落ちこぼれの冒険者2
町に着き、三人に連れられて冒険者ギルドとやらに到着する。
中に入ると、優しそうな顔の、髭を生やしたひとりのおじさんが立っていた。
「お、キースが受付にいるなんてめずらしいな」
「受付嬢たちは今日は休みでな。で、依頼はうまくいったのか?」
「ギルドマスターってのも大変だな。依頼に関しては当たり前だ。俺たちを誰だと思ってる」
おじさんとグレッグさんは楽しそうに世間話をしている。ギルドマスターと呼ばれていることから、この人がこのギルドの総まとめ役といったところだろう。
「……ん? その子は? 見かけない子だなぁ」
受付の台で隠れていた私をやっと見つけたのか、おじさんは身を乗り出しながら言った。
「この子はメイ。森で会ったんだ。なんだか話を聞くといろいろわけありっぽくてね。行く当てもないっていうから、しばらく面倒見ようかと思って」
「グレッグたちがか!?」
「そうさ。別に問題ないだろう」
「問題はないが……お前たちがそんなことを考えるのが意外でな」
……なにが意外なんだろう? おじさんの言ったことが、私には理解できなかった。
「それに、この子は幼いのに治癒魔法を使えるんだ。だから、このギルドに登録したいんだけどいいよな?」
「治癒魔法を? それはすごい才能だな。まだこんなに小さいのに。……私は構わないが、お嬢ちゃんもそれでいいのか?」
「はい。登録おねがいします」
先ほどグレッグさんから聞いた話によると、冒険者として依頼をこなせば報酬がもらえるとのこと。
私は最初はそれでお金を稼いで、ある程度大人になるまでに村へ降り、そこで家を借り小さな店でも開いて、念願のスローライフを満喫しようと考えたのだ。
「本人の望みなら、登録してあげよう。私はギルドマスターのキースだ。メイちゃん、これから頑張るんだぞ」
「はいっ! キースマスター!」
「ははっ! 元気のいいかわいい子だ。このギルドのアイドルになるかもしれないなぁ」
マスターは冗談っぽく笑いながらそう言った。前世の姿のままの私だったら、こんなこと言ってもらえなかっただろう。毎日仕事三昧で自分を磨く余裕などなかったから、すっぴんで髪もボサボサだったし……。でも今は違う。なんの手入れもせずともつやつやで卵のような肌に、サラサラの髪。子供って、なんだか最強な気がしてきた。
登録はスムーズに終えることができた。私の登録が終わると、すぐにグレッグさんがこんなことを言い出した。
「メイ、俺たちとパーティーを組もう」
「私がグレッグさんたちと? でも私、登録したばかりでランクはいちばん下だし……」
ありがたい話だが、私が入ることにより、高ランクのグレッグさんたちの足を引っ張る気がした。
「気にすることはない。逆に、ランクが低いのだから、俺たちと組んだほうが安全じゃないか。それに、俺たちは最近聖女がパーティーから外れちまって、治癒魔法を使えるやつがいなくて困ってたんだ。メイの力を借りることができるなら俺たちも助かる。どうだ?」
「そ、そういうことなら……」
話を聞くと、お互い悪くないような気がして、私はグレッグさんの申し出を受けることにした。
「グレッグ、メイちゃんは初心者だ。危険な依頼に連れて行くのはやめるんだぞ。モンスター討伐なんかは特にだ」
「はいはい。わかってますよー」
私たちのやり取りを聞いていたマスターが、険しい顔をしてグレッグさんにそう言うが、グレッグさんは軽く受け流すような返事をしていた。
「じゃあ、今日は家に帰るか。メイも疲れただろうし、ゆっくり飯でも食おう」
「ご飯……!」
すっかりとご飯のことを忘れていたが、グレッグさんに言われた途端、急激にお腹が空いてきた。
「はははっ! メイは腹が減ってるんだな。つーことで、今日はもう帰ることにするよ。じゃあな、マスター」
こうして、私たちはギルドを後にした。
グレッグさんたちが住んでいる家に到着し、コーリーさんがスープとパンをご馳走してくれた。コーリーさんに一緒にお風呂に入ることを提案されたが、いくら見た目が子供でも、誰かに裸を見せることに恥ずかしさがあったので丁重にお断りさせてもらった。すごく残念がられて、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
