第五話 最強【2】
「では、第四席の結界も展開し終えたようですので……」
司会が十分に溜めてから腕を突き上げる。
「第二試合、開始ぃぃぃぃぃぃぃいいい!!!!」
会場全体が一つになり、歓声が爆発する。声だけで会場が揺れたような気がした。彼らがどれだけこの試合を楽しみにしているかが良くわかる、鮮烈な光景だ。
試合場に備え付けられた二つの門の片側が開く。歓声が更に大きくなり、一人の幼女が入場する。
小学校低学年程度の身長で、その身長に見合わない大きな帽子とダボダボの黒いローブを纏っている。その姿を見た者の第一印象は、『魔女』だろう。恐らく木に近い材質で構成されているのであろう杖をつきながら歩く様は、この歓声を受け入れる人間とは到底思えないほどに弱々しく、まるで何かに怯えているかのようだ。
最上第九席第九席、「染黒悔怨」。常に何かに怯えているような態度の幼女(?)、実年齢は誰も知らない。
「使用神器は杖の神器!召喚系神器の頂点に立つその力、今日も見せてもらえるのでしょうかぁ!?」
「あ、あんまり期待せんといてくれよぉ……」
あわあわと慌てふためきながら染黒が両手を振り回した。会場から小さめな笑い声が巻き起こる。
神器には三つのタイプがある。
一つ目は装備・装着系神器。最も数が多いタイプで、愛蘭のような直接手に装備するタイプが該当する。常に持ち歩かねばならない分、その性能は強力な場合が多い。
二つ目は召喚系神器。最も数が少ない。詠唱、紋、陣、血液等の代償を支払うことで、その価値に応じた何かを召喚する力を持つ神器の総称で、召喚できるものは神器によって違うが、かなりレパートリーは多い。
三つ目は概念系神器。遺華のような、体の一部に取り込んだりするタイプが該当する。遺華の場合は胸部にめり込むように取り込んでいる。水や毒、物理法則と言った概念的な何かに干渉する神器で、多くの強みと弱みを併せ持つ。
染黒は召喚系神器の頂点に立つ、杖の神器の使い手だ。代償としての格がかなり低いはずの詠唱だけを犠牲に、最大で単体のみで最上第九席級の実力を持つ異形の化け物を召喚することができる。染黒が操るとはいえ、意思を持つ存在を召喚できるのは彼女だけだ。更に天道の研究で判明したことだが、染黒と杖の神器の相性は最悪だというのだから手の付けようがない。正に頂点、それが染黒悔怨。
ほっと息をついてから染黒が反対側の扉を見つめた。観客もそちらの扉から出てくる選手を心待ちにしているようだ。特にいやらしい色欲を目に浮かばせる男性陣。
「お次はこちらぁぁぁあ!皆さんお待ちかねのぉぉぉおお!?」
バンッ!となんだかとんでもない速度で扉が開いた。
そこから一人の女性が歩いてくる。歓声が染黒の時とは比較にならないほどに爆発した。比喩抜きで会場が揺れた。
「最上第九席第七席、神梅雨幸幸ァァァァァァア!!!!」
あれ?儂の時はそんなん言われなかったくね?杖の神器しか見てなかったくね?という染黒の心中を無視して、神梅雨は染黒の対面に立った。染黒はまあ人気の差は歴然だしそれもそうかと得意のネガティブ思考で自己完結した。
入場してきたのは、ピッチピチの近未来的な戦闘スーツを着た凄まじいスタイルの女性。歩く度にたゆんたゆんと揺れる豊満な胸、プリっとした臀部に男性陣は釘付けだ。肩口あたりでカットされた、ふわっとした緑色の混ざった白髪のボブカットが風と一緒に揺れる。
