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Last reverse  作者: 螺鈿
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Episode 20 Wings of the moon fall【2】

 遺華の死により発狂し精神崩壊を起こしかけた愛蘭だったが、今はエスティオン本部から駆けつけたメンタルケア専門の隊員が愛蘭の世話をしている。


 他の戦闘員は戦場全体に散らばってアスモデウス及び未確認生命体……妖姫星たちを討伐するべく活動している。壱馬も加わったフリシュ部隊は遺華が戦場に現れた瞬間、壱馬と春馬、天爛だけがギリギリで視認できた何者かを追跡していた。その速度からして凄まじい強者であることは間違いなかったため、仲間に引き入れるか討伐しようとしたのだ。


 だが崖の上の首のない死体を見て確信した。これは、言葉を交わして何とかなるような人間ではないと。


 切断面が焼け焦げていたのだ。最も屈強な肉体の男に至ってはあまりの熱にガラス化さえしていた。一様に体が地面に埋め込まれており、恐らくは死んだことにすら気付いていないのではなかろうか。


 危険、あまりにも危険。知識を蓄積している壱馬と経験から状況を瞬時に判断できる天爛、本能にも近い危機察知能力を保有する酔裏は、最初こそ計画の破棄を即断し追いかけるべきではないと言っていたものの、春馬の


「こんな死体を、また違うところでも作らせたくない」


 という言葉に突き動かされて、一名を除き誰かが負傷した瞬間に全力で撤退するという条件付きで追跡を決断。


 防御体制は完璧だ。フリシュの神器による大地の防護壁はいつでも展開できるよう準備されており、天爛の操る水は地中に隠されている。盲全は既にページを開いていて、酔裏の召喚用の釘と陣で構成された地雷はそこかしこに設置済み。


 この防御体制で最も特筆すべきは、やはり酔裏の地雷だ。詠唱、陣、血の三つを媒介として現象を召喚する釘の神器は他の召喚系神器とはその性質が違う。本来召喚に必要なものは一つだけなのだ。しかし釘の神器は三つ。これは非常に稀有けうなケースであり、当然他にはない利点も存在する。


 それが地雷だ。酔裏は既に詠唱と陣の構築を完了させており、後は血を流し込むだけで様々な現象を召喚可能。擬似的な地雷としての扱いができるのは釘の神器だけだ。


 拳を突き出して構えた春馬とフリシュを前衛に、他のメンバーは後衛に回る。カンレスとフリシュ部隊の戦力差は圧倒的で、正直な話壱馬には絶望の未来しか見えない。彼には記憶を“見る”特権がある。理解度の差は明確だ。


「……少し、待ってもらおう。彼女は今、複数の要因が……いや一つだけか。とにかく、要因があって動けない状態にある。僕が、少しだけ説得に挑戦する。失敗したらよろしく」


 壱馬がため息と共に踏み出し、カンレスの眼前に迫った。これほどの近距離にまで近寄られてカンレスが動かないことなど有り得ない。彼女の中で何が起こっているのか。


 壱馬の言った要因、それは春馬だ。彼女は『楽爆』と別れる直前に彼の本名を知り、それと全く同一の名前をしている目の前のこの春馬に対して動揺を隠せずにいるのだ。彼女の中で名前とは単なる記号の一つに過ぎないのだとしても、その記号が寸分の狂いもなく同一というのはさすがに無視できない。なぜ同一なのか?


 フリシュ部隊の中にいた春馬を目にしたその時から、カンレスは硬直して動けないままでいた。


「カンレス・ヴァルヴォドム。僕は君の過去を……表面上は知っている。中は、うん。見ただけだからね。そこでどうだろう、僕と取り引きをしないか?」


 そう言って壱馬が手を差し出す。握手を求めての行動だったが、カンレスに対してこれは悪手の極みと言える。


 まずカンレスは生きていく分には困らない程度の知識は保有しているが、取り引きの意味を知らぬ。そして壱馬のことも知らぬ。そんな人間からいきなり訳のわからないことを言い出して手を差し伸べられれば……


