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Last reverse  作者: 螺鈿
last reverse〜to be screened〜
102/178

Episode 10 last reverse【1】

 セイナー・ステイル。彼は試作品三号と融合したデゥストラによって体の内側に封印され、死の直前まで辿り着いては回復し辿り着いては回復しを繰り返す無限地獄を体験している。もう何日、何ヶ月、何年経過したかわからない。


 全身を駆け巡る激痛は止まることがなく、感覚が麻痺してもおかしくないのに神の力がそれを許さない。


「どうせ……ならっ、使ってやるさっ!」


 常人ならばそこで果てるだろう。永劫に終わらぬ地獄を前にして心が壊れ、死に続ける生き人形としての運命を受け入れてしまうだろう。だが、彼は違う。決定的に違う。


 彼は狂っているのだ。


 適性がなくとも、神の力は扱える。ただ使う前に死ぬというだけのことだ。今、その神の力により死なぬ体となっているのならもはや適性など関係ない。永遠に死に続けながらその力を行使してやる。楽園は諦めない!


 そうして彼の長い長い挑戦が続いた。まずは神の力の感覚を掴むところからだった。激痛と戦いながらのその作業は研究者として培った集中力を持ってしても凄まじい苦痛だ。


 そうして次は何をするか。どうせデゥストラの中から逃げることはできない。ならば中から外に干渉するしかないのだが、そんな神の力の使い方はあるのだろうか。デゥストラの中から神の力を使い、楽園を作る方法は……


「いや、楽園はもう出来ているのか?」


 デゥストラによる滅びは為された。それはこの目でちゃんと確認している。アヴルトによる破壊が人為的だと気付き、その発生地点がこの大陸だとわかった国連が一斉に攻撃を仕掛け、しかしデゥストラはそれをものともせず逆に世界全体を攻撃した。彼女の神の欠片がセイナーの中にあるせいか当初の予定通りの完全滅亡には至らなかったようだが。


 ならば、後はほんの僅かな生き残りを殺し、神の欠片を持つ子供たちを殺すだけで全てが終わる。


 だが、デゥストラの中にありながらデゥストラを殺すなどどうすればいいのだ。仮にできたとしてこの激痛が収まることもなし。ムーナと出会うことは出来ないだろうし、全てがこちらに有利に働いたとしてこんな状態で続く永遠など今と変わらぬ無限地獄だ。意味はない。


「……認めるしかない。僕は、ここで終わるのか」


 狂気に囚われた研究者が終焉を自覚した。幾多の年月を犠牲にして追い求めた神は終わることのない苦痛を与え続ける。楽園は遠く、遙か彼方に閉ざされた理想郷となった。


 これが、絶望。希望はなく、助かることはなく、二度と望みが叶うことはない。嗚呼、なんて無惨で終わった世界。

 ならば次に願うのはなんだ。ただ真っ直ぐに願い続けた楽園という望みを捨てて次に何を願えばいい?


「死にたいな……そうだ、死にたいんだ僕は」


 疲れたように、否、壊れたように乾いた笑みが零れる。救世の存在であるはずの神の中にありながら、彼は今この世界で最も恐怖と痛みに絶望した人間だ。


 ゆっくりと、力を紡ぐ。一つ一つ、ヒビの入った陶器を戸棚に飾るようにして。生まれたばかりの赤子をベッドに優しく置くように。丁寧に丁寧に、時間をかけて紡ぐ。


 セイナーは神に対する適性を持たない。故に能力は使えない。だが、その力を使うことは出来る。概念や事象に干渉しさざなみを立てることはできる。一度の力は弱くとも運命が改変されるまで力を使い続ける。彼にはそれしかできない。かつて楽園と永遠を願い、今は死を願う彼には。


