表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜to be screened〜
123/178

Episode 17 comet【1】

 見える。群体として蠢く敵の渦の中、仲間が、母が戦っている。己の身を削り、殲滅と勝利を手にするために。


 閃光が、闇が、飛び交っている。死が。


 助けなくては。母を。


 ――――――


 遺華の肉体はとうの昔に限界を迎えていた。酔裏の介入があったお陰でまだ原型を保ってはいるが、本来ならば肉体全体が液状化して死亡していてもなんらおかしくはない。


 現在の人型を第二形態と呼称するならば、第一形態である大型の蛇のような姿のEvil angelにまともな攻撃はほとんど通用しなかった。愛蘭の広範囲を切り刻む糸も、鬼路の範囲度外視の無数の斬撃も、維守の攻撃と防御を両立する城壁の如き能力も通用しない。厳密には通用しても再生されるのだ。『融滅』の生み出した最高傑作であるルルク、更にその彼の最高傑作である悪魔の心臓が膨大量の死肉と神器を取り込むことでようやく完成した半生物兵器はエスティオンの最高戦力集団ですら圧倒する。


 そんな中でソレにまともなダメージを与える手段は、彼らには二つしかなかった。遺華による物理法則の書き換えと支配。そして酔裏による現象召喚だ。だが酔裏が到着する頃には遺華はとっくに限界を迎え、前線から後退していた。


「……あなたの肉体を、軽く彫刻しました。あともって二秒だけが、あなたに与えられた能力使用可能時間です」


 遺華は後退しても勝利を、戦闘を諦めていない。あの蛇にまともなダメージを与えられるのが私ともう一人?そんな訳がない、この戦場に立つは一騎当千の戦士たち。探せばあと何人でもいるはずだ。


 もはや目も見えない遺華では正確な判断は不可能。人がいそうな場所の大地を流動体として己の元へ連れてくるのが精一杯だった。そうして遺華の前に現れた戦力は二人。皐月春馬と越冬壱馬。皐月春馬はあの巨体相手では力足らずではあるがないよりはマシとして、越冬壱馬は特級大罪者。まともに協力してくれるはずもなく、してくれたとしてそんな者の力を借りたくはないし借りる訳にはいかない。遺華の希望は潰えた……かのように思えたが。


 越冬壱馬は厳密にはエスティオンと敵対している訳ではない。彼は皐月春馬の味方であり、最大限彼の力になるには同じ組織に加入するより、敵対組織に属していた方がやりやすいからそうしているとのこと。よくわからんが、越冬壱馬は狡猾な男だ。彼なりの考えがあるのだろう。


 結局のところ、遺華が越冬壱馬を頼れない理由は彼が特級大罪者であるという事実があるから。越冬壱馬の認識の中の話だとはいえ、そうでないという事実もまた存在するのならば遺華は彼を頼ることができる。


 会話すら困難な上に、越冬壱馬の立場的な問題から中々提案を頷けない遺華と壱馬がここまで意思疎通できたのは奇跡に等しく、遺華が壱馬の状況と認識について理解できるほどに脳細胞が生きていたこともまた奇跡に等しい。そして今、もう一つの奇跡が遺華の身に刻まれた。


 壱馬の神器、戦蓄神器。その中に取り込まれている六十を越える神器の中に彫刻刀の神器がある。能力は対象の改造、または存在刻印の削り直しだ。


 神器とはそれそのものに概念的なものが与えられている場合が多い。その最たる例がウタマの腕輪の神器なのだが、彫刻刀の神器も中々どうしてそれに近しい特性を持つ。


 曰く、この世のありとあらゆるものには刻印が刻まれている。耐久限界、機能性、生命ならば寿命まで、存在が証明された瞬間に深く深く刻み込まれる。そしてそれは破壊又は死亡するまで変わることはなく、変質することはない。彫刻刀の神器は、この刻印を僅かではあるが削り直すことができる能力を持った神器である。これもまた一種のチートだ。


 それを用いて、限界であった遺華の肉体の耐久性を上昇させた。そして神器適性をほんの僅かではあるが良好にし、能力使用可能時間を引き伸ばした。その代わりに。


 絶対的な死が、数分後に待ち構えることになるのだが。


 神器適性は生まれ持ちだという点からも生命刻印に近しい概念となる。つまりこれら二つを繋ぎ合わせて共有することで、どちらかを削りどちらかを伸ばすという離れ業をやってのけることが可能となるのだ。


「……感謝するのだ、越冬壱馬。最後の戦場に、立てる」


「礼は結構、こちらも彫刻刀の神器の使い方の深奥に一歩近付けた……代金はいただいていますのでね」


 遺華春。あまりにも幼い彼女は、既に失い、しかしその幻想だけは目の前にある母のために最後の戦場に立つ。


「……お前たちに、頼みたいことがあるのだ」


 ――――――


「クソがっ……!キリがねえなあ!」


 人型になり数も増えたEvil angelに、エスティオン混合部隊は壊滅寸前だった。一体一体がレベル4神器使い、しかもどんな傷を負っても再生する無限ループ。知能はそこまで高くないのか、戦場での経験が圧倒的な最上第九席を中心になんとか戦線を保つことはできているが、それでもギリギリだ。いつ崩壊してもまったくおかしくはない。