用意された部屋は綺麗で、ふかふかのベッドまであった。
立てかけてある鏡を見て、自分の姿を再度確認してみる。
鎖骨くらいまでの長さの、色素の薄いミルクティー色の髪に、まんまるで大きな金色の瞳。体は思った通り小さい。しかし、幼いながらに、とても可愛らしい顔立ちであることがわかった。自分で言うのもアレだが、将来どう成長するかがすごく楽しみだ。今世では、前世でできなかった自分磨きをするのも、楽しみのひとつになるかもしれない。
転生して一日目だというのに、私はすっかりとこの世界と、メイとしての自分を受け入れられていた。むしろ、これからどんな生活が待ち受けているのか、わくわくしているほどだ。
「よーし。まずは早くランクを上げて、お金をいっぱい稼ぐぞぉ……」
将来ラクをするために、今ががんばりどきだ。
ベッドの上で、ひとり気合を入れていると、なんだか眠くなってきた。
「――の可能性があるだろ。だったら、手の内に置いといて損はない」
「コーリーがさっさと確認しないからいけないんだぞ」
「だってあの子、子供のくせに隙がないのよ」
向かいの部屋から、三人の話し声が微かに聞こえてくる。なんの話だろ……。また、森のときみたいに内緒話だろうか。
なにを話しているのか気になるものの、眠気に勝つことができず、私はそのまま深い眠りについた。
* * *
翌朝、目覚めると目の前にグレッグさんの姿があった。私が急に起きたことに彼は驚き、大きな声を上げていた。どうやら、朝食の準備ができたので私を起こしにきてくれたらしい。
グレッグさんの心遣いに感謝しながら身支度を整え居間に向かうと、スープとパンが用意されていた。ありがたくそれらをいただくと、グレッグさんが私に言う。
「メイ、さっそく初仕事に行かないか?」
初仕事――つまり、依頼をこなしに行くということか。
「ぜひ!」
一刻も早く冒険者として一人前になり報酬を得たいので、私は前のめり気味に即答した。
最初だから、きっと簡単な仕事を選んでくれるはず――。
「よし! それじゃあ準備が完了したら、全員で森にモンスターを討伐しにいくぞ!」
私のそんな考えは、一瞬で打ち砕かれてしまった。
「えっ! で、でも、昨日マスターが危険な依頼に行くのはまだだめだって……」
「問題ないわよ! 相手は雑魚モンスターだし、メイには私たちがついてるんだから!」
「そうそう。メイちゃんは俺たちの後ろに隠れて、ちょっとしたサポートをしてくれるだけでいいんだぞ~」
右肩にコーリーさん、左肩にはチャドさんの手がぽんっと置かれ、両側から私を安心させるような言葉を優しく囁かれる。
「メイ、簡単な依頼をこなしてもランクは少ししか上がらない。これはメイのランクアップのためでもあるんだ。ランクが上がれば報酬も上がるし、こなせる依頼も多くなる。いいことだらけなんだぞ」
なにも心配いらないというように、グレッグさんは私に笑顔を向けた。
「いいことだらけ……」
たしかに悪い話ではない。三人は高ランク冒険者。私はモンスターというものを実際見たことがないのでわからないが、勝ち目のないモンスターに挑みに行くほど、三人が馬鹿とは思えないし……。
「俺たちの力を使って、少しでもメイの役に立ちたいんだ」
「グレッグさん……」
なにより、何者かもわからない私にここまで優しくしてくれた人たちの頼みだ。
「わかりました! 一緒に行きます! モンスター討伐!」
私は、三人のことを信用することにした。
私がそう言うと、彼らは嬉しそうに顔を見合わせて笑い合った。
その後は急いで準備をし、モンスターのいる森へと向かった。……私は防具や武器を持っていないので、準備もなにもなかったけど。
身ひとつの丸腰な状態でモンスターを倒しに行くのは怖い気持ちもあったが、前を歩く三人のたくましい背中を見ると、そんな気持ちもだんだんと薄れていくように感じた。
――大丈夫! 私には強い味方がいる!
