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新たな日々

 その後、私がフレディさんの傷に触れると、あっという間にすべての傷が塞がっていった。あんなに大きな肩の傷さえ、一瞬で治すことができた。

「……できた!」

 もう使えないと思っていた魔法を使えたことに、自身でもびっくりして歓喜の声を上げる。もちろん、フレディさんが無事でいられたことがいちばんうれしいけれど。

「……う、ううん?」

 苦しそうにしていたフレディさんは、小さな唸り声を上げて静かに目を開けた。

「あれ、痛くない……?」

 痛みと熱から解放されたことに気づき、フレディさんはゆっくりと上半身を起こす。そして、左手で重症だった右肩に恐る恐る触れた。

「治ってる……。肩だけじゃなくて、ほかも全部」

 自分の体をあちこち触りながら、フレディさんは信じられないといった表情を浮かべた。

「まさかこれ全部、君がやったのか?」

「はいっ! フレディさんが助かって、本当によかったです!」

 フレディさんに微笑みかけると、彼は目をぱちくりとさせた。

「ここには俺と君以外誰もいないし、状況的に信じるしかなさそうだ。さっき傷を撫でられた時も、君からは不思議な力を感じた」

「ふしぎ?」

「ああ。言葉にするには難しいんだけど……俺は救われた気持ちになったんだ。それより、まだ幼いのにとんでもない魔力を持っているんだな。将来聖女として大成を遂げそうだ」

「聖女?」

 聞いたことはあるが、どういった役職なのかがいまいちピンとこない。

「え。君、聖女じゃないのか?」

「そういうのまだよくわからなくて。フレディさん、教えてくれますか?」

 両手を合わせてお願いすると、フレディさんはふっと柔らかく笑った。

「いいよ。教えてあげよう。ここでは聖女っていうのは、大まかに言うと強大な回復や治癒魔法を使える者たちのことを言うんだ。ランクの高い聖女なんかは、祈りを捧げることで魔力を発動して、国をモンスターや災害から守ったりする役目も果たしてる」

「ふんふん。なるほど……」

 フレディさんの話を、相槌を打ちながら聞く。つまり、治癒魔法を使える私はパーティーの中では〝聖女〟という役割ということね。フレディさんやグレッグさんのように剣を持って戦う人たちのことは普通に〝剣士〟とか呼ぶのだろうか。

 ひとりで真剣にそんなことを考えていると、フレディさんがくすくすと笑い始めた。

「フレディさん? なにかおかしなことありましたか?」

「いや。ごめん。君は見た目や声は幼くて可愛らしいのに、話し方がとても大人びているからギャップがすごくてつい」

 その言葉に私はぎくりとした。

 当たり前だ。子供なのは見た目だけで、中身は二十歳の大人なのだから。

 返す言葉が見つからず、私はただ愛想笑いを浮かべていた。

「ところで、今更なんだけど、君の名前はなんていうんだ?」

 フレディさんに言われて、まだ自分が名乗っていないことに気が付いた。

「私はメイっていいます」

「メイか。名前もかわいいんだな」

 さらっとキザなことを言ってのけるフレディさん。

 子供相手だから言っているのかもしれないが、そんな褒め言葉を言われ慣れていない私はドキッとしてしまう。

「じゃあ、改めて言わせてもらおうかな」

 フレディさんは私の両手を取り、まっすぐと私を見つめた。

「俺を助けてくれてありがとう。メイ」

 そう言って、ぎゅっと手を握られる。あたたかな手のぬくもりと、優しく細められた瞳から、私への感謝の気持ちが伝わってくる。うれしいような、くすぐったいような感覚だ。

 しかし、それなら私だってフレディさんにお礼を言わなければいけない。命を助けられたのは、こちらも同じだから。

「私こそ、助けてくれてありがとうございます! フレディしゃんっ! ――あ」

 いい雰囲気だったのに大事なところで噛んでしまい、恥ずかしくて自分の口をすぐさま塞ぐ。

 顔が熱い。きっと、トマトみたいに赤くなってることだろう。

 上目遣いでちらりとフレディさんを見つめると、あまりに恥ずかしがっている私を見て、フレディさんはプッと噴き出した。 

「ふっ……はは! やっぱりかわいいな、メイは」

 私の頭をぽんぽんと撫でる彼の顔は、出会ったときには想像もつかなかった、無邪気な笑顔だった。


* * *


「そういえば、メイっていくつなんだ?」 

「私? 私は七歳です。フレディさんは?」

「俺は二十歳だよ。メイからしたら、おじさんに見えるかもな」

「そんなこと! フレディさん、私が今まで出会った男の人でいちばんかっこいいですっ!」

「……そう? ありがとう。といっても、メイはこれからいろんな人にたくさん出会うだろうからね。俺はいつまでいちばんでいられるかな」

 照れくさそうに後ろ頭を掻きながら言うフレディさん。おじさんだなんてとんでもない。言った通り、前世で二十年間生きてきてこんなイケメンに出会ったことはなかった。しかも二十歳ってことは、前世の私と同い年だ。なんだか親近感が湧いた。

