ただそれだけで
早咲きの桜の舞う中、明るい涙とさよならの声が、場を彩る。
今日は高校の卒業式だ。中学の時よりさらに、進路も行き先もバラバラになる。仲の良いもの同士が笑い合い、涙し、共に過ごした日々を懐かしみながらおしゃべりに花を咲かせる。
ーわたし以外は。
特に仲の良い友達というのもできず、この3年間何をしていたのかと聞かれてしまいそうだ。自分なりに頑張ってきたつもりだった。でも明るいクラスの雰囲気にはあまり馴染めず、なんとなく浮く格好になってしまった。
その結果、卒業式の今日になって、声を交わす人もひとりもいない。
わたしはため息をひとつつくと、名残を惜しんでいる生徒たちの間を縫って校門から出ようとした。
「あ、本郷さん!」
わたしの苗字だ。あまりいない名前だから、わたしのことだろう。写真でも撮ってくれというのかな?
振り替えると同じクラスの女の子だった。
「これ…」
「?」
小さな箱を渡された。ケーキでも入りそうな感じだ。
「前にみんなで持ちよりした時、本郷さんお休みしたでしょ?エクレアなんだけど…」
以前にクラスの女子だけでお菓子やなんかを持ち寄ってお昼にしたときがあった。わたしは何も作れないし、こういう集まりには暗い人間はいない方が良いと思って、学校を休んだのだ。
だいぶ前のことだから、わざわざまた作ってきてくれたのだろう。
わたしはかなりびっくりした。そんな風に気を遣ってくれるなんて…。
「あ、ありがとう」
思わずどもりながらそう答えると、じゃあと手を振って彼女は他の生徒たちのところに戻ってしまった。
少しだけ呆気に取られながらまた門をくぐろうとすると、緑色のものが目に入った。よく見ると、お守りだ。そんな落とし物よくあるが、これが誰のなのかわたしは知っていた。
少し迷ったけれど拾って届けることにした。エクレアの箱を傾けないように気を付けながら。
「浅野くん」
呼び掛けるとお守りの持ち主が振り返る。
「これ、落としたでしょ」
「あ!」
浅野くんは慌てて鞄を見るが、もちろんお守りはそこには付いてない。
「わりぃ!助かった」
そう言って受け取った。少し良いことをした気がして嬉しかった。
「じゃ」
「あ、あのさ!」
立ち去ろうとすると呼び止められて驚いた。今まで話をしたこともほぼなかったのだから。
「前もこれ、拾ってくれたろ?ありがとう」
わたしはぽかんとしてしまった。確かに拾ったけど…。その時は黙って彼の机に置いたのだ。誰も見てないと思ってたのに…。
「じゃ、じゃあ」
「あ、うん」
さて、と門を出ようとした時、すれ違いざまにメモを渡された。それもやはりクラスメイトだった。なんなんだ今日は。
そんなこんなでやっとわたしは学校の門から出ることができた。段々と校舎から遠ざかるにつれ、生徒の姿もまばらになってきた。
「なんだったんだ、一体」
ひとり呟いて手元のエクレアの箱を見る。
ほんとは参加したかった。自分さえいなければうまくいくから行かなかっただけ。上手にに喋れないし馴染めないわたしがいたら、みんな気を遣ってしまう。だれもわたしにいてほしいなんて思ってないと思ったから。
「違ったのかなぁ」
今となってはわからないことだけれど。それからみどりのお守りを思い出した。
いつも鞄に付けてたから、浅野くんのだということは知っていた。だからあの時机の上に置いておいたんだけど、なんで本人が知ってるんだろう。その時は教室にはいなかったと思ったけど。つまり、見ていた他の誰かが彼に教えてくれたのだろう。
まさかわざわざ卒業式の日にお礼を言われるとは。
「いいことしたね、わたし」
最後にもらったメモをここで開いてみる。
『卒業おめでと。お互いに。うまく絡めなくてごめん。元気で』
限界だった。わたしはしゃがみこんで、両手で顔を覆った。
ほんとは淋しかった。ほんとはみんなの中に入りたかった。
みんなと仲良くして、楽しく毎日を送りたかった。でもできなかった。みんなみたいにできなくて、みんなみたいになれなくて。だから嫌われてると思ってた。
みんなみんな、わたしなんかいなくなればいいと思ってると思ってた。平気なふりをしてただけ。毎日毎日辛かった!
だれも…わたしのことなんか見てないと思ってた。でも…。
ミテテ、クレタンダ…
ただ、それだけでも。ただそれだけのことだったとしても。わたしは嬉しかった。
「あなた大丈夫?」
ずっとしゃがみこんで泣いていたら、女性に声をかけられた。慌てて立ち上がって涙を拭うと、会釈して行こうとした。
「これ、落とし物よ」
その女性は落としたメモを拾ってくれた。
今までの全てを込めて、わたしは言った。
「ありがとうございます!」
この日、わたしは卒業した。ひとりぼっちの自分から…。
終わり