心の中で自分にそう言い聞かせ、ひたすら森の中を進んでいると、ひとりの男性と出くわした。
背中には、グレッグさんと同じように剣を背負っている。おそらく彼も冒険者だろう。
風になびく銀色の髪があまりに綺麗で、おもわず見とれてしまった。
「見ろよ。あいつまたいるぞ」
私がぼーっと銀髪さんを見つめていると、前を歩いていたグレッグさんが彼を指さした。
「おい! お前もここにいるってことは、ブラックウルフの討伐か?」
グレッグさんが銀髪さんに向かって叫んだ。
ブラックウルフというのは、今回依頼を受けた討伐対象のモンスターだ。
彼はグレッグさんを無視して、私たちの先を歩いて行く。
「無視かよ。感じ悪いなぁ。できもしない依頼のためにわざわざこんな森の奥までくるなんて、相変わらず変なやつだぜ」
その言葉に、チャドさんとコーリーさんがぷっと噴き出した。三人ともにやにやとした、人を馬鹿にしているような笑みを浮かべている。……感じが悪いのはどっちだか。私はこのとき初めて、三人に微かな違和感を覚えた。
「メイも覚えとけよ。あいつはメイと同じ、最弱Fランクの冒険者なんだ。弱すぎてどこのパーティーにも入れてもらえないかわいそうなやつなんだよ。なのに持ってる武器や防具だけはいいもん使いやがって……装備品が泣いてるぜ。メイはあんな大人になるなよ」
わざとなのか、前を歩く銀髪さんに聞こえるくらいの大きな声でグレッグさんは言う。私はなにも言い返すことなく、沈黙を貫く。
私には、彼はそんなに弱そうには見えない。
すると突然、たくさん生えている木の間からお目当てのブラックウルフが飛び出してきた。コーリーさんが雑魚だと言っていたように、サイズも小さくあまり強そうには見えないモンスターだった。
初モンスターに若干興奮していると、いちばん近くにいた銀髪さんが剣を抜き、ブラックウルフに襲い掛かる。しかし、腰が引けていて、攻撃がまったく命中していない。
その間にもう二匹現れたが、グレッグさんたちがあっという間に倒していった。やっぱり高ランクなだけあり、実力は本物みたいだ。
「ちっ。まだやってんのかよ」
一匹の小さなブラックウルフを相手に手こずっている銀髪さんを見て、グレッグさんが舌打ちをした。
そして、ずかずかと大股でラスト一匹のブラックウルフのもとへ歩いていくと、苦戦する彼を嘲笑うように目の前で一気に剣を振り下ろした。
一撃で対象を仕留めたグレッグさんは、満足そうに鼻で笑う。
「邪魔だ。どけ!」
「きゃっ……!」
そう言いながら、なにもできず立ち尽くす銀髪さんを思い切り拳で殴るグレッグさんを見て、私は驚きの声を上げた。
暴力をふるう必要なんて、絶対になかったのに。
銀髪さんは殴られた衝撃でその場に倒れこむ。グレッグさんは何事もなかったように、笑顔で私のところへ歩いてきた。
「見てくれよメイ。殴った拍子にあいつの防具に手を掠めて怪我しちまった」
差し出された手を見ると、小さな傷から血が垂れていた。
「地味に痛いし、昨日みたいに治してくれないか?」
……こんなちょっとした傷、わざわざ魔法で治すほどなのか。そう思ったけど、口には出さずに飲み込んだ。
「やってみます」
昨日やったみたいに、傷に手をかざす。しかし、なにも反応がない。
「……どうしたメイ、できないのか?」
「あれれ? どうしたんだろ」
しばらくやってみたものの、結局私が昨日のように治癒魔法を発動することはなかった。
「ごめんなさいグレッグさん。昨日はできたのに……」
まだきちんとやり方がわかっていないから、発動できなかったのだろうか。
「……んだよ。昨日のはまぐれだったってことか」
治癒できなかったことに焦って頭を下げると、頭上から今まで聞いたことのないグレッグさんの低い声が聞こえた。
「へっ?」
「こんな小さな傷も治せねぇやつが、真聖女なわけない。あーあ! 見ず知らずのガキに優しくして損したぜ」
「え、えーっと」
しんせいじょ? ってなに? それよりも、この人は本当にグレッグさんなの?
あまりの態度の豹変っぷりに、私の頭は混乱する。
「メイちゃんは真聖女の特徴といわれる金色の瞳ってのが当てはまってただけかぁ。ま、金色の瞳なんて珍しいけど普通にいるしな」
「グレッグ、一応背中のしるしを確認しておかないでいいの?」
「する価値もねぇよ。これ以上こいつに関わっても時間の無駄だ」
三人が目の前で繰り広げる会話の内容が、まったく理解できない。
ひとつだけわかったことは――三人の私を見る目が、とても冷たくなったということ。
「メイ、お前、たった今からパーティー追放な」
そしてそんな彼らから告げられたのは、視線と同じくらい冷たい一言だった。




