第一話 決戦組織ミズガルズ、崩壊?【2】
「さて、話し合いも終わった……死ぬか?イヴ」
「それはこっちのセリフよ、ええ、きっとそう」
天道から今後について詳細が伝えられるまで訓練しながら待機の命令が出され、染黒とイヴ以外の全員が出て行った後の会議室で二人は殺意と共に向かい合う。
「どの面下げてここにいるの、ムーナ。あなたの目的はセイナーをデゥストラから救出することでしょう?そこにいるわよ、ほら。行ってきてそのまま死んだらどう?」
「足りん足りん、真なる神がまだ足りん。もう一つか二つないとアレには届かんよ。わかるかの?」
「わかって言ってんのよクソババア」
一応念を押して「争いはやめだ」と天道に言われた後ではあるが、これだけは譲れない。世界の崩壊を為した大罪人とそれを止められなかった愚か者がここにいるのだ。ならば、あの時の続きを始めるなと言う方が無理というもの。
「お主の中の神と、瞬脚の神。ここで奪うかの」
「あなたの全能、私がもらう」
イヴが超身体能力を用いて一瞬で外に移動する。流石に中でやっては基地そのものを巻き込みかねない。
染黒は後からゆっくり現れて、頭部がイヴから視認できる位置に到達した瞬間光速にも近い蹴撃が放たれた。だがさすがにその程度は想定済みなのか、全能神器に防がれる。
「はっ……守るのだけは、逃げるのだけは上手いわね!」
「お主こそ、相も変わらず攻めることしか知らん!」
偽りの神で攪乱する。瞬脚の能力を使い亜光速で移動し続けながら神器の能力を連続発動、小さな爆発やトラバサミを出現させながら染黒の視界の外に出続ける。
だが、染黒は全能神器を保有している。
「甘い甘い甘い、スラヴァカのように詰めが甘い!」
全方位に射出される、漆黒の液状の刃。
イヴが速く動けば動くほどより深刻なダメージを与えるその攻撃は、染黒の狙い通りイヴに深刻な裂傷を負わせた。
「ぐうっ……」
「ほ、ほ。他愛ない。儂がどれだけ戦場に身を投じてきたと思うとる。そんなんで惑わされる訳が」
蹲るイヴに、僅かに油断していたのだろう。
気付けば瞬脚神器が眼前にまで迫り、頭を横薙ぎにブチ蹴られた。寸前で全能神器を割り込ませたがダメージは完全に脳まで浸透し、一時的な脳震盪となる。
「油断油断油断!私は真なる神を体に埋め込まれてるのよ!他ならない、あなたたちの手でねえ!」
神は人には過ぎたる力。だが、あれだけの時を共に過ごしたならばその力を利用することだって可能だろう。長い時を費やせば、人は獅子さえ飼い慣らせるのだ。
全身に負った裂傷は既に癒えている。
だが、先刻自分で述べたように。染黒は戦場の中で生きてきた存在だ。ただダメージをもらうだけでは終わらない。
「……砕け落ちろ、我が第一の子よ」
全能神器の液状物体が、欠片としてその場に残っている。遠く吹き飛ばされた染黒からは視認すらできないだろうその欠片は、しかしどんな形でも全能たる神器なのだ。
炸裂。火煙。損傷。体外ではなく、網膜系や神経系に異常をもたらす妨害と状態異常特化の爆発であった。
「頭……がっ、割れ……あっあああ!」
「油断はそっちじゃろうて、儂の神器は全能じゃ!」
イヴがその場に蹲り、今度こそ動けなくなる。染黒も脳震盪の影響で動けず膠着状態が生まれた。純粋な手数、身体能力だけで言えばイヴの圧勝だというのに、互角。
これが経験の差、格上との戦い方を知っている染黒の戦法だ。弱者は押しつぶすものと思っているイヴはその時点で敗北を喫している。カウンター。それこそが弱者が強者に抗う唯一の方法。攻撃を食らい油断を誘い、本命を当てる。
「あれ?れ?何してんのあんたら……っどぅええ!?」
次はどう仕掛けるか、割れそうな頭で、揺れる頭で考えていたその時。場違いに間抜けな声が耳朶を震わせる。
皐月春馬だ。名前のない、知り得ない衝動に突き動かされていた彼は、会議室を出た直後からイヴを探していた。彼がエスティオンで戦うことを決めた理由、いつか触れた誰かと再び出会いたいという思い。それに突き動かされて。
「おい大丈夫か!?なんでそん、ああ!?」
頭に響くから大声はやめてほしい、と声に出すことすらできない脳へのダメージ。そんな彼女たちの心の声を知ってか知らずか、春馬は大声を出し続けている。
純粋な殺意が湧き上がってくる。
「あの……皐月、春馬……くん。少し静かに……お願い……」
「あーごめんわかった。そういえばあんたに話があるんだけどさ、今ちょっといいかな?俺も訓練出たいし早めに終わらせたいんだよね。あれー?聞いてるー?」
本気でブチ殺してやろうか。どこをどう見たら大丈夫に見えるんだ……っといけないいけない。彼は唯一の成功例、真なる神の保管庫。もうすぐだと言うのに、こんな所で、こんな理由で失ってしまう訳にはいかないのだ。
今は見ての通り忙しいから後にしてくれ、と言おうとしたその刹那、全能の漆黒粘液が春馬を狙い放たれた。
「こいつが……弱点よなあ、イヴ!もう未練はないぞ儂は、お前の保管庫なぞには頼らん!こうして利用する!」
