Episode 13 Moon and wings【1】
今、戦場は月夜。月光の神器は概念系神器であり能力的にも決して強いものとは言えないが、その規模においてはセイナーの能力に次いで日本列島全土に及ぶほど大きい。
さすがにそこまで範囲を広げる意味もなければ、そんなにすれば能力の格も落ちる。最大出力を一点……旧東京の戦場に絞ることで、月光の神器の使い手たる月霞千覚の強さはアスモデウスの実質的リーダーであるウタマ・イン・ケルパ、その全力に近いほどの高みにある。
相対するは添輝夜。最上第九席最弱と呼ばれる男。
実質最弱なのは漆秀徳だというのは皆理解している。だがそれは彼がサポートタイプの神器使いであるという前提の上に成り立つ理論であり、戦闘用神器の使い手の範疇に限っては添輝夜こそが最弱である、というのは周知の事実だ。
そんな彼は一秒に数十度の死が襲い来る戦場において、月霞と数分渡り合っている。どう考えても有り得ない状況。
(まだ……未練がぁ、ありますぅ〜ねえ……)
二人は元々恋仲である、というのを知っている人間は何人いるだろうか。出会いも何もかもが偶然ではあるのだが、二人は運命としか言えないほどに強く愛し合った。
だが、力とはいつも残酷で。二人は引き離され、今こうして出会ってもお互いの大切なもののために戦わなくてはならない。
「どうした……攻撃に迷いがあるよ、月霞!」
「あなたっはぁ……そもそもとして、え〜弱いぃ……」
「ええい図星!毒舌は相変わらずだね月霞!いい切れ味だ!」
実力差は圧倒的、本来ならとうの昔に決着はついている。だというのに、いつまでもこの時間が続く。
月光の神器で質量を持たせた月明かりを刃に、銃弾に、鞭に、槌に、無限の形に加工してぶつける。超高速で放たれるそれらを躱すことはできても、添輝に当たるのは時間の問題だったはずだ。神器の操作精度でも攻撃速度でもその規模でも月霞が圧倒的に上回っているはずなのだから。
なのに、天を舞う翼はまだ撃ち落とせない。月明かりを反射して輝く純白の翼は、まだ美しい。
戦いというのはデリケートだ。少しでも迷いがあれば、躊躇いがあれば、実力は十分の一も発揮できない。添輝は己の大事なものを守るため、もう月霞のことは敵として見ているのだ。もはやそれしかできないだろう。
だが月霞は違う。アスモデウスは好きだし、その目的を完遂したいと思う。皆のために戦って、戦果を挙げて。人類の救世主たらんとするウタマの復讐を果たしてやりたい。
だが、ダメなのだ。彼女はまだ添輝のことを愛している。心の底から、好きだと叫んでしまいたい。戦士として培ってきた感覚、思考法が彼は敵で殺すべきだと警鐘を鳴らし続ける。そんなことはわかっている、わかっているのに……!
「……鬱陶しいですねえ〜!なんなの、これはぁ〜!」
ヤケクソの叫びを吐き出すと同時に攻撃を更に苛烈にする。少しづつ、添輝に掠るようになってきた。
そう、これでいい。このままどんどん攻撃を激しくしていって、最後にはあの翼を地に落とす。それでいい。そうでなくてはならない。さあ、攻撃を……攻……撃…………
できない。
月光の刃が添輝の肌を切り裂く度に胸の奥が痛い。嗚咽を漏らして泣きたくなる。こんなこと、できない。
嗚呼、運命よ。何よりも悲しく愚かな運命よ。なぜこのような道を歩ませた。なぜこのような道を作った。舗装し、導き、歩かせた。こんなこと、なぜしなくてはならない!
「ちっ……でも、まだまだだね月霞!心苦しいけれどこちらからも攻撃させてもらうよ!僕にも守りたいものがあるんだ!」
愛しい彼の、その叫びが。
悲しい。その“守りたいもの”の中に、私は含まれていないの?私とあなたの過去は、もう守らなくていいの?
