Episode 19 Primordial Runaway【1】
アーサー王、アキレウス、シモ・ヘイヘ。かつて世界にその名を轟かせた英雄たちを相手に、サファイアと桃月はたった二人で立ち向かい更には善戦していた。
単体でも他二名と同等レベルの戦闘力を保有するアーサー王の相手をサファイアが務め、アキレウスとシモ・ヘイヘは桃月が同時に相手をする。手数面での問題で桃月の負担が大きいように思えるが、そもそも桃月は自我さえ保有していれば一人で隷属星を退けるほどの強者。戦闘は一つの滞りもなく進行していた。勝利は時間の問題に思える。
だが……
「どうした、動きが鈍くなったぞ老婆よ!もう限界か!?その幼き肉体では我が剛剣は堪えたか!」
「アーサー王ともあろうお方が何を仰るか……私はまだ全然、あと一ヶ月だって戦っていられますわよ!」
嘘ではない。確かにサファイアは、このまま一ヶ月でも戦い続けることができる。それが“彼女一人だった場合”。
かつて行われた契約により、桃月には自我がない。その全てはサファイアへと還元されており、桃月の肉体行使権はサファイアが所有している。それはつまり桃月の肉体をサファイアが動かしているということであり、彼女の脳には人間二人の肉体を動かすのと同等の負荷がかかっているのだ。
長い間そうしてきたサファイアだからこれほどの激しい戦闘でありながら耐えられているだけであり、普通の人間ならば数秒で脳が燃え尽きてショートしているだろう。
戦闘はかなり長引いてしまっており、さすがのサファイアも最適な行動選択が出来なくなってきていた。
彼らほどの英雄を相手に全力を出せないというのは敗北とイコールになるほどのハンデとなる。どうにかして戦況を変える必要がある……誰かの支援でも来ないものかと彼女らしくない救援を願うが来るはずもない。
先程までの優勢な状況から一転、一向に衰えることのない英雄たちの攻撃にサファイアたちは追い込まれ始めていた。この戦争ではどこもかしこも自分の戦闘で手一杯の者ばかりであり、ある程度の支援は期待できる普段の戦闘と違って敗北がダイレクトに戦士を襲う。
信念、執念、そんな感情が渦巻きぶつかるこの戦争においてその強さは皆平等。敗北は死に直結する。
「まだ……死ねない、負けられないのですがね……!」
「それはこちらとて同じことよ、老婆!勝利を願い呼び出された我らに敗北は許されん!我が騎士道に誓って!」
あくまで神器に過ぎない黒の兵団ですら負けられない理由がある。サファイアの弱音とも取れる声を聞いたアーサー王の攻撃がより苛烈になり、遂に攻撃を弾けなかった。
聖剣の輝きがサファイアの喉元を狙い、その先端がサファイアの首の皮を貫いたその刹那。
「な、なにい!?」
質量を持った炎が英雄たちを包み込み、鋭い棘がその全身を貫いた。内部から焼き焦がされ、不死身の肉体を持つアーサー王とアキレウスはあまりの激痛に悶絶し動けなくなる。シモ・ヘイヘは炎の棘が命中する直前にアキレウスの影に隠れたため負傷はしていないが、それでも熱量だけで衣服が焼け焦げ、銃身も熱を持って溶け始めている。
明らかにサファイアを守るように展開されているそれは、桃月の両手の平から放たれていた。見間違えるはずもない、それはかつて彼女が使っていた技だ。
「でも、私、そんな指示……」
『やあやアサファイア君元気!?アチシ滅びそウ!それはそうと契約ハ完遂された!君たチは十分役に立ってくレたよ、契約の神器モそう判定した!まあそロそろアチシが死にそウだから最後の愉悦っデのもあるけどね!ジゃ約束通り……』
いつの間にか空中を飛んでいた屍機から『融滅』の声が聞こえる。彼女にしては切羽詰まった声で、信じ難いことだが本当に滅びかけているのだろう。
ゆっくり、噛み締めるように振り返り桃月を見つめる。その瞳にははっきりとした自我があり、あの旅の日々が鮮烈に蘇る。優しさと厳しさの同居したあの目は、確かに。
『桃月君の自我ヲ返還しよう!』
「ただいま、サファイア。ちょっとだけ、待ってて」
その声と同時に桃月が両手を振るい、無数の触手が出現し英雄たちを襲った。それぞれが迎撃体勢に入るが全てが遅く、アーサー王は聖剣の鞘、アキレウスはロンギヌス、シモ・ヘイヘは狙撃銃を奪われる。
予想外の出来事に隙が生まれた英雄たちの弱点、アキレウスの踵、不死性を失ったアーサー王とシモ・ヘイヘはそれぞれ心臓と脳を炎の棘に貫かれて全身が炎に包まれる。
あれだけ苦戦した英雄たちが、自我を取り戻しただけの桃月によって瞬殺されていく。味方であるはずのサファイアでさえ、ある種の恐ろしさを感じる光景だ。
「ん……ぼんやりとだけど、覚えてる。『融滅』の言葉に嘘偽りはない、あなたは彼女の役に立った」
煉獄を思わせる炎の海のただ中で薄く笑いながら、桃月が囁くようにそう言う。ああ、間違いない、彼女は桃月だ。私の親友、共にあの日々を旅した桃月遥だ。
涙が零れて、喋れない。こんなあっさりと、また彼女との日常が帰ってくるというのか。そんな、奇跡が。
「あなたの働きは、私の自我と同等の価値があった。あの時あなたが私の命を繋いでくれたお陰で私は今ここにいる。ありがとう、サファイア。私はあなたと」
「マサカコンナコトガアルトハナァ、桃月遥!」
桃月がその長い腕を広げてサファイアを抱きしめようとした刹那、二人の間の地面から大量の糸を纏った超巨大な鎌が出現し大地を割った。地震と同等の衝撃が二人を襲う。