 仮にその緩やかな力の行使を“能力”と呼称するのならそれは“図式を描き彩る能力”。規模は世界、けれど弱い。湖に小石を落とし、その波紋で石を削るような気の遠くなる作業。しかし彼はそれを遂行する。執念と希望の裏返り、永遠の対極に位置し、最も近い死を願いながら。


 デゥストラを殺せるのは神だけだ。今世界に散らばった神はムーナの持ち出した一欠片とイヴ、フォフト、グラーヒ、スラヴァカ、アヴルトたちの持つ欠片。デゥストラの神の欠片はセイナーの体内にあり、残りの四つの欠片は……


「ない……ぞ?どこに、行った」


 セイナーの体はデゥストラと感覚を共有している。デゥストラの体内に埋まっているはずの四つの神の欠片を探すがそれらしいものはどこにもなく、ただ虚無の空間が広がる。


 考えろ。神の欠片がなくなるなどあってはならないことだぞ。一体どこにいった。誰が、何をした!?


「イヴ……か?デゥストラの中から神の欠片を持ち出せるなんて、彼女か……スラヴァカたちぐらいしかいないぞ……」


 今、デゥストラは六本ある腕のうち一本だけを地表に突き出して地中に埋まっている。理由は簡単、セイナーが行った彼女と神の欠片の融合だ。アヴルトと同じく力を使い果たした後は数十年眠るよう設計されたデゥストラは楽園を作ることは出来ずとも当初の設計通りの行動だけはしたのだ。


 彼女が眠っている間、セイナーは何も出来ない。その間に彼らのうちの誰かに何かされた可能性が非常に高い。神の欠片を用いて、彼らは一体何をするつもりなのか?


「いや、いい。全て利用するまでだ」


 戦争は文明を発達させる。人類はデゥストラへの報復を望んでいるだろう。だが、有象無象では彼女には勝てない。神の欠片をセイナーに譲り不死ではなくなったとはいえ彼女は原初の神の一柱。選ばれし者でなくては、勝てない。


 三度の衝突を生き残った者のみがデゥストラに挑むことができる。地平最大の強者が集い選ばれる。


 そんな荒唐無稽なシナリオを描き演じてもらわなくてはならない。誰かに……いいや、誰かではない。始まりの力を持つ者が始め、後の全てはその流れに乗らせる。一人一人の確固たる思い、覚悟をそのためだけに使わせる。


 予想外のことが起こるだろう。否、全てが予想外と言ってもいい。けれど結末が“そうである”ならそれでいい。描こう、描き続けよう。全てを巻き込んで描きこもう。


「頼む、誰か僕を……永遠に死ねないこの僕を……」


 神の欠片を持つ彼を殺せるのは神の欠片を持つ者だけだ。今神の欠片を持っている者がどう選ばれるのか、万が一敗北すればどうなるのか。これは賭けだ。勝ちの目はほぼない。


 だが、それでも賭けねばならない。死ぬためにその賭けを望まなくてはならない。これが、永遠を求めた人の成れの果てか。はは、なんて無様で醜悪な。吐き気がする。


「殺してくれ」


 ――――――


 スラヴァカとグラーヒは行動を共にしていた。僅かに生き残った人類が集う最後の地である日本に渡り、そこにいる全ての人間を滅ぼすために。


 グラーヒの装甲の中に潜り込んで海の中を渡り、日本へ向かう。彼女は日本に到着する頃には慣れない水中での長時間行動によりしばらく動けなくなるそうだ。すぐに行動を起こせないのはもどかしいが、それは裏を返せば準備期間を長く設けられるということ。その時間は有効に活用させてもらおう。


「……ム?コレハ……」


「どうしたの、隷属星」


「ソノ呼ビ方ハ……イイヤ、ソウダナ」


 彼らはお互いのことを名前ではなくセイナーによって与えられた名前で呼んでいる。隷属星はあまりしたくないのだが妖姫星の「人だった頃を思い出して辛くなる」という言葉を承諾しない訳にはいかず渋々従っている。


