Episode 18 Man left behind, man taken【1】
「あ……姫、姫えええ!うわあああああ、あああああ!!!!!!!!!!!」
荒野に響き渡る愛蘭の絶叫のような慟哭。彼女たちの展開した防御陣から見える紅蓮の宝玉と槍の神器の刃はそのあまりの熱量に耐えきれず少しづつ崩壊を始めており、パラパラと儚い音を立てて大気の中に混じっていく。
耐えきれなくなって飛び出し、愛蘭がその灰をかき集める。無意味だとしても、無駄だとしても。
「愛蘭さん、まだ危険……」
「だめだ、壱馬……今は、今はだめだ」
あれだけの威力だ。完全殲滅できたとは思うが、万が一ということもある。すぐに防御陣の内側に引き戻そうとするかが、春馬に手を掴まれて止められた。
……まあ、理論人間の僕には理解できないこともあるか。
春馬や愛蘭の必死な顔を見てわからないなりに何かを察した壱馬が哀れみの視線と共に、必死にもがく愛蘭を見つめる。冷えた視線も、今は気取られないようだ。
愚かだと思う。まだ危険も残っているのに、そんな行為ができるなんて。愛蘭はこっち側の人間だと思っていたが、春馬たちと同じ感情に生きる人間だったようだ。
ああ、肉の焼ける音がする。莫大な熱量を持つ崩壊中の宝珠の神器を抱きしめているせいでスーツを貫通した熱が愛蘭の肉を焼いている。痛くないのだろうか、苦しくないのだろうか。それが遺華春の残滓だからというだけで耐えられるものなのだろうか。わからなくもない、僕も春馬が“そう”なればその程度のことはするかもしれない。けれど、だめだな。やはりまだわからない。
「姫……姫ぇ……こんな、あああ……く、うあああ……」
やけに胸が痛む。誰かが泣いている光景なんて、いくらでも見てきただろうに。何が違うんだ、アレと。
あの朝焼けの慟哭と、何が。
「あ、だめ、だめだ、まだ……消え、あ……」
愛蘭の腕の中に、灰だけが残った。抱きしめたところで、いくら嘆いたところで、その事実は不変のものだ。
無言で頷き合い、エスティオンの人間が愛蘭の周囲を取り囲む。随分と威圧的な行動だが、必死に声をかけているところを見るに精神的ケアか。……データでしか知らない身でなんだが、その程度でこの傷は癒えないだろうに。
あの傷を癒せる人間は……
「君しかいないだろうね、愛蘭受」
視線を変えないまま、戦場を見下ろせる高台の上にいるソレに向けて声を発する。か細く小さな声だったが、彼女ならば聞こえているだろう。
ぱらり、と小石が落ちてきた。……移動したか。ここで行動に移すかと思ったが、彼女も色んな人間との接触によって感情に近い何かが芽生えている……何か思うところがあるのだろうか。ああ、また感情を理解できないタイプの人間が減っていく。僕が取り残されてるみたいじゃないか。
視線の先の愛蘭霞は、もう声すら出していない。声が枯れたのか、声が出ないほどにショックなのか。周りの声も聞こえていないだろうに、何がしたいんだか。
「……?」
おかしい、何故僕はこんなにも攻撃的になっている?普段の僕を思い出せ、皮肉ることはあってもここまで攻撃的だったことはないだろうに。何が気に食わない?