 本能を抑制することなどできない。


 カンレスが目視不可能な速度で蹴撃を繰り出し、壱馬の頭部を狙って横薙ぎに風が吹く。戦蓄神器の触手と一応鍛えておいた体術で躱すが、髪が数本持っていかれた。


「壱馬!大丈夫か!」


「問題ないよ、それにまだ彼女は全力を出していない。出せていない、が正しいかな。……知りたいんだろう?」


 後退し距離を取った壱馬が、落ち着いた様子でカンレスに語りかける。胸を指さしながら、探るように。


「君のその胸の苦しみ、その原因……君が持ち得ない人間らしさ。それを知りたいんだろう?」


 図星だ。生来ほとんど感情が存在していないカンレスが、数多くの人間と触れ合うことで感情を知りたいと思うようになった。『楽爆』の言葉、遺華の死。殺人への感情を由来とした抵抗感。それがなぜ今更になって湧き上がってしまったのか、なぜこんなにも苦しいのか。それが知りたい。


 ……教えてくれるというのか、この少年が?


「願ってもない、という顔だね。うん、でも当然タダという訳じゃない。そもそも説明が難しいんだ。代わりに僕たちに協力してくれるのが最低条件となる」


 あの死体女は、自分のことを『嵐』と称した。戦場を渡り歩き引っ掻き回すのが役割なのだと。


 しかし、これを知れるなら誰かについて行っても……


「ああ、こっちには愛蘭霞がいるが衝動は抑えてもらって」


 無理に決まっている。


 所々意味不明な単語があったが、要するに愛蘭霞を殺すなというのだろう。……殺せば悲しむ人間がいるのかもしれないが、抑える自信はない。遺華春がいる内は彼女の悲しむ様子を見たくなかったが、他の人間は知ったことではない。そもそも面識もないのだ。


 結局、初対面の人間のことなんてどうでもいいのだ。自分が知っている人間、何かをくれた人間が悲しまなければそれでいい。ならば、もうあの女への殺意は抑えられない。


「……交渉決裂、かな?」


 壱馬のその言葉に、カンレスは拳で答えた。


「ごめん無理だった!戦闘開始だよ!」


「なんの時間だったんだよコレ!意味ねえじゃねえか!」


「そんなことはない挑戦が大事なんだよ春馬ボーイ」


 爆発、大地、拳、水、超常現象。そのどれもが別角度からカンレスの急所を寸分違わず狙い撃つ。しかしカンレスは体を数ミリ動かすのみでそれら全てを回避した。


 確かに天爛は戦闘経験が多く、壱馬は蓄積した知識が豊富であり、酔裏は理屈では説明のつかない危機察知能力を所有しているのだろう。また春馬は戦闘IQが高く、盲全は書物から得た様々な知識を混合して応用し機転が利く。だが。


 カンレスのそれとは格が違う。


 経験?知識?勘?戦闘IQ?書物?それがどうした?相手はカンレス・ヴァルヴォドム、感情のない怪物、あの『楽爆』の技術の全てを引き継ぎ、二つ名を得た究極の戦闘生物だ。余分な何かが生まれつつあるとはいえ、そもそもの生物としての存在意義が違う。対等になろうというのが傲慢だ。


 壱馬と天爛は事前に打ち合わせをして攻撃を配置した。どんな行動を起こそうと回避も防御も不可能な配置。


 だが躱された。本来ならば有り得ないことだ。例え相手が閃雷千億武装を纏った神梅雨であろうと捉えられる攻撃だったのだ。では、なぜ失敗したのか。それは実に単純な理由だ。これ以上ないほどに、簡潔がすぎる。


 カンレス・ヴァルヴォドムであるからだ。


「壱馬殿……これは」


「そうですねえ天爛さん……」


 後衛のはずの天爛と壱馬が前に出てフリシュを下げる。彼女相手にレベル4以外の神器使いは無意味だ。そもそもカンレスは神器を破壊できるのだ、下手に前に出られても困る。


 数度の打ち合いの後、春馬を含めた三人は悟った。勝ち目はない、と。根本が違いすぎるのだと。


 カンレスは例え四肢を欠損したとしても、秒どころか瞬で再生することができる。それ故に、攻撃を躱す必要すらないのだ。当然肉体の損傷を前提とした行動はしない。かつてはそうしていたが、それでは効率が悪くなる。


 だが、春馬たちと彼女の決定的な違いは後があるかないかだ。春馬たちは一度部位を失えば終わり。しかしカンレスは失っても、通常基準で擦り傷程度のダメージで済む。否、それ以下の損傷であるとさえ言える。


