第一話 決戦組織ミズガルズ、崩壊?【1】
螺鈿です。あけましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。今年もラスリバと、投稿予定の新作をどうぞよろしくお願いします。
新年初投稿が最終章一話。おめでたいですね。
それでは本編をどうぞ。
人類戦争終了後、魔神獣の絶望的な強さと格の違いに黙ることしかできなかった生き残りたちは、天道の向かわせた迎えである車の神器に乗ってエスティオン……ミズガルズ基地に帰還した。地平最強の組織が完成したのだ。
過去の遺恨も全て水に流す……ことはできない。アスモデウスとエスティオンの問題、それ以外の個人間の問題、決して洗い流すことのできない問題は腐るほどある。
一時休戦という形となった。魔神獣との決戦が七日後に迫った現状、人間同士で争っている暇はない。全リソースを割いて、全ての時間を賭けて、あの滅びの神を堕とすことだけを考えねば勝ち目は1%もない。例えそうしたとしても、2%に届くかどうか、というレベルなのだから。
「そうでしょう、師匠?」
「なーんでワタシに聞くノさ、計算は全部お前がヤっただろう?お前は死体研究学以外ジゃワタシを上回ってルよ、なんでもカんでもワタシに最後を委ネるんじゃない」
「あ、はい……なんか、丸くなりました?師匠」
叱責されているのに丸くなったと認識するあたり普段の彼女がどれだけキツく当たっていたかわかるというもの。
バツが悪そうな顔をした『融滅』が小さく「ん」とだけ言って自室に戻っていった。後ろ姿にどこか元気がなくて、日頃していた嫌らしい笑い方もしない。一人称も変わったし他人を見下すこともあまりしなくなった。
あれ?これワンチャン偽物説あるぞ?
と、思っても実際に行動には移さない天道であった。
「いかんいかん……考え事は七日後以降だ」
頬を叩いて意識を切り替える。今は『融滅』の変化よりも魔神獣との決戦に向けてするべきすることをしよう。
考えること、しなくてはいけないことがあまりに多い。多すぎる。とりあえずは一日で全員が同じ組織であるという自覚を持たせなくてはいけない。今は戦争の疲れを癒してもらうため個別の部屋で眠らせているが、起きれば大戦争が起こることは目に見えている。すぐに会議だなこれは。
ウタマは旧エスティオン構成員全員に敵意を抱いてるし、論外の女こと『融滅』は天道以外の全員に殺意を抱かれている。個人間の争いは絶えないし制御できる点がない。
苦労とかいうレベルじゃないぞ。必要なこととはいえ、あの時勢いだけで組織結成なんて言わなければ良かった。早々に後悔し始めてしまう。
だかまあ、他に適任がいないのも確かだ。カリスマ性があるやつだらけの現状、逆にカリスマ性がない自分がやった方が早いという稀有すぎる状況なのだ。
「まあ、やるしかないならやるけどさ……っと」
設定しておいたアラームが鳴り、時間を知らせる。腐っても戦場で生きてきた人間、時間ぐらい守るはずだ。この時間に合わせて各員の目覚ましも設定してある。
会議室に向かうべく扉を開けて歩く。激戦になるだろうことは容易に想像できる……憂鬱だ。憂鬱すぎて涙が出る。
「さーて、人類救世の第一歩、踏み出すぞ!」
――――――
「五度、死ぬか染黒。元はと言えば貴様が……」
「セレムを返せクソアマァ!ぶっ殺すぞぉ!」
「お前あん時の!まだたまーに痛いんだぞ穴がよ!全身に開いた穴が痛えんだよ!名前なんだっけカン……カ……クソ!」
「……そもそも誰なんだこの鎧」
「あーーー!!!!うるさいうるさいうるさい!」
想定が甘かったという他ないだろう。激戦区になる、との予想では遥かに遠かった。正に戦争、あの昨日まで行われていた戦争と何も変わらない。武力が言葉に変わっただけだ。
さっきから何度も鐘を打ち鳴らして静かにするよう求めているが全く言うことを聞かない。前言撤回だ、何がカリスマ性がないやつが統率した方がいい稀有な状況だ。ある訳ないだろうそんな状況が。あってたまるか。
「あークソ……君だ君って言えるやつがいないよねえ!全員元が違うもんねえどうすんだよこれさあ!」
「………………………………黙れ、弱者共」
ドスの効いた重低音が会議室に染み渡るように発され、しっかりと耳に届いていないだろうに全員が黙る。先程から腕を組んで黙りこくっていた白の鎧……絶対星の声だ。
この場にいる全員の共通認識として、魔神獣が強すぎるというものがある。そしてそれと同じほどこの鎧が強いということも。超圧縮された擬似恒星天体を正面から打ち破り、あの神を海底に撤退させた恐るべき実力者だ。
“擬似”であるが故にアレはブラックホール化しなかった。本来星は圧縮されればブラックホールとなるが、あの星はあくまで擬似だったのだ。それを打ち破った。
「いや、我も弱者か。アレを逃がした……くく、とんだ笑いものだな。何が正義だ……悪を!取り逃がすなど!!!!」
円卓を、拳を強く強く握りしめて殴り、破壊する。石材から出ていい音ではないとんでもない音を立てて、白亜の円卓はガラクタとなった。情緒不安定、も共通認識だ。
天道は思った。おお!この状況を収めてくれたか!そして同時に思った。おお!とんでもねえ情緒不安定だ!