「質問ばかりして悪いけど、メイって、フェルリカのどこか別のところからこの町に来たのか? それと……グレッグとはどこで?」

「んーっと……それが、わからないんです。目が覚めたら森で目が覚めて、その時助けてくれたのがグレッグさんで……」

 私はフレディさんに、転生したことは伏せて自分の現状を話した。

「……そうなのか。でも、いつかわかるかもしれないし、今は今できることをすればいいよ」

 名前と年齢以外はなにもわからないという私に、フレディさんはそれ以上深く追求してくることはなかった。なにかわけありと思ったのだろう。

 そんな話をしているうちに、フレディさんのお陰で私は町に戻ることができた。

 とりあえずブラックウルフの親ボス(キングウルフっていうみたい)がいて、討伐したことを報告しに、ギルドまで行こうという話になった。

 フレディさんと歩いていると、周りの人から視線を感じる。私が視線を合わせようとすると、みんなサッと逸らしてしまう。わけがわからず、私はひとりで首を傾げた。

 そんな私の様子を見て、苦笑しながらフレディさんが言う。

「俺が誰かと一緒にいることが、みんなめずらしいんだよ。相手が例え、七歳の女の子だとしてもね」

 そっか。フレディさん、ずっとひとりだったから……。

「じゃあ、これが当たり前になったら、みんなじろじろ見なくなりますね!」

「え?」

「だって私、これからもフレディさんと一緒にいたいです! 聖女として、フレディさんの役に立ちたいです!」

 もうグレッグさんの時のような間違いは起こさない。せっかく授かった能力を使う相手は自分で選ぶ。

フレディさんは信用できる人だ。今いちばん頼りにできるのも、フレディさんしかいないし……。

 それになんだか、フレディさんを馬鹿にしているような視線が許せない! 本当はすっごく強い剣士だってことを、早くみんなに知らしめてやりたい。

「ありがとう。俺もメイの役に立ちたい。困ったことがあったら、真っ先に俺に言ってくれ」

「はいっ!」

 元気よく返事をすれば、フレディさんは微笑んだ。その笑顔を見た周りの人たちが、ぎょっとしている姿も目に飛び込んできた。

「……あの人、あんなふうに笑うのね」

 誰かがぼそっと呟いた声が聞こえた。たしかに初対面のフレディさんは無表情で、愛想がいいとは決して言えなかったかも。普段のフレディさんがいつもあんな感じなら、それはもったいない気がする。

 そんなことがありながらギルドに向かうと、そこには今いちばん顔を合わせたくない人たちがいた。

 グレッグ、チャド、コリー……。私を見捨てた三人だ。

「――メイ!? それに最弱野郎まで……。お前ら、よく無事に戻ってこれたな。運よくモンスターと遭遇しなかったのか?」

 運が良かったのはそっちだろう。いくらグレッグといえど、あの親ボスと戦闘になっていたらそんな無傷でいられなかったと思う。

「メイちゃん! 無事だったのか!」

 グレッグの声を聞きつけてか、マスターが奥の部屋から受付まで駆け付けて来た。

「ああよかった。フレディがついていてくれたのか」

「はい。フレディさんが助けてくれました」

「そうか。フレディ、よくやった」

 マスターがフレディさんにお礼を言うと、後ろにいるグレッグさんが肩を震わせて笑い出した。

「こいつがやったのはたかが道案内だけだろ! ブラクウルフの討伐もできなかったんだからな! 片付けたのは全部俺たち―――」

「マズター、これ。帰り道に遭遇したんで、なんとか片付けておきました。まだほかにもいるかもしれないので、警戒はしておいたほうがよいかと」

 グレッグさんを遮り、フレディさんは持って帰っていたキングウルフの頭が入った袋をどさりと受付の机に置く。

「こ、こいつはキングウルフじゃないか! フレディ、お前がやったのか!?」

 袋の中を見たマスターは驚きの声を上げる。同時に、グレッグさんたちもキングウルフの首に釘付けになっている。

「そうです! フレディさんが、私がこいつに襲われてるところを助けてくれたんですっ」

 なにも答えないフレディさんの代わりに、私がマスターに返事をした。

「まさか! こんな弱っちいやつに倒せるようなモンスターじゃない! 嘘をつくな! どうせ死体を見つけて、自分の手柄にしようと思って首だけ持ち帰ったんだろ! そうでもしないと、一生お前のランクは上がらないもんなぁ?」

