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螢惑守心の煌仙子  作者: 智郷めぐる
第一章
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第九集:異国情緒

「おおお……、なんという栄え方をしているんだ……」

 花丹国一の港町、長海(チャンハイ)

 現代語では長海(ちょうかい)と読むこの場所は、漁業も盛んだが、それよりも貿易の拠点としてとても栄えている。

 街中ではハイカラな西欧諸国のドレスやスーツ姿で歩く若者の姿が目立つ。多種多様な文化が花開いているのだ。

 それは建造物にも現れており、煉瓦で作られた瀟洒な商店や白亜のタイルで化粧を施された宿泊施設、色鮮やかなモザイク画がほどこされた壁など。

 目にも楽しい、とても華やかな街である。

「あ、あれ、なんだろう。美味しそうだなぁ」

 色彩豊か(カラフル)な甘いお煎餅のようなものに、クリームやジャム、季節の果実などが挟まっていて、とても美味しそうだ。

「えっと、なんて書いてあるかな……、馬卡龍(マカロン)?」

 上空から見ているだけでも楽しいこの街が、今回の派遣場所だ。

「どこに降りようかな。あの防潮林(ぼうちょうりん)のあたりでいいかな」

 海岸沿いにはかならず植樹してある塩害に強い木々。

 突然の津波や潮風を防ぐために人間が編み出した知恵の一つだ。

「よいしょっと。木はところどころ植わってるけど、基本的には遮蔽物の少ない見晴らしがいい街。大きい船からはどこも丸見えって感じかな。こっそり扉を設置できる場所があるといいんだけど……」

 様々な国から到着している船はみな人員や荷物を積む関係でとても大きい。

 船上から街中が見渡せそうなほど巨大な船もある。

 魔窟(ダンジョン)があるのはまさに港の最北端。誰も近づかないほど昼間でも暗い防潮林の向こう側だ。

「出来れば、こっちの明るい方に扉をつけたいんだけどな」

 女神ジャリアを倒してから三日。格付(ランク)がついている魔窟(ダンジョン)でなかなか酷いめにあったことで、スペンサーと、さらにはアーサーが心配し、一階層確認するごとに地上へ戻るというやり方にしよう、と頼まれたのだ。

 なぜなら、今回潜る魔窟(ダンジョン)は、まだ格付(ランク)すらついていない、未知の領域がたくさんあるところだからだ。

「ううん……。まぁ、いいか! もしかしたら他の探索者(サーチャー)のひとたちが作った安全地帯があるかもしれないし。危険だったら地上に戻ることにしよう」

 わたしは防潮林の影から出ると、町中を歩き始めた。

 すると、後ろから声をかけられた。

「お嬢さん! お嬢さん! そこの、空を飛んでいた……」

「あああ、あの、あまり大きな声で言わないでください……。それに、わたしは男です。ご用はなんですか?」

 慌てて振り返ると、そこにはわたしよりも少し背の小さい柔和な笑顔の初老の男性が立っていた。

 首には数種類の巻き尺(メジャー)がかかっており、手首には針山が巻かれている。

「あなた、その服……。どこかの蒐集屋敷で雇われているメイド……いや、そうか、フットマンさんってことでしょうか?」

「えっ! そ、そうです……。どうしてそれを……」

「その生地、上等な仕立屋(テーラー)しか扱えない、貴族がお召しになるような最上級の紳士服用ですもの。失礼ながら、花丹の若者には手が出せる値段ではありません」

「……え! そ、そんなにすごい生地なんですか⁉」

「ええ、ええ。そうですとも。特にこれは……、うん。魔法使い用ですね。天絹糸(エンジェリックシルク)が織り込まれております」

「そんなこともわかっちゃうんですか?」

「ええ。なぜなら、このへんでその生地を扱っている生地問屋はうちだけですから」

「あ……、そうなんですね」

「あなた、〈銀耀(ぎんよう)〉のフットマンさん、というか、探索者(サーチャー)さんですね?」

 もうここまで推理されていたら、「はい」と言うしかなかった。

「やっぱり! 私の名はジョージ・マックス。アップルトン卿にはいつも大変お世話になっております」

「初めまして。わたしは(きょう) 翠琅(すいろう)と申します」

「ほほほほほ。今後ともよろしくよろしくお願いいたします」

 スペンサーはやはり貴族なのだろうか。それも、異国の。

 そういう世界はわたしにはよくわからない。

 両親は花丹で宮廷医師(くすし)として働いているため、庶民にしては貴人との関りは多い方だ。

 特に母は後宮にも出入りしているので、町中でも宮女や使用人を連れて歩く貴人たちに「姜先生」と話しかけられれば、優雅にそつなく会話をこなしている。

 わたしはその姿を見て育ったおかげで、『貴族と長話にならないよう、丁寧に接しつつどうかわすか』だけは身についている。

「それで、なにかご用ですか?」

「あの……。助けていただきたいのです!」

「……と、申しますと?」

 マックスは大きくため息をつきながら、数ある船の中でもひときわ大きく豪華な装飾がついている船を見上げた。

「一昨日、西欧で最も魔法使いが多く、その勢力も強大な国、ドライグ連邦国の公爵家から依頼を承ったのですが……。それが、二週間以内に魔絹糸(イビルシルク)を百(たん)分用意しろと言われまして……」

「百(たん)……⁉ ご、五キロメートルくらいってことですか?」

「そうです。長ければその分も金を出すと言われました。でも、今在庫は三十(たん)ほどしかなく、どう丁寧にお伝えしても、『用意しろ』としか言われなくて……。お願いです! 魔窟(ダンジョン)に行った際に、一階層目に生息している魔神蚕イビルスピリットシルクワームの繭をたくさんとってきてほしいのです! お代はかならず払いますから!」

