第19話「れいぽむ争奪シン・マジックキャスター決定戦!」
海流のホーム新宿1号ダンジョンではなく、渋谷2号ダンジョン。
地下10階は天井も高く通路も広い。
20mはあろうかという広さのダンジョン深層で、配信は始まった。
「ルールは簡単。このまま全員でダンジョンを進み、地下11階へのワープポートまでに現れたモンスターを魔法で退治します。ぜんぶキルできたら引き分け、どちらかがケガをするか、アタッカーの手を借りた時点で試合は終了です」
「ちなみにモンスターが足りないと困るので、仲間の一人がトレインします。一度に現れる数が1匹とは限らないので気を付けてくださいね、りゅうき、しんかいくん」
侍ismの流ちょうな説明を海流はマスクの下で聞き流す。
その視線は、スタッフに囲まれて安っぽく飾られた椅子に座る玲菜へと向けられていた。
いつものダンジョンアタック用の衣装ではなく、水着だった。
頭には赤と金で飾られた小さな王冠をのせ、ファーで縁取られたビロードのマントを羽織っている。
背後には『れいぽむ争奪シン・マジックキャスター決定戦!』と書かれた看板が、LEDで場末の盛り場のようにピカピカ明滅していた。
“れいぽむかわいい” 500円
“しんかい負けたらもう侍ismの配信だけ見るわ”
“やっぱれいぽむ水着似合うな~。スタイル最高”
“侍ismの配信の方がれいぽむの魅力出るでしょ”
“毎回違う水着で登場とかだったら見るわ”
しんかいチャンネルのコメント欄は、相変わらずの無責任である。
流れで玲菜のダンジョン衣装を決めたのは海流だが、いまだにそれについては後悔していた。
玲菜の人気が出るのは嬉しい。しかし、玲菜の肌が不特定多数の人間に見られ、そのうちの少なくない人数には、性の対象として見られているのは、気持ちのいいものではなかった。
彼女と海流はただのビジネスパートナーで、あの衣装の最終的なデザインをブラッシュアップし、決定したのは事務所である。
当然口出しできる身分でないのはわかっていたが、海流は常に頭を悩ませていたのだ。
そこに水着である。
玲菜自身はいつも通りの笑顔でいたが、海流は大きくため息をつき、前に出た。
「さっさと終わらせよう。オレからでいいな」
マスクの中で、モンスター検知レーダーの反応を見てまっすぐに手を伸ばす。
侍ismのメンバーもスタッフも誰も気づいていなかったが、通路の正面に身長3m超えの巨大な二足歩行の姿が3頭立っているのを海流は見逃さなかった。
侍ism、しんかいチャンネル両方のドローンがその姿を捉える。
海流の照明用光球がまっすぐに飛び、灰褐色の体毛のヒュージ・グリズリーの姿を照らした。
“うわ! でけぇ!”
“大丈夫か?!”
「ふざけんな、オレを誰だと思ってる」
“零細ゆずチューバー!”
“(自称)世界唯一の魔術師しんかい!”
“モブ!”
“れいぽむの引き立て役!”
さんざんなチャット欄に少し笑いながら、海流は詠唱を始める。
魔力の流れが変わり、照明が古い蛍光灯のように瞬いた。
「深淵より来たりし回帰の炎よ、血の契約によりカイル・ヴァレリアスが命ず。雷に乗りて大気を切り裂け」
低い詠唱の声とともに、海流の手の先に禍々しい紫色の炎があふれ出す。
次の瞬間、炎は通路を埋め尽くすほどの巨大な鳥の姿になり、光の尾を引きながら、炎の翼を広げて一直線にグリズリーへと飛翔した。
「金剛鳳凰!」
耳をつんざく轟音。
高性能なドローンカメラもハレーションを起こし、画面は白に染まる。
カメラの輝度が調整されると、地面についた足だけが残るグリズリーが映し出された。
寸前で身をかわしたらしき1頭が、炎に身を焼かれながらも海流へと襲い掛かる。
しかしその1トン以上もある巨体も、海流が体の正面で両手を打ち合わせると「ばちゃ」という音とともに頭がつぶれ、足元に崩れ落ちた。
“えぇ? なんですかいまの!”
“りゅうきさんの魔法よりすごくないですか?!”
“ったりめぇだろ! 元祖マジックキャスターだぞ!”
“あたりまえ~♪あたりまえ~♪”
侍ismのチャット欄では、しんかいチャンネルのリスナーがマウントをとっている。
竜輝がごくりと唾をのむ音が聞こえた。
靴先にちょっとかかった血を床にこすりつけ、海流は何事もなかったように歩き出す。
侍ismのメンバーは、結果の見えたこの対決をどう終わらせるか頭を悩ませ始めた。




