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Last reverse  作者: 螺鈿
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Episode 19 Primordial Runaway【2】

「なあ、遥……俺が言うのもなんだけどよお……」


「どうしたの、お父さん。景色、不満?」


「いや……もう腰やら膝やらやってる俺らにこんなゴツゴツで足場の悪いとこってなあ……なあ?」


「……不覚、失念していた。ごめん、私が強くて」


「つくづく天然だなあお前。誰に似たんだか」


「あんたでしょ。無意識に煽るとことかそっくりよ」


 なんだかんだ不満を言ったりはしていたが、楽しい旅行になっていたと思う。念の為用意していた荒地専用のブーツのお陰で関節の病気が悪化することはなく、まあ確かに殺風景ではあったが久々の家族全員の旅行は楽しかったのだ。


 変わらない景色の中をわいわい騒ぎながら歩いた。ろくに風が吹いたりもしない、荒地のまま時が止まってしまったかのような場所だったが、花が咲いたようだった。


「ここ、あんたのお気に入りのとこなんだってねえ」


「そう、大好き。何もないところが特に」


「……何がいいんだそれ?」


「あんただって何もない将棋盤眺めるの好きじゃない」


「あれには黒線が入ってるだろうが!」


 そんなどうでもいい会話も、もう何年もできていなかった。ビデオグラファーとして世界中を歩き回る中であそこに行きたいここに行きたいと欲が生まれて家には帰らず、遠い異国の地で家族を思うだけの日もあった。


 母も父もネットの使い方がわからず、写真を送って帰ってくる「いいな」だけのメッセージが唯一の繋がりだった。それでも嬉しかったが、こうして会話する時がやっぱり一番楽しい。連れてきて良かったと、心の底からそう思えた。


 異常が発生したのは、その日の旅行が終わって予約していたホテルに向かおうとした時だった。


 何か起これば通知が入るように桃月が設定しておいたスマホに、連続で通知が鳴り響いた。数分経っても鳴り止まない通知に流石の桃月も旅行気分から仕事気分に切り替え、両親に断りを入れてからスマホの通知を確認していった。


「…………………………………………は?」


 政治、宇宙、経済問わず。世界中の重要機関が正体不明の攻撃を受けて崩壊、各国はなんらかの武装兵器による攻撃を前提として捜査を進めているが、少なくとも現在の化学では解明不可能なエネルギー波が発せられている。


 そしてその発生源は、アメリカだという。


「まずいな……父さん、母さん、ホテルに泊まるのはやめておく。今日はここらでキャンプといこう」


「おいおいどうしたんだよ、俺らは構わねえがホテル側は大丈夫なのか?ていうか、何があった?」


「……まだ、わからない。けれど建物の集まる場所には行かない方がいいと思う。危険な香りがする、私の勘」


 桃月の勘はよく当たる、というのは彼女たち一家の常識となっている。出かけない方がいいと言われた日には突然雨が降ったり、時には交通事故が発生したりした。


 久々に見る娘の不安そうな顔に両親も黙って首を縦に振って、その場でキャンプすることを決めた。


 仕事の中でキャンプ……野宿は何度もしたことがある。すぐに準備を終えて、両親を天幕の下に隠して散策に出た。


 テロリストか何か……だろう。解明不可能なエネルギーというのは少々気になるが、世界同時多発テロという線で考えれば可能性は0ではない。体も弱くなっている両親に夜の荒野は堪えるだろうが、狙われるかもしれない都市部よりはまだマシだ。場合によってはほとぼりが冷めるまでここにいるという手もある。両親には悪いが命には変えられない……


「なに、あれ」


 それは夜の闇の中でもよく見えた。以前訪れた時にはなかった巨大な建築物、この時代だというのに夜間ライトを点けないというのはかなり異常だ。近付くのは危険だろう。


 それに何やらおかしな音がする。粘性のアメーバのような何かが這いずり回っている音だ。……何が起きている?


 桃月の勘が告げている、一刻も早くここから立ち去るべきだと。眠っている両親を叩き起して去るべきだと。


「……当然、そうする。これは、得体が知れなさすぎる」


 勘に従ってすぐにキャンプ地に向かう。最低限の道具を持ってできるだけ遠く、遠くに逃げなくては。


 失態だ、予想できる訳がないとわかっていても後悔が先に来る。世界規模の同時多発テロ……何を思ってそんな犯行に及んだのかは知らないが、よくも旅行を台無しにしてくれたな。いつか絶対に埋め合わせしてやる。


 走っているとキャンプ地が見えてきた。息を切らしながら声を振り絞り、両親が起きるよう張り上げる。


「おか――――――」


 だがその言葉を最後まで発することはできなかった。


 背後から炸裂するような光が溢れ出し、桃月の目が潰れるほどの光量が眼球内を埋め尽くして網膜を焼いた。


「ホウ……人、人カ。マサカコンナニモ近クニ人ガイルトハ思ワナカッタゾ。ソシテ、生キテイルトハナ」


 カタコトが聞こえると同時に地震が発生しその場に蹲る。何が起きているのか全く把握できない、この地震は人為的なものなのか!?あの光はなんなんだ、目が見えない。母さんたちは無事なのか?


 とても小さな虫の足音と、巨人が歩くような轟音が後ろから聞こえる。視力が少しではあるが回復するとすぐに後ろを振り向く。誰だ、誰が後ろにいる。歩いてきている!?