最上第九席第七席、「神梅雨幸幸」。史上最年少の最上第九席にして、染黒と並んで最強とされる少女。使用神器は「札の神器」。八種類の札の中に宿る力を強力な武装として装備して戦うゴリッゴリの近接ファイター……という訳でもなく。多岐に渡る武装を使い分けどんな間合いでも等しい強さを誇るオールラウンダーな強者だ。
右手でピースサインを作り目元に持ってくる、観客に手を振るなど、まるでかつてのアイドルのような動作を繰り返す。彼女のファンサービス旺盛なこの精神も、人気の要因の一つだ。残念なことに女性からの人気はあまりないようだが。その少しうざいあざとさがなければいい子なのに……というのが基地内の女性陣からの彼女への純粋な評価である。
「最高だー!」
「俺たちのアイドルー!」
「今日も可愛いよー!」
「ぶりっ子ぶってんじゃねえぞおっぱい星人!姫の真似みてえなスーツ着やがってそんなもんのためにあるんじゃねえぞこのクソアマァァァァァァアア!」
「落ち着くのだー霞ー」
一般観客席からは黄色い声援、VIP席からは何やら絶望的な胸部を持つ女性からの罵声が飛び交う。チラリと視線をやると、他の人間が必死に押さえつけている。
「今回はよろしくお願いしますね染黒さん」
「え、あ、それはこっちのセリフで……」
にこやかに話しかける神梅雨の視線から逃げるようにキョロキョロしながら、染黒が応答する。非常に居心地が悪そうだ。いや、実際に悪いのだろう。
(早く終わらせ……た……)
首が千切れるのではないかというぐらいキョロキョロしていると、染黒の視点がある一点で止まった。そこにいたのは、拘束台で拘束されたまま試合を観戦している春馬だったた。染黒は目を見開いて固まっている。
「えなんであいつこっち見てんの?怖いんだけど」
「え怖い怖い怖い。僕も怖い」
春馬の横に並ぶ天道は染黒のことが嫌いなのか苦手意識があるのかはわからないが、必要以上に怯えている。
「…………神梅雨ちゃん」
「はい?どうしました?」
染黒が杖を自分の足元に刺し、真正面から神梅雨を見つめた。そこには先程までの怯えなど一切なく、確固たる強い意志と敵意が漲っている。戦場に緊張が走る。
あまりに急激すぎる変化に神梅雨が、会場すらも戸惑っていると、染黒がにたりと笑いながら口を開いた。
「あの男は……最後に役目を果たしてくれたよ。これで後は神を持つあの子たちだけだ。準備は整った……ここからは儂も全力を出す必要がありそうだねぇ……」
強者特有のオーラを出しながら染黒がそう言う。神梅雨は何を言っているのかわからず口を挟もうとするが、なんだかそうしてはいけない気がして、黙って染黒を見つめていた。
「ようやく悲願が叶うよ。嬉しい限りだ。また、あなたと笑えます……」
何やらうっとりと恍惚の表情を浮かべ始める染黒に、神梅雨はそろそろ怖くなってきた。
もう試合を始めて話を切り上げてもらおう。そう思って胸の谷間から一枚の黄土色の札を取り出した。VIP席から聞こえる破壊音は僅かな優越感と共に務めて無視した。
だが、染黒は急に引き締まった顔に戻ると、神梅雨が神器を発動する前にまた口を開いた。
「だから神梅雨ちゃん。肩慣らしじゃ。この試合は儂が勝つよ……すまんが、ウォーミングアップと行かせてもらう」
びたり、と神梅雨の動きが止まった。会場の誰も動かない。言葉も発さない。ただただ、何もできずに驚いていた。力の限り暴れていたはずの愛蘭でさえ目を見開いて固まっている。こんな光景、訪れるなど誰が思う?
