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Last reverse  作者: 螺鈿
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第四話 襲撃【3】

「お、戻ったかぁ口ボンド。なんだったんだぁ?」


「…………」


「そうかよ。こっちもいい感じだ」


 何も言わずに漆が試合場を指さす。そこには糸と血の刃をぶつけ合う愛蘭と天爛の姿があった。それを見て珍しく鬼路が感情を顔に出した。驚愕きょうがくしている。


 天爛が愛蘭を押しているのだ。僅かな差ではあるが、天爛の方が優勢な戦況。更に愛蘭は……


「明らかに本気出してるよな」


 本気の愛蘭と戦い、押している。レベル3の神器使いが。愛蘭が慣れない武器で天爛に合わせていることを考慮しても、あまりに異常な光景だ。


 天爛はもうボロボロだ。まだ立っているのが不思議なほどに。しかし愛蘭も同じような外見だ。傷こそできていないが、衣服の端々が斬られている。普段の彼女からは考えられない光景だった。


「………………」


「やっべーよな」


 漆の言葉に首を縦に振ることで応え、席に座る。黙って試合を見届けることにした。


 ――――――


 ブラッドジェットは正式な名称を付けるとすればブラッドジェットカッター、又はブラッドジェットチェンソーだ。


 超圧縮した血液を大動脈から放出し、それを事前に穴を開けておいた静脈に帰結させることで自身の血液を一切失うことなく超威力の武器と化す。かつてのウォータージェットカッターに神器の能力をブレンドした技術だ。


 更にそれだけではない。ここまでの情報だけだと、「別に水でいいじゃん」となってしまう。


 彼女が血液を選んだ理由は単純。血液中の成分だ。


 ヘモグロビン、という成分がある。赤血球の中に含まれる成分で、とある性質を持つ。簡単に言えば、体内の酸素濃度の濃い部分では酸素を取り込み、薄い場所ではそれを放出し酸素濃度の均衡きんこうを保つ、というものだ。


 天爛はそれを利用し、血液中のヘモグロビンの性質を軽くいじり、酸素を取り込む量を増やし体外でもその性質が生きるように設定した。それにより、通常の何倍も多い量の酸素を全身に巡らせることができる。人は運動する際、酸素を大量に取り込む。その量を爆発的に増やすことで更に運動する時間、パフォーマンスの精度を上げることを可能にしたのだ。


 更にそこでは終わらない。人体の構造すら利用する。心臓の拍動はくどうスピードを限界まで高め、暗殺術の一環として学んだ体内の秘孔ひこうやツボを、操った血液で内側から刺激することで、限界まで身体能力を引き出す。これによりレベル4の神器使いと同等レベルの運動をするに至る。


「しかもお前……場数踏んでんなぁ!」


 そこに無数の死地を渡り歩いた天爛の経験が加わる。間違いなく彼女は今、レベル3神器使いの頂点に立ち、レベル4神器使いに最も近付いた存在だ。


 観客は天爛の予想外の実力と、刃と刃のぶつかり合いの迫力に完全に興奮しきっている。司会も完全に見入ってしまって実況を放棄ほうきしている。


「ござる……できるだけ粘らせてもらうでござるよ」


「ははっ強すぎだろお前……」


 軽く笑いながら愛蘭がそう言う。だが彼女の心境は決して笑えるようなものではない。二つほど要因はあるが、とにかくめちゃくちゃ不安なのだ。因みに一つは遺華にかっこ悪いところを見られるかもしれないこと。


 容赦ない天爛の連撃が全方位から襲い来る。愛蘭も両手の糸のチェンソーで迎え撃つが、ブラッドジェットチェンソーは血液で構成されている。故に。


「くっっっそ……めんどくせぇ!」


 三次元的な軌道で、勢いの変わらないブラッドジェットチェンソーが死角から襲い来るのだ。液体である利点を最大限に活かしている。肉を斬られはしないが、衣服の端が斬られる。


