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螢惑守心の煌仙子  作者: 智郷めぐる
第一章
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第三集:暗中模索

「さっきの女の子……、大丈夫かな」

「ねぇ、さっきの男の子だよ? 見てわかんなかったの?」

「え、嘘! てっきり美少女かと……」

「まぁまぁ、どっちにしろ、いきなり中弐級の魔窟(ダンジョン)なんて可哀そすぎでしょ」

「たった一人だもんなぁ……」

「そういえば、日耀と水耀の連中は?」

「あのひとたちはこんな所には来ませんよ。行くなら上壱級以上の高難度の魔窟(ダンジョン)でしょ」

「生きて出てこられるといいな、あの少年」

「そうだな……。俺たちもそんなに余裕あるわけじゃないけど」

 そんな会話が繰り広げられているとは(つゆ)知らず、魔窟(ダンジョン)に入ったわたしは、目の前に広がる光景に絶句していた。

「うわぁ……」

 憧温将軍の頭蓋骨があるというのは本当のようだ。

 土地に根付いてしまった悪意や怨念、恨み辛みが精霊種の木霊(こだま)を変容させ野生動物に憑依することで、さらに悪感情を喰らって成長しながら凶悪な鬼霊獣(グゥェイリンショウ)となって魔窟内を闊歩している。

 彼らは声にならない唸り声をあげ、墓地に迷い込んでしまった小動物を、血を飛び散らせながら捕食している。

「あ、まずい」

 気づいた時には遅かった。

 わたしの声と匂いに反応した鬼霊獣(グゥェイリンショウ)たちが一斉に襲い掛かってきたのだ。

光糸千万(こうしせんばん)!」

 光の針が糸を伴って複数出現し、次々と鬼霊獣(グゥェイリンショウ)の脳天を貫いていく。

 貫かれた鬼霊獣(グゥェイリンショウ)は、初めはその光に目がくらみ、よろけ、次の瞬間には頭の中で絡まる光る糸の力で脳が焼き切れ、絶命した。

「……もう少し弱い仙術でもよかったかも」

 久しぶりに見る不気味(グロテスク)な存在に驚き、つい強く力を使ってしまったが、そんなに強敵でもないようだ。

魔窟(ダンジョン)なんて何年か前に修業に行ったきり入ってないから、感覚が鈍ってるな」

 あまりいいにおいとは言い難い魔窟だが、少しでも清浄な空気を取り込もうと、入口に向かって深呼吸を繰り返した。

(すごい腐臭……)

 足にこつんと何かが触れた。薄暗い中、目を凝らしてみてみると、それは人間の頭蓋骨だった。

(げ……。声出さないようにしなきゃ)

 鬼霊獣(グゥェイリンショウ)たちは夜目がきくのか鼻がいいのか、暗闇でも俊敏に動いているようだ。

 それならば、と、光源を用意することにした。

 蝋燭の火に似た光で満たされた煌糸(こうし)を、毛糸玉のように丸め、三つ浮かべた。

(うん、よく見える)

 わたしは何度も凸凹とした固い岩肌に足を取られそうになりながらも、大仙針(だいせんしん)煌糸(こうし)の仙術を駆使しながら魔窟内を進んでいった。

 先へ進むと腐臭が強くなってきた。鬼霊獣(グゥェイリンショウ)も予想していたより多い。

 気づくと、入ってから二時間が経過していた。

 その時、自分の腹部から「ぐぅ」と音が鳴った。

(……お腹空いた)

