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エピローグ

 夢を見た。この世界にきて、初めて見る夢。

夢の中で、私は芽衣子だった。芽衣子に会ったから、こんな夢を見ているのかな。

 自分のことに必死で、とにかく周りを気にする余裕などなかった私。学校でも、バイト先でも、社会人になってからも――信用できる仲間なんて、ひとりもいなかったころの私だ。

 そんな私に、誰かが手を差し伸べてくれている。誰? 見上げても、あまりに眩しくて顔が見えない。指先だけ触れてみると、その手はとても暖かかった。フレディかな? ミランダさん? それとも――私を憐れんだ、神様の手だったりして。

【メイ、起きろ! もうとっくに、昼の十二時を回っているぞ】

【えっ! もうそんな時間!?】

 スモアの声によって、私は夢から目覚めた。

 壁に吊るされた時計に目をやると、言われた通り十二時を指している。小窓から外を覗けば、青い空と照りつく太陽が見えた。

【メイが寝坊するなんてめずらしいな。余程、昨日の疲れが溜まっていたのだろうな】

【うー。やらかした。……寝坊しても、誰にも怒られない世界でよかった。昔は一分でも遅刻したら上司に怒られて……】

【なんの話だ?】

【あ、ううん! なんでもない】

 夢の中で働いていたせいか、おもわず前世の話を口走ってしまった。

【そういえば昨日、夜中にごそごそと動いてなかったか?】

 スモアに聞かれ、私は眠りにつく――いや、気絶する前と言ったほうが正しいのかもしれない。とにかく、意識をなくす直前のことを思い出した。

 ――私の背中に、星模様がしっかりと浮かんでいたあの光景を。

 スモアには言ったほうがいいのだろうか。スモアと会話できるのは私だけだし、バラされる心配はない。

【え、えっと……】

 口をつぐむ私を見て、スモアが首を傾げる。

 私は自分が真聖女だということを、できることなら周りに知られたくないと思っていた。

 真聖女がすごい存在だってことは、ミランダさんに聞いて理解している。だからこそ、絶対にバレたくないのだ。

 だって真聖女と周りに認知されると――私の夢が叶わなくなる!

 田舎の小さな村で、スローライフを過ごすっていう夢が!

 真聖女が田舎で暮らすなんて、偉い人たちがきっと許してくれなそうだ。私はミランダさんのように王都で祈りを捧げ、聖女として生涯を全うする道以外なくなるだろう。

 それが世のため人のためなのはわかっている。私の真聖女としての能力が必要な時があれば、必ず協力もする。でも――わずか七歳で、その役目はまだ負いたくない。もうちょっとだけ、私に自由な暮らしを楽しませてほしい。願うことなら、何年かだけでもスローライフを送らせてほしい。