……愛蘭霞も、わかっていたはずだ。あの時許さないと言ったのはあなたじゃないか。なのにこんなにショックを受けているのは何故だ?何故そんなことができるんだ。
「……わからない、わからない。ああ、不快だ。なんで僕がこんなことで悩まなくちゃいけないんだ」
本当にわからない、本当に不愉快だ。
愛蘭霞、僕はあなたがわからない。あなたのせいで向き合ってしまった僕を、僕が理解できない。
不快で、不愉快だ。次の戦場に行くべきなのに。エスティオンの人間と、戦力と共に向かうべきなのに。
不快すぎて、動けないじゃないか。
――――――
べちゃりべちゃりと、不快な音がする。『融滅』が事前に地下に掘っていた穴の中を進む第二形態のEvil angelの足音だ。無限の再生能力を持っているEvil angelでも神の杖の熱量とエネルギーを完全に癒すのは不可能だった。
最適な判断だったと判定が出ている。あの時神の杖の発動停止よりも、この個体を逃がすことを優先したのは。主な理由は二つあるが、“鍵”と……コレだ。この二つだけは何があっても守らねばならないと刻み込まれている。
Evil angelが胸の中に手を突っ込み、躍動する紫色の肉の塊を取り出しその損傷具合と無事機能しているかを確認した。それは地平最悪の研究者である『融滅』の最初の弟子、ルルクの作り出した遺品、悪魔の心臓。
計百個の神器を死肉の中に閉じ込めて運用しているのも、無限の再生能力を与えているのもこの心臓だ。これを失ってはEvil angelという存在そのものが崩壊してしまう。
あの熱であの場にいた四十九個の神器は溶けてなくなってしまったが、これさえあればEvil angelはまた再生する。
必死に地下を歩き回り、その個体は『融滅』を探した。いつまでたっても再生が追いつかず悪化する一方のダメージは感覚系のシステムにも損傷を与え続け、やがて『融滅』の座標を認識するための熱源探査システムも破棄された。もはや悪魔の心臓の力でかろうじて形を保っているだけの個体は残されたデータから更に『融滅』を探し求めたが、ついに動作系のシステムすら機能しなくなった。
その場に倒れ伏し肉体が崩壊する。悪魔の心臓は誰もいない地下で蠢き続け、残されたEvil angelの半身を生かし続ける……かに思われたが、『融滅』本体がそうはさせない。『融滅』が大事にしているのはEvil angel……ではない。彼女が真に大事にしているのはEvil angelの中にある悪魔の心臓だ。これさえ無事なら他の死肉と百の神器を失っても惜しくはない。故に、『融滅』は悪魔の心臓だけはどこにあっても感じ取れるようになっている。
「とっ……とォ!本当にさあ!こンな近くまで来ラれたら拾わなイ訳にはいかナうわあっとトと!」
「探し物は見つかったか『融滅』!いい加減に……滅びろ!」
ゼロと『融滅』、それに加えて彼女の軍勢の頂点に立つ存在である『楽爆』の死体と絶対星から逃亡した蛇の形状を保っているEvil angelが壮絶な戦闘を繰り広げる戦場、その真下に悪魔の心臓は移動していた。
全力ではないがある程度力を解放したゼロはもはや一種の破壊兵器、地面とか余裕でぶっ壊してくる。そんなやつと戦ってるのに地下に悪魔の心臓を放置はできない!
「自己判断許可シたのがアダにな……っとトお!」
「ちょこまかと……うざったらしい!」
有象無象では話にならないゼロとの戦闘において、三対一という状況でも大したアドバンテージにはなっていない。五十の神器を内包したEvil angelがいるのに、だ。
所詮ゼロにとっては、Evil angelも『楽爆』も『融滅』でさえ有象無象に過ぎないということか。天道め、何が『楽爆』を殺した存在はゼロに並ぶかもしれない、だ。手も足も出ないどころの話じゃないじゃないか。
しかし、それでも『融滅』は悪魔のような満面の笑みを浮かべていた。確かにこの状況、ジリ貧以外の何ものでもない。それどころかゼロが全力を出せば一秒で全員滅ぼされるだろう。しかしもうこちらの勝利は確定した。
(あの個体、プログラムにバグがあったかなあ……後で調整しとかなきゃだが、たまにはバグもいいもんだ!)