「神ノ欠片……トイウヨリ世界全体ニ異常発生ダ。恐ラクハ誰カガ能力ヲ使ッタカ……世界規模トハ恐レ入ル」


「どういうこと?教えてよ隷属星」


「推測ニ過ギナイガ、神ノ欠片ヲ所有スル何者カガ世界規模デナニカシヨウトシテイル。害ハナイヨウダガ……」


「ねえ、隷属星」


 隷属星の言葉を遮り、妖姫星が彼の名を呼んだ。


 日本を目指して海中を泳ぎ続けて長くの時が経過したが、こんなにも悲しげで泣きそうな声は初めて聞いた。


「隷属星は、人を全員殺そうとしてるんだよね。人が許せなくて、憎くてどうしようもないから」


「……ソウダナ」


「でもやっぱり、やっぱり間違ってるよ、こんなの!殺す必要なんてない、私はやっぱり手伝えない」


「ナア、グラ……妖姫星。ボクハオ前ニ幸セニナッテホシイ。ソウスルコトデボクモ幸セニナレルンダ」


 酷い話だ。妖姫星は人を殺したくないと言っているのに、人類を完全に滅ぼすことが彼女のための幸せなのだと信じることしか出来ない。そう盲信することしか。


 その押しつけがどんなに悪辣な行為なのか。わかっていても、それ以外のことができない。


「ボクタチヲコウシタノハ、紛レモナイ“人”ダ。コンナ不幸ヲボクタチニモタラシタ人ガイテ、幸セニナンテナレナインダヨ……ワカッテクレ、グラーヒ」


「違うよ、隷属星!私たちをこうしたのはセイナー!お父さんだけなんだよ!皆を巻き込む必要なんて」


「ソノセイナーヲ生ンダノハ人ナンダゾ、グラーヒ!」


 彼らは孤児で、捨てられた理由は知らない。親もわからず生きるもわからず、ただ死んでいくだけの弱い命だった。だがセイナーに拾われて幸せを知って生きるを知って。こんな毎日が続くと本気で信じていた。


 だが終わりはこれだ。幸せになれた者なんていない、皆が不幸だ。裏切られた、突き落とされた。人が生まれていなければ、人なんてものがなければこうなることもなかった!


「人トイウノハ、イテハナラナイ存在ナンダヨ……ソコニアルダケデ罪ナンダ。ワカッテクレ、グラーヒ……」


 それから日本に辿り着くまで、彼らが会話することはなかった。日本に到着して妖姫星が力を回復するために蛹となるまで会話することはなかった。隷属星は蛹となった彼女に毎日語りかけ理解を求め、懺悔し続けた。


 妖姫星も、彼の言いたいことはわかる。その想いも痛いほどよくわかる。けれど、それではダメなのだ。そんなやり方では、こんなやり方ではまた同じ道を辿るだけ。


 だが彼女がそれを口に出すことはできない。なぜなら彼にはこの道しか残されていないのだから。あらゆる幸せを絶望に変えられ、かつての記憶は夢幻に消え。何もかもを絶たれた彼には、この道しかない。絶望と醜悪さと後悔しか残らないこの道だけが彼に残されてしまっているのだから。


 (ねえ、隷属星……あなたは……)


 少女が幸せを願われるように、彼女もたった一人の兄の幸せを願う。苦しむ彼を、もう見たくなどない。


 (私たちと出会えたことは幸せじゃなかったの?毎日遊んで笑いあったことは、幸せじゃなかったの?)


 ならば信じるしかない。彼の幸せのために己の全てを尽くすしかない。その果てに待ち受けるものがわかっていて、その結末に辿り着かせないために己の全てを尽くす。


 疑うことも、否定することもない。ああ、だが。一つ問うならば。問わねばならないとするならば。


 (私たちは人だからあの幸せを得られたんじゃないの?)


 彼に、そう問わねばならないだろう。

ご拝読いただきありがとうございました。

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