魔法指導と土人形
この世界へ来てから三ヶ月。順調に依頼をこなしていた私とフレディだったが、私はここらでひとつ新たなチャレンジをしてみようと考えていた。
というのも、ランクがなかなか上がらなくなったことが根本にある。
たくさんある依頼の中で、もっとも報酬の高いものはレベルの高いモンスターの討伐や、迷宮探索だ。
しかし、これらは危険が伴うので、依頼を受けられるランクが限られている。既にAランクに上り詰めたフレディはほとんどの依頼を受けられるが、私はそうもいかない。更にモンスター討伐は、討伐者がいちばんランクが上がるような仕組みになっている。
私は聖女なので、基本戦闘に関してはサポートすることしかできない。倒すのは、いつもフレディの役目だ。
私は自分の手でモンスターを倒せないので、フレディのように一気にランクを上げることは難しかった。
――早く私もランクを上げて、報酬の高い依頼をこなせるようになりたい! そう。すべては自身の夢のために。
そこで私は、フレディにこんなお願いをしてみることにした。
「もっといろんな魔法を使えるようになりたい?」
私が作ったクリームシチューをもぐもぐと食べながら、フレディは私が言ったことを復唱した。
「そう。私、強くなるためにもっと魔法を勉強したいの。私もフレディみたいに、モンスターを倒せるようになりたい!」
私の考えた新たなチャレンジとは、このことだ。
私はまだ体も小さいので、体術を極めるよりも魔力を優先して極めることを選んだ。治癒やその他の回復魔法以外も習得できれば、魔法でモンスターを倒すことができると考えたのだ。
「今でもじゅうぶん使えると思うけどな。火も水も出せるし」
「それはただの生活魔法だもん。戦闘に役立つ魔法を使いたいの」
「そうか。……うーん。俺が教えてあげられたらいいけど、生憎、魔法のセンスはまったくないからなぁ」
スプーンを置き、フレディは腕を組んで難しそうな顔をした。
「じゃあ、まずは魔法の得意な人を見つけることから始めるしかないかぁ。ギルドに魔道士は何人もいるよね」
「そうだな。魔道士から直接教えてもらうのがいちばんいいと思う。俺もついてるから、メイに変なことはさせないし」
「それじゃあさっそく明日、私の魔法の師匠になる人を探してみよう!」
こうして、魔法を指導してくれる魔道士を探すこととなったのだが――。
「……全然見つからない!」
ひとりでモンスター討伐の依頼を受けたフレディを見送ったあと、私はギルド近くにある公園のベンチでそう嘆いた。
師匠となる魔道士を捜し始めて早三日――まったく見つかる気がしない。
主な原因はわかっている。フレディだ。
フレディは私に対して超絶過保護なので、いつも私に近づく人を睨み付ける癖がある。そのせいで、話しかけてもみんなすぐに逃げて行ってしまう。
それに、万年Fランク冒険者と言われていたフレディが今では高ランク冒険者になったことで、みんなフレディにどう接したらいいのかわからないようだ。馬鹿にすることはなくなったが、歩み寄ろうとする者もほとんどいない。今まで彼の強さを知らずに蔑んでいたことへの後ろめたさがあるのだろうか。
フレディもフレディで、自ら誰かに話しかけようとはしないし……。
私とフレディは、未だにギルド内で少し浮いている存在になっている。どうにか解決したいものだ。でも、どうすればいいものか……。
ため息を吐いていると、私の足元に何かが触れた。
驚いて下を見ると、はにわのような形をした土人形が私の足元で奇妙なステップを踏んでいる。
……これって、土魔法で作った土人形かな?
実物を見るのが初めてで、食い入るように土人形を見つめる。
へんてこな動きとなんともいえない見た目が次第に愛らしく感じるようになり、私はあっという間にその土人形に心を奪われてしまった。
――ちょっと触ってみてもいいかな? 触れたら壊れるとかないよね?
興味が湧き、恐る恐る土人形に手を伸ばしてみる。するとその瞬間に、土人形はくるりと向きを変え走り出して行った。
「あっ! 待って!」
おもわず立ち上がり土人形を追いかけようとすると、公園の入り口にひとりの男性が立っているのが目に入った。
その男性は真っ黒で大きめのローブを羽織り、黒い帽子をかぶっている。いわゆる典型的な〝魔道士の格好〟をしていた。
土人形は彼のところまで行くと、そのまま一緒に公園から去って行った。きっとあの魔道士が、土人形の造主なのだろう。
ぼーっと後ろ姿を眺めていると、突然土人形がこちらを振り返った。驚きながらも控えめに手を振ってみると、土人形が手を振り返してくれた。
――な、なんてかわいいの!
