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純愛  作者: 大河 亮
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「ちょっと智哉くん。ここ、賞味期限が後のやつが前にきてる」品出しをしていて怒られる僕。バイト開始から1時間も経ってないのにもう二回目だ。店長の柏木(かしわぎ)さんは仁王立ちしている。「すいません」「はい、気をつけて」そう言って柏木さんはレジに戻る。本当に気をつけないと。最近ボーッとしてる。桜の木をスケッチしたときからだ。課題のことは気にしていない。先生いわく。『悪くないけど、本来不合格じゃね』らしいけど。まぁ写生としては問題があったし、色塗りだって慌ててやったからぐちゃぐちゃだったので仕方ないだろう。そんなことより綾野さんのことだった。気がつくと綾野さんのことを考えている。綾野さんの真剣な顔。綾野さんの悲しそうな顔。綾野さんの怒った顔。綾野さんの恥ずかしそうな顔。綾野さんの笑顔。まずいな。今も考えてしまっている。僕は一体どうしてしまったんだろう。確かに綾野さんを笑顔にしたいとは思ったけど、こんなに頭の中が綾野さんでいっぱいになるなんて。「ちょっと智哉くん。手、止まってるよ」三回目だ。本当にまずい。「すいません」「はい、気をつけて」そう言って柏木さんはレジに戻る。とにかく今は品出しに集中しよう。


 品出しを終えた僕は、柏木さんが入ってない方のレジに入った。すると柏木さんがニヤニヤしながらこちらを向く。「どうしたの智哉くん。心ここにあらずって感じだけど。なんかあったならお姉さんに相談してみそ」イラッとする(笑)。まさか御歳五十二歳の人にお姉さんと言われるとは。家庭持ちの子供も二人。どっちかと言わずとも、肝っ玉母ちゃんだ。最後にみそって言うのは一体いつ流行っていたんだか。でも飽くまで(笑)だから。僕は詳細を話した。その間母ちゃんはずっと優しい笑みを浮かべていた。イラッとする(笑)。(笑)だから。「ふーん。智哉くんも男の子なんだねぇ。ちゃんと青春してるじゃなぁい」ちょっとよくわからない。なにを言ってるんだい母ちゃん。「それは間違いなく恋だよ」はぁ?恋?ちょっと待って。僕が恋?なんで?誰に?話の流れから言って綾野さんしかいないけど。なんで?嘘、違うよそんな。恋ってもっとこうふわふわしたものでしょう。なんかこう一日中その人のことを考えちゃって悶々としてる。って僕じゃないか。いや、そんなはずは。僕は綾野さんのことが好きなのか?いや、もちろん嫌いなんてことはないよ。でも僕、綾野さんのこと全然知らないし。そうだよ。綾野さんのこと知らないのに、好きなんてありえないよ。だって綾野さんはその場の空気を読まずに怒ったりするし。まぁあれは哀川先輩が悪いけど。いやいやいやそうじゃなくって。じゃあ逆に綾野さんのいいところってなんだよ。物怖じせずに悪いことも、いいこともしっかり言えるところ。人の機微に敏感なところ。感受性が豊かで表情がころころ変わるところ。まつ毛が長い。なしなしなしなし。最後のはなし。「智哉くん?智哉くーん!」柏木さんの呼ぶ声にハッとした。完全に自分の世界に入り込んでいたようだ。「確かにお客さんはいないけど、私はいるからね」どんだけ態度に出てたの。恥ずかしい。「でもわかるよ。お姉さんにもそんな頃があったもん。つい2、3年前だけど。ヤバい、旦那に怒られちゃう。とにかく。恋は素晴らしいものだよ!私の経験上多ければ多いほどいいね!智哉くんは恋愛初心者だけど、真面目で優しいからきっと大丈夫だよ。わからないことがあったら恋愛マスター柏木さんに相談するんだぞ!」そう言って柏木さんはガッツポーズをしてきた。イラッとする。なにを一人でベラベラ喋ってんだこのおばちゃんは。だいたい僕は恋愛初心者だなんて一言も言ってないぞ。恋愛初心者だけど(笑)。笑えるわぁ。でも本当にそうだとしたらどうすればいいんだ。癪だけど恋愛マスターに聞いてみるか。そう思ったときにちょうどお客さんが来た。「いらっしゃいませー」僕と柏木さんが同時に言う。来るタイミングが悪い。そんなこと思っては駄目。ごめんなさい。


