第五話 最強【1】
「は!?特級が数名死んだ!?」
「うーわびっくりしたいきなり大声出すなお前」
模擬戦闘試合第一回戦一般観客席。部下からの報告を聞き、天道は驚愕の感情に支配されていた。それもそうだ。次の最上第九席となるべく訓練を積む、最上第九席に次ぐエスティオンの最高戦力が一気に五人も死亡したのだから。
「えー……なんで……」
「原因は不明ですが、遺体からは毒や鉄の欠片が検出されました。恐らく何らかの神器でしょう。そして、あの……」
「なんだい?」
「V23通路が斬撃痕を残して吹き飛びました」
「あーそりゃ間違いないわ。絶対なんかに侵入された。またやりやがったな鬼路君め……いや恨むべきは侵入者か?」
爪を噛みながら天道が地団駄を踏む。筆頭なんたらとか言ってた癖に随分と子供らしい動作をするものだと春馬は内心呆れていた。頭が良い奴はどこかおかしい。壱馬もそうだ。
手早く部下に指示を出し、天道は試合場に視線を戻した。まだブツブツ言っているが次の試合に意識を移すことにしたようだ。切り替えが早いところも頭の良い奴の特徴。
「なんだったんだ?」
「未来を期待された若者が殺されたんだよ。どこのどいつか知らないがやってくれる」
「へー」
正直組織の内部事情とかも全然わからないので聞いたところで意味は無い。だが、天道の顔を見ればかなりの大事であることはわかる。色々大変なようだ。
「まあ代わりはいる、が……警備が弱いかな……」
天道が集中した人間特有のオーラを放ち始めたので、春馬もそれ以上の追及はしないようにした。自分なりにあまり脳みその詰まっていない頭を捻ると……
(うんなんかの大事ってことしかわからん)
春馬は頭がとても悪い。まともな学習も受けていないのだから当然と言えば当然だが、同じ境遇の人間の中でも彼は群を抜いて頭が悪い。
「皆頭いいんだなぁ……」
――――――
「いやー楽しみ楽しみ」
最上第九席第八席、漆秀徳は第一回戦の観戦を終えて次なる第二回戦を万全の状態で迎えるため雉を撃ちに行っていた。今はその帰りだ。次の試合まではそれなりに時間があり、その時間はこれからの楽しみを増幅させる至福の時間となっていた。
第二回戦、対戦するのは最上第九席第九席、「染黒悔怨」vs最上第九席第七席、「神梅雨幸幸」。
杖の神器vs札の神器。
エスティオンの中でも最強とされる両者がぶつかるカードは、実は今回が初めてだった。いつの時代も最強vs最強などという厨二心をくすぐるワードに興奮しない人間はいない。漆も例外なく興奮していた。
「今回はアレやんのかなぁ……」
両者の戦闘の迫力、美しさを思い出しながらウキウキで通路を歩いていく。あの二人は冗談抜きで次元が違う。
次の試合に思いを馳せながら、第一回戦を振り返る。直属の部下の報告では浮津は控え室で急所を撃ち抜かれている所を救助。命に別状はないとのこと。天爛という名の少女は未だに昏睡中で、詳しい話を聞くことは出来ていない。戦闘終了直後の愛蘭の診断通りだ。
『失血死ギリギリだった。内蔵への負荷もヤバかったし、こんなんほぼ自殺行為だぞ』
担架で運ばれていく際チラリと見えた全身の傷は痛ましく、愛蘭の対人戦闘能力を改めて思い知った。近接での殴り合いだけしているように見えて糸で細かい傷もつけており、なるほど対人戦最強な訳だと感嘆した。それと同時に、それと戦って生き残った天爛の実力もかなりのものだ。直接戦闘は苦手な漆でもわかるほどに優れていた。
「ていうか医者の真似事もできるってどんだけ万能なんだよあいつ……」
愛蘭霞は、所謂万能型の天才だ。元々人類最高峰の器用さを持ち、そこに変幻自在の糸が加わった。手先の器用さで言えばもはや人類の領域を逸脱しているだろう。そんな彼女はこの模擬戦闘試合でも多くの役割を担っている。
天狗の鼻をへし折ること、最上第九席同士の苛烈な戦闘の被害が及ばないように、試合場と観客席を隔てる糸の結界の展開、糸の罠を利用した広範囲外敵警戒、試合で傷付いた人間の緊急治療員。挙げていけばキリがない。今も彼女は結界を展開している途中だろう。
今愛蘭の顔を思い浮かべれば、一緒に浮かび上がるのはやはりあの少女。
「出会ったら慰めてやるか……」
見たところ天爛は全力を出していた。結果的に負けているとは言え、レベル3の人間が愛蘭を追い込むほどの実力を発揮したのだ。とんでもない快挙ではある。が、結果的には敗北しているのだ。
どんな人間でも、敗北は辛い。全力を出していればいるほど。敗者に心から寄り添うことができるのは、傍観者と経験の多い強者だけだ。敗者ではただの同情と無意味な傷の舐め合い。強者として、慰めてやろう。