「それは……、お引き受けできますが、その、数日で生地にまでできるものなのでしょうか」

「できます! なぜなら……」

 そういってマックスが披露したのは、指先から小さな炎を出す魔法だった。

「私も弱いながら魔法使いなのです。日常生活を便利にする程度の魔法しか使えませんが、そのおかげで、繭から糸、糸から布の工程は一人で出来ます」

「魔法使いさんなんですね。では、その依頼お引き受けします」

「ありがとうございます!」

 わたしはマックスから手渡された簡単な契約書をよく読んでから署名(サイン)すると、控えを受け取った。

「じゃぁ、明日か明後日には持ってきますね」

「はい! うちの店は潮錆(しおさび)通りに入って右手側五つ目です」

「わかりました。ではまた」

「お気をつけて! ご武運を!」

 大袈裟なくらい手を振ってくれたマックスに会釈をし、再び街中を魔窟(ダンジョン)に向かってゆっくりと歩き始めた。

魔神蚕イビルスピリットシルクワームの繭、三百五十キログラム分か。多ければ多いほどいいって書いてあるから、四百くらいとっていこうかな。わたしも欲しいし」

 わたしは初めて見るものがたくさん並ぶ屋台に吸い込まれるように寄り道しながら、しばし散歩を楽しんだ。

「マカロン、美味しい!」

 (みやこ)とは違う賑わいを堪能しながら歩いていくと、どんどんと怪しい雰囲気が漂い始めた。

 港町の北側、陽の光があたりづらい路地にもいくつか店の看板は出ているものの、明かりはついていない。

 その代わり、赤い木札、青い木札、黄色い木札、白色の木札がかかっている。

 赤は『一見さんお断り』、青は『どなたでもどうぞ』、黄は『商談中』、白色は『準備中』だ。

 すべてが違法な店舗というわけではなく、知っている人だけが買うことができる系統のものを扱っている店もある。

 その代表が、錬金術師や呪術師の店だ。

 人間が見ても意味が解らないもの、扱えないもの、危険なもの、人間には視認できない薬草や生物など、そういったものを売っている。

 現在、花丹国には呪術師や錬金術師に関する犯罪を罰する法律は無い。なぜなら、国家に保護されているからだ。

 外交特権ならぬ、異能力者特権とでも言うのだろうか。

 錬金術師も呪術師も、国にとっては資産であり、兵器でもあるのだ。

 罰するよりも飼いならし、囲った方が得策と言うわけだ。

 異能力保持者を罰する法律が定められているのは西欧と東欧の一部の国、そして花丹国の東側にあるイーグリアという大国だけ。

「だからこういう店もいっぱいあるんだよね。花丹には」

 わたしも買い物に行くことがあるくらい、仙術師や魔術師にとってはポピュラーな店なのだ。

 入店条件はそれぞれの店で違うこともあるが、大体は『術を見せる』のが一般的。

「時間があったら寄ってみようかな」

 ただ、ここの路地にあるいくつかの店は、どこか雰囲気が悪い。

(人間に麻薬を売る店もあるかもしれないな。阿片(アヘン)とか)

 陸にある貿易路、通称〈シルクロード〉を通り、ここ花丹に阿片が流入し始めてからすでに数百年経っているが、中毒者は後を絶たない。

 わたしの両親は階級関係なく病人を受け入れるので、深夜になんども中毒者を治療する光景を目にしてきた。

 あれはこの世の地獄だ。

(阿片や大麻の販売が医療目的じゃない店は、医療従事者の皆さんのためにもつぶしておこう。それにしても大通りから離れてるなぁ。魔窟(ダンジョン)から帰ってきた個人事業主(フリー)探索者(サーチャー)からすぐ暁星(珍品)を買い取れるようにこんなところにお店を出しているのか?)

 以前雑談の中でスペンサーから教えてもらったのは、探索者(サーチャー)の中にはどこの蒐集屋敷にも所属せず、個人事業主(フリー)で活動している人たちがいるということ。

 彼らはそれぞれ組合(ギルド)を結成し、小競り合いを繰り返しながら一応共存しているらしい。

(……噂をすれば)

 魔窟(ダンジョン)がある防潮林のほど近くに大きな酒場を見つけた。

 三階建ての八角柱の建物で、それぞれの階に朱色の屋根がついている。

 ぶら下がっている灯篭(タンロン)は昼間だというのに赤く煌々と光っている。

 軒先についている宮灯(ゴンドン)には、屋号なのか〈晴力(チンリー)〉と書かれている。

 そして入口のすぐそばの柱に打ち付けられた木の板には、『探索者(サーチャー)大歓迎! 情報交換大歓迎! 喧嘩両成敗!』と赤い文字で記してある。

(……お店の名前は爽やかだな。ここが集会所(ギルドホール)ってやつかも。わたしには関係ないけど)

 遮音性が高いのか、窓や扉に映る人影は見えるものの、話し声は一切聞こえてこない。

(秘密がいっぱいありそう。わたしはひとりで頑張ろうっと)

 わたしはさっそく魔窟(ダンジョン)にもぐっていくことにした。

 入口には大きな磁器製の壺がおいてあり、香炉灰(こうろはい)で満たされ、何本もの長いお線香が刺さっている。

 安全祈願だろうか。それとも、仲間の弔いなのだろうか。

 地面に何本か剣や斧、ツルハシが刺さっており、そこには渦巻き状のお線香がぶら下がって静かに燃えている。

「……行こう」

 暗い、先の見えない穴に入ってすぐのところにある、螺旋状に整えられた道を進んでいった。

 まずは第一階層。探索開始だ。


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