 わたしは風呂敷包の中から人一人分ほどの大きさの梅の木で出来た〈扉〉を取り出すと、そのへんの壁に立てかけた。

 すると、立てかけた扉の枠から矢のような木の根が現れ、破片を飛ばしながら壁に刺さり、隙間なくぴったりと張り付いた。

「中で休も」

 壁にがっちりとついた扉をあけると、そこは魔窟(ダンジョン)とは全く違った空間が広がっている。すぐに中に入り、土間に足を踏み入れた。

 灰色の土間は玄関の役割もしている。わたしは小上がりになった床に腰掛け、ブーツを脱いだ。

 そして振り向き、障子を開けると、広い焦げ茶色の板間の居間(リビング)食事室(ダイニング)が現れた。

 台所(キッチン)は一段降りた石畳のようなタイルが敷かれた床の上に設置されている。

 居間の隅には円座(わろうだ)やふかふかの座布団が積み重なって置かれており、中央の丸い机には翡翠色の茶器がきれいに並んでいる。

 食事処には朱色の四人掛けテーブルセット。椅子にも机にも四角がかさなったような模様が彫刻されており、とても古風だ。

「雨戸、開けとこう」

 障子とその奥にある分厚い木の引き戸を開けると、そこは中庭。

 花丹の伝統的な庭園には、高木と低木がバランスよく植えられており、池には円形の東屋もあり、とても風情がある。

 (えんがわ)に腰かければ、視界いっぱいに美しい景色を映すことができる。

 庭の向こう側には自室や研究室、図書室、浴室、(トイレ)などがあるが、今は雨戸が閉まっていて中までは見えない。

「今までもらってきたお年玉やらお給金やら全部つぎ込んで買った幻想空域邸(げんそうくういきてい)……。人生で最高の買い物だ」

 仙術師ならば誰もが憧れる幻想空域(亜空間)を利用した一戸建て。

 例に漏れずわたしも子供のころからずっとほしくてたまらなかった。

 広さは標準で、設備にお金をかけたため、すべてが最新式。

 (トイレ)は流行りの西洋型の水洗式。独立洗面台付きの浴室は海を思わせる濃紺のタイル張り。

 台所(キッチン)には冷凍庫付き冷蔵庫があり、コンロもつまみをひねれば火が付く。

 最新設備のおかげで、仙術を使わなくても生活が出来るのだ。

「冷蔵庫に何かあるかな……。あ、冷凍庫にいいもの発見」

 わたしは冷凍されていた鶏肉の生姜スープとおにぎりを二つ解凍し、「いただきます」と、席について食べ始めた。

 飲み物はスペンサーが持たせてくれた茉莉花(ジャスミン)茶。

「それにしても、一体何を持って帰れば五億(ファ)になるんだろう……」

 スープの中に浮かぶ鶏肉や赤い枸杞(クコ)の実を見つめながら、わたしは溜息をついた。

「大天使の羽根に匹敵する価値のあるもの……。暁星(珍品)に対する値段のつけ方の知識がなくてまったくわからない」

 わたしは頭を抱えながら、ああでもないこうでもない、と、独り言をつぶやき続けた。

 そして、ふとあることを思いついてしまった。きっと価値はあるだろうけど、まったくもって近づきたくもないもの。

(憧温将軍の……頭蓋骨、とか?)

 なりふり構っていられない。

 この魔窟(ダンジョン)で一番価値がありそうなものと言ったら、それしか思い浮かばなかった。

 というより、それ以外知らない。

「行くか……、首を取りに」

 言葉とは裏腹に、心にはまったくやる気が起きなかったが、五億(ファ)のためならば仕方がない。

 腹を決めた。

「ごちそうさまでした」

 シンクで食器を洗い、さっと拭いて台の上に置いている籠の中に並べると、トイレを済ませ、家を出た。

 木の扉を三回大仙針(だいせんしん)でノックすると、扉は壁から離れ、風呂敷の中へと戻っていった。

「最深部……、か」

 幽霊などは嫌いではないが苦手な部類だ。

「どこかに穴でもあけて下まで降りて行こうかな」

 わたしには非常に大雑把なところがある。そして悲しいくらいに方向音痴。

 そのせいで身に着けたのは『洞窟内で道が無かったりわからなくなったりしたら、とりあえずまっすぐ掘って進めばいい。どこかには出るだろう』という超ポジティブ思考。

 もちろん、町中でそんなことはしないが、基本的にはそういう考え方で生きている。

(下に向かって掘っていくか)