「う、うわああああああ!」


 また一人、倒れた。こいつらは感覚を共有しているのかチームプレーが非常に上手く、気を抜くと秒で殺される。否、気を抜いていなくとも実力がない者は殺される。


「二人一組で相手しろ!絶対に一人で戦うんじゃねえ!」


「「「了解!」」」


 戦場全体を俯瞰できる糸の神器がなければとっくの昔に全滅だっただろう。こうして指示を出しながら己もEvil angelの相手をしなくてはいけない。愛蘭の脳は既にオーバーヒートしており、糸の神器によるドーピングでかろうじて持ちこたえているだけの人形にも近い状態だ。


 (フリシュ部隊が特に優秀だな……)


 フリシュ部隊は火力面での主戦力である皐月春馬がいないとはいえ経験では最上第九席並である天爛楽歩と息のあったチームプレーが売りのフリシュ、盲全、酔裏の三人もいる。安定性があり、これからもっと成長できるだろう。


 だが今はそれも無意味だ。この戦場に求められるのは成長性ではなく戦闘力。このままではフリシュ部隊もいずれ物量に押しつぶされるのは目に見えている。


「何か、何か変化はねえのか!?じゃなきゃ……ッ!」


 そう、この戦場にはとにかく変化がない。同じような敵を同じような手段で殺し、再生し、の繰り返し。何か変化がなくては、戦場も変わらぬままだ。


 思わず口をついて出た愛蘭の弱音、言葉を発することにほんの僅かに意識を割いたその瞬間に、やられた。人型となったEvil angelが、愛蘭の膝を槍の神器で貫いたのだ。


 油断した油断した油断した。どうする、体術メインのあたしの膝が動かないんじゃ戦力としてはカウントできないほどには弱くなる。糸の神器でサポートに回る必要があるが、こいつらがそう易々と下がらせてくれるとは思えない!それに後ろには姫がいる、どうするど


「お助け参上!心強い味方と共に!」


「形式上僕は彼らの敵なんだがね」


 だが、次の瞬間。


 愛蘭にトドメを刺そうとしたEvil angelの腹を殴って風穴を開けながら、皐月春馬と越冬壱馬が戦場に現れた。


 春馬が腹に突き刺さったままの右腕を振って他のEvil angelに風穴の開いたEvil angelをぶつける。べぢゃり、と気持ち悪い音を立てながら崩壊した二つの個体は、誤差ではあるが再生速度が遅くなったような気がした。


 また越冬壱馬もなんらかの爆撃系の能力を持つ神器の能力を発動し周囲のEvil angelを一掃、エスティオンの人間が集まって少しの間会話する時間が生まれた。


「お前ら……どこ行ってたんだよ特に春馬ァ!」


「いや〜ちょっとこいつに色々見せてもらって……んでまあなんやかんやって感じでしてえ……はぁい……」


「ああ、安心してくれたまえ。僕は春馬の味方だから、春馬がエスティオンの人間である限りエスティオンの味方だ。背後から襲ったりはしないからそんな警戒しないでね」


 飄々とした態度で両手を上げながら壱馬がそう言う。この場にいるのはほぼ全員が戦闘経験の多い猛者。敵意も出していなければ戦闘態勢にも入っていなかったのに気付かれるとは、特級大罪者の称号は伊達じゃないということか。


 ……信じていいものか。しかし、嘘をついているようには見えない。嘘の裏返しが真実とは限らないが、今は猫の手も借りたい状況。警戒しながら、信用するとしようか。


「助かるよ、春馬と……越冬壱馬。今はどんな戦力でも大歓迎だ。こいつらの殲滅、手伝ってくれるか」


「ああいえいえ、それには及びません」


「?」


 壱馬が戦蓄神器の触手を展開して、春馬と一緒にEvil angelの大群の前に立つ。目線で指示すると他の人間もその後ろに立ってそれぞれの神器を展開し始める。


「……こいつら全員を一撃で殺し尽くします。我々はそれに必要な神器、一定以上の長さのある神器を探せばいい」


「一定以上の長さのある神器?」


「そう……例えば槍の神器のような。こいつらのどれかが持っているはずです。それを剥奪する」


「それだけでこいつら全部ぶっ殺せるってのかよ?」


「触れるだけで可能、だそうですよ。最初からやっても良かったそうですが、着弾地点や仲間の安否等諸々の理由から最後の手段としてとっておいたそうです」


 へえ、そりゃすげえ、と愛蘭が呟くと同時に疑問符を浮かべ、凄まじい勢いで青ざめていく。小刻みに全身を震わせ、壱馬たちの後ろ姿を見つめる。


 言葉も出ない衝撃と悲しみ、その覚悟への憤怒の入り交じった泥水のような、瀑布のような感情の海。一番前に立つ二人は分かっていて了承したというのか。その結末がわかっていて止めなかったのか、協力すると決めたのか。


 だとしたら、だとするならば。


「……絶対、絶対許さねえからな。てめえら」


「ええ、覚悟の上です。好きなだけ恨んでください」


 背後から迫る悲壮な殺意に、弁解することはない。全て受け止めて受け入れてそうすることが彼らの義務だ。


 愛蘭霞の最愛の少女、遺華春。とうに限界を迎えている彼女を半ば無理やりに動かしている壱馬たちには許される資格はない。後ろから切り刻まれて殺されても何一つ文句は言えない、遺華の代わりにそうされる責任すらあるかもしれない。安らかに終わるはずの命を苦しめて終わらせるとはそういうことだ。


 愛蘭が一歩踏み出す。あの少女を、殺すために。

ご拝読いただきありがとうございました。

ブックマーク、星五評価、いいね等よろしくお願い致します。まだまだ新米の身、ご意見等ございましたら遠慮なくお申し付けください。それでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