Episode 17 comet【2】
その少女もまた、死を与えるために。
黒の兵団である養由基と安倍晴明、ミノタウロスを撃破したカンレスは戦場から漂う愛蘭の気配を察知してEvil angelの群がる戦場を見下ろせる場所へ移動していた。
ああ、殺したい……殺してしまわなければいけない。愛蘭霞と呼ばれるあの女を……私を殺そうとしたあの女を。
しかし、やはりここでもあの幼女が邪魔をする。彼に教えられた心、感情はまだよくわからないけれど、愛蘭霞を殺してしまえば幼女がどう思いどんな反応をするかはわかる。きっと涙を流して悲しむのだろう。それは、駄目なことだ。
笑っているべきなのだろう。彼もそう言った。今まで殺してきた人間でも不敵に笑う者は、笑わない者よりも殺しやすかった。そういうことなのだろう。
ならばあの幼女を先に殺してしまおうか。ああいや、それだと愛蘭霞が悲しんでしまう。笑わなくなる。
……どうすべきなのだろう。わからない、こんな時心が、感情がある者はどう考えて行動するのだろう。
「不審人物発見!殺害許可を……承諾!殺せえ!」
背後から殺気の籠った男たちの怒号。誰だかわからないが全員かなり強い気配のする神器を装備している。間違いない、私を殺そうとしている。いい、それはいい判断だ。私には私が死んでも悲しむ者は、笑わなくなる者はいない。殺すならばそういう人間にするべきだ。彼らは、賢い。
……これからどんな行動をするべきなのかはわからないがこんなやつらに構っている暇はない。別に賢いからといって構ってやらなければならない決まりもないのだ。さっさと殺してあの女たちの監視に戻らなくては……
「どけお前ら……女、俺が相手だ」
「ッは!油断なさらず、隊長!」
「バカ、お前らも戦るんだよ……決まってんだろ」
「あ、申し訳ございません!各員戦闘態勢続行!」
ヒリつく気配。有り得ない、体を鍛えてこのかた、この気配を感じたのは紅蓮の化け物と彼だけだ。彼らに並ぶ強者がこの戦場にいる?否、厳密にはこの場所にいる?
特大の気配が三つ、しかしそれらはここから離れた場所にある。腐った肉の塊も姿かたちは変わったが眼前にいる。こんな気配、今までどこにいた?
「女、知らねえだろうがな……この世には強えやつがゴロゴロいるんだよ……例えば俺みたいなのがよお」
その言葉には、聞き覚えがある。
かつて彼が言っていた、この世には強いやつが沢山いる。だから彼は私に技を教え、体を鍛えることの重要性を説いたのだ。その最たる例が今、目の前にいるというのか。
「俺はアスモデウス幹部補佐、ケルレック……くく、非常時には前線に立ち、敵の殲滅数ならあの上城正義よりも上のレベル4神器使いよ……ま、俺一人の戦果じゃあないんだがな。お前も何か言ったらどうだ?」
そうか、そうか。上城正義がなんなのか、レベル4神器がなんだか知らないがとにかく強いんだな。それはわかっている、気配でわかる。お前はとても強いやつだ。
ゆっくりと振り返り、敵の姿を視界に捉える。だが、すぐに後悔することとなった。同時に、煮えたぎるような得体の知れない感情が湧き上がってきた。こんなことは初めてだ、感情が成長してきている兆しだろうか。
その男は、醜かった。念入りに髪を切っている厳ついスキンヘッド、ジャラジャラと鎖を全身に巻いて所々破れている衣服を身に纏う。下卑た笑みがこちらを見据え、舌を出しながら威嚇してくる様はまるで獣のよう。そしてなにより、その手に持つモノがカンレスの琴線に触れた。
手だ。切断面はぐちゃぐちゃで、恐らく切れ味の悪い刃物で時間をかけて切り取られたのだろう。どれもこれも勇敢な戦士の手、幾度も戦場を渡り歩いた戦士の手。それをこいつはこんなにも無惨な形にして手に持っている。その生き様と渡り歩いた戦場を侮辱するように持っている。
「ヒヒヒ、神器は一人に一個……ならよお、死体に握らせりゃあいくらでも使えるよなあ!ヒャハハハハ!目線でわかるぜえ、お前わかってるなあ!そうさ、人の肉ってなあ面白いもんでよお……苦しめると、固まって動かねえんだよ!」
指と指で戦士の手を挟み、その手には神器が握られている。そう、ケルレックは単体ではカンレスに及ぶべくもないが、ゼロとは仕組みの違う神器の複数装備により強者として在ることができている。カンレスは戦士の手に握られたそれの正体を知らぬ、ただ他より強いだけの武器としか知らぬ。そして何より、今はそんなことが心底どうでもいい。視界に入らない、入れる必要がない。
「いやあ、俺もできるとは思ってなかった!だがやってみりゃあ出来たんだよなあ!死体に神器をブン回させて俺が能力発動の合図したら発動すんだよ!案外緩いんだな、神器はよお。死体でも、適性がありゃ使ってやれるってよ!」
人は……否、あらゆる命は死ねばただの肉の塊だ。私に感情を教えてくれたあの人は私にない輝かしい何かを持っていたが、それでも死ねば肉の塊だ。彼も、そこらで死を待つ老人もそれは変わらない。
死後その遺体をどうするかは知ったことではない。利用するもよし、食うもよし。それは殺した者の特権であり、命に刻まれた理の一つ。不変であり永久だ。
だが死を与える時、苦しめてはいけない。命は苦しむために生まれる訳じゃない。ならばその終わりの時もそうであるはずなのだ。だから私は、命を刈り取る時は一撃で刈り取ることを信条としている。決して時間はかけない、決して苦しめることはない。気付かぬ間にその命を終わらせる。
だがこいつは、弄んだ。死後利用するべきものを、生きているうちから利用した。許せぬ。それは理に反する。
「……」
吐き出せ、言葉を。
「…………」
いつもあの女に抱いた思いを。
「………………」
忘れることのない、たった一つのあの激情を!