 わたしは階段状に下に向かって掘り出した。

 煌糸(こうし)を魔法で編み、大仙針(だいせんしん)がドリルになるよう巻き付け、岩を砕き、石を巻き上げながら、下へ下へと進んでいった。

(けっこう振動するな……。鬼霊獣(グゥェイリンショウ)が掘った穴の中に入ってくるかも)

 ただ、この振動がよかったのか、怯えた鬼霊獣(グゥェイリンショウ)たちは近寄っても来なかった。

 得体のしれない何かが居住区で暴れていたら、鬼霊獣(グゥェイリンショウ)でなくとも怯えるだろう。

「ん? 何か硬いものがある」

 鋼か、大型鬼霊獣(グゥェイリンショウ)の骨で囲まれた墓室だろうか。

 鬼霊獣(グゥェイリンショウ)たちが縦横無尽に破壊することで歪んでしまったこの魔窟(ダンジョン)には、正確な地図などはない。

 墓地だった頃の地図なら博物館にあったが、今となっては何の役にも立たないほど道が入り組んでしまっている。

「白い粉……、骨だ。やっぱり、一度大型鬼霊獣(グゥェイリンショウ)が頭蓋骨を飲み込んだんだ。憧温将軍の怨念が毒になって全身を巡り、ゆっくりと死んでいって、そのまま墓室みたいになっているのか……」

 わたしは骨を砕き、穴をあけると、そこは案の定墓室の天井だった。

 遥か下の方に赤黒いグニグニとした触手にからめとられた頭蓋骨が見える。

 瘴気もすさまじいが、より濃く漂う腐臭の方がきつい。

「吐き気がする……。でもここまで来たからには、あの頭蓋骨を持って帰らないと」

 わたしは煌糸(こうし)を解き、大仙針(だいせんしん)に乗ると、下まで降りていった。

「うわぁ……、気持ち悪い……。触りたくない……、つらい……」

 ブーツから伝わってくる着地面のぶよぶよとした感触。

 わたしは虫が大の苦手だ。触れるのは(かいこ)だけ。それも、祖母が養蚕業をやっていたからで、積極的に触りたいというほどではない。

 目の前でうねっている触手はまるで巨大なミミズのよう。本物の虫よりたちが悪い。

――お前は誰だ。

 声が聞こえてきた。

 鉄同士が擦れ合うような不快感と、低周波がもたらす不気味さが相まって、心底恐ろしい。

 わたしは手足の先が冷えていくのを感じた。

「はじめまして……。えっと、駆け出しの探索者(サーチャー)で……」

――探索者(サーチャー)だと⁉ 我が宝物を漁る盗人どもか!

「あ、いや、そんなつもりはなくてですね」

――殺してやる! 全員、殺してやるからなぁぁああああ!

 言葉を間違えてしまったらしい。憧温将軍の頭蓋骨は恐ろしい形相で叫び出し、墓室内にむせ返るほどの瘴気(しょうき)がまき散らされた。

「けほっ、かはっ。こ、これはっ」

 わたしはすぐに煌糸(こうし)を編み、口と鼻を覆った。

――我が名は憧温! 戦神(いくさがみ)であらせられる麗桜(れいおう)大長公主(だいちょうこうしゅ)様の軍にて大将を務めし英傑(なり)

 頭蓋骨に絡んでいた触手がうねうねとその形を作り始めた。

 骨、筋肉、そして血色の悪い肌。

 (おぞ)ましい姿の憧温将軍が現れた。

――我が太刀の露となれ! 盗人!

「うわ!」

 わたしはあらゆる方向から繰り出される剣技を寸でのところで避け、仙術を繰り出した。

煌糸(こうし)捕縛!」

 純白に光り輝く糸が憧温のぬめりけのある身体に巻き付くが、つるりと抜け出されてしまった。

――おかしな術を使う小娘が! そんなもので我を倒せると思うてか! 笑止!