百種神器混合型超広範囲殲滅制圧用兵器Evil angel。それは名の通り百種の神器を内包した、『融滅』の手足の如く動く死肉の塊。そして彼女が死して尚追い求めるルルクの残した悪魔の心臓の肉体にして、何よりも守らねばならぬもの。
そしてその第二形態に位置する対人戦闘加工形神器運用複数単独兵器生命体Evil angel。それは巨大な蛇の形をした第一形態のEvil angelが人間体として五十に分割され、その身一つ一つに神器を内包する複数単独半生命体。では悪魔の心臓を内包していた個体はなんの神器を保有していたのか?
鍵の神器、と言う。『融滅』はEvil angelを構成するにあたり種類も傾向も何も選ばず百種の神器を蒐集した。これはその中でもかなり特殊な位置付けの神器であり、他神器に干渉する能力を持った超小型の神器である。
Evil angelと『楽爆』にゼロの対処を任せ、生まれる時間は……一秒か。
「何を企んでいる、『融滅』!随分と呑気な」
「君の相手はそッち!口より手動カして!」
勝ち確の状況になるとすぐに調子に乗るのは『融滅』の悪い癖だ。案の定ゼロをブチ切れさせ猶予が短くなった。
慌てて崩れた死肉の中から鍵の神器を取り出す。南京錠の形状をした小指の先程度の大きさで、気を配らないとすぐにでもなくしてしまいそうだ。
死肉と共に握りしめ、能力を発動。すると南京錠は溶けるようにして『融滅』の手のひらから消え、代わりに差し込むためのキーが握られていた。即座に、宙空で捻る。
「開け、Evil angel!決着を付けヨう!」
それは『楽爆』の全身が貫かれるのとまったく同じタイミングだった。『融滅』の声に反応し、Evil angelの肉体が大きく躍動する。光と共に、輝く心臓が表出した。
これだ、これこそが切り札。ゼロなどというこの地平のあらゆる戦力を掻き集めてようやく同等の怪物を相手にたった三体で挑み幾度となく滅びかけたが、これ一つでその過程全てを上回る戦果を上げることができる。
妖姫星たちとの戦闘で、Evil angelは妖姫星の鎌状の前腕を破壊した。妖姫星の両腕は魔神器であり、それを破壊できるのは五柱のみ。そう、Evil angelの保有する五柱は命核神器。『融滅』の知る限り最も安全な場所だ。
命核神器は対神器用神器、アンチ神器の神器だ。能力発動時、範囲内の全ての神器の能力を停止させる。その能力は神器使いにとっては天敵とも言えるものであり、通常戦闘においても絶対的なアドバンテージを生み出すことができる。
この神器を使えば、『融滅』はどのような戦闘においても秒で決着を付けることができた。楽ができた。では何故基本的には効率主義である彼女がそうしなかったのか?
それは全て、この時のためだ。
ゼロは、命核神器の能力を知らぬ。五柱の中にそのような名の神器があることしか知らぬ。知る手段がない故だ。染黒はその過去から全てを知る。『融滅』は目視不可能な大きさの屍機を使い地平全土の情報を得る。越冬壱馬は戦蓄神器に蓄えられた知識を応用し全てを予測し成立させる。
だがゼロにそのような手段は存在しない。ゼロはただただ最強であって、情報という点において遅れを取ったのだ。
イヴとの会話、一方的に彼女の声を聞くだけの会話において彼女は五柱のことを話したことはなかった。単純にその必要がないからだ。だからこそ、知ろうともしなかった。ゼロは無意識下において、イヴに全権を依存している。
今もゼロは、何らかの特殊な神器を発動する程度にしか思っていないだろう。だから発動する前に奪取しリスクを0に抑えようとでも考えているのだろう。
さあ、終わりの時だ。Evil angelの肉体と表出した命核神器はまだ接続されており、能力発動にコンマ一秒すら必要としない。ゼロは接近する。離れるべきだというのに。
命核神器、発動。
「が、あぁっは!?これ、は……!おあ……!」
「少し、講釈垂れてあゲようか。イッヒヒ」
突然全身を痙攣させて倒れ伏し、喋ることすらままならないゼロに余裕綽々といった様子で『融滅』が近寄る。悪魔の如き笑みは深さを増し、より不快感を煽る。
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