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朝起きると、まずネットで収集した最新の軍事情報を音声読み上げで流しながら、一通りの柔軟と筋トレを済ませる。
ウェイトは体重の三分の一、一日毎に鍛える箇所を変え、筋肉を休ませる。
連中の支配はとっくに消えても、植え付けられた条件付けは今も有効だ。
一日でもこの事を怠ると、強い不安が襲ってくる。
このルーチンを守ることが、自らの価値と生存を保証する、必要条件だと。
寮の部屋を出ると、手すりの向こうに海が広がり、港から海岸沿いに商店街と民家が並ぶ。
小規模ながらミカンやレモンの畑も所々に見える。
太平洋側に浮かぶ離島・黄木島。
海を見下ろす高台に学校があり、そこに続く坂の麓に寮がある。
学校の背後には山林が聳え、山の中央には湖があるはずだ。
寮一階の食堂に下りると、既に何人かの生徒が朝食をとっていた。
角に据え付けられているテレビに、ニュースが映っていた。
「先頃、クーデターによって君主制が廃止された旧ポルテヴィア皇国において、カトリックとムスリム勢力の対立は悪化の一途を辿り、内戦状態が続いています。ポルテヴィアはかつてスンニ派のイスラム国家でしたが、当時の大公がカトリックに改宗。これを機に上流階級の殆どがカトリックに変わりましたが、依然国民の大多数はイスラム教徒のままでした。ここに新大公のゴルマンスコイ三世が皇帝を名乗り、自身を教皇とするポルテヴィア国教会を新しく設立。このことが国内のカトリック、イスラム両勢力の反感を買いました。加えて折からの圧政の不満もありクーデターが起こります。ゴルマンスコイ三世は反乱軍により捕らえられ、広場の銅像から突き落とされて処刑される最期を遂げます。その家族の殆どは亡命しました。君主制打倒後の新政府は、クーデターにおいて資金面の殆どを担ったカトリック勢力が中枢を占めたことにイスラム勢力が反発し、武力衝突によって発足後十日で瓦解。数で勝るイスラム勢力に対して、カトリック側はフランスやドイツからの支援を受け、資金と装備面で上回っており、未だ終息の気配は見えません。」
画面には東欧の風景をバックに、迫撃砲が火を噴き、戦車と共に、小銃を下げた歩兵が突撃、廃墟と化した街の建物が崩落する映像が順々に映し出される。
その装備の殆どがフランスのものだ。
かつて砲兵士官が皇帝となった大砲の国フランスなだけに、迫撃砲は当然だが、ライフルまでドイツのオリジナルではなく、フランスのHK416Fに見える。
リポーターはドイツの支援も伝えているが、実のところ殆どフランスが行っているのだろう。
朝食を終え、坂を上がって学校に向かう。
ヤシの木の生える並木道の向こうの後者は、離島とは思えないほど立派なものだ。
コの字型に建つ校舎、中庭にグラウンド、体育館に室内プールまで付いている。
離島の活性化をうたった新しい振興政策と、付随する留学生への支援制度により、新設されたこの高校には約120人の学生が通っている。
島全体の人口が五百人に満たないのだから、いかにこれが凄い数字が分かるだろう。
裏には日本独自の地政的事情が絡んでいるのではないか。
というのも日本は広大な海域を有する陸の孤島だ。
その海防には巨額の予算と人員が必要になる。
しかし東シナ海での諍いに掛かりきりとなっている現状では、それ以外の海域には手が回らない。
ところが日本での防衛費の拡大は、あらゆる勢力からの批判と圧力に晒される。
そこで考え出されたのが、離島の人口を増やすことによる、軍拡によらない防衛監視網の創出ではないか。
歴史的に見ても、離島や海岸の住民が侵入してきた船や不審機にいち早く気付いたという例は多い。
特に漁師が増えてくれれば、それだけ海域に散らばる目は多くなる。
実に日本らしいハト派で草の根的な防衛戦術だ。
自分のような人間が呼ばれたのも、それが理由だろう。
ふと背後から気配を感じた。
反射的に顔を伏せる。
頭上を飛び越え、空き缶が前方に落下した。
「ああっ、惜しい! 超ミラクル回避で避けられちゃった! 井ノ原くんゼロポイントゥ!」
「運良かったなオメー。たまたま解けた靴紐に感謝しろよ」
そんな言葉を浴びせてきながら、ゲラゲラ笑う同級生の一群が追い抜いていく。
咄嗟に靴紐を結びなおすフリをしたので、本当に避けたとは思われていないようだ。
出そうになる溜息を押し殺しながら、再び前進を再開する。
注目を避け、群衆に溶け込む。
刷り込まれたスイーパーの教えが、惰性で僕を生かしている。