「小娘じゃなくて小僧です」

 数多の触手と、その先に握られた鬼霊獣(グゥェイリンショウ)の骨から作られた太刀が一斉に襲い掛かってきた。

 それらを避け、蹴り飛ばし、大仙針(だいせんしん)で斬り落としながら次の攻撃の機会を窺った。

 魔窟(ダンジョン)全体に感じる不快感よりも、「生きて帰りたい」という気持ちの方が強かった。

 そのおかげで、冷静に戦うことができた。

――逃げるだけか小僧!

 ぶよぶよとうねる地面を強く蹴り、跳躍すると、触手たちは追いかけるように上へとその気持ち悪い管を伸ばしてついてくる。

 それらを、身体をひねった反動で回転しながら大仙針(だいせんしん)で斬り落としていく。

――小癪(こしゃく)な!

 次々と追撃してきていた触手も、気づけばあと三本。

 これなら、避けながら攻撃を仕掛けられる。

「次はこっちの番です」

 わたしは大仙針(だいせんしん)煌糸(こうし)を纏わせ、矛の刃に変えた。

――そんな玩具のようなもので何が……あああ!

 素早く間合いを詰めると、矛を斜めに振り上げ、さらに斜めに振り下ろした。

 憧温の腕が二本、空をさまよい飛んでいった。

――な、な、何故だ! 我は将軍だぞ! そ、それなのに、こんな、こんな小僧に……

 三本の触手が襲い掛かってくる。

 それらをすべて斬り落とし、大仙針(だいせんしん)の先で床を突き、前方へ跳躍すると、その勢いで矛を振り下ろし、憧温の身体を斜めに切り裂いた。

――あ、あ、ああああああ!

 身体から瘴気が噴き出し、怨念をまき散らしている。

「その頭、もらいうけます」

 わたしはすぐに矛の刃を解くと露出した頭蓋骨を煌糸(こうし)で包み込んだ。

 憧温の仮初(かりそめ)の身体は崩れ落ち、灰になって地面に積もった。

「ふぅ……。まぁ、あなたを倒したところで、この土地に引き寄せられて変異した鬼霊獣(グゥェイリンショウ)たちはいなくならないので……」

 わたしは大仙針(だいせんしん)に跨り、魔窟を出るべく飛んでいった。

 服には気持ちの悪い液体や土埃、よくわからない汚れがべっとりついている。このまま蒐集屋敷銀耀(ぎんよう)に向かう気にはなれなかった。

 わたしは魔窟を出たところでまた扉を木に張り付け、中に入ってシャワーを浴びた。

 服はもう燃やすしかない。洗ったところで、瘴気までは落ちないからだ。

 わたしは急いで着替えると、庭で服を燃やし、灰になったそれをゴミ箱に捨てた。

 そして外に出て扉をしまい、銀耀(ぎんよう)に向かって飛行を始めた。

 外はもう夕方。陽が落ち始めていた。

 今日は実家で眠りたい。行きよりも速度を上げて飛び、四十分ほどで銀耀(ぎんよう)まで帰ってくることが出来た。

 屋敷に着いてすぐにノッカーを使って扉をたたいた。

 おそらく、というか多分、いや、絶対にスペンサーだろう。

 こちらに駆け寄ってくる軽やかな足音が聞こえた。

 扉が開き、営業スマイルのスペンサーが出てきた。ただ、私を見た瞬間、目を丸くして言葉に使った。

「……え? はい……? も、もう帰っていらしたんですか?」

「……え? はい……」

 怪訝な顔をされたことに少し傷ついたが、「魔窟行ってきました」と報告すると、スペンサーは唖然とした表情に変わった。

「あの……、中弐級のダンジョンだったんですけれど」

「中弐級とはなんでしょう?」

 ぼけっとした顔をしているわたしに、スペンサーは悲鳴に近い声を上げた。

「そこから⁉ そこから説明しないとなのですか⁉ というか、よく何も知らずに行きましたね⁉ わたくしが言うのもなんですけれども」

「……え? え?」

「ダンジョンには難易度に対して等級というものがあります。一番難しいのが地獄級、その次が特級、その次が上壱級、上弐級、上参級、中壱、中弐、中参、下壱、下弐、下参で終わりです。なので……、中弐級というのは難易度で言ったらほぼほぼ中間ということになりますね。駆け出しの探索者(サーチャー)が行くところではありません」

