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螢惑守心の煌仙子  作者: 智郷めぐる
第一章
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第十集:適材適所

「懐かしい、この感じ……」

 第一階層は緑豊かな地下大熱帯森林(ジャングル)だった。

「なるほど……。龍脈(レイライン)上にあるんだ、この魔窟(ダンジョン)。だから住み着いた動植物の〈願い〉に合わせて土地が変化する……。〈人間界〉だと珍しい形態だな」

 わたしが赫界(かくかい)――仙子(せんし)族や魔女族、獣化種族などの人間以外が主な住人の世界――の学校に通っていた頃、一人で夏休みに修業に行っていた魔窟(ダンジョン)がちょうどこういうところだった。

「怪我しないで帰れる気がしない。なんでわたしはひとりなの」

 先ほどまで「一人で頑張る」と言っていた意気込みが無残に灰に帰していく。

 修行時の恐怖が脳をかすめたが、それでものりこえてきたのだから大丈夫、と自分に言い聞かせ、うっそうとした茂みの中を進み始めた。

 幸い、第一階層は明るい。こういった龍脈(レイライン)上にある魔窟(ダンジョン)は階層ごとに昼夜が固定されているので、第一階層は明るいまま過ごせるということになる。

「……ところどころ伐採された跡はあるけど、どうせすぐに生長してまた道がふさがっちゃうんでしょう? これは方向音痴には厳しい仕様」

 わたしは残念なくらいに方向音痴である。煌糸(こうし)を地面に垂らし、来た道を記憶させながら前へと進んでいった。

「水の匂い……」

 川か池が近くにあるのかもしれない。

 魔窟(ダンジョン)の中であっても、熱帯森林には雨が降る。

 流入してくる濾過された海水と雨のおかげで水が豊富にあるのだ。

「水辺は鬼霊獣(グゥェイリンショウ)化した動物が集まりやすいんだけど……、ああ、やっぱり」

 後姿は大きな鳥類だが、振り向くとそこにあるのは人面。

人面鷲(じんめんわし)だ。しかも二羽……。魔窟(ダンジョン)で亡くなった人間の魂が憑依しちゃってるかも。攻撃はされないだろうけど……」

 人面鷲はとにかく口が悪い。罵詈雑言という意味ではなく、人間を不安にさせる預言めいたことを言うのだ。

 そして言葉巧みに操り、自ら命を絶たせようとする。性悪な怪異の(たぐい)だ。

 わたしは後ろを通り過ぎようとゆっくり歩いていると、急にぐるんと振り向いた人面鷲に見つかってしまった。

「こ、こんにちは……」

「おや、可愛い仙術師さんだねぇ。何をしにここまで? 馬鹿で愚かな人間どもに依頼されたのかい? 『僕ちゃんの代わりに危険に飛び込んで死んでくだちゃい』って! あはははははは!」

「あ、あはは……。じゃぁ、急ぐので」

「そうかいそうかい。その先には何組かの人間の団体がいるよ。あいつら、顔を合わせると言い争っているねぇ。語彙力が思春期で止まっているのかも。くっくっく……。巻き込まれないようにせいぜい気を付けるんだよ、お嬢さん」

「は、はい。ご心配どうも。それと、わたしは男です……」

「あひゃひゃひゃひゃ!」

 人面鷲は戦っても勝てない仙子(せんし)族には酷いことは言ってこない、が、少し先に人間の団体がいるらしい。

 きっと彼らは二羽の人面鷲に最低な気分にされていることだろう。

 とばっちりを受けないよう、少し道を離れたほうがいいかもしれない。

(伐採の跡は左に続いているから、わたしは右に行こうかな。ちょっと険しそうだけど)