 そもそも真聖女がいなくても国は成り立っているのだから、このまま雲隠れしていても問題ないのでは? なんて考えが頭をよぎったりもした。

 ――やっぱり、今は黙っておこう。私の勘違いの可能性だってある。たまたまほくろが星模様だったっていう可能性も捨てきれないし。

【メイ? 具合でも悪いのか?】

 スモアはじぃっと私を見つめる。この瞳にはすべてを見透かされそうで、嘘がつけない気がしてきた。

【あ、あのね。スモア……】

 スモアには話しておこう。大丈夫。スモアはどんな時でも私の思いを尊重してくれるだろう。

「メイ! 起きたかー!? ご飯できてるぞー」

 そう思った矢先に、階段下からフレディの陽気な声がした。

【寝起きのメイには、耳障りなうるささだな】

【そんなこと言ったらだめでしょ。というかご飯って……まさかフレディが作ったの?】

 考えるだけで顔が青ざめる。以前も言ったことがあるが、フレディは料理どころか家事のセンスが抜群にない。

【心配無用だ。あいつに作らせるわけにはいかないから、オレがフレディの動きを制御しておいた。その隙にマレユスが全部やってくれたぞ】

【マレユスさんが……。あ、そっか。昨日みんなここに泊まったんだっけ】

【ああ。あいつらも起きたのはメイより少し前くらいだ。だいぶ酒を飲んでいたからな】

 たわいもない会話をしながら梯子を降りていると、おいしそうなにおいが鼻を掠めた。

「おはよう! メイ」

「メイ、おはようございます」

「おはよー。メイ、俺よりもねぼすけじゃん」

 テーブルにはご飯が用意されていて、みんなが私に声をかけてくる。

 いつもの顔ぶれ。いつもの日常。それなのに、この湧き上がるような幸福感はなんだろう。

 ――夢の中では仲間がいなかった。でも、目が覚めると私には仲間がいる。

 みんなの顔を見て、改めてそれを実感した。

「メイ、早くこっちにおいで」

 ぼーっと立ったままの私に、フレディが優しく声をかけてくれた。

 我に返り、椅子に腰かける。みんなと一緒に食べるご飯は、いつもの何倍も美味しく感じた。……単にマレユスさんが料理上手なだけかもしれないが。

 遅めの朝食兼、昼食を終えると、私たちは迷宮の瓦礫処理へと向かった。昨日、マスターに報告をしに行った際に、ついでに頼まれた依頼だ。

迷宮が破壊されたことは、ギルド内で既に噂になっているみたい。瓦礫の中に潜んだ宝を見つけるために、大勢の冒険者が瓦礫漁りに駆け付けているようだ。私たちはそんな冒険者同士のトラブル防止もかねて、様子を見にいくというわけだ。

 全員で町を歩いていると、さすがに目立つようで視線が痛い。特にSランクとなったフレディは、今やこの町の時の人である。

 フレディと最初に出会ってから数か月。私はフレディに対する人たちの視線をずっと隣で見てきた。

 あんなに冷めきっていた視線は、今や憧れの眼差しに変わっている。彼が認められたことが、私もすごくうれしい。フレディは、周りの視線など今も気にも留めていないけど。

「おお! お前たち、瓦礫処理に行くのか?」

「メイちゃん、こんにちは」

「マスター! ミランダさんも!」

 歩いている途中、ギルドへ向かう最中であろうふたりに出くわした。

「いやぁ。フレディがSランクになったと聞いて、ギルド内は大盛り上がりだよ。お前たちに奮起されて、ギルドは立ち上げ以降いちばん活気づいてる。感謝してるよ。それにしても……」

 マスターは感謝の意を述べたあと、感慨深そうに私たちを眺めた。

「はみ出しものだったお前たちがこんなに大きくなって……俺はうれしいぞ! よかったなぁ。いい仲間に出会えて……」

 涙声になりながら、マスターは目元を手で押さえる.

「ちょっとマスター。その言い方は失礼でしょう?」

「あっ、いや! メイちゃんははみ出しものなんかじゃないぞ! 大体、ここにいるメンバーを揃えた張本人はメイちゃんだからな。メイちゃんがいちばんの功労者だ!」

 そんなマスターにミランダさんが注意をするが、言い直しても私以外には失礼なことには変わりなかった。しかし、喜んでいる気持ちは本心だろう。

「メイちゃん、フレディ、マレユス、スモア、ルカ。お前たちは、俺が今まで見てきたなかで最強のパーティーだ! これからも末永く、冒険者として活動してくれ! お前たちの活躍を、俺もみんなも楽しみにしているからな!」

 親指をグッと立て、マスターは私たちに声援を送った。 

 いつのまにか周囲には人が集まっていて、見物者たちからなぜか拍手を送られている。みんなの顔色をこっそり窺うと――スモアも含め全員、満更でもない顔をしていた。

「私も、メイちゃんの聖女をしての成長を楽しみにしているわ」

私はぎくりとし、おもわず背中を押さえた。

「……どうしたの?」

「あっ! ううん! 背中が痒かっただけ!」

 この星模様も、私の正体も――今は胸に秘めておこう。平凡な日常を送るために。いつかその時が来たら言えばいい。みんな、びっくりするだろうなぁ……。

 ついでにこんなに期待されている状況で、お金が貯まり次第ギルドを退会し、さっさと村に移住しようと思っているなど到底言えるはずもない。

 私がパーティーを抜けると言ったら、みんなあっさり許してくれるだろうか。

 顔を上げると、仲間全員が私のことを見ていた。

「これからも一緒にがんばろうな! メイ」

「いつでも僕が、あなたに魔法を教えてさしあげますからね」

「俺もこの町気に入ったし、ずっといてもいいかなぁ。もちろんメイも一緒だよね?」

【オレはメイに、生涯着いて行くと決めている】

 スモアは私が行くところならどこでもいいって言いそうだけど……うん。あとの三人は絶対許してくれない気がする。

前から思ってたけど、みんな私の世話を焼きすぎ! でもそれは、私がまだ幼いからこんなに過保護にされているだけのこと。

 私が大人になれば、みんな今ほど構わなくなって、自由にさせてくれるだろう。だから――。

「ありがとう。みんな!」

 今は我慢してあげよう。

 そして自由になる前に、この構われすぎて不自由な環境を、思い切り楽しもうと思うのだった。



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