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墨俣

 美濃攻めで手柄を立てる。そのチャンスが向こうからやって来た。


「上様がお呼びで御座います」


 美濃を攻めあぐねている信長から、半兵衛に声が掛かったのだ。おれは半兵衛と共に信長の元に向かう。



 うぐいすの鳴き声が聞こえるというのに、肌寒い日が続いている。しかしこの時ばかりは全くその寒さを感じなかった。

 今日はおれを売り出すチャンスだ。



 半兵衛が藤吉郎の家臣となっている事を、信長も承知しているはず。しかし上様から視線を向けられ、美濃攻略を問われた半兵衛が先に話し出す事になる。


「美濃の三人衆を取り込むことが肝心であると考えます。ただそれには、敵に効果的な打撃を加える事が先決です。凋落はその後となりましょう」

「その打撃だ、どうするのか?」

「それは藤吉郎殿に妙案があるようで御座います。私も話を聞き、それは奇策と感心いたしました。ぜひ上様にとお勧め致しましたが、藤吉郎殿は普請奉行の身では恐れ多くて申し上げられないと――」

「藤吉郎!」


 信長の鋭い視線が、半兵衛の横に座っているおれに注がれた。

 ここでおれは身を乗り出すと、一気に話し出した。


「私の考えました作戦では、まず木曽川を渡って、敵地である向こう岸にとりあえず簡単な城を築き、そこを橋頭堡として敵をかく乱し――」

「たわけ!」


 途中まで聞いていた信長の怒りが爆発した。


「左様な事を考えぬ儂だと思っておるのか。わざわざ呼んだうぬらの知恵はその程度か」

「ですが、墨俣であれば」

「墨俣ならば何度もやっておるわ」


 実際墨俣に城を築く試みは何度も失敗している。おれは食い下がった。


「城を築くのに何ヶ月も掛かっていたのでは、確かに無理だと思われます」

「なに、ではその方なら幾日で出来ると言うのだ」

「三日あれば造ってご覧に入れましょう」


 藤吉郎の墨俣一夜城は有名な話だが、どうやっても流石にそれは無理だ。だが、三日あれば可能ではないか。結局上様からは、出来なければ腹を切れと言い渡された。



「半兵衛殿、上様とあのような約束をしてしまいました」

「殿、こうなった以上やるしかありません」

「だがな半兵衛、私には手勢が無いのだ」


 確かに普請奉行では打つ手がない。


「殿は以前野党集団に居たと言うではありませんか?」

「あ、いや、半兵衛、野党ではなく野武士の……」


 そうだ、あの連中が居たではないか。あの野武士達を味方に引き入れたら立派な手勢になる。




 おれはすぐ蜂須賀村に跳んだ。


「お頭、覚えてますか、あの小僧が来ました」

「小僧だと。あっ、おまえは」

「お頭、お久しぶりです」

「なんだてめえは、まさか本当に大名とかになったわけじゃねえだろうな」


 頭目はそれなりに整った藤吉郎の姿を見て、まさかと疑った。だがおれの話を聞くとしんみりとなった。


「そうか、おまえが織田家になあ」

「お頭、じつは今日伺ったのは他でもない、おれの仲間になってはくれないかと思いまして」

「仲間だと!」


 頭目はその大きな目玉をぎょろつかせ、


「思いましてだのなんだのと、てめえなにを水くさい事を言ってやがる。俺達とおめえとは元々仲間じゃねえか」

「いや、織田家の仕事を引き受けてはくれないかと思って言っているのだ」

「織田家の……」


 ここで頭目の姿勢が少し改まったように見える。


「それは、もしかして、俺達が織田家の家臣になるって言うのか?」

「いやそうではないが、働き方次第では、そんな事も有り得るという話だ」


