プロローグ〜第一章
プロローグ
「えぇぇぇーっ!」
「どうかなさいましたか、お坊ちゃま?」
「い、いや・・・・・・なんでもない。」
オレは今、ちょっと困ったことに直面している。・・・・・・いや、“ちょっと”では済まされないくらい大事件なのだが。
ここはどこ!?そして、世話焼きな彼らは誰!?
第一章 それはないでしょう!?
気づいたら、知らないところで飯を食っていた。
さっきまで家で寝てたのに・・・・・・。これは夢なのか!?でも食べ物の味がするし、カトラリーだって、金属の冷たい感じがするし・・・・・・。じゃあ、ここはどこ!?
「坊っちゃま、頭でも痛いのですか?」
「だ、大丈夫・・・・・・です?」
「!?」
侍従やメイドらしき人たちが、めちゃくちゃ衝撃を受けている。
「た、大変です!お坊ちゃまが、おかしくなられました。」
「すぐに旦那様と奥様をお呼びしてくれ!あと、医者を!」
「わ、分かった!!」
「坊っちゃま、お部屋に参りますよ!」
「・・・・・・へ?」
みんな騒ぐわ、入口にいた騎士にお姫様抱っこされるわ、わけも分からぬまま、どこかに連れていかれた。
(はいぃぃぃぃぃぃぃ!?)
よく分からんが、中世ヨーロッパの城にありがちなゴテゴテした部屋に連れて行かれ、ネグリジェを着せられて、ふかふかなベッドに仰向けにされている。
(これは何かの罰ゲーム!?公開処刑とか!?)
ビクビクしながら待っていると、ドレスを着た三十代くらいの女性と、ギランギランの宝石に飾られた太っちょのおじさんが駆け寄ってくる。
「大丈夫なの、ベルモンド!」
(・・・・・・臭っ!)
化粧が臭い。
「大丈夫か!?」
(・・・・・・こっちも臭っ!?)
こっちは加齢臭がヤバい。
「え・・・・・・と・・・・・・。どちら様で?」
「!?」
「!?」
「申し訳ございませんが、ご令息を診させていただけますか?」
「あ、ああ。」
医者が近づいてくる。
「私がいくつか質問いたします。あちらの方々がどなたかお分かりでしょうか?」
「知りません。」
「ここはどこでしょうか?」
「それも分かりません。」
「では、あなたが誰かは?」
「・・・・・・村田と申します。」
「む、ムラタ?」
沈黙が訪れる。
「貴方はロベール侯爵家が次期当主、ベルモンド・ロベール様でいらっしゃいますよ?」
「は?」
あまりの衝撃に、オレは唖然とした。
「侯爵閣下、ご婦人、ご子息は残念ながら、記憶喪失です。」
「記憶喪失!?」
「記憶は戻るのか?」
「ちょっ!?全ッ然、記憶喪失じゃねーし!」
「分かりません。戻ることもございますし、戻らないこともございます。」
侯爵だとか、その夫人とかいう人たちがよろめいた。
「ベルモンドが・・・・・・うぅっ。苦労して産んだのに・・・・・・。」
夫人が泣き出す。
「子はまた作ればいいだろう。」
「嫌です。また育てるなんてごめんですわ!」
夫人は部屋を飛び出した。
「おい、待てっ・・・・・・。ナージス、明日からベルモンドに教育を受けさせろ!朝から晩まで、一日中勉強漬けだ!」
「か、かしこまりました。」
それだけ言うと、侯爵は夫人を追って走って行ってしまった。
(マジかー・・・・・・。)
「あの・・・・・・か、鏡を見せて貰えませんか?」
「鏡、ですか?」
侍従が手鏡を持ってくる。
「こちらにございます。」
「ありがとう・・・・・・って、うぇっ!?」
鏡の中に映っていたのは、銀髪金眼の少年だった。しかも、七、八歳くらいの。
「あ、あの・・・・・・明日からの教育って・・・・・・。」
「はい。貴族としてのマナーやルールに加え、魔術や数学、科学、帝国語、歴史など、様々な分野について学習し・・・・・・。」
「ストップストップストップ!!」
「はい?」
「なんでこの歳で、そんなに学ぶことがあるわけ!?多くない!?」
「それは坊っちゃまが次期侯爵家当主であらせられるからです。」
「だからって・・・・・・。」
(それはないだろ!?)
「旦那様と奥様は、坊っちゃまの一日も早い成長を願っておられるのです。そのご期待に応えなくては。」
侍従が何やら恐ろしい顔をする。その圧に負けた。
「そ、そういうことならば・・・・・・。」
「それでよろしいのです。」
(そんなのありかよ・・・・・・。)
冷えた夜風が頬をなぶる。
今日一日過ごしてわかったけど、オレは恐らく、転生した。
オレは日本で暮らす、ごくごく普通の会社員だった。いつも通り家に帰って、酒飲んで寝てたら、ここにいた。だから貴族のことなんてさっぱりだし、オレがここに連れてこられた理由も分からない。この身体の持ち主のことだって、もちろん。
だけど転生したのなら、この人生を謳歌したい。
みんな、寝ている。オレはバルコニーの手すりを掴んだ。
逃げよう。ここは二階だし、あそこの植え込みに落ちれば、助かるかもしれない。
最低限の荷物を身に着け、オレは思い切って飛び降りた。
「・・・・・・っ!」
(怖い。でも、助かりたい!ここに来て勉強なんてまっぴらだ!)
ボフン、と、思惑通り植え込みがクッションになり、無傷で脱出できた。あとは外まで隠れながら走るだけだ。
全力疾走する。門が見えてきた。見張りがいる。容易には近づけなさそうだ。
オレは辺りを見渡した。フェンスの隙間が意外にも大きい。この体なら、あの隙間から抜けられそうだ。
フェンスに近づいていく。見張りに気づかれずに、何とかたどり着けた。そろりと体を通す。難なく抜け出すことができた、が──。
「おいっ!」
「こ、子どもだ!」
「あれは・・・・・・お坊ちゃま!?」
「大変だ!急いで追え!」
見張りに見つかってしまった。通りをやたらめったらにくぐっていく。
「はあ、はあ。」
細い裏路地に入って後ろを見ると、声だけで、見張りはもう追ってこなかった。
目の前に街灯が見える。──街だ。
オレは、路地にうずくまった。人はいない。荷物をぎゅっと握りしめ、ウトウトしてきたので、そのまま眠りについた。
目を覚ましたら、もう早朝だった。朝日が眩しい。
目の前を、一台の幌馬車が通った。
「あ、あの!」
「あ?なんだ、お前?」
気難しそうな馬車引きの老爺が、眉間に皺を寄せている。唾を飲んだ。
「た、助けてください!追われているんです!」
「追われている、だあ?」
老爺はほくそ笑んだ。
「悪いが助けねえよ。しっしっ。ガキはどっかに行ってな。」
「でも・・・・・・あっ!」
馬車は行ってしまった。しゅんと項垂れる。
「どうしたんだい?」
振り向くと、茶髪の青年が立っていた。
「あ、あの!助けてほしいんです!追われてて・・・・・・。」
「助けてほしい、か。」
青年は少し考え込んだ。
「いいよ。とは言っても、俺がいる村までしか連れて行けないけど。」
「十分です!ありがとうございます!!」
「うん。ちょうど今、野菜の出荷が終わって、村に帰るところだったから。あの馬車の荷台に乗って。」
「わかりました!本当にありがとうございます。」
「いや、こちらこそ。」
オレは馬車の荷台に乗り込んだ。




