Episode 17 comet【3】(※挿絵有)
螺鈿です。
挿絵を描いていただきました!掲載許可もいただいております!挿絵と一緒に本編をお楽しみください!
「ケルレック様、これを……」
「んー?んっおー!はは、女ァ、お前二つ名か!」
男の一人がケルレックに資料らしき紙を手渡すと、急に笑い出して殺気が増した。
「エスティオン公認五人目の二つ名『継師』!知らなかったぜえ、先に言ってくれよお!わかるぜ、お前にゃ殴る蹴るしかねえ!一斉攻撃に弱いと見た!こいつらァ強えぜ……お前に勝ち目はねえ!ヒャハハハハ!今日から俺も二つ名殺しだ!」
テンションが高揚しているらしく、大笑いし始めるケルレックを静かに見つめる。こちらの弱点を見抜かれたか。命を弄ぶ外道だが、それは強さや弱さとは結び付かない。さあ本格的にどうするべきか……このまま死ぬ訳にはいかないのだが。なんとかして愛蘭霞を殺すまでは……
ケルレックが右手を振り上げると同時に『縮地』で踏み込もうとする。が、他の男が盾のように立っていて邪魔だ。
さっき臓腑を抉り取った時、頭蓋を砕いた時、この男たちは悲しげな顔をした。ならば殺せない。
殺せるのはケルレックだけ。
「殺せェ!」
男たちの突進、そして攻撃。……終わりか。
「卑怯とは思わない……のだあ!」
しかしその刹那、可愛らしい女の子の声が聞こえると同時に、理屈はわからないがケルレック含む男たちの立っている地面が蠢き、彼らを拘束した。
敵の敵が味方とは限らない、また新たな敵なのだとしたらすぐ迎撃しなくてはならない。顔だけで振り返り声のした方向を確認すると、そこには血塗れのあの幼女がいた。
「大勢で、二つ名とは、いえ……あふ、か、卑怯なのだ!」
「な、遺華春ゥ!?馬鹿な、お前らが二つ名の味方をするだとお!?有り得ん、どんな心境の変化だ!」
「もう、私はエスティオンの人間じゃない!越冬壱馬に頼った、あの時、私は、それを名乗る資格を失った!今の私はただ母さんを救いたいだけの……一人の神器使い!」
この幼女が、助けてくれたのか。
わからない、何故そんなことをする?まだ一度も会ったことはないのに、触れたことさえないのに。
「……疑問なのだ?『継師』。あと数秒も能力を使えない、こんなボロボロの私がなんでお前を助けたのか」
その幼女は、もう機能していない目で優しくカンレスを見つめている。目なんて見えないのに、どこか優しくて。それはまるで、あの時の彼のようで。
「私にも……わからないのだ。けど、お前から……母さんと同じような気配がしたのだ。とっても、暖かい気配が。戦っている、今にも死んでしまいそうな気配が」
……それは。それは、一体
「遺華春!槍の神器を剥奪しました、出番ですよ!」
だが、答えを得る前に下方から誰かの声がした。遺華春を呼んでいる。この死にかけている小さな命を呼んでいる。
「……呼ばれちゃったのだ。こいつらはそう簡単には動けないようにしてある、煮るなり焼くなり好きにするのだ。私は最後に、私の意思でこの戦場に立つのだ」
それは、どんな選択なのだろう。自分から死にに行くなんて、私では想像もできない愚行だ。この幼女は愚かだ。
だが、何故だろう。そう思いきれない自分がいる。この選択は決してただ愚かなだけではなく、本能のまま生に執着することと同じか、それ以上に美しいような。生命として有り得てはならない行動、だがそれ故の……
「わ、わ、なにするのだ!」
幼女を脇に抱えて立ち、槍を高々と掲げている少年に狙いを定め脚に力を込める。一瞬、全脚力を用いた一瞬の移動。
遺華は、気付けば壱馬の真横に立っていた。カンレスの姿はもうなく、霞のように消えていた。
……できることなんて、何もない。力しかない私が、この美しい幼女のためにできることなんて。ただ、もう燃え尽きる命の灯火を揺らめかせながらあの場に立つ健気さを、その頑張りを見届けたい。言葉を投げかけられたのはこれが初めてだ。触れたのはこれが初めてだ。愛蘭霞の横にいたあなたが、助けてくれたあなたが。これだけ施してくれたのだ。
あの女に似ているから助けてくれたあなたに教えられた、まだ名前のわからないこの感情の恩返し。取るに足らないことだけれど、足にぐらいなろう。
「……」
その最後を見届けよう。
――――――
「遺華春、これを。後は任せましたよ」
「うむ……全員を一箇所に集めて防御しているのだ。この距離だとまず間違いなくお前たちも巻き込んでしまう」
静かに頷いた壱馬がその場に生き残っている全員を後退させ、愛蘭と共に防御体勢に入った。もう見えないけれど、ちゃんとしてくれているようだ。
壱馬から手渡された槍の神器を握りしめる。Evil angelたちは様々な手段を用いて拘束されているが時間はない。遠距離攻撃可能な神器を使われれば何も出来ずにこの命は終わってしまうだろうことは目に見えている。だがそうしないのはそれが可能な個体がいないのか、何かを感じ取っているからなのか。どちらにせよ、ありがたいことだ。
「……さあ!最後はド派手に行かせてもらうのだ!」
一秒にも満たない時間の宝珠の神器の能力解放。遺華の手に握られていた槍は重力に逆らいながらゆっくりと空に落ちていき、段々と速度を増すそれはやがて見えなくなった。
