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迷宮探索

 カラス事件が解決し、その後ルカは無事にギルドメンバーに加わった。

 いくら迷宮探索の経験があるといえど、ルカは複数人での戦闘や探索に慣れていなかった。そのため、何度かルカと一緒に簡単な依頼をこなしてから、フレディのSランク昇格試験に挑むこととなった。

 そして――今日が待ちに待ったその日である。

 前日に装備品や持っていくアイテムは揃えておき、朝食はスタミナをつけてもらうために朝から豪華にステーキを焼いた。

「よし。行こう! メイ、スモア!」

 最終準備を整え、私とスモアはやる気に満ち溢れたフレディと一緒にギルドへと向かう。そこでマレユスさんとルカと合流し、迷宮へ向かう流れだ。

 今日はすごくいい天気だし、体調もばっちり。初めての迷宮探索に不安や緊張は感じるが、それよりもわくわくとした気持ちが勝っている。

【メイ、遊びじゃないんだからな。無理なことは絶対にするなよ】

【わかってるよ。フレディの大事な昇格がかかってるわけだし、迷惑はかけられないもん】

 私の高揚感がスモアに伝わっていたのか、優しく諭されてしまった。

 ギルド前に到着すると、マレユスさんとルカの姿があった。ルカはこの町で暮らすようになってから、ほぼ人間の姿で暮らしているようだ。カラスの姿で盗みをしたせいで、あの姿だと町の人からのイメージが悪いらしい。

「マレユスさん、ルカ、おはよう!」

「おはようございますメイ。今日も元気いっぱいですね」

「はい! 今日は特にやる気満々ですっ!」

 ファイティングポーズをとってみせると、マレユスさんはそんな私を見て小さく微笑んだ。

「メイ、おはよう。聞いてよ。眠くてなかなか起きなかったらマレユスがキレちゃって、頭に水魔法をお見舞いされたよ……」

「あなたが何度声をかけても起きないからでしょう!」

「うん。お陰ですっきり目が覚めた。ありがとうマレユス」

「えっ? あ、いえ。次からは気を付けてくださいね」

 まるでコントのようなふたりの会話に、私もフレディもくすくすと笑みが零れた。このふたりの共同生活がうまくいくか心配だったが、今のところ大丈夫みたい。

「みんな、今日は俺の試験の付き添いを引き受けてくれてありがとう。やるからには絶対合格しようと思ってるから、どうか力を貸してくれ」

 ひとりひとりの顔を見ながら、フレディが言う。私は返事をするかわりに、笑顔で大きく頷いた。

「それじゃ行くぞ!」

「おーっ!」

「……おー」

「ガウゥッ!」

 フレディのかけ声に、私は大きく拳を振り上げた。ルカも私の真似をして、スモアは鳴き声を上げる。

「……」

 謎の圧力を察知したマレユスさんは、無言で僅かに片手を上げた。全員のチーム力が高まったところで、私たちは迷宮へと向かった。

 迷宮は、町から一時間ほど歩いた荒野の地下にある。荒野までの道のりはただ山道を下るだけで、モンスターが出て来る心配もなかった。行きは楽だが、帰りは登りになるのでちょっときつそう。スモアに乗せてもらおうかな……なんて甘い考えが頭を過った。

 荒野に到着すると、中心部に大きな石碑が立っていた。その横に地下へ降りる石階段があったので、私たちは階段を降りた。

 すると、目の前に迷宮の入り口があった。地上とはあきらかに違う空気感に、体がぞくっと震える。

「この迷宮、ほかの冒険者は来たことがあるの?」

 過去Sランクになった冒険者たちはみんな、この迷宮探索に挑んだのだろうか。

「僅かだがいる。ただ――探索に成功したものは、ひとりもいないらしい」

 えっ! フレディ、そんな大切なことはもっと早く言ってほしかった。

「このギルドにSランクは現在いませんしね。同行者が四人も可能という時点で、甘い試験でないことは承知済みでしたが。Sランクといえば冒険者の最強ランク。そう簡単にはなれないってことでしょう」

