プロローグ
「はぁ……疲れた」
寝不足と長時間労働でぼろぼろになった体を引きずりながら、大きなため息とともに呟く。私は人生であと何回、この言葉を言うのだろうか。
私、神山芽衣子の家は貧乏だ。両親は私ひとりを育てるために、いつも必死で働いていた。しかし、それでも生活は常にギリギリだった。
そんな両親を見かねた私は、高校生になるとすぐにアルバイトを始めた。朝は新聞配達してから学校に向かい、学校が終われば賄の出る飲食店で働いた。
もちろん大学に進学できる余裕などなく、高校卒業後は就職することに決めた。やっとの思いで受かった企業は、蓋を開けたらまさかの超がつくほどのブラック企業……。だけど、お金のことを考えると、やめることなんて選択肢は頭になかった。
毎日朝から終電まで働き、小さなミスがあれば上司に怒鳴られる。見て見ぬふりをしていたストレスは、確実に私の心身ともに蝕んでいく。
――ああ、なんで私って、こんなに働いてるんだろう。
日付が変わり、二十歳の誕生日を迎えた。記念すべき瞬間に、こんな弱音が最初に出てくるなんて……。
星ひとつない真っ暗な空を見上げ、誰もいない夜道を歩きながら、自分のこれまでを振り返ってみる。……どれだけ過去を振り返っても、楽しかったことが思い浮かばない。
幼い頃、家に帰っても両親はいない。学生の頃、アルバイトばかりしていたせいで、放課後友達と遊んだことがない。そして社会人になった今、待っていたのは以前よりも自由のない地獄の日々。一体いつまで、こんな毎日が続くのだろう。
そんなことを考えていると、急に目の前がぐるぐると回りだした。ものすごい眩暈がし、私はその場に膝をついて倒れこむ。
コンクリートの地面はひんやりと冷たくて、なんだか気持ちいい。
そんなのんきなことを考えているうちに、私は意識を手放した。
次に目が覚めると、土と草の匂いが私の鼻を掠めた。いつのまにか、私は草むらの中で寝そべっていた。
むくりと上半身だけを起こし、周りを見渡してみる。ここは……森の中? どうしてこんな場所にいるのだろうか。わけがわからない。
かなり混乱しているが、こういうときこそ冷静な状況判断が大事だ。まずは、周辺を探ってみよう。
そう思い立ち上がってみると――なんだこれは。びっくりするほど目線が低い。私、こんなに背が低かったっけ?
違和感を感じ、私は自分の両手を目の前にかざしてみる。
……ち、小さい! まるで幼児の手だわ!
いや、小さいのは手だけじゃない。この目線の低さからして、身長もだいぶ低いし、足のサイズだって……。
もしかして私、子供に戻っちゃったの!?
恐る恐る、近くにあった水たまりを覗き込んでみる。そこに映っていたのは、今までとはまったく違う自分の姿だった。それを見て、私は確信する。
――私、前世とは別の世界の人間……しかも幼女に転生したみたい。
つまり、前世の私、〝神山芽衣子〟という人間は、あのコンクリートの上で、あのまま死んでしまったということか。死因は過労以外思い当たらない。実際どうだったかは知る由もないが、あの若さで過労死だったとしたら、我ながらかわいそうすぎて死んでも死にきれない。
……あ、だからこうして前世の記憶を持ったまま転生することができたのかな。神様が同情してくれたのかも。
ここがどういった世界かはまだわからない。だけど――。
今度の人生は、最低限しか働かず、ゆったりとしたスローライフを絶対実現してみせる!
森に吹く優しい風を肌で感じ、澄み渡る青空を見上げながら、私は強くそう思ったのだった。