「ああ……ああ!わかり、ましたっあ〜!全霊全力、最大出力でお相手いたしますぅう〜……この胸の痛みは、あなたから出たものぉ〜ならば、あなたっで、晴らしますぅぅう〜!」
激突する。
基本的に神器の能力に頼る戦闘をする神器使いは、技というものを持たない。技を持つのは、カンレスのような神器を用いず己の肉体のみを信奉する者だけだ。
だが彼らは違う。彼らは神器使いでありながらその能力の応用ともいえる技を生み出し戦うのだ。月霞は月光を更に美しくするために、添輝は落ちこぼれで弱い自分が、大好きな最上第九席の中で置いていかれないように。
「月刃……上弦・六の月!」
「咲翼、下弦を駆ける千の鳥!」
ガトリング砲というのが正しいだろう。月光の砲身、月光の弾丸。光が駆けて夜を照らす。命中したものはその場で光を放ち続け、外れたものは夜闇に溶けていく。
上弦・六の月。月刃と呼ばれる月光の刃を基本として構成された応用術理であり、主に夜間戦闘時に使用される。対象に命中すれば本物のガトリングほどではないがある程度のダメージが期待でき、更に着弾部位が眩い月光を放つようになる、敵を逃がさないための技。
それに対して一対の翼が大量に舞い、添輝を守る盾となり月霞を撃ち抜く特攻機となる。何度躱されても破壊されるまで飛び続け、その脳と心臓を狙い穿とうとする。
下弦を駆ける千の鳥、自動追尾能力を持つ翼で構成された鳥の翼を敵に飛ばす技。数で攻める神器である翼の神器の真骨頂とも言える技であり、単発の威力は低いが小さなダメージの蓄積は単vs単の戦闘において大きなアドバンテージとなる。急所を狙えば、ある程度のダメージも期待できる。
「技の冴えは変わってないね、月霞!」
「あなたぁは……少しぃ、なまったぁあ……」
「手厳しいな……前線にあんまり出てないからね!」
ガギギギギギギギ!などという到底翼と月光が鳴らすべきではない音を鳴らしながら攻撃がぶつかり合う。ポトリポトリと落ちていき、戦場が苛烈に彩られる。
弾幕に隠れながら、両者が気配を消して接近する。手には各々の近接用武器を握り、曖昧な殺意と敵意と共に。
「月刃……断崖堕ちの舞い!」
「天光降臨、ワルキューレ大弦楽団!」
「うわすっげえネーミングセンスぅ……」
「黙ってておくれ」
月光の刀と光の翼。
舞うように斬りつけながら、上弦・六の月の弾丸放出をやめることはない。添輝も同様、肥大化した翼に光を纏わせて双刀のように刻み続ける。下弦を駆ける千の鳥も宙を舞い、月霞を狙うのをやめることはない。
それはただ斬り殺すための武器。他の何も考えず、シンプルさのみを追求し斬ることだけを意識している。
たった二人で展開しているとは思えないほどに鮮烈で過激な戦闘、この二人はそもそも神器の能力の届く範囲が広く、ただでさえ規模が大きい。それがぶつかり合っているものだから凄まじい広範囲戦闘になってしまっている。
「……ッ!本当にぃっ!あなたは、結局そう!」
「なんだい急に……君は、そんなに不安定じゃなかっただろう!?アスモデウスでどんな人生送ってきたんだ!」
繊細な月霞の力任せの振り下ろしが添輝を襲う。とてもじゃないが受け止められる威力ではなく、後ろに飛び退いて躱す。地面に月光の刀が激突し、亀裂が刻まれた。破片がいくつか飛び散り、二人の頬に薄い傷をつけた。
突然訳の分からないことを言い出した月霞に添輝が困惑していると、月霞が刀を突き立てて俯いた。
「私は……私は、こんなにぃも、悲しいのに、叫びたいのぉにぃい……!あなたは、エスティオンがぁ、そんなに大事ぃ?私はぁ!もう、傷付けてもいいのお!?」
それは理不尽で、無様で、有り得ない願望だ。敵として戦場で相対し刃を交わした。だというのに己は彼を傷付けることができず、それを彼にも強要している。
月霞も添輝も、戦士ではないはずだ。ただ神器を手にしただけの力無き一人の人間であり、かつて恋した者と戦わねばならない道理はどこにもないはずなのだ。力を手にしただけでこうなる、時間が経過しただけでお互いの大切なものは食い違い、こんな願望を抱かなくてはならない。もちろんアスモデウスも大事だ。だが添輝も同じぐらい大事。どちらかを捨てることなどできないのに、彼はそうじゃない。
ずっと思っていた。こんな理不尽はないと。
私はあなたが大事なのに、こんなにも大事なのに、捨てることなんてできないのに傷付けることに耐えられないのに!あなたは、エスティオンのために私を傷付ける。
「違うよ、月霞。それは違うんだよ」
バッと顔を上げる。真正面から添輝の顔を覗くと、そこにはエスティオンのために戦う戦士としての彼はいなかった。
ああ、まるであの頃のような、優しい笑み。あの頃のような悲しい笑み。想ってくれているのがわかる、今この時だけは“添輝夜”という存在が“月霞千覚”を見てくれているのがわかる。私だけを見て想ってくれているのがわかる。
「なに、が……!」
「僕は君が大事だ。今も昔もそれは変わらない。ただ増えただけなんだよ。僕にとっての大事なものは増えて、僕はそれを選べない。たったそれだけのことなんだよ」
「ならぁ、私ぃも大事にしてよ!なんで〜傷付けるの!?」
「月霞」
優しく手が差し伸べられた。まるで太陽のようで、自由に空を駆ける鳥のような安らぎがある。
その手を取る。引き寄せられて、抱き締められた。
「あ、えう……」
「僕は君も大事にしたい。このまま、踊ってもいい」
「なん、でいきなり……」
「けどね、月霞。このまま逃げることだってできないんだよ。別の場所にある二つの大事なものは同時には選べないんだ。わかってくれないかい、月霞」
「っ……そんな!そんな当たり前の理屈で!」
それは、拒絶。本心からの、どうしようもないほど痛烈で絶対的な砦のような拒絶。
そんな当たり前のことがわかっていないはずがない。自分があまりにも理不尽で有り得ないことを求めているのもわかっている。彼ではどうすることもできないことも。
でも足掻いて欲しい。こんなにもはっきりと否定してほしくない。もっと考えて考え抜いて、苦しんでほしい。
嗚呼、なんて矛盾している。傷付けることを嫌がって、そのくせ苦しんでほしいと思って。自分勝手で自己中心的で自己満足の中で生きていて。なのになんで、こんなにも想ってくれるの。私はこんなにも拒絶しているのに、溢れるほどに愛して苦しめているのに。あなたはどうして、そんな……
「私が納得できるとでも!私を納得させられるとでも!わかってるのよそんなこと!その上であなたを苦しめてるの!なのになんで嫌ってくれないの!なんで、なんで……!」
「月霞。君は……もっと自分のことを見て欲しいんだ。君に君を見てほしい。そんなに苦しまなくていい」
体を包み込む添輝の腕に熱と力が籠る。どこか心地よい圧迫感に襲われて、まるであの頃のような幻想が蘇る。
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