Episode 24 And the end will come【3】
「私の攻撃なら、届く……ええ、きっとそう。届くのよ」
無数の神器を起動し、照準を魔神獣の頭部に合わせる。
「他の方々は下がっていてください。無意味です。無価値です。無力です。ここは、神に任せておきなさい」
絶対星、染黒、イヴ。神の欠片を保有し、並び立てばあのゼロにさえ及ぶ三名がただ魔神獣打倒のために……否、それは傲慢というものだ。“現状の危機突破のため”戦う。
『融滅』の負傷は、魔神獣の攻撃によるものだということは考えるまでもないことだ。では、それはどんな攻撃なのかという面について考えた場合。それは実に単純なことだ。
拳による。殴打。
「……は?冥滅之帝……が、あ?」
六本存在する魔神獣の紅蓮の腕。そのうちの一本が、人間がそうするような関節の連動と共に拳となって冥滅之帝を殴った。ただそれだけで、地獄の王は滅びる。
魔神獣が世界を滅ぼしたのは、全身から発せられた熱光線によるものだという情報はこの地平に生きる者ならば誰もが知っている。故に知らない、魔神獣はその巨躯を活用した殴打や蹴撃を平気で行うということを。
「正義、正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義正義!!!!!!」
今この場において最も可能性があるのは絶対星だ。これほどまでの強さを誇る魔神獣を、一度は世界をさえ滅ぼした魔神獣を前にして彼の正義はまだ揺らいでいない。
冥滅之帝を破壊した勢いをそのままに、この戦争を生き残った者全員を殴り殺そうとした魔神獣の拳は、しかし絶対星が間に立ち塞がっただけで止まった。悪が正義に拳を向けてダメージを与えてはならないという、実に自分勝手で傲慢な彼の正義心に従いその現象は起きた。
即ち、滅びの神の拳が止まったのだ。
「お、おおおお……正義であるぞおおおあああああああ!!!!!!」
そして、一閃。力任せな右腕の横薙ぎ、そうするだけで魔神獣の巨躯が頭部のぐらつきに釣られて倒れかける。魔神獣の体内に存在するセイナーに譲渡した神の欠片による抵抗があったので死にはしなかったが、そうでなければ死んでいただろう。絶対星とはつまり、そういう存在だ。
「圧縮……放出……起動、瞬脚!」
そして、イヴの切り札。地下空間で同じ時を眠り続けた最後の五柱、瞬脚神器。脚部装着型の剛腕神器の亜種。
百を越える神器のドーピングにより身体能力の向上したイヴが魔神獣の頭部まで駆け上がり、絶対星の攻撃とは違い足を薙ぐ。側頭部に命中すると同時、その巨躯がまた揺れる。
「いやわかってはいたけれど……高すぎない?」
魔神獣の頭部、その座標は雲さえ容易に突き抜ける。その高度からイヴは、地上を視認することさえできない。同じ高度だが視界に差があるとは、何らかの能力が働いているのか神器のドーピングで追いつけない高みに魔神獣が立っているのか……仮にそうだとした場合、一体全体、どこでそれほど差が生まれたのか。
魔神獣が片足を後方にズラし後退する。世界を滅ぼした神が、格の劣る神と人を恐れたのだ。
……否。それは違う。恐れるはずがない。彼の者の名は終焉。滅びの具現、終焉星。魔神獣デゥストラ。
魔神獣の腕が一本、頭上で円を描く。天体の公転軌道にも似たそれは、かつて誰かが見た光景に酷似している。かつて神梅雨との戦闘で染黒が披露した、杖の神器としての切り札である冥滅之帝。彼の神の手は確かにこう動いた。
だが。
「紅の星、墜つる主神……」
規模が。
「果ての柱、終の空、黄金の蠍座、天空の宮殿」
違いすぎる。
「光の神、闇の帳、風の囁き、獄門の炎、雷霆の怒り、太古の裁き、第五の絶滅、三又の首、真理の扉」
彼女がそうする必要は、ない。召喚系神器の使い手がそうするような詠唱を唱える必要はどこにもない。そうしなくとも発動することはできる。では何故唱えるのか。
滅びだ。人を、眼下の敵を塵の一つも残さずこの世から消し去るために、使える手は全て使い真なる滅びを為す。
「我は往く此方、滅びを識る鳥、星雲の煌めき」