 そんな過酷な試験だったなんて……全然知らなかった。正直、〝みんなで楽しく迷宮探索―!〟的なノリだったところも否めない。

スモアの「遊びじゃない」という言葉が、今になってずっしりと重くのしかかる。

「試験内容はこの地下迷宮にある秘宝を持ち帰ること。秘宝はたしか〝思い出の石〟ってやつだとマスターに言われた。なんでも、過去の幸せな記憶をいつでも思い出せる魔法の石みたいだ」

 フレディが迷宮に入る前に、試験内容を今一度説明してくれた。

 〝思い出の石〟……。いかにも秘宝という感じだ。これは見つけるのに苦労しそう。実際、今まで誰も持ち帰ったことがないのだし。

「とにかく、その石を見つけたらいいんだよね? 早く帰って寝たいし、さっさと入っちゃおー」

「お、おいルカ! 待て!」

 ルカは臆することなく、誰よりも先に迷宮へと入って行く。そんなルカの後をフレディが追った。

 ルカの肝っ玉の据わり方は尊敬に値する。怖いとかいう感情がなさそうだもの。

 全員で迷宮に入ると、中は複雑な道ばかりで、本当に迷路のようだった。

 マレユスさんも迷宮は初めてのようで、興味深そうに辺りを見回している。探索経験のあるルカとフレディを先頭に、私たちは〝思い出の石〟を探しに迷宮内を歩き回った。

「あ、見て! 宝箱がある!」

 道の端に、宝箱を見つけた。みんなで箱の前まで行くと、宝箱には鍵がかかっているのがわかった。

「せっかく見つけたのに……。ねぇフレディ、鍵を見つけないと開けられないの?」

「そんなことはないさ。こういう時こそシーフの出番だ。ルカ、開けられるか?」

「うーん。どれどれ」

 ルカはポケットから小さな金具を取り出すと、鍵穴に差し込みガチャガチャと動かしている。

「あ、いけたかも」

 カチリと鍵が開いた音が聞こえた。

「ルカ、すごい!」

 難なく宝箱を開けてしまったルカに、私は驚いた。

私には適当に動かしているようにしか見えなかったが、ルカは巧妙に金具を操り鍵穴を開けたのだ。……これがシーフの能力。迷宮探索に欠かせないと言っていたのがよくわかった。

「中身は……なんだ。ただのポーションみたい」

「さすがにこんな入り口付近に石はないか。でも、ありがたくもらっておこう。ここから先、モンスターが出るかもしれないしな」

 まさかフレディのこの発言が、大きなフリになっていたことに、この時は気づいていなかった……。

 更に奥へと進んでいくと、フレディがなにかを見つけたようで足を止めた。

「ここに宝物部屋っていうのがあるぞ。この中に秘宝があるかもしれないな」

 どうやら〝宝物部屋〟見つけたようで、フレディはそのまま迷うことなく扉に手をかける。すると、ルカがフレディの腕を掴んだ。

「本当に宝物部屋だったとして、そんな自ら主張するかなぁ……。その部屋は怪しいから、無闇に開けない方が――あ」

 ルカの制止も虚しく、フレディは勢い余って扉を開けてしまった。すると中には――両目を覆いたくなるほどのモンスターがうじゃうじゃといるではないか。

「なっ! これのどこが宝なんだ!?」

「はぁ……。罠だったのでしょう。ここはモンスターが大量発生している〝魔物部屋〟のようですね」

「くそっ。罠か! みんなは下がってろ。ここは俺が片付ける」

「かっこつけてますけど、あなたのせいなんですから当然です。メイ、僕たちは後方でサポートに回りましょう」

 マレユスさんに手を引かれ、私たちは部屋の後ろの方からフレディを援護することになった。ルカは戦闘要員ではないので、部屋の端で戦闘の邪魔にならないよう大人しくしている。

【仕方ない。オレも加勢してやろう】

 スモアが前線に飛び出し、フレディと共にモンスターをやっつけて行く。スモアは戦闘能力が高く、魔法も使える。そこらのモンスターとは格が違う強さだ。……そういえば、スモアの本気ってまだ見たことないけど、どのくらい強いんだろう。

