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螢惑守心の煌仙子  作者: 智郷めぐる
第一章
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第十六集:善戦健闘

「おお、平原だ。最悪」

 あちこちで探索者(サーチャー)の集団と鬼霊獣(グゥェイリンショウ)の戦いが繰り広げられており、地面には血がしみ込んでいない場所はないんじゃないかと思うほど。

 木にもたれかかるように座っているのは酷いけがをした探索者(サーチャー)だろう。

 喰われないようその周りで必死に戦っているひとたちがいる。

 そこら中に転がっている人間の遺体。見るも無残な状況だ。

 遺体が残っているだけいいのかもしれないと思ってしまうほどに。

 雇われ魔術師や呪術師たちも、死んでなるものかと頑張ってはいるようだが、探索者(サーチャー)たちとの連携がうまくいっておらず、苦戦しているようだ。

 そんな中、唯一好戦し、先へ先へと進んでいる一団があった。

(おお、傭兵を雇っているのか。そうとうお金持ちだなぁ……)

 獣化種族三人に魔術師と呪術師一人ずつの合計五人の護衛に、探索者(サーチャー)三人。

 探索者(サーチャー)の一人はかなり身なりが良いようだ。

「……あ、気づかれた」

 ただ、溶岩洞で会った探索者(サーチャー)たちとは違い、わたしから何かを奪う気はないようで、会釈だけしてさらに先へと進んでいってしまった。

 わたしも会釈を返し、死屍累々の戦場へと向かっていった。

「すごいな、ここ」

 林のような場所はあるものの、基本的に見晴らしがよすぎる。そして気候も安定しており、少し薄暗い。

 どうやら、時間は夕方で固定されているようだ。

鬼霊獣(グゥェイリンショウ)にとったらまさに狩場だ」

 わたしは間合いに煌糸(こうし)を編み状に張り巡らせ、襲い掛かってくる鬼霊獣(グゥェイリンショウ)を電流で弾き飛ばしながら前に進んだ。

(……それにしても、悲惨すぎる)

 探索者(サーチャー)が狙う暁星(逸品)の中には、鬼霊獣(グゥェイリンショウ)を倒し、その体内から切り出さなければならないものもある。

 角や(ひづめ)なんかは戦っている最中に折れることもあるが、体内で生成される香嚢(こうのう)なんかは殺さないと取り出すことが出来ない。

 そのため、むやみに探索者(サーチャー)を戦闘から救い出しては、彼らの利益にならないことが多い。

 探索者(サーチャー)は暁星を手に入れることに命を懸けている。

 助けたくても、暗黙の了解でそう出来ないのはとても辛い。

(プライドや利益を捨てて助けを求めてくれれば……)