普段はビクビクして何かに怯え、周囲から逃げる。どんな時も他人を敬い尊敬し舐めた口は聞かず。決して一人の戦士に対してウォーミングアップなどと言うことはなかった。
「は、はは、は……染黒、さん。はははは……」
まだ誰も動かない中、最初に動いたのは神梅雨だった。途切れ途切れに言葉を発しながら胸元にあった手を腰までさげた。全身が細かく震えている。
「ははははははははは!あなたがそんなことを言うなんて……あはははは!私とっても嬉しいです!派手な戦いにしましょう!今のあなたならできますよね!?とってもとっても派手に戦いましょうね!ずっと皆の記憶に残るぐらい!」
その言葉を火蓋にして、司会の合図も待たずに戦いが始まった。染黒は杖を振り、神梅雨は札を目の前で構えた。普段大人しいはずの二人が、今この時は血に飢えた獣のように好戦的な表情を浮かべて向かい合っている。
遅れて歓声も復活した。最強vs最強のカード、更にその両者が全力でもってぶつかり合うこの試合。もはやどうなるかは誰にも予測することはできなくなった。
「応符、剛龍地爆武装!」
「うんちゃらまかまか……百鬼夜行、急急如律令!」
神梅雨の体が突如として黄土色のゴツゴツした鎧で覆われた。鋭い棘が生えているのに全く動きを阻害することなく、見るだけで力強さが感じられる。そのフォルムは、一言で言うなら「擬人化した龍」だろう。
応符、剛龍地爆武装。地上での直接戦闘に特化した、殴り合いのための武装。スピード、パワー、防御力、全てにおいて全武装の中でトップクラスの性能を誇る、汎用性の高い武装。
対するは「百鬼夜行」。文字通り百体の異形の化け物が相手を襲う。結構強いが、染黒の召喚獣の中では弱い部類に入る。だが単純に物量で押し切れることも多く、何より詠唱がアホみたいに短いので様子見として使われることが多い。
「うひゃあ相性最悪!焦りすぎましたぁ!」
いかつい兜に覆われた頭部から悲鳴のような声が聞こえる。どこか喜んでいるように聞こえるのは勘違いだろう。
対する染黒は得意げに笑っている。
「どうせわざとじゃろうに……」
「バレてました?」
百鬼夜行によって出現した骸骨や腐った死体を全身の力を込めた攻撃で破裂させながら神梅雨が可愛く声を出す。少し遅れて雨のように降り注ぐ腐った肉片と血液を浴びながら神梅雨と染黒は静かに笑う。その意思を確かめ合うように。
「だってこっちの方が……」
「可哀想に見える……」
「構ってもらえる!」
最上第九席第七席、神梅雨幸幸。分厚い猫を被った彼女は極度のかまってちゃんだ。
――――――
目を見開いて固まっていた愛蘭がようやく正気を取り戻し、席に座った時まで時間は遡る。
しかし彼女は一目試合を見て嫌そうな顔をした後立ち上がり、通路に繋がる扉を開けた。
「ドコ・イクンダー」
「あいつの試合を長時間見てたら目が腐る……すぐ戻ってくるよ。そろそろ目覚ましただろ」
「あいつなら今頃医者に追いかけ回されてるよ」
「めちゃくちゃ元気じゃねーか」
何やってんだ、とぼやきながら病室に向かって歩く。愛蘭の診断は間違っておらず、後一歩で死んでいたところまで傷付いていた。変に動き回ると傷が開いてまた死の淵に立たされる危険がある。本当に何がしたいんだか。
とりあえず逃げ回っているならとっ捕まえるかと思い、鬼路によって切り刻まれたV23通路を迂回して歩いていると、どこからか煙が漂ってきた。害はないようだ。
「煙幕……?」
気にせず進むと、煙は更に濃くなってきて、遂には足元さえ見えなくなってしまった。さすがにまずいと警戒する。
「どろんでござる」
「あ"?」
その時、非常に見えにくいが目の前に全身包帯でぐるぐる巻きにされた少女が突如出現した。反射的に関節の捻りを加えた完璧な右ストレートを顔面に叩き込む。
「ござるぅぅぅぅううう!?」
どこかで聞いた絶叫を聞いてようやく理解した。自分がボコボコにした少女を自分で吹き飛ばしてしまった。
「マジで逃げ回ってんのかよ……」
かなり吹っ飛んで行った天爛を走って追いかけ、気絶している間に首根っこを掴んだ。天爛楽歩、確保。
「とりあえず病室行くか……」
そのまま引き摺り、病室に入る。中では息を切らした女医が水分補給をしていた。
愛蘭を見て軽く驚いた仕草を見せてからお茶を用意し、引きずっているモノを見て羅刹と化した。殺意を込めて首を握り締め、注射をぶちこんでから点滴を突き刺し、首輪でベットに拘束した。そしてそこでようやく天爛が目を覚ました。
「ござる……ござるぅ!?なんで捕まってるでござる!?拙者秘伝の隠れ身の術とか色々やったはずなのに……!」
「いやあんな目立ってて隠れ身も何もねーよ」