 モンスターは数は多かったが、強いものはいなかった。そのため、倒すのに時間はかからなかった。なにしろこっちにはAランク冒険者と魔獣がいるのだ。同レベルのモンスターが現れない限りは、怖がる必要はなさそうだ。

「みんなすまない。次から気をつける」

「大丈夫だよ! なにかあったら今みたいに、みんなで協力しよう」

 申し訳なさそうにフレディが謝罪をした。フレディにとっても久しぶりの迷宮探索なのだから、少しのミスくらいならしょうがない。

 その後、魔物部屋から別の道に続く扉を見つけた。ルカに罠がないことを確認してもらい、扉をくぐる。その先には薄暗い細い道が続いていた。

「ん? なにやら壁に変な模様が書いてありますね」

 五分ほど道を歩いていると、今度はマレユスさんがなにか見つけたようだ。

「マレユス待って、そこに触ったら――あ」

 さっきと同じように、ルカがマレユスさんを止めに入ろうとしたが……時すでに遅し。

 マレユスさんが壁の模様に触れると、目の前から大きな石がごろごろと転がってきた。

 あんな大きな石に巻き込まれたら、ひとたまりもないだろう。全員来た道を必死な形相で逆走する。

【乗れ!】

スモアは素早く私を背中に乗せると、誰よりも速く駆け抜けていく。

「ここは僕が責任を取ります! ……クラッシュ!」

 マレユスさんは走るのをやめ、ひとり転がってくる石の前で立ち止まった。

 そして両手に魔力を圧縮し、衝撃波を放つ。すると、石は粉々に砕け散った。

「……よかった。僕のせいでメイが怪我をしなくて」

「メイだけかよ」

 マレユスさんは帽子を脱ぎ、汗で湿った前髪をかき上げながらそう言った。フレディの鋭いツッコミは、悲しくもガン無視されていた。

 次こそ罠には気を付けようと、全員が気を引き締め直したところで、私たちは迷宮探索を続行した。

 細い道を抜けると、今度は地面がでこぼことした道が続いている。

 ――うわぁ。歩きづらそうな道。あ、あそこに大きく地面が飛び出てるとこがある! あの上に乗れば、背が伸びた気分になれるかも!

「あ、先に言っておくけど、こういう道って罠があることがほとんだなんだよね。極端に飛び出した箇所は踏んだら罠が発動することが多いから、今度こそ気を付け――」

カチッ。

「……あれっ?」

 ルカが言い終わる前に、私の足元でスイッチを押したような音がした。

「――て。って言いたかったけど、遅かったみたい」

 ぱかり、とでこぼこの道が吹き抜けになり、私たちは全員真下に落っこちて行った。

「きゃあああああっ!」

 大声で叫びながら落下すると、ぼふんっとクッションのような感覚に包まれた。

【大丈夫か? メイ】

「スモア~~!」

 スモアがクッションになり、私を落下の衝撃から守ってくれたのだ。

 死ぬかもしれないという恐怖と、助かった安堵で、私は半泣きになりながらスモアに抱き着いた。スモアはそんな私の目尻をぺろぺろと舐めてくれた。

 ほかのみんなも、うまく落下の衝撃を防げたみたい。ルカに至ってはカラスになって宙に浮いている。そして私の近くに飛んでくると、魔物化を解き人間の姿に戻った。

 ――も、もしかして、また裸なんじゃ!?