一応あの少女にはスパイ疑惑がかかっている。偽装のための階級章を奪った一級数名と浮津を傷付けたことが原因だ。殺していれば襲撃容疑でかなり重い罰を与えねばならないところだったので、殺しをしていなくて本当に良かった。上層部では軽い罰を与えた後裏の組織を聞き出して、話し合いしてから合併しようという方針で決まった。それができなくとも二度とエスティオンと力なき者に絶対に手を出さないという契約を結ばせる。一部交渉できなさそうな組織がいるが、その場合は力づくで叩き潰す。そもそも交渉に応じない組織が力を見せつけた所で言うことを聞くようになる訳ではない。負ければ集団自殺でもするだろう。
鬼路が殺した不審者が特級を殺したのだろう、ということはもうわかっている。鬼路の証言にあった。襲撃者と思われる敵は毒使いで、遺体からは毒が検出されたからだ。もしそいつと少女が同一組織だった場合は重い罰を与えねばならないが、それはない、ということで意見は固まった。もしそうだとしたら天爛と愛蘭を戦わせる訳がない。
毒と鉄の二つが発見されたことから、下手人は少なくとも二人。ならばもっと戦闘を長引かせることのできる者に戦わせるはずだ。
スパイ疑惑がかけられた瞬間殺しに行こうとする鬼路を止めるのにはかなり苦労した。毎度のことだが、彼ほどの強者の本気の殺気は何度経験しても慣れない。漆が直接的な戦闘をするタイプではないというのもあるが、もう少し殺気を抑える訓練をしてほしいというかなんというか……
因みに鬼路が何があったのか聞かれて何も答えない時は敵を殺している、というのはもはや組織全体の共通認識だ。
「どろんでござる」
「は?」
その時。漆が彼らしくない優しい表情を浮かべていると、目の前にたった今まで思い浮かべていた少女が奇怪な声と一緒に突如空中から出現した。やはり全身に巻かれた包帯が痛々しい。どうやって視界を確保しているのかわからないほどに頭までぐるぐる巻きだ。
当然そんな想定をしていない漆は止まることも出来ずにぶつかる。少女もまさか人がいるなんて思わなかったのか驚いたようなポーズを取りながらぶつかった。
お互い優れた身体能力を有しているため尻もちをついたりはなく、額をさすりながら見つめ合う。
「…………よお」
「これはこれは。拙者は天爛楽歩でござる。よろしく」
とりあえずフレンドリーに見えるようにし、拘束するために漆が差し出した手を、何を勘違いしたのか天爛が名前を名乗りながら握り返す。
「あ、うん。俺は漆秀徳。よろしくな。今のどうやったんだ?かっこいいじゃねえか興味あるぜ」
「かつていたと言われる『忍者』の技術でござる。独学でござるよ。拙者は努力の天才故!はっはっはっ!」
「なるほどな。なんでそんなのしたんだ?」
「そりゃあもちろん目が覚めたから逃げるためでござる」
「そうかそうか。やっぱり逃げるためか。思ったより元気で良かったよ。ハハハ」
ギリリ、と握った手に漆が力を込めると、ようやく状況を理解したのか、天爛から冷や汗が滝となって落ちていく幻覚が見えた。包帯に大きな染みができ始める。
震えた声で喋る天爛は、まるで喉を潰された小鳥。
「離してくれるとー……嬉しいでぇ……ござるなぁ……」
「それで離す奴いねえんだよ」
世にも珍しい自分の温情を踏みにじられた気がした漆は、今非常に機嫌が悪かった。
「いでででで!痛いでござる!」
「そうかそうか。可哀想に」
どことなくサディスティックな笑みを浮かべ、同情するような発言をしながらも漆の力は弱まるどころかどんどん強くなっていく。神器を常備している彼は今も身体能力はレベル4神器使いのそれだ。加減していても骨程度なら容易に砕ける。相手が神器非装備の生身の少女ならば尚更だ。
そろそろ骨が折れようかという頃、通路の奥から白衣の女性が走ってくる。手には点滴と注射器となぜか鎖のついた首輪を抱えていて、鬼も引くレベルのとんでもない形相をしている。漆でも少し怖くなるほどだ。
「ほらお迎えだ。良かったな痛み止めもらえるぞ」
「待てやゴルァァァァァァァァアア!!!!」
「絶対今より痛いでござるゥゥゥゥゥゥゥウウ!!!!」
全身の筋肉をフル稼働して漆の拘束から逃れ、本物の鬼のような気迫で迫ってくる女医から逃げ始める天爛。到底スパイ疑惑のある人間とスパイに侵入された組織の人間が繰り広げる光景ではない微笑ましい光景……のように見える。
その愉快な様子に毒気を抜かれ、漆は軽くため息をついてからVIP席に戻った。呆れた感情とは裏腹に、僅かな微笑を浮かべている。
今後天爛という少女がどうなるかはわからないが、何にせよ楽しいことになりそうだ。
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