、すまんな。何やら、我の正義心が強すぎて迷惑をかけたようだ」


「何やら、じゃないわよ……強すぎるわ……チート?能力がチートなら性格までチートって訳?バッカじゃない?」


 イヴにしては珍しく口が悪い。彼女の口癖である……なんだったか。「ええ、きっとそう」だったか?アレが抜けるなどかなり珍しい……いや?最近よく抜けていたか?


 ……最近って、いつだ?


「あら、記憶の混濁?やっぱ試行回数が多すぎたかしら」


「むう……んむ。脳は冴えておるのに記憶が曖昧だ。まあ構わんか……して?何が目的だイヴ。貴様がここまでするなど珍しい。……“あんな光景”思い出させおってからに」


 先刻の、子供の頃の光景。もう忘れていた人間の頃の光景が脳に刻まれている。あまりいい思い出ではなかった……ような気がする。イヴも悪趣味なものだ。


 いや、待てよ。人間の頃ってなんだ?自分が人間じゃないとでも言うのか?人間以外の何か……ってなんだ?


「ふーむ、なるほど。自分の名前言ってみて?」


「アヴルトだ」


「あーなるほど、そこで止まってるのか」


 イヴの目から見える絶対星の姿は、あの時と同じ。純白の鎧を身に纏い、中世の騎士を想起させる厳つい外見は普通にかっこいい。だが……


 アヴルト自身が鏡で自分の姿を確認した時、その網膜に映し出されるのはかつての自分。セイナーの研究棟で幸せに過ごしていた頃の幼い自分なのだろう。彼の認識がアヴルトであるとは、つまりそういうことだ。


「……もうちょっと見せるわね、あなたの過去」


「あまりいい気分がせんからな。遠慮しておきたいのだが」


「だーめ。絶対星であるあなたがどんな正義を目指してたのかを思い出させるのが今の目的なんだから。いずれ絶対星の自覚も帰ってくるでしょう。ほら、視線はこっち」


 紅茶を喉に流し込みながらイヴが指差したのは円卓の中央部分。丸い穴の開いたクレーターのような窪み。


 蒼い水晶球が埋め込まれたそこには、先程まで夢のように見ていた過去の光景があった。無邪気にアニメを楽しんで、姉がいなくなっても刹那を楽しむことができた。次はどうだったか……ああそうだ、思い出したくなかったが……

 一つ。とても悲しいことがあったんだったな。


 ――――――


「お兄ちゃん!次はお兄ちゃんが悪者ね!」


「んーっはっはっは!よかろう来るがいいジャスティスマンよ!今宵こそ我が業火で焼き尽くしてくれるわ!」


 とーう!と叫びながら殴りかかってくる弟の拳を腹で受け止めて後ろに吹き飛ぶ。アヴルト……否、この頃の名前はそうではない……確か、レリリス。


 弟の名前はもう覚えていない。


 孤児院の共有スペース、他の子供たちから離れた場所でテレビを占有しながら真似をする。悪役とヒーローに別れて格闘して、どちらかがやられる。誰もがやるだろうアニメの真似、俺たちはそれが他より少し好きだっただけだ。


 その日は、昼に眠りすぎたせいで夜に目が覚めた。いつもより全然静かで、誰も動いていなくて、明るく煌めいているはずの太陽は安らかに輝く月が代わりを勤めていた。


 共有スペースの大窓の鍵が開いてたから、弟は俺に言ったんだ。夜の街でヒーローごっこをしよう、と。


 当然俺も賛成だった。好奇心には抗えなかった。


「や、やっぱり怖いね、お兄ちゃん……」


「う、うん……今日は、やめとくか?」


「いや!折角ここまで来たんだもん、ちゃんと遊ぶの!」


 街灯と月が俺たちを照らしていたけれど、まだ弱い俺たちを安心させるにはあの光たちだけじゃ頼りなさすぎた。


 人も怖かった。夜に街中を歩き回る人間は全員怖い顔をしていて、手にお金を握りしめている人や誰かを怖がらせるような笑顔を浮かべている人が大勢いた。


 今にして思えば、警察に見つからなかったことはただの奇跡だったんだろう。子供だけで歩き回っていいような世界じゃないってのは、孤児院を飛び出した時になんとなくわかってたのになんでそれに気付かなかったんだろうか。


 だから、裏路地に逃げた。月の光はどこにいても俺たちを照らしてくれるから、大通りの怖い人たちから逃げられるならそっちの方がいいって思ったんだ。


 でも、それが間違いだった。


 薄汚れた小屋があって、そこに入ろうってことになったんだ。外にいたら、大通りの怖い人と出くわすかもしれないから。暗いことよりも、そのことの方が怖かったんだ。


 小屋に入ると、一人の女の人が少し痙攣しながら横たわってた。暗くてよくわからなかったけれど、それは、確かに


「おねえ、ちゃん……?」


 弟のその言葉が決め手になって、俺の中の恐怖心が爆発してその場から逃げ出した。服も着てない、丸裸の状態で意識を失い痙攣していた姉さんは今までに見たことがないぐらいに醜くて……触れてはいけないものな気がした。


 手足には赤い痣があって、床の代わりに敷き詰められていた藁の束はぐちゃぐちゃだった……ように見えた。きっと必死に抵抗したんだろうと、なんとなくわかった。


 俺と弟は必死に走って、走って、走って逃げて……孤児院に辿り着いたあとは、布団に潜って次の日の朝まで眠った。一生次の日が来なければいいと、そう思った。


 後々になってわかったが、姉さんを買ったのはどこぞの変態金持ちだった。好きなだけヤった後は娼館に売り払われ、トラウマで男に体を預けることができなかった姉さんはあんな場所に放置され、捨てられた。


 あの日のことは決して口外しないように、と弟と約束した。あれだけ衝撃的な光景だったというのに、幼い弟は数週間もすれば忘れていた。初めて幼いことを羨ましいと思った。俺も早く忘れてしまおうとしたが、結局。


 いつまで経ってもあのことを忘れられずにいた。


 弟は元気になって、孤児院の仲の良い友達と一緒に外で遊び回ったりしたが俺はいつまでも孤児院の中に篭っていた。助けを求めて縋るように、救いの手を貪り喰うようにヒーローアニメにどんどんハマっていった。


 きっと、こんなヒーローが現れて俺と弟と……姉さんを救ってくれるんだろうって思いながら見ていた。


 でもそんな日はずっと訪れなくて、じゃあ、俺がヒーローになるんだって。こうして見てみるとかなりイカれた考え方だが、その時の俺にはそのぐらい余裕がなかった。


 ヒーローアニメの主人公みたいな偉そうな喋り方で、何があっても悪を許さずに、そして誰よりも強く。苦しんでいる人がいれば駆けつけて、周囲からやりすぎだと言われても真の平和と正義のためにひた走る……


 そんな、俺の心が誇張させたヒーロー像をいつの間にか追いかけ始めていた。


 俺の中の冷静な部分がいつも問いかけていた。なんでこうなったんだって。答えは、とうの昔に出ていた。


 俺と、弟と、姉さんと母さんと父さんと。なんでもない、当たり前だと思っていたあの時間は、きっと。


 とても■■だったから。

ご拝読いただきありがとうございました。

ブックマーク、星五評価、いいね等よろしくお願い致します。まだまだ新米の身、ご意見等ございましたら遠慮なくお申し付けください。それでは。

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