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純愛  作者: 大河 亮
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 『デートに誘いなさい』休み時間はいつもこのことばかり考えてる。そんな簡単にできないよ。バイト中に言われたときは、やってやるぞっていう気持ちになってたけど。そもそもデートってなにをするの?お茶する?映画?遊園地?家?みんなどうやって誘うんだろう。僕は綾野さんを誘うところをイメージする。『いい店見つけたんだ。今度の日曜日、一緒に行かない?』なんかチャラいかな。飲み屋に誘ってるみたいだし。『今見たい映画があってさ。付き合ってくれない?』相手の趣味と都合を度外視しすぎだな。今見たい映画ないし。『遊園地とか興味あるかな?楽しいよきっと。一緒に行こうよ』なんだかなぁ。楽しいのは事実だろうけど。まず初デートが遊園地というのは、僕的にはハードル高いかも。待ち時間とかなに話すの。『俺んち来いよ』駄目。というか無理。なんてことを考えていたときだ。「うい智哉!おつかれ!」「ふぁぁん!」井上に後ろからグーで肩を押された。いつもならビクッとなるだけだが、考えていた内容がいけなかったのか、とんでもない声を出してしまう。「え、ごめん」さすがの井上も罪悪感を抱いたようだ。いや、まぁ悪くないといえば嘘になるかな。とにかく恥ずかしいから謝らないで。


 井上は勘のいい奴だった。さっきの態度で僕がなにか悩んでいると察したようだ。執拗な質問攻めに遭い僕は白状した。一応綾野さんの名前は出さなかったけど。「なるほど。お前も青春してるじゃないか」柏木さんみたいなこと言うんじゃない。あぁもぉ恥ずかしい。「で、デートの誘い方だっけ?そんなの普通でいいんだよ」いや、その普通がわからないから悩んでるんだけど。大体普通ってのは簡単なようで一番難しいんだぞ。「普通ってどんな感じ?井上ならどう誘うの?」バレた以上仕方ないので素直に聞いてみる。「やっぱ、今度の日曜飯行かない?とかじゃないか?」なるほど。シンプルにストレートにがいいのか。まぁ確かに変に拘ったり、かっこつけたりすると逆効果かもしれない。第一僕にそんなことできない。「でもまぁそういうこと悩むなんて。俺は嬉しいよ。頑張れよ」あぁ。井上が友達でよかった。軽薄な面が目立つ奴だけど、コミュニケーション能力の高さは本物だ。人の気持ちを察することができるのもすごいよ。本当にありがとう。「で、綾野さんのどこが好きなの?」前言撤回。察しがよすぎるのも考えものだ。


「てか今日飲み会だけどどう?」今日も飲み会か。まぁ前回から2週間ぐらい経ってるし、周期的にはそんなものか。「偶然今日もバイトはないよ」「おぉよかった。今日、まゆみん先輩来るんだよ」まゆみん先輩とは僕たちの一つ上の、大谷(おおたに)真由美(まゆみ)先輩のことだ。うちの大学にミスコンはないが、裏では彼女こそがクイーンだと囁かれる程の女性だ。大谷先輩がいるだけでその辺りはスポットライトが当たったように明るくなり、大谷先輩が通った道は花が咲いたように華やかになると言われている。確かにとても綺麗な人だ。服装や化粧も洗練されていて、とても同じ大学生だとは思えない。そんな大谷先輩だが威張った様子や近づき難い雰囲気は一切ない。寧ろ人当たりがよく、誰にでも優しく接する。そのためか交友関係が広くいつも忙しいらしいので、あまりサークルの活動には参加していない。まぁ飲み会しかしてないんだから当然かもしれないけど。そんな人なのでうちのサークルの先輩や同期たちが何人か告白したらしいが、全員がフラれているという伝説もある。あの哀川先輩もその一人だという説も。とにかく僕にとっては高嶺の花という人だ。「そうなんだ。でも今回も誘われてないよ」「今回は俺から誘っといてくれって頼まれたの。とりあえず参加な」そう言うと井上はスマホを取り出してなにかを入力し始めた。どうやら今回の幹事は井上らしい。僕には回ってくることのない役職なんだろうと思いながら、心の中で井上に頭を下げた。