ますます私は、あの土人形に心を奪われてしまった。
両頬を押さえながらあまりの可愛さに感動していると、魔道士も一瞬だけこちらを振り返る。
その時、紫の髪の隙間から、少しだけ彼の顔を見ることができた。
少し幼さの残る中性的な顔立ち。その顔はフレディに負けないほど整っていて、しばし見惚れてしまうほどだ。
魔道士はすぐにふいっと前を向くと、またスタスタと歩き出して行った。
「……見つけた。私の師匠」
去りゆく背中に向かって、私は呟く。この瞬間、私はあの魔道士を師匠にすることに決めた。
だってそうすればまた土人形にも会えるし、なんなら土人形の作り方だって教えてもらえる!
ギルドの近くにいたってことは、ギルドに登録している魔道士とみていいだろう。でも、あんな人今日初めて見た。あまりギルドに顔を出さないのだろうか。
名前もわからないし、とにかく情報がなさすぎる。
私は彼の情報を得るために、キース マスターに会いに行くことにした。マスターは基本ギルド内にある執務室にいることが多いので、早足でギルドへと戻る。
すると、ちょうど依頼を終えたフレディと鉢合わせた。
師匠にしたい魔道士を見つけた旨をフレディに伝えると、そのまま一緒に執務室へと向かうことになった。
受付嬢に事情を話し、執務室へと案内してもらう。
「おぉ! 二人とも、今日もお疲れ様!」
「マスターもお疲れ様です!」
軽く挨拶を交わすと、椅子に座るよう託される。マスターが出してくれたお茶を飲みながら、私はあの魔道士の情報をマスターから聞き出すことにした。
「ねぇマスター、このギルドに黒い帽子にローブを着た、紫の髪の魔道士っていますか?」
「ん? ああ、マレユスのことか。マレユスがどうかしたのか?」
どうやら、あの魔道士の名前はマレユスさんというらしい。やはり、このギルドの登録者だったようだ。
「……メイ、まさか、師匠にしたい魔道士ってのはそいつか?」
隣で話を聞いていたフレディが、怪訝そうに尋ねてきた。フレディもマレユスさんのことを知っているのだろうか。
「そう! さっき公園でマレユスさんとマレユスさんが魔法で作った土人形を見たの! それがすっごくかわいくて! 私、あの人に魔法を教えてもらいたい!」
テンション高めに語ったものの、フレディとマスターはなにやら険しい表情をしている。……私、なにかまずいこと言ったかな?
「マレユスはちょっと難しいかもしれないな。頼んだところで、あいつが引き受けるとは思えん」
「えっ! どうしてですか?」
腕を組みながらマスターは言った。私が聞き返すと、今度はフレディが口を開く。
「あいつは俺と同じだ。ギルド内のはみ出しもの、って言えばいいのかな。俺も直接関わったことはないけど、変わったやつだっていうのは知ってる」
「マレユスさんはどう変わってるの?」
「マレユスはとにかく人嫌いで、人と関わるのが下手くそでな。女子供にも容赦なくひどいことを言うもんだから、パーティーに入るとトラブルが絶えないんだ。今ではほとんどギルドにも顔を出さなくなって、引きこもり気味って噂だ」
フレディのかわりに、マスターがマレユスさんについて教えてくれた。話を聞く限り、ちょっと癖が強めの人のようだ。でも、それは全部他人のマレユスさんに対する評価でしかない。私は自分自身がちゃんとマレユスさんと関わってから、マレユスさんという人がどんな人間なのかを判断したい。
「メイ、土人形を作るのはほかの魔道士だってできる。別の魔道士でもいいんじゃないか?」
「いや! 私はマレユスさんがいいの! それにあの土人形を作れるのはマレユスさんだけだもん!」
その後もなにを言われようが、小さな手足をバタバタさせて、幼女らしく駄々をこねてみる。その様子を見たフレディとマスターは、これ以上なにを言っても無駄だと悟ったようだ。
「わかったわかった。メイがそこまで言うなら俺も協力する。マレユスのところに一緒に交渉しに――」
「フレディはだめ! 私ひとりで行く!」
「なっ!?」
フレディがついてきたら、また睨みをきかせてうまくいかなそう。そう思い、私はフレディの提案を全力で拒否した。
「ひとりで行ったほうが、本気度が伝わるでしょう? フレディ、よけいなこと言っちゃいそうだし」
「……メイ、いつのまに反抗期を迎えたんだ」
別に反抗期じゃないし、反抗期なんてものは前世でとっくに終わらせてきた。
「まぁまぁ。メイちゃんのいうことも一理ある。もしかしたらあのマレユスも、メイちゃんになら心を開くかもしれない。お前がそうだったようにな。子供ってのは、大人にはない不思議な力を持っているからなぁ」
落ち込むフレディを、マスターが笑いながら宥めた。
「そうだ。メイちゃんにいいことを教えてやろう。マレユスは夕方頃、あの公園付近を散歩している姿をよく目撃されてるぞ。ギルドに来るより、そこへ行ったほうがマレユスに会える確率は高いだろう」
「わぁ! 有力情報ありがとうございます! マスター」
「もしギルドにマレユスが来たらすぐ報告しよう。マレユスは変わり者だが、魔道士としては優秀だ。メイちゃん、がんばれ!」
「はいっ。がんばります!」
マスターから激励を受け、私のやる気ゲージはぐんぐんと上がっていった。
「メイ、もしマレユスになにか言われたりされたりしたら、すぐ俺に言うんだぞ。……叩っ斬ってやる」
最後、小声で恐ろしいことを呟いていた気がするが、フレディも最終的に私の背中を押してくれた。
次の日から、私はしばらくギルドの活動を休み、マレユスさんを捜すことにした。
マスターに言われた通り、夕方に公園へと足を運ぶ。
――まだ誰もいない、か。
閑散とした公園のベンチに腰掛け、マレユスさんが現れるのを待つ。
そして時計の針が三十分ほど進んだ頃、その時はやってきた。
公園の入り口に、マレユスさんの姿を発見したのだ。今日は傍に、土人形の姿は見当たらない。……ちょっと残念。でも、マレユスさんが師匠になればいつでと土人形に会わせてもらえるはず!