 右から襲い来る刃を糸の刃で迎え撃つ。糸に巻き付くようにブラッドジェットチェンソーが形を変えてまとわりつく。一瞬だが、愛蘭の動きを封じた。


 これは糸では成立しない技術。液体であるという利点を最大限活かした攻撃。糸では液体にすり抜けられる。


 生まれた隙にもう片方の刃で顔面を狙い、また背後から十本の極細のブラッドジェットチェンソーで穴を開けるようにして攻撃する。


 だが愛蘭も同じように足元から糸の壁を放出し、それを防いだ。何本か隙間を縫って貫通できたが、手で防がれた。


「ほんとにレベル3かお前!?」


 獣のような低姿勢になった愛蘭が、糸の壁の隙間から這い出て、天爛に糸の刃を叩きつける。天爛もブラッドジェットチェンソーでそれを受け止めた。互角だ。


 天爛が舌打ちをして蹴り上げ、数度斬りつけた後に大きく後退し、右腕を天に突き出す。


「なんだ、降参か?」


「ござる……」


 天爛はもう限界だ。これ以上の情報収集は不可能。命に関わる。せめて勝利して、怪我を負わせる。そうすれば愛蘭の戦闘力を削ることも出来る。それに賭ける。もはや満足に動くこともできない自分は捕えられるだろうが、情報をレギンレイヴに渡す手段はある。これでいい。


 ここまで傷ついた状態でのこの技の発動は初めてだ。どうなるかは自分でも確信は持てない。もしかしたら死ぬかもしれないが問題はない。生き残る可能性も等しくあるのだから。


「これ、で……!」


 その声と同時に天爛の左腕のブラッドジェットチェンソーが消滅し、右腕の刃も先程までの五分の一程度まで縮小した。息を大きく吸い込み、左脚を前に出して前方に倒れ込んだ。


「は?おいお……」


 愛蘭が続きの言葉を発することはできなかった。あまりにも巨大すぎるブラッドジェットチェンソーが天爛の右腕から噴出し、振り下ろされたからだ。


「いぃ!?」


 明らかに天爛の全身の血液を放出しているとしか思えない量。踏み込みではなく倒れ込みなのは、威力を出すためではなく、踏み込む力を出せないから。文字通り命を賭けた攻撃に、愛蘭は死とは別の恐怖を感じていた。


「この大バカ野郎……!」


 陥没するほど強く地面を蹴り、振り下ろされる前に天爛に到達する。足の爪が割れた感触がし、鈍い痛みが襲うが無視し、傀儡傀儡をもう一度自分にかけた。思考能力と運動能力が飛躍的に上昇し、世界が遅く見える。重ねがけなんて無茶をしたせいで関節がきしみ嫌な音を立てるがそれも無視した。


 右腕で天爛の左胸を強く叩く。心臓の力強い拍動が手から伝わる。いや、これは……


 (強すぎる……!)


 ブラッドジェットチェンソーの構造的に、血液を全身に高速で巡らせる必要がある。万物を斬り裂く液体の循環性の武器と同程度の速度で血液を巡らせる必要があるのだ。


 その為には心臓も高速で動かさなくてはならない。いくら水の神器で操っていると言っても、心臓の運動をそのままに血液の循環速度だけを加速させれば秒も持たずに心臓が破裂する。ではブラッドジェットチェンソー発動時の天爛の拍動速度はどれほどなのか。


 仮に一般人の二秒間の拍動速度が


『どくん……どくん……どくん』


 だとしよう。二秒で三回の計算だ。今の彼女の拍動速度は


『ドドドドドドドドドドド!!!』


 だ。二秒で約十万回。到底心臓の出せる速度ではない。耳を押し当てなくても音が聞こえる速度。


 心臓と言っても所詮はただの持久性に優れた筋肉塊。こんな無茶をすれば通常ならば即死する。神器によって強化された人間でも、常に激痛が心臓を中心に全身を襲い、寿命が縮んでしまうのは必至だろう。幾多の戦場を乗り越え、痛みに慣れた愛蘭でさえ想像もしたくないほどの痛みが襲っている間、彼女は何を想いその両手を振り続けたのか。


