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Last reverse  作者: 螺鈿
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Episode 16 Mother and daughter and sister and sister【3】

 だが愛蘭はそれに耐えられない。遺華春という存在に妹を重ねることができても、彼女自身を無視することができなかった。その小さな体に重ねた幻想を愛しながら、遺華春という一人の少女も愛する精神的な高等技術。言うなれば正反対の性格を持つ多重人格者の両面を愛するようなもの。


 当然、幾度となく崩壊しそうになる。遺華春を愛しているのか、遺華春に重ねた妹という幻想を愛しているのか。否、両方だ。愛蘭霞という存在はその両方を愛し選んでいるのだという答えを出す。それを何度も繰り返した。


 何度も迷った、何度も躊躇った、何度も謝った。それを口や態度に出すことはなかった。一人で抱え続けて、一人で彷徨い続けた。それでも終わらせようという思考に至らないことが不思議だった。どうしようもない依存を実感した。


 仮に。


 死んだことになっている、どう考えても死んでいる妹が生きているならば。愛蘭霞という存在は二人を選ぶ。遺華春と愛蘭受を選び愛する。迷いなくそうできる。そんな苦難と混迷に満ちた道を一切の迷いなく選択できるのだ。


 だが遺華は違う。絶対に有り得ないことではあるが母が生きていたならば、彼女は母を選ぶ。愛蘭霞という一人の人間を捨てて母を選ぶ。それはとても冷酷なように聞こえるが、母の命を奪った幼い少女の選択はそうとも言いきれないだろう。彼女は強いのだ、その強さは冷酷さでもあるのだ。彼女は愛蘭ほどの弱さを……優しさを、持ち合わせていない。


 そんなにも器用じゃない、そんなにも、そんなにも。


 有り得ないことだ。絶対に起こり得ることはない。だがそんな有り得ないことが、彼女たちの依存を、関係を崩壊させる唯一の綻びとなり得る。絶対に、有り得ないことが。


 遺華の母が生きている、愛蘭の妹が生きている。そんな有り得ないことが。それが、それが。


 ――――――


 あの日、目に見えない何かに全身を切り裂かれた。血が噴き出て、内臓が掻き乱された。筋繊維がちぎれて白い皮下脂肪が露出し、骨が軋んで脳の処理容量が限界を越えた。


 “何故かいつも隣にいる”女に言われてから続けるようにしていた笑顔も、その時だけは途絶えてしまった。


 鮮血の海に足跡を刻みながら歩く。いつもならこんな傷を負った後は動くことなどできないのだが、刻まれてからはそうでなくなった。かろうじて皮一枚で繋がっていたような傷もすぐに繋がった。体の内側によくわからない何かが渦巻いているのがわかる……それのお陰で傷が治ったということもだ。


 あれは、なんだ。糸なのか。視認できない速度と細さを持ち広範囲を傷付けられる……選択肢としては糸しかないないように思える。あの女、突然狂ったか。


「受……受……受……!」


 あの女の声が聞こえる。私を呼ぶ時に口から発する音声記号を叫びながらよろよろ無様に歩いている。


 自分で全てを切り刻んでおきながら私を探しているのか。なんと矛盾した存在か……不思議な人間もいる。そんなことをするぐらいなら、最初からしなければいいのに。


 ああ、いや、さて、それはそれとして。


 あの女は、私を傷付けた。殺そうとした。私の命を奪おうとした……私を、この世界から抹消しようとした。


 生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。


 思考の根幹、薄く薄くもはや存在しないとも言える唯一の感情、それは原初からあらゆる生命体に刻印されている生存本能のみ。感情と対をなす本能、それを感情と呼ぶことしかできない希薄な自我。あいつはそれを踏みにじった。


 私には自尊感情がない。他人が私をどう思ってもいい、何をされてもいい。けれど覚悟してもらおう。私を冒涜するということは、“命を奪われてもしょうがない”。それが命のシステム、奪い奪われる命の法則。


 私は祈らない、懇願なんてしない。私は私が守る。私が信じられるのは私だけだ。私が死にたくないと思うのは。


 生きたい、死にたくない。どれだけ苦しくても辛くても、私は生きる。それしかない、そうすることしかできないただ一つの道。それを踏みにじったあいつは、法則に基づき。


 殺す。


 けれど今ではない。あの力……恐らく糸だが、あれがあいつにあるうちは殺そうとしても返り討ちに合うだけだ。あれの正体……いいや、あれを使われても耐えられる強靭な肉体を得る。そうして……次に会った時があいつの死だ。


 あの女はいつも私の隣にいた。色んな所に連れ出して、忌まわしいあの感覚……“鬱陶しい”を押し付け続けた。何か言っていたがどうでもよかった、とにかく邪魔だった。暇、と言っても良かった。“必要のない日々だった”。