「マレユスさん、ですよね?」
私はマレユスさんに近づくと、長いローブの裾を掴んだ。こうすることで、必然的に足を止めさせることが狙いだ。
「……誰ですか?」
振り返ったマレユスさんの顔は、眉間にいくつもの皺が寄っていた。発せられた声もあきらかに機嫌が悪そうだ。女子供にも容赦がないってのは、本当みたい。
「メイっていいます。最近ここの冒険者ギルドに登録しました。一応聖女やらせてもらってます」
「はい。それで? 僕になんの用です? というか、手を離してもらえますか?」
威圧感がすごい。でも、ここで手を離したら逃げられそうな気がする。
私はローブを掴んだまま、マレユスさんに本題を伝えることにした。
「手を離す前に、マレユスさんにお願いがあります」
「……僕に?」
物珍しいものを見るような目で、マレユスさんは私を見下ろした。
「私、もっといろんな魔法を使いこなせるようになりたいんです! マレユスさんは優秀な魔道士と聞きました。だから、私を弟子にしてくださいっ!」
「嫌です」
頭を下げる前に、マレユスさんに即答されてしまった。
一筋縄でいかないとは思っていたけど……思っていたより手強い相手みたいだ。
でも、私は一度決めたことは曲げない性格だ。絶対に、マレユスさんから魔法を教えてもらいたい。
「そこをなんとか!」
「嫌です」
「そう言われましても、困ります!」
「困ってるのは僕なんですが」
食い下がる私に嫌気が差したのか、強引にローブを掴んでいた手を振り払われた。
「とにかく無理です。用が済んだなら、二度と僕に話しかけないでください」
最後に周りが凍りつきそうなほど冷たい顔でそう言って、マレユスさんは去って行った。
そうは言われたものの、私とて簡単にあきらめるわけにはいかない。
私はその後も何度も何度もマレユスさんのところへ足を運んだ。マレユスさんに弟子入りを断られた回数は最早覚えていない。
それでも私は言い続けた。
〝弟子にしてください〟と。
冷たくあしらわれても、嫌な顔をされても、めげずにしつこく付き纏った。私の中で、マレユスさん以外の師匠は考えられなかったから。
通い続けて二週間ほど経ったある日。今日も飽きずにマレユスさんに弟子入りを申し込む。
最近は無視されることが多かったので、今日も無視かと思っていると、マレユスさんの足がぴたりと止まった。
「あなた、本当にしつこいですね。子供だから、僕が本気で嫌がってるのに気付いてないのですか?」
マレユスさんが返事をしてくれたのは久しぶりだ。それだけで、なんだかうれしい。
「……いえ、それは気づいてます」
「じゃあ、どうしてあきらめないのですか?」
「だって、マレユスさんがいいんです。マレユスさんしか嫌なんです」
この想いが伝わるように、まっすぐに目を見つめて言うと、マレユスさんは呆れた顔でため息を吐いた。
「はぁ……。わかりました。とりあえず、一回だけお試しで指導しましょう。このままだとオーケーするまで一生付き纏われそうですからね」
「ほ、本当ですか!?」
やっとマレユスさんの口から、私の求めていた言葉がでてきた。うれしくて、その場で飛び跳ねそうになった。
「ただし、僕は子供だからって容赦はしない。ついて来られなかったらその時点でやめますから」
「はい! わかりました! がんばります!」
「……変な子供」
なんと言われても、今は気分がいい。
「じゃあ明日の十三時、この公園で待ち合わせで」
「了解です!」
いよいよ明日から、マレユスさんによる魔法指導が始まる。あの土人形にも、また会えるだろう。
期待を胸に、私は明日に備え、今日は早めに寝ることに決めた。