「……勝手に言ってろ。俺がいくらランクが低くたって、お前のような薄情者よりはマシだ」

「なんだと!? もう一回言ってみろ!」

「お前のせいで、メイがどれだけ怖い思いを――!」

 グレッグさんの挑発を今まで無視してきたフレディさんが、めずらしく感情的になって言い返している。今にも大喧嘩が始まりそうなふたりの間を、マスターが止めに入る。

「おい! けんかならよそでやれ! ……それとグレッグ。お前、俺の言うことを聞かずにメイちゃんを危険な場所へ連れて行った理由、まだ聞かせてもらってないぞ」

「うっ……。それは……」

「納得いくよう説明してもらおうか」

 マスターに詰め寄られ、グレッグさんはたじろぐ。

「お、俺は忙しいんだよ! そんな暇はない! 行くぞ。チャド、コーリー!」

 都合が悪くなったのか、グレッグさんはふたりを連れてギルドから逃げるように去って行った。

「……まったくあいつらは。メイちゃん、本当に大丈夫だったか? グレッグに依頼について来るよう無理強いされたりしてないかい?」

 あきれたように言うマスターに、私は首を横に振る。

 手っ取り早くランクを上げようとして、マスターの忠告を無視してしまった。今回のことは、少なからず自分にも責任がある。

「マスター……言うこと聞かなくて、ごめんなさい」

 しゅんとしながら謝罪をすると、マスターは私の頭をぽんぽんと撫でる。

「まぁ、無事だったからよしとしよう。そんな悲しい顔されたら、怒る気も失せるってもんだ」

 怒ることなく、眉を下げながら優しく笑うマスターに私は感動すら覚えた。

 前世では小さなミスをしたら容赦なく上司の怒声が飛んできてたなぁ……。私が大人の姿だったら、今回もすんなり許してはもらえなかっただろう。子供の姿って、案外得することが多いのかも。

「それとフレディはお手柄だった。どうやってこいつを倒したんだ?」

 心底不思議そうな顔をして、マスターはフレディさんに問う。

「今まで忘れていた戦い方を体が思い出したんだ。これからはギルドにもっと貢献できる。今まで迷惑かけたぶん、きっちり働くよ」

 やけにすっきりとした顔をして、フレディさんは答えた。

「……なんかよくわからんが、表情が生き生きしてるな。お前がそんな顔をするなんてびっくりだ。それにしても、よく無傷でいられたな」

「まさか。肩に致命傷ともいえる大きな怪我をした。でも、メイが治してくれたんだ」

 マスターの驚き顔が、今度は私に向けられた。

「この子がそんなに大きな傷をひとりで治したのか!? そんなこと、腕のある聖女でも容易いことじゃない」

「メイには聖女の力がある。それもかなり強力だ。……おそらく、グレッグたちはメイのその能力にうっすら気づき、利用しようとしたんじゃないのか?」

 すごい。大当たりだ。

「グレッグたちは、ミランダが抜けてから同等の新しい聖女が見つからないと嘆いていたからなぁ……。だとしても、こんな幼子に目をつけるとは。油断も隙もないやつらだ」

 どうやら、マスターもグレッグさんたちには日々手を焼いているようだ。

「実力は確かなものだし、依頼も数多くこなしてくれるが、どうもやり方が気にくわん」

「……今のままだと、いつか足元をすくわれるさ」

 額に手を当て悩むマスターに、フレディさんがクールにそう言い放った。

「それもそうかもしれんな。さあ、ふたりとも疲れてるだろう。これ以上長話するのもなんだし、帰ってゆっくり休むといい」

 マスターに言われ、私は大事なことに気がついた。そういえば私――。

「グレッグさんたちに追い出されたから、帰るところなくなっちゃったんだった……!」

 私はそう言って両手で頭を押さえた。がーん。という効果音がどこからともなく聞こえてきそうだ。

「……メイ、行くあてがないのか?」

「はい……どうしよう」

 昨日は暖かい布団で眠ることができたけど、今日からはそうもいかないかもしれない。宿にずっと泊まるお金なんて、昨日の今日であるわけないし。

「だったら、俺の家に来るといい」

「フレディさんのところに!? いいんですか? 迷惑とかじゃあ……」

「これもなにかの縁だ。メイが出て行きたくなるまでは、俺が責任持ってメイの面倒を見る。……それに俺は一人暮らしだから、誰の迷惑にもならないよ」

 一人暮らし……!?

 ということは、フレディさんと二人きりの生活になるってこと?

 まぁ、いくら中身が同い年でも私の見た目は幼女だから、フレディさんからしたら子守と同じだろう。変に意識しないようにしよう。

「ありがとうございます! よろしくお願いします! 私、なんでもやりますから!」

「はは。頼もしいなぁ」

 お礼を言って、やる気を伝えるようファイティングポーズをとってみせると、フレディさんは笑った。

 マスターも、フレディさんのところに行くなら安心だと言ってくれた。


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