Episode 19 Primordial Runaway【3】
「ダガ、モウ報酬ハ足リテイルダロウ。ソロソロ死ヌカ?桃月遥。オ前ハボクタチヲ殺セナイ、理解シテイルハズダ」
「死ぬまで殺すよ、そうすれば死ぬ。今の私にはその力がある……そうだ、レッスンしようか」
桃月が一瞬だけサファイアに目配せした。あの日々のことが鮮烈に蘇っているサファイアなら理解出来る、“動かないで”。そしてもう一つの意味……“見ていて”。
桃月が物理法則スレスレを攻めた走行、恐らく隷属星たちも目で追うことはできていない。小さな隷属星の目の前まで瞬時に移動し、下から花火のように打ち上げる。
そしてそれを追いかけて更に跳躍、体を捻り、足先に作用した遠心力を込めて妖姫星に蹴って飛ばす。
「レッスン1」
上空からの衝撃でひび割れ噴き出す温泉のように。
隷属星を蹴りつけた姿勢から更にもうひと捻りし、服の内側に収納されていた小型ナイフを蹴る。妖姫星の頭部に向けて飛んだそれは小気味いい音と共に装甲を貫通した。
妖姫星の動きが一瞬停止している隙に一度着地し、再び跳躍。胸部装甲にいる隷属星と一緒に、生身の足で妖姫星の体を蹴り上げて宙に浮かせた。
「一年もすれば景色は変わる、この世界のどこにも同じ景色はないということを忘れずに」
「クッ……ソッ……!」
想定外の事態に混乱した隷属星が糸を放出、桃月の足にくくりつけて逆さ吊りの体勢で空中に固定し、更に地面を削り取って出来た巨大な岩盤を叩きつけ、妖姫星が上から鎌の振り下ろし。上下の挟み撃ちですり潰す。
「レッスン2」
しかし桃月は冷静な声音をしている。まだレッスンとやらを続けるつもりのようで、ぶら下がったまま発声している。
服の一部をちぎって足を拘束する糸にかけ、その粘着性を利用して固定し一気に起き上がる。それによって生じたエネルギーと共に妖姫星の鎌を殴り、硬質な音と共に弾いた。そしてその反動で下方に落下し、背中で岩盤を砕く。
「自然界では作戦の九割は失敗する。何かして様子見ではなく、何かしながら同時に何かすることを意識するように」
妖姫星の着地と同時に桃月が岩盤の残骸を蹴って飛ばす。狙いは全て隷属星で、迎撃で手一杯になる。
桃月の足が届く範囲の岩盤の残骸を蹴り終わって生まれた隙で妖姫星が腕を振り上げる。これ以上付き合っていても埒が明かないと判断したのか、一瞬でケリをつけるつもりだ。
だが。
「レッスン3」
まだ終わらない、桃月によるレッスンは続く。
地上に降りた桃月がまだ駆け出した。今度は跳躍ではなく走って妖姫星の体を登るようだ。
「Buster――――」
妖姫星の声が響き渡る。それは妖姫星の放てる最大火力の技、『Busterver.エクスカリバー』。ゼロとの戦闘では発動すらできなかった技だ。振り上げた鎌の先端から光が溢れ、振り下ろすと同時に炸裂……できない。
振り下ろそうとする妖姫星の鎌を、桃月が刃を恐れず蹴り上げる。鎌が何度も回転し、ちぎれる直前まで損傷した。魔神器である鎌は傷付けられずとも、鎌と本体の接触面はいくらでも傷付けることができる。
「狩場で音を出した獣は狩りに失敗する。風下を意識して音を立てないように細心の注意を払うこと」
エクスカリバーは囮だ。強力な必殺技で敵の殺害を狙うのは敵の耐久力が高い場合は手段がそれに限られるが故の選択だが、桃月はただの人間。妖姫星の鎌が腹を貫いただけで、彼女はその生命活動を停止するのだ。
派手なエクスカリバーで隷属星の存在を桃月の思考から一瞬消す。その間に隷属星は、絶殺の檻を展開する。
「レッスン3を聞いているのはいいね、音を立てないように殺そうとしている。じゃあファイナルレッスン」
桃月は、“契約の神器を発動していない”。あくまでレベル4神器によって強化された身体能力のみを用いて戦闘しているのだ。妖姫星の鎌の刃によって体が切断されないのも、力の流し方や体の向きによる作用に過ぎない。
自身を覆う糸の檻を、掴む。そしてドレスのように纏い、一気に引き剥がす。収束の暇もなく抜け出した。足に引っ掛けたはずの糸も気付かぬ間に外されていた。
また目視不可能な瞬間移動、今度は蹴るなんて生易しいことはしない。掴む。その小さな肉体を固く掴んで離さず、そして先程開けたばかりの妖姫星の頭部の穴に叩き付ける。ナイフによる小さな穴で隷属星の装甲が削れていく。
何度も何度も何度も叩き付け、妖姫星と隷属星に同時にダメージを与え続ける。そこに一切の容赦はない。
「敵の力量を見誤ると、死ぬ」
もはや言葉を発することが出来ないほどに傷付いた隷属星を握りつぶすつもりで握力を強め、更に開いた妖姫星の傷に靴を差し込んで中身をかき混ぜる。
最後の力を振り絞った抵抗で妖姫星が身を揺らすが、桃月はそれに逆らわず地上に降りる。そして優しく装甲に触れ、大地という地上最強硬度の壁を背に衝撃を叩き込む。ただ硬いだけの装甲の中身は、たったそれだけでぐちゃぐちゃになった。内臓の位置が入れ替わり、肉塊と化す。
「凄い……」
傍観者だったサファイアは、それだけを絞り出すのが精一杯だった。圧巻という他ない戦闘、突然現れた敵にも一切焦りを見せず能力も使わず、ただただ身体能力のみで圧倒した。こんなにも強かったのか、彼女は。