「そして今、弱者の組織に所属している……くく、ああ笑いの種にすらならんなあ……よい、続けろ白衣の弱者よ」
フリフリと手を振って、絶対星が天道に場を任せる。意外なところで繋いでくれたものだともはや感動に値する。
少し潤んだ目元を隠すように資料を持ち上げ、一枚捲ってから言葉を発する。内容は主に戦争の被害状況と失われた戦力、そしてその補充が不可能であるという事実。近距離観察により得られた魔神獣のデータetc.
どれもこれもが泣きたくなるような情報だ。戦死者は当然のこと、たったこれだけの戦力で“あの”魔神獣に勝たなければいけないという現状に一番涙が出る。
「……報告は以上、そして今より……」
天道が一度俯き、場を静寂が支配する。
そして覚悟を決めてバッと顔を上げ、口を開いた。
「ミズガルズの、リーダーを決定する!」
「我だな、絶対正義たる我しか適任はおらぬ」
「いや、一度組織を率いた経験がある私でしょう」
「いやいや、それを言うならばあのゼロの視点から世界を見て密かにカリスマを磨いた私しかいないわ。ええ、きっとそう。私しかいないのよ。ねえ、天道?」
「いやいやいや、純然たる知識量で僕に勝る人がここにいます?指揮は知恵、僕に任せるべきですよ」
やっぱりこうなったか、と声にしなかった自分を誰かに褒めて欲しいぐらい予想通りの光景だ。
こいつらは何に置いても我が強すぎる。自分を認め、他者を認め、位置を理解し、己を磨く。それを自然と実行できるような人間ばかりだ。そりゃあこうなるだろう。
嫌なら指名制にすればいいと思ったそこのお前。お前は馬鹿だ大馬鹿だ。そんなことしてみろ、ここは焼け野原だ。
「あー……言いたいことはよく分かるよ、皆。けれどね、今こんなことをしてる時間はないんだ。わかってる?七日後にはあの魔神獣との決戦だ。ここはパパっと決めてだね」
「上層部はどうシたんだいゴミ弟子」
天道のセリフに割って入った『融滅』の言葉に一部の人間が頷く。旧エスティオンには確か、あの滅びを生き残った人間のみで構成された上層部が存在していたはずだ。
神梅雨にとっては聞きたくないワードだろう。何せ彼らは彼女の意思に反してずっと人殺し……スパイ殺しをさせられ続けてきた。その組織の人間も全員巻き込んで。必要なことだが、心優しい彼女にさせるべきことではなかった。
「ああ、殺しましたよ。全員、僕の手で」
耳を疑う言葉だった。神器を使える訳でもない、戦闘員でもない、気の弱いあの天道が、殺した?人間を?
やけにあっさりと言ってのけたその事実に、天道のことを知っている人間全員が驚いているのを察したのか続けて言葉を発する。抑揚、喋り方はいつもと変わらない。
「寝ている所を狙えば神器使いでも殺せる。僕には自作の武器もあるしね、邪魔なご老害にはご退場願おう」
「……物騒だねえ、バカ弟子。殺しを教えタことはないンだけど?」
「彼らの考え方は救世の邪魔だ。それにいい加減嫌気が差していたんですよ。ああ、ここでハッキリさせましょう」
相も変わらず普段と変わらない喋り方をする天道だが、どことなく芯がある。今までの彼にない要素を挙げるのならばそれはそう、覚悟だろう。彼の決めた、覚悟。
魂の奥底で煮えたぎる救世の覚悟。
「僕も、戦いますよ。後方支援しかできない……ならば、その後方支援だけでも全力で。障害は取り除く、支援は十二分にする。環境さえ作り替える。その第一歩です」
「……私が、私がエスティオンを抜けた時」
冷徹でありながら火傷しそうなほどに熱い覚悟にその場にいるほぼ全員が圧倒される。気迫がある訳でもない、ただの研究員の言葉だというのに心に響く何かがある。
ウタマが懐かしむように口を開いた。
「あなたは弱々しい人間だった。臆病な人間だった。それが今こんなにも……人の命を奪えるほどに成長した」
「殺しは成長じゃない、間違エるなよ」
ウタマと『融滅』が視線を交わし目だけで喧嘩を始める。彼女の過去は誰も知らないが、『融滅』にも思うところはあるのだろう。少なくともそう思えるほどの何かはあった。
後でシめる、と目線だけで伝え合った後に再び天道に目を向け、ウタマが続きを話し始めた。
「こほん……考えられない進歩です。認めましょう、あなたは立派な戦士……あなたに判断を委ねます」
あなたたちもそうでしょう?と問いかけるウタマに誰もが賛同した。絶対星だけはどこか不満げだったが、天道の覚悟に押されたのか黙って頷いていた。
予想外の展開に置いていかれそうになっていた天道だが、全員の視線を受けて軽く息を吐いてから口を開く。
「そう……そうかい。ありがとう。じゃあ早速リ」
「いやそれはお前だろ」
春馬が呆れたようにそう言って、他の人間も頷く。流れ的にそれしかなくね?という雰囲気になっている。
「……なんだか、調子が狂うな。わかった、当面のリーダーは僕が受け持つ。立候補はいつでも受け付けるよ。じゃあリーダーとして最初の指示だ、今後の……」
決戦組織ミズガルズ。滑り出しが最悪なものになるかと思われたがそんなことはなく、これ以上ないほどに丸く収まることとなった。天道をリーダーとして組織は進む。
だが、完全に上手くいく訳ではない。必ず綻びは生まれてしまうのが組織というもの。過去に、現在に、未来に囚われた者たちは決して歩み寄ることはなく……
ご拝読いただきありがとうございました。
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