気付かぬ間に、魔神獣の出現により地球を覆う暗雲は晴れていた。太陽の光が、地上に命を降り注いでいた。だが、それすらも上回る輝きが魔神獣の頭上にある。
「はは、は……これ、なに、なんなんだ、これ……」
染黒は……否、この場にいる誰も予想すらしていなかったその現象、誰もが誤っている魔神獣の能力強度。
魔神獣の描いた円の内側には、“星がある”。
「擬似恒星天体、スティーブンソン2-18」
アンタレスさえ上回る、宇宙最大規模の恒星、スティーブンソン2-18。その大きさは太陽の2158倍とされており、魔神獣は擬似とはいえそれを地球に顕現させた。
その大きさは魔神獣の頭部と同程度。削られた、訳ではない。その質量は本物のスティーブンソン2-18と変わりはしない。つまり、圧縮されているのだ。
地球を照らす命の星の2158倍もの大きさの恒星が。
「真なる滅びの前に屈するがいい、人の子らよ。我が終焉の星の前に、その無力さを嘆きながら死ぬがいい!」
人間の群れ、偽りの神を殺すのにしては過剰がすぎる攻撃が降り注ぐ。星が堕ちる。
しかし、ここには彼がいる。あの絶対の正義が。
「ぬうううう!我は正義!正義であるぞ!正義は死なぬ、死なぬのだ!この世から悪が消えるまで、決してええ!!!」
そう咆哮し、絶対星が両腕を合わせてスティーブンソン2-18に向ける。超興奮状態にありながら、彼は自身の能力を見失うことなく、更に魔神器さえ使おうとしている。
その魔神器は、常に彼の肉体を覆っている。意思に合わせて変形する白亜の鎧、絶対防御、絶対攻撃。
「応えよおおおお……機構の、魔神器いいいいいいいいい!!!!我が呼び声、我が叫び、我が正義にこそ応えよおお!!!!」
チュリチュリチュリキュキキキと機械的な音を立てながら腕部装甲が変形していく。絶対星の体内に存在する神の欠片のエネルギーが収束され、光線として放たれた。
「大粛清砲《ウルトラスーパーダイナミックハイパーアルティメットウルトラジャッジメントジャスティスバスター》ああああ!!!!!!!!!!」
その光線はただのエネルギー波でも熱の塊でもない。彼の保有する“絶対”の能力、形持たぬ概念であるはずのそれが、あらゆる要素の積み重ねの果てに物理的な形を持った絶対星唯一の形ある技だ。その概念強度は、正に最強。
彼の正義は誰にも推し量れない。不定形な彼の精神に伴い彼の正義もまた不安定だからだ。しかし、どのような状況でも“コレ”だけは共通している。
強者は弱者を一方的に殲滅してはならない。
弱者に攻撃の意思があるなら良い。弱者が更なる弱者をいたぶっていたなら良い。しかし、今回は。魔神獣に対して弱者たる人間たちは確かに敵意を持っていた。しかしスティーブンソン2-18が出現した瞬間それは失われた。
また魔神獣は圧倒的な強者だ。それこそ、獅子と蟻。蟻がいくら共食いしていたところで、関係のないことだ。いくら正義と言えど、そこらの蟲の競走など管轄外。
よって、判定は。
「貴様はあああああああ!!!!!!!!!」
光線が螺旋を描きながら恒星にぶつかり、爆ぜる。星を巻き込んで炎を呑み込んで、空へと昇る。
「悪だあああああああああああ!!!!!!!!!」
そうして、スティーブンソン2-18を原本とする擬似恒星天体は空の果てへと消えた。絶対星が、能力と魔神器の併用による負荷と過剰行使により気を失って地に伏せる。
何だかんだと理由を付けても、正義を殺そうとする者はどのような理由があれ悪だという傲慢が大きいのだが、それは誰も知らないし知る必要もないことだ。
「……能力強度、同レベル帯。能力規模、矮小。能力展開速度、同レベル帯。概念強度……超大」
魔神獣が機械的にそう呟き、海の底へと潜航を始める。その巨躯を稼働させる心臓部の熱で海が沸騰し泡立つ。その光景はこの世の終わりのようで、ソレが滅びの具現なのだと嫌でも再認識させられる。存在の格が違う。
擬似魔神獣、という生物がいる。だが、擬似などというものではない。何万、何億匹アレらが襲いかかっても塵にも等しい力でしかない。あまりにも、遠い。