 何もなかった。得られるものなんて何も。生きられればそれでいい私も、それ以外何もない日々は退屈だった。


 だから、あの時……耳障りに泣く赤子を見つけた時は、感情のないはずのこの胸が高鳴った。


 命とは価値あるもの。命以外のもので、この世に価値のあるものなどない。生命の始まりの形、力も意思も何もない無力で脆弱な命。それが赤子。


 弱い体だった。故に美しかった。これほどまでに弱い、弱い、弱い命。私もかつてはそうだった、弱すぎる命。


 でも、そうだな。


 死んだ時はなんとも思わなかったな。


 時は流れた。感情を知った。少しづつ強くなっていった。力を手に入れた。もう一度あの人と話したいと思うことも出来た。他人のために力を使おうと初めて思えた。


 無意味に命を奪う術を得た。私は、私に害をなした存在を葬ってきた。そうして生きてきた……だが、それは正しくなかった。この世に生きる全ての命は、他の全てを傷付けながら生きている。ならば私は、目に映る全ての命を殺す。最初からそうすることが、私のするべきことだった。


 私の人生はただ殺すためだけのものだ。あの時私を切り刻んだあの女を殺す。まだ私に笑顔を与え続けるあの日の女を殺す。そして、あの人を殺した誰かを殺す。


 けれど歩みは止まっていた。出会うこともできぬまま、何年もの時が。あまりにもどかしい、かつてのような日々だった。幾度となく、己の体を破壊した。強くなった。


 変わったのはあの日。世界が動き出した、戦争開始のきっかけの日。邂逅と覚醒の、運命の黒い炎の日。


 ようやく、見つけた。漆黒の炎をその両腕に纏い、狂気と静寂の中でもがく誰かの抑止となって、戦っていた。あの糸を使って。溢れ出す殺意は抑えることができず、すぐにでも殺そうとした。けれど、その隣には見知らぬ少女がいた。


 その瞬間、耐えられなくなって、怖くて、悲しくて、辛くて逃げ出した。ほんの一瞬、その姿を目にしただけで。あの女と親しげに話し戦う様子を視認しただけで。


 あの人の言っていたこと。数え切れない、言葉の羅列を思い出す。


『お前さん、家族とかいたんじゃねえのか?……そうか、わかんねえよな。ま、心は覚えてるはずだ。運命ってのは面白いやつだからな、出会えたら大事にするんだぞ!』


 家族というのは、いつも一緒にいる人。大事な人。掛け替えのない人。失いたくない人。温かい人。


 大事とかそういうのはまだわからない。掛け替えのないとかもそうだ。そんなものわかるわけがない。けれどいつも一緒にいる人、というならあの女が家族だ。


 でもそれは家族という記号。大事にする必要なんてない。何でそんな考え方があるのか、あの時はわからなかった。


 けれど、今。この胸の鼓動はなんだ。私は何を思考している……そこにいるのは、私だとでも思っているのか。そんな訳がない、だって私はあいつに殺されかけて……!


 わからないわからないわからない。いくら考えてもわからない、そうだ、きっと仲間が増えていて鬱陶しいと思っているのだ、そうに違いないそれ以外にない。


 この、感情……なん、なんだ本当に。慣れない言い訳をしても無意味で、心は、手は、ずっと震えている。


 ……後悔?後悔しているのか?私が感情を得て、そんな無駄なことをしているとでも!?馬鹿な馬鹿な馬鹿な有り得ない!後悔など有り得ない、あいつは私を殺そうとした!それに、どんな後悔をする必要がある。あの少女が鍵だ、少女の何を見て後悔している。あの女と少女………が…………


 温かい人。


 嫉妬か……?あの二人は、戦っているというのに互いを想い笑っていた……私にそんな人間はいない。必要ない。だが、仮にあの女を家族とするならば。このあいつを殺すための日々はいらなかった。この殺意はいらなかった。あの退屈で無意味な日々を二人で過ごすことができた。何も手に入らない、何も得られない日々。何も失わない日々を。


 何よりあの暖かい目を、言葉を向けられたのは私だったのかもしれない。必要ないけれど、美しいものを。


 否、否、否。今更遅い、こんなものは不要な思考。そうだろう、あいつを殺すための日々を歩んだのだから。あいつは私を殺そうとした、それは揺るがない事実なのだから。


 ――――――


 これは、誰かの記憶。誰かの追憶。誰かの後悔。

 母を失った少女、妹を失った少女、そして、時を失った少女。必要のない何かに突き動かされ、必要のない日々を失った少女。何もない、けれど尊く美しい日々を失った少女。


 彼女たちの道は決して交わらない。理解することもない。なのに複雑に絡み合う。人の道とはとても難しい。


「母さんは私が守る」


 少女はそう口にした。愛蘭霞ではなく、母さんを守るのだと。けれど愛蘭霞が同じ局面に立たされた時はこう言うだろう。


「姫はあたしが守る」


 少女たちの、同じようで違う思考。


 この戦場にその差異がもたらすのは一体なんなのか。醜悪なまでの悲劇か、それとも美麗な喜劇か。


 その時はもう目の前に。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 悪魔の心臓を持つ蛇と、救世の英雄の組織。

 一つの戦場の決着は三人の少女の歩む道が左右する。交わらぬ理解せぬ歩み寄らぬ。相反する彼女たちの道が、複雑怪奇な螺旋の道が。その戦場の行く末を見守る。

 次なる退場者、廃棄されるのは。

 次回、『comet』

 歪な形の家族、定まらぬ終わりの刻。

ご拝読いただきありがとうございました。

ブックマーク、星五評価、いいね等よろしくお願い致します。まだまだ新米の身、ご意見等ございましたら遠慮なくお申し付けください。それでは。

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