「春馬、撤退するよ。これは少しね!」


「ああ……やっべえわ、これ。しかもこれ……手加減してるだろこいつ。明らかに攻撃がぬるい」


「アレを見た後でござるからなあ……十分脅威でござるが」


 カンレスが繰り出す攻撃に、肉体を消し飛ばした上で切断面をガラス化させるほどの威力はない。せいぜいが手の先端に触れれば腕を持って行く程度のものだろう。


 やはり、壱馬の言葉が心にしこりを残しているのだろうか。それとも、生まれつつある何かが邪魔をしているのか。


 ハンドサインで後衛組に撤退を指示し、酔裏の地雷を一斉に作動させる。爆煙と地形の変化で隙が生まれ、背後を全力で警戒しながら凄まじい速度で逃げる。


 触らぬ神に祟りなし、とはこのことだろう。次に出逢えばまず殺される。事前準備アリでこれだ、準備なしで出くわせばどうなってしまうのか……


「まあ、こうなるんですけどね」


 血が、大地を濡らした。胸から手が突き出ている。


 そもそもとして壱馬たちはとんでもない勘違いをしていたのだ。どれだけ策を弄した所で、彼女からは逃げられない。


 除かれていた一名、酔裏蜜香の胸が貫かれた。


「あらかじめ想定はしていたが本当にこうなるとはね!君を殿しんがりにしておいて良かったよ、酔裏蜜香!」


「肉壁ならお任せください、少し……興奮しますから」


 酔裏蜜香は改造人間だ。ちょっとやそっとの損傷では死なない、例え頸動脈を引きちぎっても死ぬことはない。


 内部構造を限界まで弄り、カンレスの腕と心臓を接続する。本来はしたくはなかった戦法ではあるが、こうなったからにはこうした方が手っ取り早い。


 想定外すら想定内とするのが壱馬のポリシー。想定外とは想定内であるというのが天爛の経験則。それら二つがこの戦法を生み出し、カンレスを罠に嵌めた。


「まあ厳密には罠じゃないんだけどね」


「罠みたいなもんでござるよ。撤退も戦法の一つ、ならばそれを組み込んだ作戦、罠も有り得るでござろう」


 酔裏の行う肉体の接続は、一般に行われる糸による縫合とは訳が違う。その中身すら、接続する。


「……ッ!?ッ!ッ!」


「これは、これは!?まさかあなた、そんな!」


 酔裏の血は、一言で言えば毒だ。


 輸血を求める者に血液型の違う血を流し込めば拒否反応が起こり最悪死に至ることは誰もが知っていることだろう。酔裏の血液は、どのような血液であろうとその反応を引き起こすことができる。既存のどれにも当てはまらない血液型なのだ。そして今、カンレスと酔裏は接続された。


 酔裏は知る、カンレスの再生能力のカラクリを。


「皆さん……朗報ですよ皆さん!こいつの再生能力は私が封印しました……いいえ、弱体化させました!」


「それは本当でござるか!」


「ええ、厳密には、分割です!私が引くレベルの下衆だった『融滅』さんですが、今だけは感謝ですよ!」


 酔裏が、その細腕からは考えられない剛力を発揮しカンレスの腕を強く握りしめる。決して逃がさない、逃がしてたまるものか。ここを逃せば、こいつは殺せない。


 カンレスは何度も何度も腕を引き抜こうとするが、できない。握りしめられているからではない、力が入らない。それでも酔裏が全リソースを腕力に回してギリギリの均衡ではあるのだが、今までの彼女からは考えられない弱体化だ。


「どういう、カラクリだったんです!?カンレス・ヴァルヴォドムの再生能力は、何に裏付けされていたんですか!」


 カンレスの脳裏に蘇るのはかつての記憶。あの女に切り刻まれる前の、まだ再生ではなく回復能力しか保有していなかった頃のこと。あの時も、こうだった。


 全身から溢れ出した血が、止まらない。傷跡が塞がらず、それどころか開いていく。力が入らない、血が抜けているからか。この血に、依存していた。


「端的に言えば、こいつは血中に神器を“飼っている”!」

ご拝読いただきありがとうございました。

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