女医から提供された椅子に座り、動かない顔面の表情を最大限動かして驚く天爛の疑問に答える。天爛が更に驚いた顔をし、もはや変顔としか思えない領域に達し始める。
「試合観戦ほっぽってきたんだ、色々話聞きたくてな。別に傷増やしてやろうとか、そういうのは思ってねーから安心しろ。軽い進路相談も兼ねてる」
「な、なるほどでござるよ……まあそういうことならまず拘束を外してほしい。対話とは対等な関係でするものであって、決してこんな不平等な状況でするものでは……」
「絶対逃げるだろお前」
天爛がギクッという擬音が形になって見えそうなほどあからさまにギクッという顔をする。ここまで見え見えの逃亡を図ろうとするとは、もしや純粋の頭が悪いのかもしれない。
「自己紹介……はしねえぞ。進路次第じゃ情報漏らすことになっちまう。じゃああたしの質問に答えろ。それ以外の発言は許可しない。いいな?」
「わかったでござるよ」
諦めたのか、それなりに真剣な顔付きで天爛が言うと、愛蘭も満足気に頷いてから口を開いた。
「まずお前の背後。どこの組織のモンだ?」
「黙秘は許され?」
「ない」
「ござるぅ……組織に害はなさないでござるか?」
「こっちだって戦闘狂集団じゃねーんだ。お前の進路次第で軽く脅すか協力関係結ぶだけだ」
「懐深いでござるなぁ……甘い、の間違いでござるかな?」
「うるせえ。うちの方針なんだよ。早く話せ」
「拙者はレギンレイヴの諜報員でござる。今回は主要級戦力の情報を盗みに入った」
「情報を盗みに……ね。じゃあ、暗殺は関係ないと?」
「暗殺?何の話でござる」
愛蘭が訝しげな視線で天爛の瞳を見つめる。そこには嘘をついている人間特有の色はなかった。どうやら本気で関わりはなさそうだ。
まず一つ目の不安要素を取り除けたことに安堵しつつ、しかし愛蘭は天爛や女医に隠しながら頭を抱えていた。
(一部の交渉に応じない組織じゃねえかぁぁぁあ!)
レギンレイヴ。エスティオンの大敵たる上級大罪組織にして、直接戦闘ではなく間接戦闘において無類の強さを誇る厄介な敵。情報を何より重要視し、故に任務に失敗した者は容赦なく切り捨てる無情な組織だと記憶している。
天爛は完全に任務に失敗している。交渉なんてしたところで応じないだろうし、天爛が切り捨てられる可能性は非常に高い。なんなら情報漏洩を防ぐために多少強引な手段を取ってでも殺しに来る可能性の方が高い。
力づくが最終手段ではある。想定もしているが、したくない。とても困った。
頭を振り、その考えを振り払った。そこは天道や上層部の人間が考えるだろう。あくまで戦闘要員である愛蘭の考えることではない。
気を取り直して次の質問に移る。「え、本気で何の話?」と戸惑っている天爛は無視した。
「うん。私は詳しい話を聞く係じゃないからな。こっちが本命だ。今後の進路」
「レギンレイヴに帰るでござる」
わかっていたことだが、あまりに早い即答に少し困った感情を表に出してしまう。こちらの立場的に「はいそうですか」と帰す訳にはいかない。愛蘭個人としては彼女の考えを尊重し帰してやりたいが、そんな虫のいい事情は通らない。何よりレギンレイヴが受け入れる訳がない。
一番平和なのはこちらに所属してもらうことなのだが、まあまず納得しないだろう。が、まずは説得だ。
「なあ……エスティオンに入る気はないか?」
「お断りでござる。拙者の居場所はレギンレイヴだけ故」
もはや感情を隠そうともせず両手で顔を覆い天を仰いだ。ここでちょっとでも考えてくれたらどれほど楽だったか。
「ま、まあちょっと考えてみてくれよ。レギンレイヴも確かにいいかもしれねえがエスティオンはもっといい。充実した戦力に手厚い福利厚生、レギンレイヴとは比べ物にならない……」
「愛蘭殿」
勧誘しようとするあまり訳の分からないことを言っていると、天爛が途中で口を挟んだ。鬼気迫るような真剣な表情をしている。先程まで残っていた、どこかおどけるような空気はもはやない。愛蘭はこの感覚を知っている。それは……
(地雷踏んだ……?)
「失礼を承知で申し上げる。レギンレイヴは拙者にとって最上の組織でござる。あの日を忘れたことはござらん。雪の舞う荒野にて震える拙者をボスは拾ってくれたのだ。レギンレイヴは永遠に栄えるぞ。エスティオンになど劣るものか。見たところあなたにも愛する者がいるのだろう。それは拙者とて同じこと。拙者の愛する者共を貶すな」
天爛の傷跡が開き、血液が噴き出す。天爛が攻撃しようと思えばできる状態になった。念の為女医をハンドサインで退室させ、なんとか話し合いで鎮めることにする。
(あの時も思ったが、やっぱ愛してんだなぁ……ん?)