「喜べ。喜べ。喜べ。人よ、偽りの神よ、我が家族に仇なす者共よ。これより七日の猶予を与える。その時こそ、そこな白の者の力も届かぬものと知れ。滅びの時は近い」
海の底へと、滅びの神が去る。
絶対星がいる限りは人類を、この戦争を生き残った彼らを滅ぼすことはできないと判断したのだろう。今この場にいる全ての者は、彼の正義により救われた。
周囲を静寂が支配する。圧倒的という言葉、表現すら生ぬるいほどの力を前にして誰もが言葉を失っていた。
『あー、あーテステス。いいかなエスティオン諸君とその場にいる他の戦闘力を保有している者たち』
しかしその静寂を打ち破ったのは、フリシュが携帯している無線機から流れた荒い音質の声だった。エスティオンの人間ならば何度も聞いた、天道道流の呑気な声だ。
この場に居ない、真なる力と絶望を知らない者のみがあの静寂を何とかすることができるのだ。
『残念ながらアスモデウスは完全崩壊、その他勢力もそこのとんでもエネルギー反応を除いて全消滅。更にやっっっっっっっっっばいエネルギーをこちらでも観測した』
「あの、天道研究員、何を……?」
『諸君も知っているだろうが、我々の目的は人類の救世。しかし移動距離等の問題でそれは叶わなかった……が。丁度いいじゃないか、向こうから来てくれたんだし。それにそこにはこの地平最大の戦力が揃っているんだろう?』
いつになく芯が通っていて挑戦的、挑発的な天道の声に誰もが耳を傾ける。その場はそれ以外の選択肢がない。
『我々……とは言ったがね。誰もが想いは同じだろう?魔神獣を打ち倒し人類の世界を!それは共通認識じゃないか?』
天道のその言葉は間違っていない。
隷属星と妖姫星にまだ命があったなら全力で否定していただろうが、今この場において染黒と絶対星以外にそれを否定できる者はいない。沈黙が肯定を伝える。
『なら、もうやめだ。まどろっこしいことは。組織の対立とかなんとか言ってたけど、もうどうでもいいだろうそんなこと。今更分かれる意味もない』
今までならば考えられない発言だ。天道は確かに、この戦争が始まった時にエスティオンとして勝つと言っていた。たったこれだけの短期間で心変わりしたのか、それとも何か改めるべき認識に気付いたのか。
無線機の向こう側で、天道が高らかに宣言しているのがわかる。元から大舞台が好きな人間だ、多少の興奮はするだろう。それに、ずっと追い続けた目標がすぐそこにある。
始まりの一人が告げる。
『ここに、決戦組織ミズガルズを設立する!構成員はその場にいる戦力と生き残ったエスティオン職員!対魔神獣用の急造組織だ、一週間後には解散確定のね!』
誰かが息を呑む。又は、全員かもしれない。
この戦争で多くの者が殺しあった。血を流した。信念を、想いをぶつけ、裏切り、対立し、散っていった。恨みも復讐心も有り余っている。だが、ここにいる全てはこの瞬間から同じ組織の仲間となった。魔神獣を殺すためだけの。
夢物語ではなくなった人類の世界、絶望に塗れた戦争、そしてそれを終わらせる最果ての滅び。ここに救世が為されようとしている。ここに決戦の時が訪れようとしている。
『戦争はもう終わり……力が、神器が、神が支配する世界ももう終わらせようじゃないか!最後だ、これが最後だ。最後の戦争、終局の闘争。世界を人の手に裏返す……最古の神への反逆だ。滅びを前に折れるんじゃあ……人間は務まらないんだぜ諸君!ブチ堕としてやろうじゃないか!』
その怒号をもって、ここに人類戦争は終結した。
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魔神獣の出現により戦争は終わり、そして一週間後には世界の命運を賭けた最終決戦が始まる。
人類が勝つか、神が勝つか。かつて神話の世界にのみ語られた人智を越えた決戦が幕を開ける。神も、人も、残された猶予はもはや僅か。人と神が戦う。
次回、『決戦組織ミズガルズ、崩壊?』
第三章、開幕。
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