 1時間ぐらい絶えることなくお客さんが来た。なのでまだ恋愛マスターに質問はできていない。まぁもう少しすれば客足も途絶えるだろう。そしたらまた品出ししたりして、お客さんがいなければ話もできるだろう。目標が定まると頑張れるものだ。しっかりと集中して仕事をこなす僕。そうするのが当たり前だけど。そしてついに、お客さんがいない状態で柏木さんの横に立つ。よし、質問の時間だ。「あの、柏木さ」「いらっしゃいませー」ちくしょう。だからタイミングが悪い。ごめんなさい。いらっしゃいませと言いながらもそんなことを考えてしまう。本当に僕はどうなってるんだ。ちらっと今来たお客さんの顔を確認してみる。えっ?綾野さん?確かにここは僕の家から最も近いコンビニだ。僕の家の近くに住んでいる綾野さんが利用するのはなんら不思議ではない。でも今はまずい。絶対変な感じになってしまう。頼むから僕に気づかないで。しかし願いは叶わない。「ごめん、智哉くん。本社から電話だからちょっとお願いね」そう言って柏木さんは店の奥へ。このままでは綾野さんは必然的に僕のレジに来る。かといって離れるわけにはいかない。当たり前だけど。こうなったら、気づかないフリをしよう。接客態度としてはよくないが、俯きながら商品をレジに通してお金をもらいお釣りを渡す。運が良かったらお釣りを渡す作業はないかもしれない。これでいこう。というか綾野さんは何を買うんだろう。コンドームとかだったらどうしよう。なに考えてんだ僕は。その時はすぐに訪れた。「お願いします」綾野さんは丁寧にレジに商品を置いた。プリンだ。なんとなくほっとしてしまう。いや、さすがにコンドームはないだろう。少なくとも僕はコンビニでコンドームを買っている人を見たことはない。もちろんいるだろうけど。ドラッグストアが閉まればコンビニぐらいでしか買えないだろうから。素早くプリンをレジに通す。「151円になります」最低限の言葉だけ発する。完璧だ。「先輩?」あ、もっと声を変えればよかった。「ここでアルバイトしてたんですね」「あ、綾野さん?そ、そうなんだ。今日は12時までだよ」ヤバい。動揺する。下手に隠れようとしたせいで、余計に緊張してしまう僕。12時までとか全然綾野さんは聞いてなかったじゃないか。「そうなんですか。大変ですね。明日は何時間目からなんですか?」「明日は2時間目からだからまぁ余裕はあるね」特に問題はなさそうだ。さっきまで動揺してたのに、もうリラックスして話せてる。綾野さんと話すときはいつもそうかもしれない。やっぱり綾野さんは不思議な人だな。「プリン好きなの?」僕が質問すると綾野さんは僕から目を逸らした。「はい」別に恥ずかしがらなくても。でもそうやって恥ずかしがる綾野さんをもう少し見ていたかった。そうしているとまたお客さんがやってきた。「いらっしゃいませー」僕がそう言うと綾野さんは僕に視線を戻して。「あんまり長居しちゃダメですね。おつかれさまです。この後も頑張ってください」そう言ってぴったり151円を置いた。「うん、ありがとう。また大学でね。おやすみ」僕の言葉を聞いた綾野さんは、会釈をしてお店を出ていった。ふーっとため息を吐く。ふと後ろを振り向くと、口元を押さえた柏木さんが立っていた。口元を隠してるのにニヤニヤしているのがわかる。柏木さんは僕に近づくと小さな声で。「まずはデートに誘いなさい」そう言ってウィンクしてきた。僕が聞きたかった答えを言ってくれたことに感謝しながらも、やっぱりこう思わずにはいられない。イラッとする(笑)。

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