Episode 21 To live me【3】
「無事な最上第九席は鬼路君、愛蘭君、維守君、神梅雨君と染黒君か……半分生き残ってるのか。だが神梅雨君と染黒君はあの人型と戦闘中……厳しいな、覚悟はしておこう」
最上第九席は四名死亡、特級戦闘員は全滅、頼りになるのはレベル4神器使いの天爛、春馬に協力している越冬壱馬と春馬本人。師匠の改造が施された酔裏も一応の期待はできるか。……はは、あんな新人たちが頼りとは……滑稽だ。
ふう、とため息を吐く。濡れて重くなった布はこれっぽっちも動かず、少し息が苦しくなった。
「天道研究員、ゼロ様からの通信です!」
「……ゼロから?わかった」
走ってきた研究員からアンタレスの欠片を受け取り、通信を開始する。録音のようで、音質が荒い。
『万が一に備えての通信だ、私が危険になったら通信開始するよう細工してある……まあ、そういうことだ。察せ』
戦場では想定外こそ想定内。
そう言ったのは、先代の最上第九席の誰かだったような。それとも今いる誰かか……もう、わからない。思考がぐちゃぐちゃだ。あのゼロでさえ、死にかけることになるとは。
『私の過去以外の全てを知っているお前に全てを託す。通信終了後に、基地の地下に向かえ。そこに希望がある』
アンタレスの輝きが小さくなる。それは通信終了が近いという兆しであり、役目を果たした欠片の灯火。
『できれば使いたくなかったが、仕方ない。その希望は私よりも強いぞ。我が女神、雑に扱うなよ』
そこで通信が切れた。
地下に向かえ、と。そういえばゼロが立ち入りを禁じていた場所があった、あそこから行けるのだろうか。
四名の研究員にその場を任せ、天道は地下に向かった。
――――――
そこは広大な闇だった。闇以外のなにもない……けれど何故か、踏み入れなくてはいけないと錯覚してしまう。
ゼロは定期的にいなくなったり出てきたりするが、その度に基地のどこかに穴が空いていた。まさかこの空間は、ゼロが普段生活しているスペースなのか。意思持つ神器などという怪物を生み出した何かが、この闇のどこかに……
「そうよ。ええ、きっとそう。そうなのよ」
誘われるように、ぼーっと歩いていたのだろう。気付けば目の前には、ゼロと酷似した外見の少女が白い十字架に磔にされていた。アンタレスに反応、神器だ。
ゼロのスペアか何かか?
「違うわ、どちらかと言うと私が本体よ」
……思考が読めるのか。戦争開始時、ゼロもこちらの思考を読んできた。何らかの共通点があると思っていいだろう。
「……面識あるでしょう、同じ始まりの四人なんだし」
始まりの四人。それはエスティオンを創った四人の総称だ。『融滅』、天道、初代の札の神器の使い手……そしてゼロのような白髪の少女。勘違いされがちだが、上層部たちは後からきた存在だ。全てはこの四人から始まった。
とはいえ『融滅』はただの気まぐれだし札の神器の初代はただの人間絶対ぶっ殺すマンだったし白髪の少女はエスティオンの運営ができ始めたらどっか行くし、残ったのは天道だけだったが。あの頃のことは思い出したくもない。
「って君かい!?あの人形がなかったからわからなかったよ久しぶり……今まで、こんな所に?一人で?」
「まあ……人換算なら、一人ね。お友達はいたけれど」
少女は常に白い竜の人間を胸に抱いていたことをよく覚えている。彼女自身の体は汚れていてもその人形はずっと綺麗で、拙い作りだったが心が篭っていたのがわかった。
逆に言えばトレードマークがそれぐらいしかなくて、記憶に残りにくい雰囲気の人間だった。
「あなた、そう、何も知らないのね」
「なにを?なんの話?エスティオンのことなら誰よりも知ってるよ?」
「……過去、世界がこうなった経緯、原因。ゼロから何も聞いてないのね……まあ、言うわけもないか」
「な、君は知っているのか、それを!?」
「当然よ、ああでも教えないわ。教えるのはこの戦争が終わった後。生き残った全てに教えます」
そう言われれば問い詰める必要もないだろう。研究員だから、後方支援だからと安心出来る訳でもないが自分が死ぬ可能性はほぼないと言える。それに、知りたいというのはただの好奇心。知ったからどうという訳でもない。
この世界に生まれたならこの世界を生きるだけだ。
「ゼロは私の神器、あのお人形は、ゼロよ」
すっ転んだ。あまりに衝撃的な情報に天道は言葉を返すことができず、代わりにすっ転ぶことで感想を体現した。
「ばっ……かな!ゼロ君が、あの人形!?わかったからかってるんだろう、人形があんな喋ったりするもんか」
「いいえ、ゼロは神器よ。私の。大切なお友達、大切な家族よ。迷惑ばっかりかけたけど、私はそう思ってるわ」
天道は軽くではあるが神器学について研究していた時期がある。いつの間にか総指揮官的立ち位置に立たされていたから、少しでも神器について知っておこうと思ったのだ。
それ故に、ゼロが神器であると知った時、ゼロが複数の神器を同時に装備していると知った時はそれはもうびっくりした。初めて本気で腰を抜かした。意思を持つ神器が有り得るなど、当時は考えもしなかったのだ。
ただ、自立型だろうと勝手に思っていた。神器は器、札の神器がいい例だ。相当主人に愛してもらっていた神器が主人の人格でも受け継いでいるのだろうと。
まさか主人がご存命だったとは。
「話が逸れたわね……ごほん、改めてお久しぶり天道。始まりの四人の一人として、出会えたことを嬉しく思うわ」
凛とした声、というのが最初に思ったことだ。あの時とは比べ物にならないほどに声の軸がしっかりしている。
「私はここに、私は罰を。解除のファクターは人でした。人がここに訪れることで、私は私を許します」