しまった。
染黒は自分と春馬の関係性を知っている、狙われることぐらい予想がついたはずだ。足だけで本能的に動いて春馬の前に立ち全能を受け止める、鮮血が大地を濡らす……
ことはなかった。子が、母を守った。
「おっ……と。こんぐらい自分で何とかできるぜえーと……ゼロ、じゃねえよな。名前わかんないけどよ」
春馬の剛腕が全能を叩き落としていた。よろけながら守ろうとしてくれたイヴを片手に抱き抱え、片手間に。なんでもないことのように、容易にそうやってのけた。
「それ……なんでそんな、ことが、でき……」
「?できるだろ、普通。いや天道がなんか言ってたか……」
春馬はイヴの創り出した神の欠片の保管庫。染黒により剛腕神器を適合させられた今、その有用性は計り知れない。全ての神を無に還すことが目的であるイヴからすれば、だが。
春馬の神器適性はイヴにより尋常ではないレベルにまで昇華されている。もはや春馬が神器みたいなものだ。試験の際弱体化されたとはいえ、本質に変わりはない。
イヴならば容易なことだが、神器を一つしか装備していない人間がするとは随分の離れ業だ。
「さすがは……って、ああ!逃げられた!」
春馬の腕の中から逃れて染黒のいた方角を向いたイヴだがそこに染黒はいなかった。二対一は分が悪いと踏んだのか、脳震盪のダメージがそろそろ限界なのか。
「おういつの間に。逃げ足が早いなあ」
「……一応、立場が上じゃなかった?」
「知らねえよそんなもん、気になんねえし」
「そういう問題じゃないと思うのだけれど……」
まだ少しよろけるイヴを支えながら、春馬と会話する。生まれてから初めての親子の会話であった。
「あーでそう。話があんだよな。大丈夫?」
「話……ええ、話。私も話がしたかった、丁度いいわね。厳密には、今話がしたくなったのだけれど」
正規の手順を踏んでいないとはいえ、春馬はイヴにとって息子のような存在だ。こうして話してわかったが、思ったよりもまともで理想的な人間に育ってくれた。あちらが話があるというのなら、それに便乗して少しなんでもない会話をしてみてもバチは当たらないだろう。
手を取って基地の中に戻る。染黒との決着はもう少し後でいい、魔神獣討伐までに彼女の保有する神の欠片を得ることができればそれでいいのだから。
恐慌星、妖姫星、隷属星、無限星、全能神器。恐らく染黒はこれらの神の欠片を既に保有している。『融滅』が命核神器、越冬壱馬が戦蓄神器。春馬が剛腕イヴが瞬脚とイヴ本体の神の欠片、そして絶対星と魔神獣が一つずつ。
魔神獣は一つしか神の欠片を持っていないというのに五個あってもまだ足りないとは、染黒はとんだ臆病者……否、彼女の力を正確に捉えて判断しているのか?
「どうした?どっか痛むのか?」
「え、ああ……いいえ、なんでも」
少し足が止まっていたようだ。軽く微笑んで歩き出す。
どんな話をしよう。初めての家族の会話、暖かいものにしたいな。かつてのようにそう思うイヴであった。
――――――
「という訳で今までありがとうございました」
「待て待て待て待て待て早い早い早い」
魔神獣が潜って行った海底に最も近い海岸で、酔裏とそれ以外のフリシュ部隊の面々は向かい合っていた。涙の別れという訳でもないが、別れの時が来ている。
酔裏は海に向けて踏み出そうとしていて、フリシュたちがそれを止めている構図だ。傍から見れば自殺とそれを阻止しようとしている友人……のようにしか見えない。
「安心してください死にはしません。私は別行動するというだけのことです。組織も部隊も抜けて、私は私一人だけで動きますと、そう言っているだけのことです」
「いや……話が急すぎないか!?話し合おう酔裏レディ!」
「これが最善……私はそう思っています。勝手な判断で申し訳ありませんが、私の切り札から考えて他はありません」
酔裏の切り札は釘の神器本体だ。彼女以外の誰も干渉できない場所に保管されているソレは、今ここで全力発動したならば数百メートル離れているミズガルズ基地さえ完全破壊してしまうであろう力を秘めている。
それは組織全体の共通認識だ。戦争の際の発言、彼女が天道にだけ明かした本体の場所、そこに秘められたエネルギーから判断し、彼女はそう位置付けられた。
「私はここから離れた海上の孤島で時を待ちます。大丈夫ですよ、決戦には参加します。最も効果的なタイミングで」
「いや、それは……まあ、大事だけど……そこじゃないだろうよ酔裏レディ!?話が……急すぎるんだよ!」
「……フリシュさん、そこは、今言い出す話ですか?」
逆に今以外のいつ言うんだ、と返そうとしたが、口が動かない。本能が止まれと言っている。
酔裏は絶対に何か隠し事をしている。それもヤバいタイプのもの。普段の言動、行動からそれは明らかだ。そしてそれに触れようとした時、彼女は。
粘ついた悪意の塊のような笑みを浮かべる。
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