「かんぱーい!」いつもの居酒屋にまた哀川先輩の大声が響く。今回集まっていたのは、いつもの二、三年生たちと数人の一年生だけだ。今年は本当に入部した人が少なかったのだろうか。前回の飲み会でのできごとが原因で、上級生たちも無理に引き止められなかったのかもしれない。その方がいいと思う。そういえば大谷先輩もいない。「大谷先輩は?」「ちょっと遅れるってさ」鶏の唐揚げを食べながら井上は答えた。「おい智哉!フライドポテト三つと生二つ!」哀川先輩の怒号にも似た声が響く。今回僕が座った場所は、店員を呼ぶためのインターホンが最も近い席だ。おのずと僕が注文する係になる。「はい」愛想笑いを振りまきながら哀川先輩に返事をする僕。今日は忙しくなりそうだ。井上は一年生と話してるしどうしたものかな。とりあえず鶏の唐揚げを食べるか。そう思っていたとき。「おい智哉!」また哀川先輩に呼ばれた。哀川先輩を見ると僕を手招きしている。まだインターホンを押してから店員さんが来てないんだけど。でも呼ばれた以上行かないわけにもいかない。井上に注文の内容を伝えた僕は哀川先輩の元へ向かった。哀川先輩の横の席は空いていた。促すように哀川先輩が席を叩く。僕が仕方なく座ると、哀川先輩は僕に生中を差し出した。「まぁ飲めよ」そう言った哀川先輩の顔は、とんでもなく意地の悪いものだった。どうやら哀川先輩は学んだらしい。大っぴらに人をいじめるのではなく、静かにいじめれば批判を受けにくいこと。そして既にいじめたことがある人間なら、いじめても反撃を受けることはないだろうと。確かにその通りだろう。どうりで今回は誘われたわけだ。


 中ジョッキが空くとすぐに次の生中が注文される。空けては注文され、空けては注文され。その間哀川先輩からダメ出しを受け続ける。『飲み会の参加率悪くないか』『もっといろんな趣味を持てよ』『早く車の免許取れよ』『早く彼女作れ』どれも余計なお世話だった。最初のうちこそ少し反論したが、途中からはアルコールが回ってきたのと、言っても無駄と思いただただ頷くだけだった。これを本当に楽しんでやっているのだろうから、心底ゲスな人間なのだろうと思う。それでも僕はこの飲み会に参加した。こんなことになるなんて思わなかった。といえば聞こえはいいだろう。だが僕が標的にされなくても、誰かがこうなっていた。そんなことを許す集まりに自ら参加したのだ。前回誘ってもらえなかったからなのか、今回誘ってもらえて嬉しいと思ってしまった。一人でいるのが好きかのように振る舞っているが、結局のところ寂しいと思っている。それでも僕は自分からは話しかけることができない。嫌な顔されたり、つまらない奴だと思われて嫌われるのが怖い。これ以上人が僕から離れていくのが怖い。だから僕は勧められた生中を飲み続ける。哀川先輩にいじめられている間は人と繋がっていられるから。あわよくば誰かの同情を買えるから。もちろんそんなことはありえないのだけど。


「遅れてごめんなさーい!」顔の前で手を合わせながら大谷先輩が元気よく哀川先輩の後ろに立つ。それぞれ楽しんでいたみんなの視線が一斉に大谷先輩に注がれる。確かにこのサークル全体が華やかになったように思えた。初めて大谷先輩を見た一年生たちは、こんなに美しいものが存在するのかというように大谷先輩を凝視している。去年の僕たちもあんな感じだった。僕も大谷先輩を見ていたが、正直もうトイレに行きたくて仕方なかった。辛い。気持ち悪い。すると大谷先輩と目が合った。咄嗟に目を逸らす。そして大谷先輩が。「ごめん、智哉くん。久しぶりに哀川くんと喋りたいから席いいかな?」若干酷い気もしたけど、今は渡りに船だ。僕は速やかに席を立ちそのままトイレに向かった。運良く個室は空いている。駆け込むと同時に僕は便器に嘔吐した。走馬灯のようにさっきまでのできごとが頭に浮かぶ。腹立たしかった。哀川先輩はもちろんだが、僕自身のこともだ。そんな気持ちも吐き出したかった。というか関係ないけど、なんでみんな僕のこと下の名前で呼ぶの。どうでもいいことを思い浮かべる自分にも腹が立つ。とにかくなんでも腹が立つ。なんでこんなに吐かないといけないんだ。胸が痛くて涙が出る。鼻水まで出てきた。僕はしばらくトイレから出られなかった。