ぱきん、と小気味いい音を立てて、少女を十字架に磔にしていた鎖が外れた。手足が同時に自由になり、それは天使のようにふわりと地面に降り立った。
どれだけの年月磔にされたいたのだろう。姿を見なくなってからだとすると、数十年。だというのに一切ふらつくことはなく、なんなら天道よりもしっかり地面を捉えて立っている。そこに、“立っている”。
「私が戦うべき時が来ました。私自身が力を振るう時が来ました。他でもない私が動き始める時が来ました」
少女が目隠しを外し、ゼロと同じ紅と蒼の双眸がこちらを覗く。遠いどこかの星雲のような、深い微睡みの瞳。
全裸の少女が両手両足を広げ、何か……神器の力を発動する。すると広大な闇のあちらこちらから無数の神器が飛来して少女を覆っていった。その数、数百。
体外を覆うもの、体内に格納されるもの、タイプは様々だが共通点は違和感がないということだ。
ゼロを見た時思うのは、アンバランスだということ。幼い肉体に複数の神器を装備している姿は見ていて不安になるほどに不安定。だがこの少女は、全くの瓜二つだというのに逆に神聖さすら感じる。そうあるのが正しいような。
「全ては、楽園の阻止のため。もう一度人の世界を作るための戦い。私はここに降り立ちました」
かつて少女は誓った。この地平に在る全ての神を無に還すと。そのために神をばら撒き戦わせると。
その誓いは今ここに果たされようとしている。
人類の救済を為すための最後のピースはここに。
否、人類の救済を語る極悪人の真なる計画、神を無に還すための闘争により人類を滅ぼそうとする彼女はここに降り立った。
彼女の計画は、今ここに暁へと至る。力ある者は戦い、力なき者は死に絶える。その果てには屍だけが残る。
「定まらぬ螺旋、続いていく道、永劫の旅路……」
皮肉のようなものだ、彼女の騙る救済は滅びでしかない。最後に全て裏返るlast reverseはここに完成する。
神と人が共に滅びるシナリオ……描いたのは、彼女だ、彼だ。その過程、戦争は彼女の自由と共に終局へ向かう。
天道は言葉を発することができない、動くことすらできない。ただただ眼前のこの少女が記憶と違いすぎて、美しすぎて、凛々しすぎて……遠すぎる。
「我が名はイヴ、生誕星。生誕の星の下、参戦する」
子宮の神器、と呼ばれるものがある。
人体への……雌への冒涜とも言えるそれは、子孫を残す能力を失う代償に、ひと月に一つ神器を生み出す力を得る。それらは全て超級の力を持ち、有象無象の神器とは訳が違う。
イヴが全身に纏った神器は、全て己が生み出したものだ。長い長い年月をかけて、数百個の超級の力を保有する神器を作り得た。契約の神器や、果てには五柱にも及ぶ神器まである。彼女は意思一つでそれらを行使することができる!
「ありがとう、天道」
「……礼ならゼロ君に言いな、ゼロ君がここに行けと言ったんだ……我が女神、とか言ってたよ」
「もう、そんなこと言うのねあの子は……」
くすりと笑い、少女……イヴは飛び立った。
戦場へ向かうのだろう、自分の神器の所へ、大切な大切な愛する家族の元へ。空の彼方へ飛び立って行く。
「加速。加速。加速――――――」
義腕の神器、その他飛行用神器をフル稼働して加速していく。ぎしぎしと軋む肉体は肉の神器が修復していく。
エスティオン基地からそこは随分と離れていたが、数分もしない内に辿り着いた。
……見えた、自分と瓜二つの背格好をしている誰かが戦っている。たった一人で、強敵に立ち向かっている。あまりに痛々しい格好をして、限界を越えて戦っている。
でも、もういい。もう戦わなくていい。
「そうよ、ゼロ。ええ、きっとそう。そうなのよ……」
直角に急降下し、ゼロから『融滅』たちを引き剥がした。神器の回転と落下によるエネルギーにより生まれた風が彼女たちを吹き飛ばして、イヴは降臨する。
目を剥いている『融滅』が視界の端にチラつく。早すぎるとか思っているのだろうか。それとも、邪魔をされて怒っているのか……いや、そんな性格じゃないか。単純に、私が出てきたことに驚いているだけ……
ゼロの全身を、茨のような神器が覆っている。万絶神器、全てを拒絶する神器。命核神器による能力停止は、イヴがゼロを抱きしめるのとまったく同じタイミングだった。
命核神器は、イヴを前にしても起動させられない。『融滅』はわかっているのだ、能力が届く前に殺されると。能力の幅も身体能力も、イヴは高みに位置しすぎている。Evil angelすら上回る神器など、どういう原理で装備しているというのか。悪魔の心臓すら持ち得ない彼女が。
「は、はは……」
力のない、弱々しい笑い声が聞こえる。
腕の中で倒れる家族が、笑っているのだった。
「ごめんね、ゼロ。遅くなって」
「……まったく」
それは、いつも想いあっていた二人の最初で最後の会話となる。彼女たちは、一度きりしか話せなかった。
でも満たされている。声を聞けた、笑う顔が見られた。それ以上望むまい。これが最後の幸福なら、それでいい。
「遅いよ、女神様……」
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最後のピースが動き出した。
戦争は停滞しない、彼女の出現により更なる加速を見せ、燃え尽きるように進み続ける。
終わる。もう少しで戦争は終着するのだ。力と力、想いと想い、信念と信念がぶつかり合う闘争は、もう少しで終わりを迎える。大きすぎる力の到来と共に。
次回、『Start to reach the end』
最強の行方、再生の謎。
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