間違えるはずもない、あの日桃月の爆発に巻き込まれたはずの蜘蛛だ。鎌は確か、エスティオンの報告にあった。
「久シイナ……アノ時ハ流石二肝ガ冷エタゾ、死ナヌ身ダトワカッテイテモアノ爆発ハ恐ロシカッタ」
突如出現したEvil angelの半身との戦闘の末死亡しかけた隷属星たちは、絶対星に救われた後傷の回復に専念していた。次の敵を完璧に対処するために。
するとどうしたことか、“あの”桃月遥が妖姫星の糸のセンサーに引っかかったではないか。隷属星……否、隷属星と妖姫星にとって桃月遥は浅からぬ因縁のある人間。これを殺すことを目標に定め、地上に這い出たのだった。
「本当に久しぶり、桃月遥。あなたのお陰でお互い単独行動を避けるようになったんだよ。ありがとう」
「……こんなに嬉しくない感謝は、初めて」
「ふふ、そう?私はあなたの性格をよく知らないけれど、感謝は素直に受け取るタイプだと思っていたけれど」
「皮肉混じりの感謝でも基本は受け取るよ。ただあなたたちからはどんな感謝も欲しくはないだけ」
互いの腹を探るように笑い合う桃月たちに置いてけぼりにされるサファイア。あの日の戦闘で桃月と隷属星たちに因縁があるのはわかっていたが、一体どんな因縁だったのか。
それは、桃月自身の過去にも関係のあることだろうか。
「あなたたちは、私から全てを奪った。いいえ、あなたたちだけではない。あの研究棟が諸悪の根源。全ての間違い。そのお陰でサファイアに会えたけれど、失いたくはなかった」
やはり、そうか。秘されていた桃月の過去の中で、隷属星たちと何か問題が起こっていたのか。確かに桃月がこんなにも長文を喋っているのを見たことはなかった。彼女は感情が昂った時に長文を話す傾向がある。
「……サファイア、こいつら、ここで倒そう。こいつらは生きてるだけで害になる存在。生かしておく意味はない」
「随分ト酷イジャナイカ桃月、ボクタチダッテ生キテイルンダゾ?オ前ノ同類ダ、違ウカ?」
「同じにするな、下衆。お前たちと同類など冗談でも虫唾が走る。いい加減自身の悪性に気付くべき」
「ヤレヤレ、コレダカラ人類ハ……シカシ、クク、我ラハ不死ダゾ?アレダケノ爆発デ死ナナカッタノダ、ドウヤッテ殺ス?モウ一度アノ爆発ヲ起コシテミルカ?ンン?」
初めて見た、こんなにも何かを恨んで敵意をむき出しにする桃月を初めて見た。まともで長い会話をしている姿を初めて見た。ここまで鋭い気配を出せるのか、人間に。
やはり格が違う。桃月は強さの次元が違う。サファイア単体に加えて、サファイアの操る桃月の二人の実力を持ってして最大基地外戦力と判定されたが、仮に桃月が最初から自我を所有していれば二つ名さえ得られただろう。
だから、聞きたい。桃月と彼らの間に何があったのか、どうしてそこまでの強さを得ることができたのか。
「ねえ、桃月。少しいいかしら?」
「なに、サファイア」
隷属星たちと話している時の険悪さや鋭さはどこかに消えて、サファイアと話す桃月は慈愛の化身のようだった。
「あなたとこの蜘蛛たちに、何があったんですの?」
「……そろそろ、話すべき。あの時も何も言わないでごめんね、今度こそ話す。いいよね、隷属星?」
「好キニスルガイイ、ソノグライノ猶予ハヤロウ。過去ヲ知ッテオイタ方ガ、殺意モ湧キヤスイトイウモノダ」
クックッと笑う隷属星を無視して、桃月がサファイアに向き直る。その目は悲しみと、憤怒に満ちていた。
「多分、どこにでもあるような悲劇。だけど私は許せないしまだ許せていない。だってあなたたちは“殺したから”」
「ソンナ殺気ヲ向ケルナ……時間ハイクラデモヤルサ、ドンナ戦イニナッテモドウセ結果ハ同ジナンダカラ」
隷属星の耳障りな声と共に、桃月は語り始めた。
――――――
真なる神である五柱を除き、最も早く偽りの神……神器として存在したのはゼロである、とされている。神の欠片を所有していたイヴの隣にいつもいたのだから当然のことだ。
しかし研究棟内部の神器化にそこまでの差はないとされている。イヴたちが使用していた寝室など部屋ごと神器化していたのだ。では研究棟の外で最も早く神器化したものはなんなのか。明確にわかっている訳ではないが、それはなんらかの概念系神器とされている。そこらの小石であっても神器化はするが、どこにでもある概念が最も神器化しやすいのだ。
大気、熱、明度……契約。研究において契約をする場面などほぼ存在しないが、自然界においてはそれに酷似した現象が発生することが多々ある。暇さえあれば部屋の外に出ていたイヴたちの神の欠片がそれに触れたのだ。
研究棟の外の神器に触れるのは研究棟の外の人間。それは当然のことだ。
桃月は元々世界中を旅するビデオグラファーだった。口下手だが人との会話と交流が好きで、映像を世の中に発信することで画面の向こう側の人間と交流することを生業としていたのだ。食べ物は訪れた先で採ったりの現地調達をしており、金を目的とはしていなかった。
その日はたまたま、以前訪れて気に入っていた旧アメリカ大陸の外れの地、セイナーたちの研究棟近くに家族と共に訪れていた。もう年老いていた両親への恩返しのつもりで、少しづつ貯まっていた金をここで使ったのだ。
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