 木々が密集している。

 ただ、わたしは団体ではなく一人行動。木が密集していようがいまいが、進み方は同じだ。

「前進あるのみ!」

 大仙針(だいせんしん)煌糸(こうし)を巻き付けて鉈に変え、歩行に邪魔な植物を切りながら先へと進んでいった。

「それにしても、暑い。毒草が怖くて腕まくりできないから余計に暑く感じる」

 通気性が無いわけではないのだが、なにぶん、スペンサーがわたしの身を案じて用意してくれた制服。防御力重視のため、生地は厚手だ。

「まぁ、虫に刺されないだけいいのかもしれないけど」

 先ほどから、直視しないよう気を付けてはいるが、さすがは熱帯。

 わたしが苦手な虫たちの楽園になっている。

 それも、鬼霊獣(グゥェイリンショウ)化しており、通常よりも大きい。

「最悪すぎる。天井高いし、飛んじゃいたいけど、空中戦になると群れで襲ってくるから余計に無理」

 精神衛生のため、煌糸(こうし)を空中で風車のように回転させ、近づいてこないよう追い払う。

「寒い階層に行きたい。もふもふした毛皮の有る鬼霊獣(グゥェイリンショウ)しか住めない等級(レベル)のところがいい……」

 極寒の地に住む毛皮を持つ鬼霊獣(グゥェイリンショウ)は総じて凶暴だが、見た目は虫よりずっとマシだ。

 心の平安を求め、前だけを見て歩き続けた。

「ひょわっ! ひぃいい! もう、鱗粉撒かないで!」

 蝶にすら怯える十六歳男性。

 入口から歩いて一時間、すでに心臓が激しく鼓動し、うっすらと涙が浮かんでいた。

「うっ、うっ……。はやく魔神蚕イビルスピリットシルクワームの巣を見つけて繭を持ち帰ろ……。え? もしかして、あの木?」

 目の前に現れた巨大な木は、灰色がかった樹皮と赤い楕円形の実が特徴の(くわ)

 その葉は蚕の大好物で、魔神蚕イビルスピリットシルクワームも例外ではない。

「葉っぱのところ……、いた! 大きいなぁ!」

 金粉をまぶしたような身体に、真っ赤な目。体調は五十センチほどでとても柔らかい。

 あれこそが赫界(かくかい)のお子様用昆虫図鑑にも載っているほど有名な魔神蚕イビルスピリットシルクワームだ。

 主に西欧の魔術師用法衣(ローブ)の材料としてその糸が珍重されている。

「繭はあるかな……、ああ、そうか。魔神蚕イビルスピリットシルクワームは木の中に繭を作るんだった」

 わたしはポシェットから薬草を数種類と、金属製の桶を取り出した。

「虫を眠らせるならこれが一番」

 桶の中に薬草を積み重ね、着火剤となる乾いた麻の綿を入れ、火をつけた。

「良い香りだけど煙がすごい」

 わたしはそれを木の真下に置き、少し離れた位置から観察した。

 すると、徐々に魔神蚕イビルスピリットシルクワームたちの動きが鈍り、木の枝や葉にもたれかかるように動かなくなった。

 成虫である魔神蛾イビルスピリットシルクモスもふらふらと空中を漂いながら地面にゆっくり降り立ち、スヤスヤと寝始めた。

「ごめんね。繭貰っていくね」

 持って帰らなければならないのはおよそ千六百個。

 目の前にある大木だけでは、一つの(コロニー)から採りすぎてしまうので、周辺の他の巣からも少しずつ取らなくてはいけない。

「今日は泊りだな……。さっそくスペンサーさんとの約束破ることになっちゃうけど、ここは比較的平和だし。いいよね」

 口と鼻を布で覆いながら燻しセットを回収すると、今度は後方にある木に設置した。

 他の木を燻している間に木の上部まで飛び、中へ入って繭を回収する。

 一つの木から採るのはだいたい百個前後。

 神々しいほどに白く艶やかに輝く繭は、触っていたくなるほどすべすべだ。

 二時間ほど作業をして、休憩をとり、再びまた作業。

 合計六時間ほどで必要な分の繭をとり終わることが出来た。

「はぁ、疲れた。仲間がいればもう少し早いんだろうなぁ」

 土や木くずの汚れを払うと、魔神蚕イビルスピリットシルクワームたちが住んでいる場所から少し離れた木に梅の木の扉を取り付け、中に入っていった。

「もうヘトヘト。冷凍の肉まんか何かなかったかな……」

 冷凍庫を漁り、何かないかと探していると、突然轟音が鳴り響いた。

 それは魔神蚕イビルスピリットシルクワームの巣がある方から響いてきた。

「嫌な予感がする……」

 わたしは幻想空域の家を飛び出し、音のする方へと向かった。

「な、なんてこと……」

 そこには六人組の人間の探索者(サーチャー)がおり、魔神蚕イビルスピリットシルクワームの巣を破壊し、抵抗する魔神蛾イビルスピリットシルクモスを殺し、繭を奪い取っている地獄のような光景が広がっていた。


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