 見渡す限り、そういうひとは誰一人いない。

 それもそうだ。凶悪な虫の鬼霊獣(グゥェイリンショウ)が蔓延る熱帯森林と、灼熱の溶岩洞を抜けてきた人々だ。

 簡単に音を上げたりしないだろう。

 わたしは『探索者(サーチャー)はそういうものだ』とは思いつつも、誰も救えない罪悪感に蓋をして、先に進んでいった。

「本当に広いな……」

 天井は少し低めのため、鳥型の鬼霊獣(グゥェイリンショウ)はいないのがせめてもの救いといったところ。

 壮絶な殺し合いのがあちこちで行われている中を歩いて進んでいくと、見慣れたものが目に入った。

「……あれは、錦鏡衛(きんきょうえい)の制服だ」

 漆黒の官服に濃紺の外套。胸にある刺繍は伝説にある三本足の烏、『八咫烏』。

 間違いない。今目の前でまさに死闘を繰り広げているのは、皇帝直下の警察諜報機関、錦鏡衛(きんきょうえい)だ。

「助太刀しますか⁉」

 気付いたら叫んでいた。彼らは探索者(サーチャー)ではないから、暗黙の了解など存在しないはず。

「……あなたは、姜先生の! お願いします! 助けてください!」

「はい!」

 わたしはすぐに大仙針(だいせんしん)を直剣に変え、獅子型の鬼霊獣(グゥェイリンショウ)瑪瑙獅子(マーナオシーズー)の群れの前に飛び出した。

「わたしが相手だ」

 直剣と鞘を打ち付け音を鳴らし、注意を引き付けた。

「来い」

 身体の芯から振動するような唸り声。鼻を衝く血のにおい。

 わたしは数十体並ぶ列の少し後ろに控えている、ひときわ大きな瑪瑙獅子めがけて跳びあがった。

「お前が長か」

 三メートルほどの瑪瑙獅子の長は突如目の前に現れたわたしを無礼だと思ったのだろう。

 怒りに任せて鋭利な爪を振りかざしてきた。

 わたしはそれを瑪瑙獅子の下に滑り込んで避け、そのまま首を切り裂いた。

 瑪瑙獅子の血をもろに顔と身体に浴びながら転がり、三メートルの体躯から抜け出すと、苦しそうに目を見開きながら息をしている瑪瑙獅子の前足の腱を斬り、跪かせた。

 とどめは脳天への一突き。

 長を殺された群れは、長の血で真っ赤になったわたしに恐れをなし、その場から脱兎のごとく逃げ出していった。

「あ、ありがとうございます」

「いえ。礼には及びません。あの、どうしてこんなところに……」

 錦鏡衛(きんきょうえい)の男性の後ろには、五人の部下と思わしき人々がぐったりとして倒れており、その中心には、見慣れない青年がおびえながらうずくまっていた。

 着ている服を見る限り、富貴な身であることは察せられる。

「とりあえず、みなさん手当てしましょう」

 わたしは救出用の樫の木の扉を出すと、全員を中に入れた。

「本当に、ありがとうございました、姜の若様」

「え、あ、いや……。その、『若様』っていうのやめてほしいです。翠琅(すいろう)でいいので、名前で呼んでください」

 わたしは人間の祖母が宗室の長公主という立場で、父も次子ながら侯爵の爵位を持っている。

 そのため、表向きの血筋で言うと、『尊く、貴い』ことになるのだ。

「わかりました。あの、ここはどういう……」

「いわゆる安全地帯です。とにかく、身体を休めてください。事情も聴きたいですし」

「なんでもお話いたします」

「まず、お名前をお伺いしても?」

「あ、そうですね。わたしは錦鏡衛(きんきょうえい)主督(しゅとく)汪 琰州(おう えんしゅう)です」

「では、汪主督。皇帝にしか仕えないあなたがた錦鏡衛(きんきょうえい)が、なぜこんなところにいたのか話してもらえますか?」

「はい……」

「やめろ! 話すな!」

 わたしが琰州と共に重傷な彼の部下たちを手当てしながら話を聞こうとしたとき、ずっと無言で座り込んでいた青年が叫んだ。

「同じ宗室とはいえ、お前に話すことなど何もないぞ、姜家の次男」

「……簫 祐玄(しょう ゆうげん)か」

 十年以上会っていなかった従兄弟。明るい場所で見れば、なるほど、面影がある。

 簫 祐玄(しょう ゆうげん)は、英王の孫だ。

「おい、様をつけろよ、様を」

「遠慮しておく。で? お前は何でこんなところにいるんだ? どうして錦鏡衛(きんきょうえい)と一緒にいるんだ? お前はなぜ戦っていなかったんだ?」

「うるさいぞ(きょう) 翠琅(すいろう)! お前には関係ないだろう! それに……、さっきの術はなんだ! またおかしな魔術でも覚えたのか⁉ 宗室の次男ともあろう者が魔術に(うつつ)を抜かすなど、あっていいことだと思うのか馬鹿者が!」