しみじみとそう感じながら、一つ疑問を抱える。天爛の発言とレギンレイヴの情報が噛み合っていない。彼らは任務に失敗した者を切り捨てる。そのことを天爛が知らないはずがない。
「なあ、レギンレイヴに帰れるのか?そもそも」
「ん?どういうことでござる?」
「いや、レギンレイヴは任務に失敗した奴を切り捨てる非情な組織だ……という情報がある。失敗したお前が帰れるのか?」
「……ぴ?」
言葉を選びながら愛蘭がそう言うと、天爛が目を見開いて固まる。体中から脂汗が溢れ始め、包帯がべちゃべちゃに濡れ始める。どうやら完全に失念していたようだ。
涙も溢れ始め、ガタガタと全身が震えて遂に泣き出した。本当に悲しい時は声も出ないようで、喉の奥から声ともいえない声がか細く聞こえてくる。非常に痛ましい。
「ぜっじゃ……は……ひ、みず、て……ひく、ら、……す」
「あー、落ち着け。そこら辺は上の奴らが考えてくれるさ。うんうん。安心しろ。うん」
泣きじゃくる天爛の頭をそっと撫で、ゆっくり席から立ち上がった。
「これはあたしが聞きたかっただけだ。上の奴らと話す時はもっと詳しく言えよ。あたしは戻るから。軽い説得ができたらいいなって思っただけで。うん」
女医を室内に戻して包帯を交換するよう命じる。ついでにメンタルケアを命じておいた。
VIP席に戻りながら色々と考え込む。とりあえず天爛の意思と事情はわかった。
情報収集目的で侵入し、愛蘭に敗北。第一試合の裏で行われた暗殺とは関係なく、今後の方針としてはレギンレイヴに戻りたい。しかし恐らく戻れない、と。
当初の予定通りの合併はまず不可能、交渉もできない。可能性としては力づくだが、それは個人的にとてもしたくない。するにしても甚大な被害を被ることは間違いないだろう。腐っても上級大罪組織だ。
(うーん八方塞がり)
愛蘭個人としては天爛を全面的に応援したい。上の人間も馬鹿じゃない。レギンレイヴが相手とわかればまず交渉は諦めるはず。しかし力づくは選ばないだろう。なったとしても最上第九席の権限をフル活用して止める。となれば……
「あいつだけが不幸……」
任務に失敗し帰る場所を失くし大事な人達のためにできることはなく敵組織に加入する意思もなくしかしそれが最も幸せな選択肢。一組織に所属している者として屈辱の極みだろう。愛している組織があるならば尚更だ。
「なんでこんなこと考えてんだあたし……」
口に出してみるが、その理由などわかりきっている。いつまでも未練たらしく重ねてしまうからだ。遺華しかり天爛しかり、かつて失った妹に似ている。
そうでなくとも、彼女の生来の性格ということでもあるだろう。彼女はかなり重症の世話焼きだ。
とにかく後で上層部に掛け合ってみよう。できるだけ天爛の待遇を良くして、彼女の幸せを優先してもらう。
ため息をつきながらVIP席に戻る。そこではかなり試合が白熱しているようで、第一試合とは比べ物にならない熱量の歓声が上がっている。最上第九席も夢中で見入っている。
あまり見たくないが神梅雨の近接戦闘センスは冗談抜きで神の領域にある。見ておいて損はないだろう。
ちらりと横目に見ると、そこでは神梅雨が染黒に息のかかるほどの近距離まで迫っていた。後ろから召喚獣で押し切り、敵を近付けさせない戦闘スタイルであるはずの染黒が、そこまで迫られている光景は随分奇っ怪だ。
しかしそんな光景は愛蘭の脳内から即刻排除される。スローになった彼女の目に映っているのは、超速の運動によりぶるるんと揺れる神梅雨の豊満な胸だけだ。
VIP席は凄まじい傷跡を残して大破した。
ご拝読いただきありがとうございました。
ブックマーク、星五評価、いいね等よろしくお願い致します。まだまだ新米の身、ご意見等ございましたら遠慮なくお申し付けください。ではでは。