 スペンサーの言葉を理解するのに数秒かかった。それはわたしが疲れていたからというのもあるが、脳が事実を拒否しようとしたからでもあった。

「……じゃぁ、なんで指定したんですか!」

「だって五億(ファ)払うんですよね? それなら、中級以上じゃないと難しいですから。まぁ、二十四時間経たずに帰ってくるとは思いませんでしたけど」

「……とりあえず、納品するので鑑定してください」

「かしこまりました! 楽しみですねぇ。一体何をお持ちいただいたのでしょう!」

 屋敷の中に案内され、豪華な執務室のような部屋に通された。

 床には赤いベルベットの絨毯が敷き詰められている。調度品はすべて綺麗に磨かれており、机もソファも艶々だ。

 一体、この屋敷にはいくつの部屋があるのだろうか。

「じゃぁ、えっと、これです」

 そう言って大きな机の上に出したのは光る布に包まれた丸いもの。

 その布をゆっくり煌糸(こうし)に戻していくと、現れたのは憧温の頭蓋骨。

「な……」

 固まるスペンサー。

 これではだめだったのかと不安になったわたしは、次の瞬間耳を塞いだ。

 スペンサーが叫んだのだ。

「じょ、じょじょじょじょじょじょ、憧温将軍の! ずず、ず、頭蓋骨! きゃぁぁあああああ! すごいですねぇぇええ! あああああ、なんと、はやく適切な処理をして丁重に保管しなくては! もう、最高です! 翠琅(すいろう)さんは最高です!」

「そ、それならよかったです……。あの、それで、価値は……」

「んふふふふふ。この頭蓋骨一つで……」

 算盤をパチパチと叩く音が響く。

「このくらいですかね! おめでとうございます!」

「一、十、百、千、万……え? は、はち、八億(ファ)……?」

 目を疑った。

 何度も数え直した。何度も、何度も。

 算盤が示しているのは八億から変化しなかった。

「さぁ、お給金百万(ファ)と、ボーナスの二億(ファ)です」

「え」

 見たこともない札束と、ずっしりとした金塊をいくつも渡された。

 スペンサーは「金塊に関しては時価なので下がることもあるかもしれませんが、まぁ、大丈夫でしょう」と笑顔で話している。

「う、受け取れません! こんな……こんな……」

「では、うちの金庫に入れておきましょう。いつでも取りに来てくださって結構ですよ」

「き、金庫……、そうですか……」

 一体、いくら貯め込んでいるのだろう。一個あたり数百万円の価値がある金塊をポンと渡したり預かったりできる財力はどこから出てきているのだろうか。

「では、契約のお話をしたいのですが……どうですか? うちで働きませんか?」

 スペンサーは柔和な笑顔でわたしに問うた。

 強制するでもなく、ただただ少しの期待を込めた目。

「正直、楽しかったです。久しぶりに思いっきり仙術を使うことが出来て、誰かの役に立てるのも、とても嬉しかったです。だから……、はい。そうですね。働きます」

「そのお返事、首を長くしてまっておりましたとも!」

「でも契約書は読ませていただきます。説明不足なところは質問しますので、書き加えてくださいね」

「あらあら、しっかりしてますねぇ。ふふふ」

「契約ですから」

 わたしは決断したことに、自分でも驚いていた。

 でも、直観だが、これが正解な気もしていた。

(新しい仕事、両親にはなんて話そう……。〈やるべきこと〉についても、何も言っていないのに……)

 心配なこともあるが、それも今回のように乗り越えていけるだろう。

 部屋から見える夕焼けは、朝には見ている余裕のなかった朝焼けのように、やさしく室内に降り注いだ。


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