 これが愛蘭のもう一つの不安の要因。ブラッドジェットチェンソーによる天爛への負荷だ。彼女は死ぬかどうか一か八かなのだろう。だが、愛蘭にはわかる。今までこれほどの傷を作り、出血し、その状態でこの負荷をかければ、まず間違いなく天爛は死亡する。


 目の前の少女がエスティオンの人間ではなく、寧ろエスティオンに害をなす存在だということはわかっている。だが、愛蘭は別に捕まえて殺してしまおうなどとは思っていない。寧ろエスティオンに勧誘してしまおうとさえ思っている。遺華とも良き友人となってくれる気がする。今の組織を離れてくれるかはわからないが、まあ離れてくれなかったら人質にして色々脅しをかけたりするとしよう。


 死んで欲しくない。誰も。もう沢山だ。


 何度も人殺しはした。罪のない者に害をなす哀れな者を殺した。捕らえることのできない強者を仕方なく殺した。病に犯された不幸な子供を殺した。仕方なかった。


 本当にそうか?

 敵は仲間にする。病は治療する。心を病んだ者には寄り添う。そうすれば殺す必要はなくなる。全員救える。


 この少女も随分と大胆なことをした。公衆の面前に姿を現す敵組織の人間など今までいなかった。面白い人間だと思う。だがここまでする理由がわからない。


 一つだけわかるのは。信念の宿った瞳。命を賭けることのできる仲間がいる。ブラッドジェットチェンソーを発動した時の、最後の攻撃を仕掛ける時の気迫、見え隠れする想い。


 (どんだけ愛してんだよ……!)


 首の後ろに触れる。毛細血管から糸を侵入させ、脳に直接干渉する。愛蘭が移動したことにさえ気付かず今振り下ろされんとする巨大な血液の刃を強制的に停止させ、静脈から体の中に返す。

 コンマ数秒でも遅れていたら間に合わなかった。


 恐らくあの巨大な刃はただ振り下ろすだけの攻撃ではない。地面と接触した後、その超質量を周囲に爆発的に拡散させることこそが真髄だ。何か生き残る算段はあったのだろうが、あまりに危険な行為。


 心臓の鼓動が少しづつ元に戻る。ゆっくりとした速度が、本能的に安心感を与える。


「馬鹿野郎が……」


 僅かに微笑を浮かべながら右腕を天に突き上げる。愛蘭霞の勝利宣言。


 予想外の苦戦を強いられた第一回戦、勝者は愛蘭霞。


 会場で歓声が爆発し、誰もが興奮した様子で腕を振り回す。例年なら呆気なく終わる第一回戦の予想外の迫力に、一人の例外を除いて誰もが咆哮を上げる。


 その例外は、静かに会場を去った。


 ――――――


 ザッカル・ケスク。彼女は残が死亡したとわかった瞬間、逃走を決意した。長年共に任務に挑んだ仲間だが、死とは平等に訪れるものだ。仕方ない。


 結局特級は五名しか始末できなかった。次の最上第九席としての使命を持つ特級部隊員は全九名。半分削れたことを喜ぶべきか、全員削れなかったことを悔やむべきか。


 最上第九席を始末できなかったことも悔やまれる。せめて戦闘能力の低い「漆秀徳」だけでも、無理やりでいいから始末するべきだったか。


 しかしレギンレイヴにとっても最高戦力二人を一気に失うのは痛手だろう。捨て駒の覚悟はしたが、無意味な捨て駒にはなれない。残は尊い犠牲だった。


 逃走を決意してすぐした行動は基地からの脱出ではない。天爛の試合の観戦だ。万が一殺されかけていた場合は、命を捨ててでも救うつもりだった。だが、愛蘭霞の温情か、これから拷問にかけるつもりだったのかはわからないが殺されはしないようで、それを確認次第すぐに脱出した。