 お頭は腕を前で組むと、しばらく目をつぶっていたが、大きく息を吸うと両手を広げて膝に置き、


「それで、何をすれば良いのだ」





「十三尺と七尺だぞ。切り揃えろ」


 砦を守る塀を築くんだ、切り出す杉の丸太を約四メートルと二メートルに揃えろと、指示を出した。そして四メートルの丸太は片方を尖らせておく。

 ここは木曽川の上流で、織田の領内だ。頭目以下全員がやって来た。働き方次第では織田家に仕える事も出来ると言って叱咤激励した。


「お頭、伐採した杉の枝は全て葉先を下にして、山の斜面に敷き詰めてくれ。その上を滑らせて、山裾の川辺にまで丸太を運ぶんだ」


 丸太は二十本くらいでまとめて、それをいくつも数珠繋ぎとし、蛇行しながら山の斜面を滑り降りる。筏のように丸太の上に舵取りの者が乗り、長い棒を使って方向を変えながら斜面を滑り下る。昔の日本では当たり前のように行われていた、切り出した丸太の運搬方法だ。


 そして大雨が降るのを待ち、丸太で筏を組み流した。墨俣で引き上げると、川からさほど離れていない場所を選ぶ。その場で丸太を組み合わせ、麻縄で縛って二メートル四方の台を作る。それを並べて、今度は四メートルの柱を台の前の地面に打ち込んで縛り固定する。岩に当たって多少入っていかなくても、丸太造りの重い台に縛り付けるから倒れる事は無い。

 これを続けて、最終的にはほぼ百メートル四方の砦が築かれた。西部劇によく登場する騎兵隊の砦だ。後はゆっくり本体の建物を建てればよい。


 美濃の側が気づいたのは上陸して二日目で、出陣して来たのは三日目だったが、既に三メートルから四メートルもの壁を備える砦が出来上がっていた。もちろん守っている兵は野党集団だった。砦の中から矢を射かけられては手も足も出ない。

 攻め寄せて来た美濃勢を何度も撃退、奮闘したのは言うまでもなく、正規の武士に勝った彼等は勝利の雄叫びを上げたのだった。


「半兵衛」

「はい」

「これが逆だったらどうなっていたかな」

「と言いますと……」


 おれは河原の石を拾って投げながら、


「おれなら火矢を使うだろう」

「あっ」

「こんな木造の砦など、火矢を放てば直ぐに焼け落ちてしまうぞ」

「…………」


 心配していたそれを美濃の軍はしなかった。おれは掛けに勝ったのだ。

 チャンスが来たと見れば、勝負はレバレッジを掛けるのが常道。大きく勝つ時は平均値では駄目だ。リスクは恐れずプラスに変えて突っ走る。


「この小さな砦を叩き損ねた美濃は、いずれ自身の国を亡ぼすだろう。代わりにここから上様が天下を取りに出る。その大舟の後を何処までも付いて行くだけだ。あの方は確かに其方の言う魔王だからな。誰よりも早く、日本をしっかりつかみ取るぞ」


 そう言い切ったおれの顔を見つめる半兵衛は、何を思ってか、確信を得たように頷いている。





「藤吉郎殿」

「はい」

「上様がお呼びで御座います」


 藤吉郎は上機嫌の信長から呼び出されて、秀吉の名を賜わり、足軽大将となった。




 墨俣に砦を築かれた美濃は揺れ動く。稲葉伊予守を始めとする美濃の三人衆は、ついに斉藤家の将来を見限り、織田方に降った。もちろん竹中半兵衛の懐柔策によるものだったがな。

 やがて稲葉山城は落ち、斉藤龍興は逃亡する。信長は居城を清州から稲葉山城に移して、そこを岐阜と改めた。


 次に信長は伊勢の攻略に取り掛かったのだが、ここでも秀吉の活躍が続く。

 目覚ましい働きをするのは、あの野武士軍団が中核となる木下部隊だ。秀吉はもはや完全に織田軍団の一角を占める軍の武将となっていた。


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