「蜘蛛と……なに、蟷螂?」


「マア……ソウ見エルカ。元ハ貴様ト同ジナノダガナ」


 蜘蛛が、喋っている。無機質な声で、人ならざる何かが人の言語を解していることが何よりも不気味で恐ろしい。


 しかし、その不気味さを差し置いても悲惨なまでにボロボロだ。堅牢に見える外殻も穴だらけで、少しつつけばそこから壊れていってしまいそう。思わず一歩後ずさるとその二匹は同じだけ近付いてくる。自重を支えられなくなったのか、蟷螂が地響きと共に横向きに倒れた。


「……限界カ。ドウセ後デ海ヲ渡ッテモラワネバナランシ、今ノ内二デキルダケ休ンデオクトイイ」


 その声は、どこか優しさに満ちていた。


「サテ、人間。何故貴様ガココニイルカハ知ランガ、ボクノ目標完遂ノタメダ。率直二言ワセテモラウ……」


 ヒュン、と。風を切る音がして、視界の中心を何かが横切った。ほんの僅かな圧迫感と、おぞましい開放感がした。なぜか痛い、なぜか鋭い、なぜか怖い。


 世界がズレていく。


「死ンデクレ」


 その蜘蛛が糸を放ったのだと理解したのは、全身から血を噴き出して倒れ込んだ後だった。


 赤い、世界が赤い。黒ずんだ紅に支配された視界を後ろに向けて、両親の安否を確認する。しかし。


「あ、か、あ」


 キャンプ用に設営したテントも切り刻まれていて、自分の出血量を遥かに上回る量の血が布の下から溢れていた。


「……ン?生キテイルノカ。マダ慣レンナ、イヤ、デゥストラノ攻撃が直撃シタノダ。一人程度殺センデモ仕方ナイカ」


 無慈悲な蜘蛛の声が耳に届く。


 出血と悲しさで意識が朦朧としている。血まみれの視界を蜘蛛に向けると、先程と同じような動きをしている。また糸を出す気だろう。私を殺すために。


 ……間違いだったのか。都市部は危険だと思ったが、ここにいる方がよっぽど危険だったというのか。この未知の生物たち、こいつらが世界同時多発テロの犯人か?人語を介し、動作一つで人間を殺せる怪物。十分に有り得る。


 くそ、くそ、くそ。ちくしょう、ちくしょう。こんなところに旅行に来させるから、母さんたちは死んだ。まだ文明の発展している、あの田舎町にしておけば良かったんだ。人の蔓延った、怪物の居場所のない場所にしておけば良かった。


 この怪物たちを、殺す。殺したい。何を犠牲にしてもいいから、積み上げた全てを失ってもいいから。


 両親を殺したこの怪物を、何を失ってもいいから殺したい。


「……これ、は?」


 刹那、脳裏に溢れ出す濁流のような情報。神器、力、契約。ただそこに存在していただけの契約の神器が、桃月の思いに触れた。失う代わりに殺すという契約に触れた。


「……ナンダト?コレハ……フム、コレハ、ソウイウコトカ?ナルホドナ。シカシ偽リノ神デハボクタチヲ殺スコトハデキヌ。クク、憐レダナア人間!」


 蜘蛛の声はどこまでも耳障りで、動きたいのに動けない。よくわからない力を手に入れたのに、何も変わらない。何かできる力なんじゃなかったのか?


「クク、シカシ、ナンダ。ソウカ、コレガ、ソウカソウカソウナノカ……アア、心地イイヨ。教エテクレテアリガトウ、感謝スルヨ……目標ハ、達成シテイク過程ガコンナニモ気持チイイモノナノダナ。イイ、殺スノハヤメテオコウ。運ガ良ケレバ生キ残ルサ」


 もうそれ以上意識を保つことができず、落ちていく。命が助かったということだけは理解できた。


「覚エテオクトイイ、人間。我ガ名ハスラ……隷属星。デカイノハ妖姫星ダ。貴様ノ名ハ、アノ残骸デ見ツケルヨ」


 そこで、終わった。


 ――――――


「結局、名刺から見つけたの?隷属星」


「ソウダヨ、オ前ハ仕事ヲ適当二コナシテイタヨウダガ一応名刺ナド持ッテイタノダナ」


「腐っても仕事だから……生き方は丁寧だったよ」


 何があったのかはよく理解できた。様々な偶然が絡み合って、桃月は両親を隷属星に殺されたのだ。世界崩壊直後の知られざる悲劇、星との邂逅。


「あの時、なんで生かしたの?隷属星の性格だったら殺してるだろうに……私が死にかけて、不安だった?」


「馬鹿ヲ言ウナ、オ前ハ死ナナイ。タダアノ時ハ気分ガ良カッタダケノコト、報酬トシテ命ヲヤッタダケダ」


 妖姫星は、違和感に支配されていた。隷属星はもっと卑屈で嫌味ったらしくて、何よりも油断も慢心もしない性格をしていた。時折気分屋なこともあり、桃月を生かしていたのはそういうことだろう。だが、敵を無駄に煽ったり昔話をさせる時間を与えるなど彼らしくない。普段の彼は、昔話をさせている間に後ろから殺すような性格をしている。


 だが彼は、桃月が喋っている間に懐かしむようにして笑っていた。ああ、そんなこともあった、と。


 彼らしくない油断、余裕だ。

ご拝読いただきありがとうございました。

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