「ほんと、馬鹿すえ。『血龍暴牙』に加えて『神楽崩し』まで使うなんて」


 血龍暴牙とはブラッドジェットチェンソー、神楽崩しは最後の巨大な刃のことだ。


 ケスクの記憶が正しければ、あの技はいちじるしく天爛の寿命を削る。高まった心臓の拍動速度は、天爛の心臓に大きすぎる負荷をかける。一分で一年分の寿命を消費する。発動時間は二分。約二年分の寿命をあの戦いで失った。


 組織のために尽力してくれるのは嬉しいが、そこまでしてほしいとは思っていなかった。


「あの子の回収は別働隊に任せて……」


 ケスクが今後の算段を練っていると、ふと視界に一人の女性が映った。美しい黒髪の女性だ。腰まで伸びたストレートの髪と、調達が困難なはずのスーツの黒色がマッチしている。乱雑な長髪は左目を隠していて、見えるのは右目だけだ。そこには感情を一切感じない闇が広がっている。口元が僅かに歪み、薄く笑っているようにも見える。


 一瞬だけ、二人の目があった。ケスクは何か恐ろしいものを感じながら通り抜ける。


 (なんですえ、今の……)


 服の切れ端を針に変えて後方に放つ。狙うは首元、急所。貫けば、数分気を失うだろう。目撃者はこうするのが、レギンレイヴの掟だ。


 腕を振り抜き、一秒もしないうちに到達する。針が刺さったと確信したその瞬間……


「ッ!?」


 ケスクの首の全く同じ急所に針が飛んできた。ギリギリで叩き落とすが、理解できない。


 急いで振り向けば、先程の女性がとんでもない姿勢で立っていた。右脚の膝を耳につけ、膝から先をケスクに向けて直角に曲げている。体が柔らかいとかもうそういう次元の話ではない。人間にできる動きとは思えない。


 女性がゆっくりと振り返る。脚を下ろし、不可思議な歩法でケスクに向かって歩く。酒に酔っているかのようにフラフラしているのに、真っ直ぐ歩いている。


 息ができない。呼吸する方法を忘れたように体が動いてくれない。かつて一度だけ経験した、レギンレイヴのボスと敵として対面した時と同じ感覚。だが……


 (桁が……違う……!)


 気付けばその女性はケスクの眼前まで迫っていた。腕を伸ばせば触れる距離。膝から力が抜けてケスクがその場にへたりこんだ。


 風が吹いた。二人の髪を揺らす。


 女性の左目は神々しい黒金色だった。それはケスクが初めて見る、オッドアイというものだった。


「………………」


 女性が、自分とケスクの首元を交互に見て、ポンと手を叩いてケスクの首元に手を伸ばした。

 ぐじり、と嫌な音が聞こえた。


「かっ……あっ……!?」


 細い女性の指が、ケスクの急所にめり込んでいた。皮膚を貫通し、筋肉をかき混ぜながら骨まで届いた。


 全身を震わせるケスクを、女性が変わらぬ顔で見つめている。血涙を流し、醜く表情が変わっていくケスクの首からは、異常な量の血液が溢れ出している。


「が……」


 ケスクの命がついえた。黒髪の女性はことん、と小首を傾げると、おもむろにケスクの首から上を引きちぎった。


 恐怖、絶望、混乱、様々な感情が入り乱れたその顔面の皮膚を、優しくつまむ。


 口の端を吊り上げ、安らかに目を瞑らせた。頬の筋肉を揉み、柔和にする。その表情は、笑顔、という。


 満足したようにコクリと頷くと、女性はケスクの首だけを脇に抱えてどこかへ歩いていった。未だに痙攣けいれんするケスクの肉体だけが、乾いた荒野で動いていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


 次回、『最強』。乞うご期待。

ご拝読いただきありがとうございました。

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