遺華がやろうとしている超広範囲殲滅の名は、『神の杖』と呼ばれる。旧世界で軍事利用されようとしていたがそのあまりの威力に兵器そのものが耐えられず断念したという、一種の再現不可能兵器だ。だが、遺華ならばできる。
それは宇宙空間から金属の棒を地球に射出し、その際加わる様々なエネルギーを対象にぶつけるというシステムそのものは実にシンプルな兵器。だが旧世界にはそのエネルギーに耐えられる金属がなく、断念されたのだ。
しかしこの崩壊した世界には神器がある。異常なまでの耐久性を誇る神器ならば、そのエネルギーにも耐えられるはずだ。
宝珠の神器による物理法則の書き換えにより地上から宇宙空間まで槍を飛ばした後、地球の引力に従わせて落とす。調整は困難を極めるが、事前から数式を考え、落下時に物理法則を変更して宝珠の神器に着弾させること自体は……容易だ。
声は聞こえない。いいや、音も聞こえない。最後の最後で耳も持っていかれてしまったのかな。
短い人生だった、酷いことばかりだった、酷いことばかりした、でも最後の数年だけは後悔に塗れながらでも幸せだったような気がする。
愛蘭霞、母のような存在。大事で暖かい、殺してしまった母さんの……代わり。ごめんなさい、霞。私は結局最後まであなたを母さんとしてしか見ることができない。私に必要なのは、私が求めているのは母親だったみたい。
右腕が砂細工のようにひび割れて落ちた。これが越冬壱馬の言っていた刻印、その代償。痛みがないのは助かるな。
空に、紅い軌跡が見えたような気がした。見えない目……瞼の向こう側に、鮮烈な紅色が眩しい。網膜は生きているのか。大気圏を突破したことで槍の神器の周囲が燃えているのか……良かった、地上にはちゃんと辿り着いてくれそう。
まだ防御は続けてね、越冬壱馬と、母さん。直撃じゃないにしても凄まじい威力だろうから。
……なーんて、最後の最後でいい人ぶっても意味ないか。だって私、自己中の極みだもんな。いい人なら、霞のことをちゃんと霞として見てあげるもの。幻想なんて、見続けることはしないもの。私はとんでもない悪人だな。
「……?」
不思議と暖かい。死ぬからかな。死ぬのは怖いけど……ああそうじゃん、そうだった。私、こんな風に喋るんだ。霞に言われた喋り方もいいけど、最期はこれがいいや。だって死んだら、本当の母さんに会えるもんね。
それにしても、この暖かさはなんだろう。誰かに包み込まれてるみたいな……懐かしいな……母さんの、胸の中。
頑張ったね、とか言ってくれてるのかな。嫌だなあ、お前は酷い子だー!みたいなの言われてたら。
……あの時から、全部始まったんだよね。今は鈍色で、汚い色をしているこの宝珠の神器は、あの時は綺麗だったな。だから母さんにあげようとして……全部壊れちゃった。
私がもらったんだよね。母さんは綺麗なものを何一つ付けずに死んじゃったのに。不公平なのは、嫌だな。
ああでも、はっきりとは見えないけれど、この最後の時は。紅蓮の星が落ちてくる、この時は。お空の天国からも見えるような、この紅蓮の星が母さんを着飾るよ。
「……見て、」
口をついてでる言葉、涙は流さない。母さん、見ていてくれるよね。私、最後まで沢山頑張ったよ。母さんを殺して、苦しんで、他人を苦しめながら救われて。最低なこともたくさんしたけれど、私にできるだけ頑張ったよ。
ついでみたいで悪いけど、母さんへの贈り物だってある。母さんは一度も口に出さなかったけれど、母さんだって女の人だもん。綺麗なもので着飾りたかったよね。
私はきっと地獄に落ちるけれど、母さんは天国でこの宝石を……星を、身に纏って、ドレスみたいにして、笑っていてね。地獄が光でいっぱいに満たされるぐらい眩しく笑っていてね。私は、この宝珠だけで十分だから。
「彗星」
落ちた。
神の杖は確かに成功した。その場にいた五十体にもなる数のEvil angelは、一体を除いてその全てが塵になった。恐らく現在のこの地上で最大のエネルギーが着弾地点を中心に渦巻き、防御していない全てを塵に還し、防御している者たちもまた凄まじい衝撃に意識を失うか重大な怪我を負った。
戦争開始時Evil angelにより紅蓮に染まった大地。未だに消えぬ炎が這っていた大地。その炎は、今消えた。着弾と同時に巻き起こった暴風が炎を大地から引き剥がした。
種火ほどに小さくなった炎が大地に降り注ぐ。炎の雨が、大地を濡らす。
柄が燃え尽き、刃だけとなった槍が大地に突き刺さっている。紅く輝くそれは、確かに美しい星のようで、宝石のようだ。その傍らに紅く輝く、小さな宝珠も。
『欺瞞者』遺華春、脱落。
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戦争は加速する。彗星と共に少女の命は還った。
命の終わりまで母を求めた少女は、最後に何を見たのか。幸せなかつての光景か、後悔に染まる道筋か。
ようやく終わりを迎えた短く長すぎた旅路の果てに、彼女は塵も残さず消え果てて終わった。あまりにも、彼女が背負うには重すぎた荷もようやく降りた。
次回、『Man left behind, man taken』
彼は残され、彼は奪った。
ご拝読いただきありがとうございました。
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