「……ころす」
『縮地』を発動して接近、一つ、右手の親指と人差し指で挟まれている手を奪い砕いた。男……ケルレックもそこで反応し、部下らしき男たちを盾にしながら後退する。ああ、正しい判断。肉の盾は硬質な材料で作られたものより砕きにくい。
「ヒャハ……この神器たちはあくまで俺の神器じゃねえ、身体能力は変わらねえがよお!俺の能力は知らねえだろう!?」
そう言うや否や、ケルレックが異常に長い舌を露出させ、埋め込んでいたピアスの神器の能力を発動した。その能力は“自身を除く一定以上の生命強度を持つ者の強化”。対象の指定も当然可能で、今この場にいるアスモデウスの人間とケルレックが死体を介して使う神器は条件を満たしている。
そう、ケルレックが戦場での敵殲滅数が幹部を上回る理由は『融滅』と似ている。『融滅』は死の軍勢を己で生み出せるのに対し、ケルレックはまず自軍に強者もしくは強い力を内包した何かがいるのが前提となるという弱点はあるが、それを除けば『融滅』すら上回る可能性がある。
ケルレックの神器、ピアスの神器。その強化倍率は正直に言って頭がおかしく、最大出力で能力を発動した場合は強化されたアスモデウスの戦士一人一人が幹部補佐並みの力を得ることとなる。また対象を神器にまで絞った場合、その強さは例外なくレベル4神器と同等となる。
つまりカンレスはレベル4神器を装備した戦闘特化組織であるアスモデウスの幹部補佐二十名及びレベル4神器を合計七つ装備した幹部補佐と戦闘し勝利しなくてはならない。
ゼロならば秒で終わる。染黒ならばじわじわと嬲り殺し尽くすことができる。『融滅』ならば拮抗する死の軍勢を操り大規模戦争を繰り広げ勝利できる。だが。
カンレスではそうはいかない。彼女の戦闘スタイルは対単体に特化しており、弱者であれば話は別だが強者を相手する時一対多には適していない。するにしても限度は五体までであり、二十一体を相手にするのはほぼ不可能に近い。
「さあ始めようぜ女ァ!どっちが勝つか、勝」
まず、二体。
近くにいた人間の内臓を抉り出して殺し、頭蓋を握り砕いて殺した。先手必勝、数を減らさなくてはならない。
だが易々とそうさせる弱者ではない。
「展開速ぇえと思わねえのかクソアマァ!」
十五個の神器の能力の同時展開、今にも爆発しそうな力の奔流がカンレス目掛けて放たれた。触れられるものは殴り蹴り弾き、それが不可能なものは躱す。だが全てそうする訳にはいかず、数発被弾した。そしてそこに追い討ちをかけ、あわよくばトドメを刺すために追加で四つ分発動。体勢が崩れていたこともあり、その全てが急所に直撃した。
血が溢れる。そして何より、再生できない。
それはある程度経験を積んだ戦士にとっては常識ともいえる戦法の裏返し。人間の体のありとあらゆる場所を巡る血管は、肉体を貫くような攻撃を受けた際ほぼ100%断たれることとなる。そして肉体を貫いた武器を即座に引き抜くことで攻撃によるダメージに出血をプラスするのだ。
だがケルレックは優秀な戦士。十五の神器のうち肉体を傷付けた攻撃の傷が即座に回復したのを見逃してはいなかった。想定外すら想定内として、彼は一瞬の間も置かず判断した。
『こいつは再生にも近い回復能力を持っている』
故に、引き抜かぬ。再生殺しと拘束の二つの意味を兼ねてカンレスに突き刺さった神器を抜かないよう指示する。
「ヒャッハ……この数相手じゃ勝ち目はねえよなあ!終わりだぜクソアマ……部下二人とあの世で仲良く……っとぉ!」
だがそこで殺されるカンレスではない。神器に貫かれ拘束されているのなら神器ごと動かしてしまえばいい。元より神器に頼らず身一つで戦ってきたのだ、男が相手とはいえ膂力で負けることなど有り得ない。
神器を持つ男ごと振り回し、遠心力で四名殺害。更に周囲に群がっていた残りの敵を遠ざけることに成功した。
神器を引き抜いて投げ捨て、すぐに構える。広範囲に能力同時展開されては対応できない、一点集中でやられれば躱すことに全神経を注げばなんとか対応できる。
この男はどう判断してくるか……
ご拝読いただきありがとうございました。
ブックマーク、星五評価、いいね等よろしくお願い致します。まだまだ新米の身、ご意見等ございましたら遠慮なくお申し付けください。それでは。