 ようやく井上の隣に戻った僕だったが、正直まだ気持ち悪かった。「大丈夫か?」井上が心配そうにしている。そんな井上には申し訳なかったが、心身共にきつかった僕は黙ったまま何度か頷くことしかできなかった。井上は水の入ったグラスを僕に渡すと。「ほら、まだ誰も口つけてないから。元気出せよ。綾野さんに告白すんだろ?」声のトーンは高いが小さめの声だった。会話に夢中になっている他の人たちには聞こえなかっただろう。でも十分恥ずかしい。「告白じゃなくてデートに誘うんだよ」そう言って僕は井上の肘にデコピンをしてやった。まったく。でも少し元気が出た。だがそれは束の間の平穏に過ぎなかった。「智哉くん告白するの?綾野さんって?」後ろから聞こえる黄色い声。怖い。後ろを振り向くのが怖い。僕は恐る恐る後ろを振り向く。ホラー映画でよくこんなシーンを見るけど、自分がやるのは初めてだ。後ろに立っていたのはやはり大谷先輩だった。ホラー映画なら叫び声を上げているだろう。しかも僕の隣の席は偶然空いていた。こんな時にトイレに行くなよ。理不尽な怒りを抱く僕。大谷先輩は当然のように僕の隣に座った。そして笑顔で僕を見つめてくる。本来なら嬉しいはずなのに、こんなに恐ろしいことはない。僕はチラチラと大谷先輩の様子を窺う。だが大谷先輩は不動の構えだ。「こいつ遂に好きな人ができたんですよぉ」やめてくれ井上。僕は困った顔を井上に向ける。「せっかくだからまゆみん先輩に相談してみろよ」「そうだよ智哉くん。話してみなよ」大谷先輩はここぞとばかりに井上に乗っかる。気持ち悪いって言って帰ればよかったかな。僕は前回の飲み会のこと、自己紹介しあった時のこと、綾野さんの絵を見た時のことを大谷先輩に話した。大谷先輩は終始ウキウキした様子だった。井上もウキウキしてやがった。「そうなんだぁ。正直なとこ智哉くんはそういうことに興味ないと思ってた。なんか嬉しい」喜んでもらえてよかったです。井上は喜ぶな。「で、智哉は綾野さんをデートに誘う方法で悩んでるんです」だから勝手に言うなって。僕は軽く井上を睨む。「あぁ、そうだよね。緊張するよね。でもやっぱり素直に言われるのが一番嬉しいよ。変にかっこつけちゃうと打算ぽくなっちゃうかもだし」やっぱりそうなのか。ストレートに誘う。それが結局のところ一番いいのか。女性の意見が聞けたのはよかった。いろんな人に告白されている大谷先輩なら尚更だ。とりあえず井上はウキウキするのをやめてくれ。


 9時になって解散となるとまた僕は一人で逆方向だ。もう気持ち悪さは一切ない。今は綾野さんをデートに誘うぞという気持ちになっている。この気持ちのまま明日を迎えたい。それならば一気に誘うことができるだろう。しかし綾野さんを探さないといけないのか。探して会うとなると少し恥ずかしい気もする。いや、もうそんなことを考えるのはやめよう。当たって砕けるぐらいの気持ちでいくんだ。まだ酔っ払ってるのかな。でも頑張らないと綾野さんにも失礼だ。相談に乗ってくれた大谷先輩と井上にも。とにかくぶつかっていくんだ。僕が拳に力を込めていると。「智哉くん」黄色い声。振り返ると大谷先輩がいた。大谷先輩も寮生活だから僕とは逆方向のはず。大谷先輩は僕の目をまっすぐ見つめている。高嶺の花に見つめられると気圧されてしまう。耐えられなくなった僕は。「お疲れ様でした。相談に乗ってもらってありがとうございました」当たり障りのない挨拶でこの場を去ることにした。しかし大谷先輩は全く視線を外さずに言った。「この後時間あるかな?」

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