「話をすり替えるな。お前だけさっきの場所に放り出してもいいんだぞ」

「なっ!」

 祐玄は子供のころから変わっていないようだ。偉そうで、権力を傘に着て周囲を威圧する歪んだ性格。

 自分よりも地位の高い者にだけ善い子を演じる姿は、見ていて気持ちが悪い。

「脅しか、翠琅(すいろう)。この俺を脅すのか!」

「お前が何も話したくないならそうするしかないでしょ」

「くっ……。いいだろう。話してやってもいいが、お前からだ」

「なんでだよ。殴るぞ」

「ひあっ……。昔から変わらないな。お前の兄上と姉君はあんなにも穏やかで善人なのに、お前はすぐ俺に楯突いて暴力を……」

「お前が兄上の食事にいたずらするからだろ。姉上の着替えも覗こうと……」

「やめろ! 話すから!」

「最初から素直に話せよな」

 祐玄は心底悔しそうにわたしを睨みつけると、懐の中に抱えていたものを床に置いた。

「……卵?」

「そうだ。」

 見たところ、その大きさから普通の卵ではないことはわかる。

「何の卵を何の目的でどこからどうやってとって来たんだ」

「……昏唄麗鳥(セイレーン)の卵を、研究目的で、巣をもやしてとってきた。何か問題でも? 昏唄麗鳥(セイレーン)鬼霊獣(グゥェイリンショウ)だ。お前が好きな、保護の必要な可哀そうな動物たちではないぞ」

「……研究だと?」

 祐玄は、わたしが英王のしでかしたことを知っている、と言うことを知らない。

 というか、十七年前の真実を知っている人々の中に姜侯府は含まれていない。

 それもそのはず。父は弥王世子の子供を護るために記憶喪失を貫き通したのだから。

「お前には関係ない、翠琅(すいろう)

「いや、あるだろ。皇帝陛下直下の錦鏡衛(きんきょうえい)が一緒にいるのはおかしいだろうが」

「それは……。まぁ、そういうこともある、としか答えられんな」

 わたしが琰州の方を振り返ると、彼は顔を真っ青にしながら動揺し始めた。

(何か弱みを握られているのだろうか……)

 今追及しても、何も状況はよくならない。

 わたしはそれ以上、誰とも話すのを辞めた。

 黙々と手当てをし、簡単だが食事を用意してみんなに配った。

 祐玄だけは「こんなものしかないのか」と文句を言っていたが、奴と話すと胸糞悪くなるので無視することにした。

 食事から二時間は経っただろうか。琰州の部下たちが起き始め、「若様、何と感謝を申し上げたらよいか……」と泣き始めたので、「翠琅(すいろう)と呼んでください。礼には及びません」と言い、なだめた。

「わたしは仕事があるのでそろそろ行かなくてはなりません。もしもうこの地に御用が無いのなら、出口までお送りしましょうか?」

「そんな! 翠琅(すいろう)様にこれ以上ご迷惑はかけられません」

「でも、せっかく手当てして元気を取り戻した人たちがまた襲われるのは嫌です」

「お前の力など借りぬ」

「お前には話してないんだよ、祐玄」

「な!」

「どうしますか、琰州さん」

 琰州は痛々しい包帯姿の部下たちを見て、なにかをぐっとこらえるように目をつむると、わたしに言った。

「お送り願えますか」

「もちろんです。では、この部屋で大人しくしていてください。運びますので」

 わたしが部屋を出ようとすると、琰州が近寄って来た。

「あの……」

「安心してください。今日見たことは陛下には言いません。皇太子殿下にもです」

「ご配慮いただき、ありがとうございます」

「……何をしたんですか?」

 何をして、目撃され、脅されているのか。聞いておくべきだと思った。

「……無事に帰れたら、後日お礼に伺います。そのときに、すべてお話いたします」

「わかりました」

 わたしは扉を出ると、扉をポシェットにしまい、大仙針(だいせんしん)に跨った。

 自分一人なら飛んで帰るなんてことしないが、今は怪我人がいる。

 一刻も早く地上へ出なければならない。

 わたしは飛び上がると、そのまま一直線に螺旋階段へと向かった。

 そのまま飛び続け、溶岩洞を抜け、熱帯森林も抜け、入口へと戻り、樫の扉から全員を出すと、また魔窟(ダンジョン)内へと戻っていった。



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