 そう思い目を塞ごうとしたが、ルカはきちんと、来た時と同じ服を着ていた。そういえば初めて会った時に〝最後に魔物化した時裸だったの忘れてた〟って言っていた気がする。魔物化する直前の格好に戻るようになっているようだ。よかった……。

「……みんなといると、心臓がいくつあっても足りないんだけど」

【本当にな】

 こればかりはルカの言う通りでぐうの音も出ない。スモアも全部巻き込まれ事故である。

「ごめんなさい」

 私とフレディとマレユスさんは、声を揃えてふたりに謝罪した。これからは動く前に、ルカの忠告を聞くことにしよう。

「……あれ。ねぇ、ここって出口はどこだろう?」

 もう連続で罠にかかるまいと決意を固めたところで、私はとあることに気づいた。

 落下先――つまり、私たちが今いる場所は、周りをぐるっと壁に囲まれていたのだ。

「うーん。なにか道が開く仕掛けがあるのかも。探すしかないね。でもあんた達に任せるの怖いから、一旦俺がひとりで調べる」

 ルカが誰かに頼まれていないのに、自分から動くことはめずらしい。こんなに続けて罠にかけられて、さすがのルカも周りに任せていられなくなったのだろう。

「おいルカ、あれはなんだ?」

 ひとり黙々と探索を続けるルカに、フレディが話しかけた。

「あれって……ただの壁じゃん」

「ちがう。よく見ろ。壁の上に文字書いてあるだろう」

 フレディが指さした先に視線をやると、なにもない壁の上に〝後悔の部屋〟と書いてあった。

「〝後悔の部屋〟ですか。あまりいい部屋とは思えませんね。それに……」

「マレユス、勝手に触っちゃだめだよ」

「安心なさいルカ。これは罠ではない。僕にはわかるんです」

 マレユスさんはそう言って壁に近づくと、そっと手を伸ばした。しかしその手は、なにかに跳ね返されてしまった。

「やっぱり。この壁、かなり強力な結界が張られていますね。触れることすらできません」

「結界? じゃあこの先に秘宝があるのかもな」

 今度はフレディが壁に歩み寄る。マレユスさんと同じように、フレディも壁に向かい手を伸ばすと――驚くことに、フレディは結界をなんなく越えていった。

「……え」

 フレディ自身も想定外だったようで困惑している。そしてあろうことか、フレディはそのまま壁の中に吸い込まれるように飲まれて行ってしまった。

「フレディ!?」

 あまりに唐突な出来事。私がいくら名前を呼んでも、壁からフレディの返事は聞こえてこない。

【まずいな。早く追いかけたほうがいい。この壁の向こうは嫌な臭いがする。最悪の場合、あいつは空間のひずみに取り込まれて戻って来られなくなるかもしれない】

「……フレディが戻って来れない?」

「メイ、どういうことですか」

「わかんないけど、スモアがそう言ってるの」

 スモアの悪い勘が当たっていたとしたら、この先にある〝後悔の部屋〟は空間のひずみにあって、フレディを閉じ込めようとしているってこと……?

「早くフレディを助けないと……!」

 そう思い立ち上がる。みんなも私と同じ気持ちのようで、なんとか壁の向こうへ行こうとするが、結界が邪魔して入ることができない。

 マレユスさんも、ルカも、スモアもみんな試した。だが全員、結界にはじき出されてしまった。

「次は私がやってみる」

 試していないのは、私だけになった。これでもし私がだめだったら、フレディを助ける術が遠ざかってしまう。

 緊張で額と手にびっしょりと汗をかきながら、私は壁に手を伸ばした。すると、するりと結界の向こう側まで手を伸ばすことができた。

「……できた! 私、このままフレディを追いかける!」

【メイ、待て! オレも一緒に行く! どんな時でもお前を守り、見守るのが従魔であるオレの役目だ!】

【スモア、でもっ……】

 スモアが私のもとへ来ようと、何度も壁に突進するが、そのたびにスモアの体は結界にはじき返されてしまう。

【スモア、大丈夫。私ひとりで行ってくるから、心配しないで! だけどもし私になにかあったら……その時は絶対助けに来てね!】

【……わかった。オレが必ず助けに行く。すまない。力不足で】

 スモアの悲痛の叫びが、私の頭に響き渡った。

「必ずフレディを連れて戻って来るから待ってて!」

「――メイ!」

 マレユスさんが私に向かって手を伸ばす。その後ろには、心配そうな顔をしてこちらを眺めるルカの姿もあった。マレユスさんの手が届くことはないまま、私の体は完全に壁の中へと取り込まれていった。

 


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