隷属星を握りしめて掲げる桃月の横顔は狩人のようで、見ているだけで震えてくる。その視線を向けられている隷属星はどれほどの恐怖を味わっているのだろう。
「力の流し方、使い方、受け止め方、返し方……それだけであなたたちにも対抗できる。わかる?舐めすぎなんだよ、人間を。人ほど学習する生物はいないってのに」
内部ダメージを回復し襲いかかった妖姫星を片手で軽くあしらい、鎌の着地地点をズラす。そしてその鎌を押しのけるように蹴ると、妖姫星の巨体が豪快に倒れた。
「鬱陶しい……それとさ、隷属星。私気付いたよ」
隷属星をゴミでも扱うかのように地面に投げ捨て、踏みつける。苦しげな呻きが少しだけ漏れて、装甲が更にひび割れる音がした。
「あなた……もう、死ぬでしょ。じゃないと守る意味とかないしね。強がりはやめなよ、これ追加レッスン」
あの激闘の中で観察もしている戦闘知能。桃月は、あの頃は気付かなかっただけでこんなにも強い。まだ未熟だったからだろうか、守ってもらっていることにすら気付いていなかったというのか。私は、どこまで……
「ソレガ、ドウシタ……」
「このまま殺す、そう言ってる」
「フ、クク……デキン、貴様ニハデキン。我ラガ何カスルカラデハナイ、貴様ハ、アノ女ガイル限リソレハデキン」
隷属星がそう言う。この場合のあの女とは、サファイアしかいないだろう。なぜサファイアが隷属星たちを殺せない要因になる?目の前での殺しに忌避感を覚える訳でもないだろうに、何か理由でもあるのか?
「ボクガオ前相手二余裕ヲ装ッテイタ理由ハアノ女ダ。ボクタチガ出会ッタアノ場所デオ前ガ悪魔ノ神器ヲ拾ッタ時点デオ前ノアキレス腱ハデキテイタンダヨ」
「……何を言っている?悪魔の神器に何か問題でも?」
「悪魔ノ神器ハグラーヒノ鈴ダ!研究棟内部デ発生シタ神器ナンダヨ!ソシテセイナーハソレラヲ徹底的二調ベアゲテ資料ヲ作ッテイタ、ボクハソレヲ見タ!」
畳み掛けるように隷属星が喋る。不快な声だが、それとは別にサファイアは胸騒ぎがしていた。何かとんでもないことが起こる予感、取り返しのつかないとんでもないことが。
桃月もそんなサファイアに気が付いたのか、視線を送りながら必死に穴を探そうとしている。だが、見つからない。
「ソモソモ悪魔ダゾ?蓄積シテイタ年齢トコレカラノ加齢ヲ奪イ力ヲ与エル?ソンナ都合ノイイコトガアルモノカ。悪魔ハ最高ノタイミングデ最悪ナコトヲ仕出カスモノダ」
サファイアの首に括り付けられた鈴が、何もしないのにひとりでに鳴った。全身が震え、変貌していくのがわかる。
「例エバ、ソウダナ」
サファイアのか細い四肢が、最大火力の放出が可能な悪魔の四肢となっていく。まだ体の中心に向けての侵食は進んでいないが、それも時間の問題のように思える。
桃月が駆け出そうとするが、隷属星の糸が絡みついて離れず、サファイアに近寄ることができない。
「宿敵二トドメヲ刺ソウトシテイル時、カナ」
「隷……属星!」
刹那、桃月が咄嗟にしゃがみ込んでその剛爪を受け止め弾く。隷属星と妖姫星を同時に相手しても使わなかった契約の神器の能力を、一切の躊躇なく使わざるを得ない威力。
隷属星を放置してその場から離れ、その剛爪を振るった敵と距離を取る。いや、わかっている。誰かなど。
今まで彼女はどれだけの回数能力を行使したのだろう。百や二百では収まらないはずだ。それも桃月の肉体を動かしながら、だ。脳にかかる強すぎる負荷に耐えきれず、悪魔の神器の力を借りて耐えていたこともあるだろう。
その時、悪魔の神器は何を要求した?大方取られても問題ないどころかサファイアにとってプラスになる何かだったはずだ。悪魔が優しく接するはずなどないということに何故気付かなかったのか。その名を知った時、何故疑わなかったのか。自分の浅慮さが嫌になる、復讐に囚われて思考を放棄していた。こんな劇物を、サファイアに押し付けていた。
いいや、後悔はまた後だ。ソレがようやく本性を表したのだ、ここで止める。そして取り返す。折角帰って来ることができたのに、今度はあなたがどこかに行ってしまう。もう、そうはさせない。もう一度あなたと旅がしたい。
また、この腕の中に。
「ちょっとだけ待ってて、サファイア」
ソレと向き直る。小さかったはずの身長は伸びて、華やかで優雅だった外見はおぞましいナニカになっている。
傷を治癒するために再び地下へと逃げる隷属星たちなどもう視界にも思考にも入ってはいない。この空間は、ここからの時間は、この二人のものだ。
「今度は私が助けるから」
「ここに隠匿の契約を執行せん」
そこには悪魔がいた。
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長い長い旅路の果てに、彼女たちは出会いまた別れる。
悪魔、そう、悪魔だった。過去も願いも関係なく、悪魔はどこまでも人々の間に語り継がれる悪魔なのだ。
そうして二人は戦う、またあの日々を取り戻すために。再び、輝かしく、そして壊れた世界を一緒に歩くためだけに。
次回、『Wings of the moon fall』
月と翼は落ちず、散る。
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